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夏の海と、地祇の島 後編

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夏の海と、地祇の島 後編

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 助けてくれたこのラッコの獣人が言うには、やはり出入り口というものは限られているらしい。
「やっぱり、口になるのか」
「そうねー。それがベターだとおもうよー」
 あっけらかんとした口調で、ラッコの獣人──リンは匿名 某(とくな・なにがし)を先導していく。他の皆が集まっているところに、連れて行ってくれるという。
「にしても、すごいな。このコウモリの数」
「まあ、こればっかりはねー」
 ふたりの周囲を、虫みたいになにやらあちこちかさかさと、ひっきりなしに大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が駆け回っている。
 一体、なにをやっているのだろう。そんなに海藻なぞ集めて。
 そりゃあ、着衣を奪いにくるコウモリへの囮としてある程度意味はあるのかもしれないが──それだって、気休め程度のものだろうに。
 思いつつ、止めないでおいてやる。これが原因で問題が起きれば、そのときフォローしてやればいい。なんて、思いながら。
 
「おやー?」
「?」
 
 間延びした、リンの声に我へと返る。彼女の掲げたカンテラの明かりに照らされて、向こう側から長い影がふたつ、肉色をした壁(クジラの肉そのものなのだから当然と言えば当然だ)に映って、こちらへと向かってくる。
「あなたたちのおなかまですかねー?」
「……だと、思うけど?」
 
 そして、案の定であった。
 
「んん? おー、そこにいるのは」
 見覚えのある外見、顔立ち。その二人組は、男女のペア。
 後方をちらちらと睨みつけて警戒しながら、女の手を引く男──ベルク・ウェルナートに、彼に手を引かれる女──フレンディス・ティラ。
「……なに、そんなにガン飛ばしながら歩いてるのさ?」
「見てわからないか。威圧して、追っぱらってるんだよ。コウモリどもを」
 さすがに、水着を引っぺがされちゃあかなわんからな。言いながらなお、ベルクは後方を警戒し続けている。
 フレンディスもまた、彼に合わせるように。自分たちのやってきた方角を見つめ続ける。どうやらここにやってくるまでに結構な数のコウモリを撃退してきたようだ。
「んー、ほんじゃま、ひとまずこのみんなで、ほかのみんなのところにもどろっか。あとどれくらい、みつかってないひとがいるのかもわかんないし」
「え?」
 リンが人差し指を立てて提案し、きょとんとフレンディスたちは彼女を見る。大量の海藻を、目を輝かせて突き出してくる康之を制しつつ、某は彼女の言葉を補足する。
「ここから先は一本道で、開けたところで行き止まりだよ。俺たちは、この人に助けられてみんなの集合場所に向かうところ。……一緒に、行くだろう?」
 
 生憎、武器らしい武器も持ってないしな。
 頭上を舞っているコウモリを一匹、真空波で追い払いつつ、フレンディスたちのやってきた道を某は指し示した。
 やれやれ、結局コウモリの中を突っ切ることになるのか。漏れ出るのは、ため息。
 多少億劫に思いつつも、ひょっとしたら康之の集めた海藻が役に立つかもな、なんて儚い期待をしてみながら。
 

 
「あーもう!! なんて数なのよ!!」
 彩夜や、加夜や、美羽たちとも完全にはぐれたままだし! 眼鏡落としちゃって真人はまるで戦力外でアテにならないし!
 まとわりつくコウモリの数は、多い。セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は隠せぬ苛立ちも露わに、手当たり次第、拳を振り回して破廉恥なこの動物たちを追い払おうと試みる。
「セレンー?」
「真人は黙ってる! そこで、その人と隠れてる!! いいわね、こっちに出てきたり、しげしげと眺めたりしようとしたらぶっ飛ばすからねっ!!」
「はーい」
 眼鏡をどこにやってしまったのか、なくしてなにも見えない状態の相棒、御凪 真人(みなぎ・まこと)はまったくもってこの状況下では戦力外だ。
 
「うあっ!? やば、肩ヒモがっ!?」
 
 実質こっちはひとり。相手はいっぱい。当然、手など足りるわけもなく。
 水着の、右肩の肩ヒモが一本、コウモリの牙にひっかけられて千切れそうになる。慌てて押さえるものの、ただでさえ足りない迎撃の手がなおのこと、減ることになる。
「えい、えいっ」
 脱出路を探す道中、出会った迷子──アンナ・プレンティス(あんな・ぷれんてぃす)が援護射撃をしてくれてはいるけれど。悲しくなるくらいノーコンでまったく当たっていない。結局、セルファひとりでなんとかするしかない。
「ああー、もう! 真人のニブチン役立たずっ!!」
 いらいらが募り、思わず言葉となって溢れた。
「……おお? 効いてる?」
 そうやって怒鳴ったのが、むしろ音波を頼りに動き回るコウモリたちに対しては功を奏したらしい。
 セルファの叫び声に、前方から迫っていたコウモリたちは蜘蛛の子を散らすよう、あちらこちらへ散って逃げ惑っていく。
 これなら。もっと、もっと。
「こーの、バカバカバカッ!!」
 怒声が、コウモリたちを追い散らす。
 小気味いいくらいに、戦況がきれいに逆転していた。
 
