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行方不明になった少女達と森の化け物達

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行方不明になった少女達と森の化け物達

リアクション


■ 授けられた呪い ■



「ふーん……情報が集まってくるごとにどんどんなんかキナ臭くなってくるわね」
 今回の依頼を思い出して緋王 輝夜(ひおう・かぐや)は呟いた。
「……不死者の殲滅……または確保……ですか」
「そうそう。行方不明の捜索が気づいたら化け物の生け捕りに摩り替わったよ」
 ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)に生活がかかっているので仕方ないと輝夜は肩を竦めた。
「獣の気配がなくて探しやすいけど、うーん、まぁ、エッツェルを捜すよりはマシかぁ」
「お仕事……がんばりま……しょう」
「そうだね。せっかくお出ましになったしな」
 降り注ぐ月明かりを浴びて佇んでいるミイラを視界に捉え、輝夜はミラージュのリズムを刻む。
「……姉君」
「さっさと追い込むよッ」
 ミイラが輝夜を認識した。間を挟んでいた茂みなどお構いなしに驚異的なスピードで向かってきたそれに輝夜はドッペルを組み合わせ、それを囮にし大きく後退しながら初撃の突進を避けた。そのままミラージュとドッペルの軽やかなステップを重ねて多重残像を作り上げる。
「どの程度か知らないけど、エッツェルに比べれば大抵のモノは可愛く見えるなぁ」
 しかも普段から見てかなり小柄だ。しみじみと呟いた。
「話を聞く限りじゃ、生きてる人間を無理やりアンデッドに変えてるっぽい? んー、エッツェルがいれば、こういうの一発でわかるんだろうなぁ……全然ミイラにしか見えない」
 二つのリズムを刻む足先に更にポイントシフトを組み込んだ。
「とりあえず、消滅させないようにぶっ倒して身動きできなくすればいいのね」
 幾多の残像を残しての高速移動、例え通常の倍の速さでミイラが飛びかかろうともこのスピードにはついてはこれないはず。
 必死に攻撃してくる相手を撹乱しつつ翻弄しながら輝夜は徐々にミイラをネームレスの方へと誘き寄せていく。
 スピード攻防を繰り広げている二人を眺めネームレスは鈍重な動作で巨斧要塞崩しを持ち上げ、ミイラの眼前にそれを振り下ろした。
 突然の進行を妨げられ要塞崩しにぶつかって重心を崩したミイラに瘴龍達の巨大な影が捕獲の為に空を滑空した。


 ツァンダ家から受けた極秘裏の依頼に次百 姫星(つぐもも・きらら)は先程から厳しい面持ちで森の中を歩いていた。
「しかし、身代金目的の誘拐なら犯人から要求がありそうですけどねぇ」
 先に教えられていた行方不明者のデータを思い出しながら、普通の所謂誘拐事件とも雰囲気が違うことに彼女は首を傾げてしまう。
 考え込んでいる内に細い獣道が広い道へと合流したらしく突然目の前が開けた。
 月が明るく足元が照らされているとはいえ、そこは夜の森である。生い茂る葉が重なった場所には月明かりは届かず常闇を落としていた。そんな暗闇の一部がのそりと蠢く。木々の間より迫り来る人影に姫星は即座に臨戦態勢を取った。
「だ――ッ!」
「私、私ッ」
「墓守姫さん?」
 両手を肩の高さに持ち上げ敵意がないことをジェスチャーで伝える呪われた共同墓場の 死者を統べる墓守姫(のろわれたきょうどうぼちの・ししゃをすべるはかもりひめ)に姫星はきょとんとした。
「びっくりしました。てっきりアンデッドが出没する森と聞いていたのでそのアンデッドかと……」
 戦闘態勢を解いた姫星に死者を統べる墓守姫は軽く肩を竦めただけだった。
「そうそうそのアンデッドが出る森って聞いてね。でも何か引っかかるから色々調べてたのよ。しかもそのアンデッドってのが普通の人間らしいの。目撃者がいてね、どうしても気になったのよ」
「そうなんですか? 私は行方不明者の捜索にここまで来たんです」
 重なりそうにない事件を互いに抱えてきたがこれも何かの機会だと二人で情報のやり取りを始めた。
 しかし、そんな悠長な事を許してくれる森ではなかった。
「ネームレスそっち行った!」
 輝夜の指示が森に響き渡った。
 姫星と死者を統べる墓守姫の真横をネームレスを乗せた魔瘴龍エル・アザルが横切った。進行の邪魔をするのを無理やり押しのけて木々の枝が折られていく音がけたたましい。
「……潰し、たい……」
 ミイラはいつの間にか三体に増えていた。輝夜ほどではないといえ見かけに反しすばしっこいミイラにネームレスは何度ともなく振り上げた要塞崩しを持ち直す。
 突如として勃発した戦闘に姫星と死者を統べる墓守姫は同じく構えた。
「噂のアンデッドってミイラだったんですね。にしても綺麗な服ですね」
 やる気満々の星姫とは正反対に、森に対して違和感を覚えていた死者を統べる墓守姫は何気ないパートナーの呟きに目を瞬かせる。
 瞬く視界で、ネームレスが斧を振り上げた。
「ではさっそくやっつけちゃいましょう。槍で一突き、チェス――」
「いけない! 彼女達を殺しては駄目ッ!」
 死者を統べる墓守姫が叫んだのと同時にネームレスの要塞崩しが重々しく地響きを立てて地面に埋まった。進路を立たれたミイラが要塞崩しにぶつかる。
 槍で一突き、を繰りだそうとした姿勢のまま制止されて、「へぇ? 彼女、達?」と姫星は間抜けた声を出してしまった。その彼女の肩を死者を統べる墓守姫は叩いた。まるで何かを確認するように。
「ミス次百、彼女……ミイラの服装なんだけど……もしかして、失踪した少女のものではなくて?」
「え、どうしたんですかいきなり? 服装……そういえば、確かに高級そう服、ってあ、はい。この服装の子が居ます!」
「――繋がったわね。連続誘拐事件とアンデッドの発生事件。アンデッドは行方不明になった少女達」
「そうには見えないけど、その線が濃厚らしい。捕獲手伝ってくれない?」
 全力で向かってくるミイラ三体に手加減せざるおえない輝夜が姫星と死者を統べる墓守姫に助けを求めた。



