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【十一 ほぐれゆく糸】

 その頃、チェバン邸では。
「ジェニファー・デュベールが、元天学生だった……?」
 応接間のソファーで、リカインは目を白黒させた。
 ブランダルの説明は予想の遥か上を走っており、頭を整理するのが中々に大変であった。
「しかも、超能力を専門に担当する研究員だったとはね……おまけに、デュベール家の分家の子息ときたもんだから驚きだけど、じゃあ何故、グエンは鏖殺寺院なんかに走ったんだい?」
「グエン様は、父君の失態で家が取り潰されたことに相当、腹を立てていました。ジェニファー様の制止も聞かずに鏖殺寺院へと入門したのは、デュベール家に対するあてつけではないでしょうか」
 天音の問いに、ブランダルは露骨に嫌そうな面を見せながら、それでも静かに淡々と応じた。
 では、妹のジェニファーはどうなのか。
 何故海京からシャンバラ大荒野へと身を移し、天学生から野盗団などへと自身を卑しめたのか。
 だがこれには、極めて重大な理由があった、とブランダルは語る。
「ジェニファー様は鏖殺寺院を脱走した、ある重要人物をかくまう為に野盗団結成に働いた、というお話を伺っています」
 これは、新たな発見であった。
 アヤトラ・ロックンロールの首領はデーモンガスだが、結成にはジェニファーが主導権を握っていた、ということになるのか。
 しかしそれよりも気になるのは、鏖殺寺院を脱走した重要人物についてである。
 リカインは自身の予測を交えながら、半ば恐る恐るといった様子で上体を乗り出しながら問いかける。
「その……鏖殺寺院の重要人物っていうのは、パニッシュ・コープスかヘッドマッシャーに関係のある人物、ってとこかしら?」
「流石に鋭いですね……ジェニファー様がかくまおうとしたのは、まさにヘッドマッシャー当人です」
 これにはリカインのみならず、天音も言葉を失った。
 ジェニファーが保護したのはヘッドマッシャー・プリテンダーであったということらしい。しかもまだ精神矯正措置を受けていない為、通常の人間同様、感情と理性の双方が残されたままだったのだという。
「脱走プリテンダーは、ジェリコと名乗ったそうです。ジェニファー様はジェリコをかくまう先として、最初は教導団か天学を考えたそうなのですが、ヘッドマッシャーの追跡能力を考えると、このふたつはすぐに見つかる恐れがあるとして、候補から除外されました」
 そしてジェニファーは、当時の上司達を説得し、天学から極秘の支援を受ける形でアヤトラ・ロックンロールの結成に尽力したのだという。
「成る程……まさか野盗団にそれ程の重要人物がかくまわれているなんて、誰も思わないからね」
 天音は感心したように、二度三度と小さく頷いた。
 アヤトラ・ロックンロールが野盗団として大きな力を持ち、教導団や他の如何なる権力にも一切屈しない姿勢を維持しているのは、背後に天学が控えていたからであろう。
 しかも更に話を聞いていけば、アヤトラ・ロックンロールは決して庶民を襲わず、その攻撃対象は縄張り内を通過しようとする上流貴族関係者のみ、ということであった。
 強奪した財産は、縄張り周辺の貧民層に配り歩いていたというから、所謂義賊として人気が高いのだと、ブランダルは静かに語る。
「でも、それなら何故連中が、オブジェクティブの能力を継承するような真似に走ったのかしら?」
「あ、そのことならジェニファー様からお話を伺ったことがあります」
 曰く、天学は天沼矛の外壁経路上の連絡電波周波数の一部を解放することでオブジェクティブを地上に解放する見返りに、その能力をアヤトラ・ロックンロールの幹部達に継承させる取引を持ちかけたのだという。
 尤も、オブジェクティブのような危険な連中をそのまま地球上にのさばらせる訳にもいかない為、彼らの電子結合が解除され易い周波数帯を利用させたという辺りは、狡猾を通り越して卑劣、といっても良いかも知れないのだが。
「それでも、オブジェクティブにとっては地球降下は悲願中の悲願だったから、不利でも敢えて受けた、ってところなのかしらね」
 バティスティーナ・エフェクトの認証コードを持つリカインは、どこか感慨深げに、低い吐息を漏らした。