「なーんか、自分に責任のないところで罵倒されてる気がするんですけどね……?」
 
 真人のぼやきは、気にしない。
 と。
 
「え?」
 逃げ惑うコウモリたちが、叩き落されていく。
 容赦なく。遠慮もなく。
「いたいた、アンナさーん」
「へっ?」
 コウモリの群れを蹂躙しながら、三人組がこちらに手を振っている。
 ふたりは、水着。もうひとりは、メイド服。及川 翠(おいかわ・みどり)に、スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)椿 更紗(つばき・さらさ)。いずれも、アンナのパートナーたち三人。
「探したの。見つかって、よかったの」
 アンナへと駆け寄りながらも、ばしばしコウモリを落としていく翠たち。
「こちらのおふたりが、助けて下さったのですか?」
「ええ、そうよ」
 
 再会を喜び合う面々と、落ちていくコウモリたちの温度差に、なんとなく諸行無常というか、世の中そういうもんだよね、と妙な納得をしてしまうセルファであり。
 あたしも人のことは言えないか、と肩を竦めて苦笑する。
 
 ……した瞬間。繊維一本で辛うじて繋がっていた水着の、右の肩ひもがぷつんと、音を立てて千切れて。
 
「ひゃあっ!?」
 慌てて胸元を押さえて、その場にしゃがみ込む。
「あらぁー、ですぅ」
「あら……切れちゃったの。大丈夫なの?」
「セルファ? どうしましたー?」
 ひょっこり、何の悪意も他意もなく、真人が顔を出してセルファに呼びかける。
「なんでもない! なんでもないから引っ込んでてよ!」
「ぶっ!?」
 思わず、とっさにそのあたりに落ちていたコウモリの脚を掴んで、彼にめがけて投げつけていた。
「しばらく、いいって言うまで出てこないでったら!!」
「……はい」
 べちゃりと、コウモリは彼の顔面に命中して。あららと、一同がそちらを気の毒そうに見つめている。
 ひとまずは。
「結びなおしましょうかね、なのです」
「お、おねがいっ」
 更紗が背中に屈み込んで、切れた肩紐を結んでくれている。
 
 たしか地球には、パフォーマンスで生のコウモリ食べて色々とひどい目に遭ったミュージシャンがいたんだっけ。……うん。ごめん、真人。大丈夫だよね、きっと。
 緊張感というやつが一気に抜けて、全身で脱力している自分が、いた。
 

 
「あ」
 
 彩夜が、目の前の光景に固まっている。
 そりゃあまあ、無理もないか。
 
「大丈夫ですよ、彩夜ちゃん。皆がついてますから」
「で、です……よね? ついてて、くれますよね?」
 加夜がああ言って励ましてはいるけれど、案の定表情はかちんこちん。
 うーん、この。思いつつ、ひと足先に美羽は水面へと飛び込んでいく。
「こっちはもうすっかりばっちりなのにね」
「んお? なにがだ?」
「いや、泳ぎ。蒼っち、ほんとにカナヅチだったの? ってレベルじゃないの、気が付いたら」
「そうか? まあ、もともとが海に浮かんだ島の地祇だからな。そういうものなのかもしれん」
「かなぁ? あ、ほら。彩夜―。だいじょーぶだって、おいでよー」
 
 加夜と繋いだ掌を、強く強く握りしめながら。おそるおそる、彩夜はその爪先を水面に沈めていく。
 やっぱり、浮かないことへの──足のつかないこの深さへの恐怖心を持つなというのは、さすがにカナヅチの彼女には無理な話か。
 とはいっても、この深い潮だまりを抜けないことには、皆の集まってきているはずのクルーザーのところには辿りつけない。更には、その先の、出口──そうなる候補のひとつであるクジラの、口のところにも。
 
 なにしろ、現時点では情報が少なすぎる。リンさんが戻っているといいんだけれどな。それか、外部と通信がつながった人がいるといいんだけど。
 どうにか加夜に手を引かれ水中に入った彩夜へと近付きながら、美羽はそう思った。