 淀む森の大気を丁寧に払いながら場を作っているのは東 朱鷺(あずま・とき)だ。
 少女達の捜索が続くにつれて発見されていく情報の中に呪いという単語が出てきた辺りから彼女の行動は今までとは一線を記し、捜索を取りやめその場に留まる方向に転換した。丹念に周囲を伺う姿はとても厳格な雰囲気を纏い、表情も彼女が持つ本来の顔が浮かんでいる。
 場が整ったのを確認後、聖痕と地獄の門の陣を開放し、深い集中に目を閉じていると放っていた蛇と神獣達がそれを伴って駆け戻ってきた。
 驚異的なスピードで近づいて来たミイラは、朱鷺にびしりと指をさされて驚きかその場に硬直した。
 ゆっくりと彼女は目を開く。
「朱鷺は、葦原明倫館の呪いマスター。この銀の髪「式髪のかんざし」と、褐色の肌にかけてこの呪い勝負に討ちかって見せます」
 自称が混じる中、名声の効果を乗せて高らかに名乗り上げた朱鷺の、次なる行動は早かった。ミイラが驚きの硬直から復帰する前に闇洞術玄武の闇での拘束に成功。空かさず呪詛祓いの手順を一から順に踏み出した。
 術者の名前が不明、呪いも朱鷺の知識には存在しない形からして術者のオリジナル。手始めにと、三匹の蛇の能力を借り受け八卦術・六式の陣を張った。
 それから彼女の長い戦いが始まった。
 ミイラが拘束から逃れようとするたび蛇達と銀の髪で再度縛り上げながら、呪詛払いはいつまでも続けられた。時計の針が深夜を指して少女達が一時ミイラの呪縛が解かれるまで、いつまでもいつまでも、朱鷺の涼やかな声は謡い終わらない。



 アンデッドには、さまよえる魂、「現世」に未練や執着を残して、戻るべき塵に、未だ戻らざるもの。という考えが仮説のひとつとしてあった。
 信仰上の立場からは決して許し受け入れることは決して叶わぬ忌まわしき存在。
 普段なら、即刻浄化してしかるべきだ。
 しかし、少女が血を吐きながらアンデッドへと変貌したという。変化は目撃された少女のみで周辺住人に異変は無く悪質な伝染病という話でも無いらしい。
 仮定の話として、もし、望みもしないのに「生者がそのような存在」へと変身することを命じられているとしたら。逆に、その逆の現象も引き起こすことができるのではないか。
「で、その実験の検証に、私、このまま精神力使いっぱなしで頑張るわけ?」
 サイコキネシスから奈落の鉄鎖の連携で見事ミイラの拘束を成功させたアリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)ロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)の説明を受けて、このままミイラの無力化続行を促すつもりの彼にげんなりとした。
「キーワードは変容。タロットならば月、ネ。少女がアンデッドに変わるなら、アンデッドが少女に変わる事もあるかも知れナイネ」
 生きたまま不死族化するなら元に戻る事も可能なはずだ。元に戻らない可能性も十分あるが、希望を確証に変えたいと願ってどこが悪いだろう。駄目だったら駄目で未練を解消し浄化させるまでだ。
「ああ、もうっ、ロレンツォの頼みだったら、どうしようもないけどね」
 ぎりぎりまで頑張ってあげる。肩を竦めて諦め口調のアリアンナは余裕の笑みでロレンツォに答えた。
「それにしても人間のフリーズドライみたい……お湯かけたら戻るかしら?」
「そん事言ったらダメネ。年頃の女の子、聞いてたら傷つくネ」
 地に伏せるミイラの様子見を始めてどのくらいの時間が経っただろうか。ようやく時計の針は深夜を指した。
 変態は想像よりも急激だった。急速に潤っていく肌、色を取り戻す髪、何より纏っていた悲惨さが潮が引くように消え失せる。その間十秒も無い。
 ミイラの正体は、どこからどう見ても両親に大事に育てられたご令嬢然の少女だった。
「目が覚めたネ、大丈夫、ですカ?」
 瞼を持ち上げた少女にロレンツォは話しかけるが彼女は拘束を解こうとしたアリアンナに首を弱々しく横に振って、それを止めさせた。
「だめ……私、戻りたく、ない……」
 戻りたく無い。言葉を繰り返す少女に、再びミイラに変化するのかとアリアンナは軽く目を瞠るが、当然の可能性の一つとして考えていたロレンツォは大丈夫デスと言葉を重ねる。
「神様が許したのだとしても、あなた、そのようである事、私耐えられなネ。話、聞かせて」
 ロレンツォにやさしい言葉を掛けられて、少女ははらはらと涙を零した。ゆっくりと自分が体験した内容を話始める。最後に助けてと締めくくられてロレンツォは力強く頷き返した。
「アリアンナ、あなた、私、いつも通り助ける、これ契約、決まり」
「言いたいことはわかってるわ。大元に逢いに行きましょう」
 再び戻るというので念の為に可哀想であったが拘束し直した少女を抱え、魔女が居る館へ向かって二人は歩き出した。