 ジェニファーが元天学生であり、ジェリコという名の精神矯正措置を受ける前のヘッドマッシャー・プリテンダーをかくまう為にアヤトラ・ロックンロール結成に尽力したという情報は、すぐさま白竜のもとへと届けられた。
 ウィンザー・アームズ社ヒラニプラ出張事務所で、取締役の代理人を名乗る人物から紹介状を持って来いと門前払いを食った格好となっていた白竜だが、ジェリコという新たな存在の登場によって、また別の視点からの調査が必要だと実感していた。
「こいつぁ、思った以上に根が深い問題かも知れないな」
 オフィスビルが立ち並ぶ商業区域で、羅儀が珍しく不満げな表情で小さく唸った。
 白竜達と一緒に門前払いを食らってしまったゆかりとマリエッタはしかし、ヒラニプラに於いて教導団の権威が通用しない相手が居るのか、という点に衝撃を受けているのか、ジェリコの件については然程には食いついてこなかった。
「あの代理人の態度……あれはまるで、自分には教導団にシンパが居るんだぞ、とでもいわんばかりでしたね……」
 大尉クラスの人間を、礼状が無く、何のアポイントメントも無いからといって、いとも簡単に追い返すというのは余程に強力なバックが控えているから、という自信の表れなのかも知れない。
 一方、白竜はヘッドマッシャーとパニッシュ・コープスが互いに連携が取れていない事実にも着目しており、事はそう簡単には進まないという予感を覚えていた。
「これはあくまで私的な推論なのですが……パニッシュ・コープスとヘッドマッシャーは、完全に切り離して調査を進めていく必要が、あるのかも知れません」
 今回はたまたま、ジェニファーがデバイス・キーマンとしてパニッシュ・コープスと思わぬ関係を持ってしまったというところだろうが、実際のところは、ジェニファーはどちらかといえばヘッドマッシャーの問題のみに絞って考えた方が良いのかも知れなかった。
 この後、白竜とゆかりはヒラニプラ周辺で尚も調査を続けている他の面々に、これまで得られた情報をそれぞれのルートで流していった。
 理沙、セレスティア、佐那の三人はパニッシュ・コープスのアジト周辺での調査がほとんど行き詰まりを見せていたことから、一旦ヒラニプラ市街に引き返してきていたのだが、ウィンザー・アームズ社が教導団内部と強い繋がりがある可能性が強いこと、そしてそのウィンザー・アームズ社がパニッシュ・コープスとも強固な関係を築いているらしいことを考慮すると、もっと別方面からの切り口で迫っていった方が確実ではないか、という結論に達しつつあった。
 ヒラニプラ市街に戻り、休憩がてらに街角のカフェで一服していた理沙、セレスティア、佐那の三人は、今後の方針について話し合いを持った。
「……こりゃもう一度、洗い出す箇所を見直した方が良いかもね」
「調査対象も、絞りましょう。どう考えても、パニッシュ・コープスとヘッドマッシャーは無関係です」
 佐那の提案に、理沙とセレスティアは同意せざるを得ない。
 いずれがより脅威かといえば、どちらも然程には変わらない。それ故、双方の調査は同じ優先度で進める必要があった。
「エレナに連絡入れますね……もう、ホテルの殺害状況はほとんど解決したようなものですし」
 佐那は、グエンを殺害したのがヘッドマッシャー・プリテンダーだということで、ほとんど確信に近い思いで結論づけていた。
 己の肉体の体積や外見を容易に変化せしめ、思考や性格、記憶までをも他者になりすますというプリテンダーの偽装能力は、監視カメラ程度ではとても感知出来ない。
 今更殺害現場を詳細に調べたところで、意味は無かった。
 そんな訳で、佐那からの連絡を受けたエレナは、同じく殺害現場を念入りに調べていたあゆみとヒルデガルトに、早々の撤収を提案した。
「うーん、そぉかぁ……ま、敵の正体が分かって、どういう裏事情があるのかってところが分かってきたんだから、これ以上は調べても時間の無駄かなぁ」
「……思考を可及的速やかに切り替えて、次の調査案件に取り掛かることも重要です」
 あゆみが悩んでいる隣りでを、ヒルデガルトは即断を下していた。
 こういう時、彼女の強固な意思決定力はある意味、あゆみにとっては大いに重宝すべき力であった。
「あー、やっぱりそう思う? じゃあ、肉まん食べに行こう!」
 何故そこで肉まんになるのかは、エレナのみならず、ヒルデガルトにもよく分からなかったが。

 円、オリヴィア、ミネルバ、刀真、月夜の五人がローザマリア、グロリアーナ、エシク達に代わって応戦していたヘッドマッシャーは、二体目の散弾地雷自爆者となった。
 これだけの戦力が揃えば、そう長くは持たないと判断したのか。
 或いは、ブレードロッドが円とオリヴィアの戦術によって半ば封じられた格好となっていた為、それならば自爆した方が手っ取り早いとでも考えたのだろうか。
 とにかくも、辺り一面にまき散らされた強力な散弾は雨あられとなって四方八方に襲いかかり、接近戦を仕掛けていた五人のみならず、少し後方に退いていたローザマリア達にも甚大な被害を及ぼした。
「うぅっ……皆、大丈夫!?」
 自身も相当なダメージを負いつつ、円が他の面々に呼びかける。
 自爆の瞬間にPキャンセラーが解除された為、ミネルバは即座に復活したから良いようなものの、他の顔ぶれは一様に手酷い打撃を受けて、立ち上がることもままならない。
 形としては一応、撃退したことになるのだが、この惨状だけを見れば、寧ろ敗北に近しい。
 中でもローザマリアの受けた被害は、惨憺たるものであった。
 両足首が折れている為、まともな回避運動も取れず、ほとんど直撃に近い形で散弾の雨を浴びてしまったのである。
 辛うじてグロリアーナとエシクがローザマリアを庇おうと自らを盾にしたのだが、それでもローザマリアの受けた散弾は、意識不明の重体に陥る程の数に上っていた。
「これは、拙いですね……早く衛生兵を!」
 刀真が無線機でレオンに呼びかけるも、中々応答に出ない。
 裕輝がたまたま、応急セットを持って駆けつけてきたから大事には至らなかったものの、この対応の悪さには刀真も相当に腹が立った。
「矢張りまだ、中尉になりたての経験不足ですか……全体を見る状況把握力に、欠け過ぎてますね」
 ぶつぶつと文句をいいながら、それでもローザマリアの応急処置に両手を忙しく動かしている刀真を、グロリアーナとエシクが心配そうに眺めている。
「まさか、これ程の被害を受けることになるとはね……正直、ヘッドマッシャーを舐めてたかも」
 オリヴィアがぽつりと、悔しげに呟いた。
 戦術は、決して間違ってはいなかったと思いたい。ただ、敵の意図や任務に対する意識が、こちらの予測を遥かに上回っていただけの話である。
「もう一度、今回の結果を踏まえて対ヘッドマッシャー戦の戦術について検証を重ねた方が良いかもね……このままじゃ、いつまで経ってもジリ貧だよ」
 円の苦しげな呻きに、誰も答えられない。
 出来れば、もう二度と出会いたくないというのが、この場に居る全員の共通した認識であったろう。
 だがその一方で、優位に戦いを進めている者達も居る。
 彩羽、輝夜、煉、真琴、和深、流の六人は、Pキャンセラーに若干手こずりながらも、遠隔攻撃や狙撃を主体に据えて対応したのが功を奏した。
 しかし、倒すまでには至らなかった。
「……逃げられたか。まぁ、最低限の目的は果たせたってところかしらね」
 彩羽は、幾分消化不良気味に撤退してゆく漆黒の巨体を荒野の向こうに眺めていたが、輝夜は満足そうであった。
「気持ち良く歌えたし、敵も撃退出来たし、万々歳じゃないの。不満なんて、全然無いから」
「ははは……それは、良かったね……」
 煉は輝夜の満足げな表情に対し、引きつった笑みを浮かべた。
 他の戦場では相当に悲惨な状況が現出していることを、煉は数度の連絡で知っている。そのことを考えれば、彩羽や輝夜の感想など、贅沢に過ぎるというものであろう。
「でも……連中は決して可哀想な存在でも、何でもないってことかもね」
 彩羽は、いささか複雑そうな面持ちで腕を組んだ。
 強制的に非人間的な存在へと仕立て上げられた哀れな怪物、というのが当初の認識だったのだが、どうやらヘッドマッシャーの多くは、自ら望んであのような姿になったのではないか、という思いが今になってむくむくと持ち上がってきていたのである。
「確かに……あいつは喜びの表情を見せてた訳じゃないけど、任務を遂行することそれ自体に、変な快感を覚えているような、気持ち悪い相手だったよなぁ」
 和深は、流に同意を求めるような形で振り向いた。流も同様の感想を抱いていたらしく、和深の言葉に深く頷き返した。
「それにしても、あの仮面や兜……本当に強固でしたね。あそこまで防御が高いと、却って闘志が湧いてきますよ」
 真琴が、どこか楽しそうに愛用のスナイパーライフルの銃身をそっと撫でた。
 この時も煉は、矢張り引きつった笑みを浮かべるばかりである。