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冬のSSシナリオ

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5


 クリスマスは、もう目前まで迫っていた。
 今日まで、クロス・クロノス(くろす・くろのす)はひとりでクリスマスの準備をしていたが。
「…………」
 部屋を見渡し、思う。
(みんなにも手伝ってもらいましょうか)
 だって、買い物をしにいったひとりを除いて、全員家にいるのだもの。
 まずは、朝からずっとこたつから抜け出せないでいるこたつむりふたりにお願いしようか。
「源ざん、九藍。物置部屋からクリスマスグッズ一式、持ってきてもらえませんか?」
 こたつむり――もとい、井上 源三郎(いのうえ・げんざぶろう)伏見 九藍(ふしみ・くらん)は、クロスの声に顔を上げた。
「わざわざクリスマスの為に部屋を飾らなくても」
 肩までこたつ布団に埋れ、心なしか眠そうな声で、源三郎が言う。九藍に至っては、
「わし、こたつでぬくぬくしていたいんじゃが……」
 言うが早いかすぐにまた目を閉じてしまった。温まって目を細める姿は、狐というより猫か何かのように見えた。
「大人たちにとってはそうかもしれませんが、香がとっても楽しみにしてるんですよ?」
 クロスはため息を吐きながら、ソファに座って絵本を読んでいる月下 香(つきのした・こう)を見た。名前を呼ばれたことで、香がクロスの方を見る。
「ね、香? クリスマス、楽しみだよね」
 問いかけると、香は素直に頷いた。笑顔を見せて、「くりすます、たのしみ」と弾んだ声で言う。
「おじいちゃんとおじちゃんはちがうの? たのしみじゃないの?」
 続いた言葉に、源三郎が困ったような顔で頬を掻いた。
「いや、まあ」
「くりすます……」
「……楽しみだ。なあ、九藍」
「勿論じゃ。香とのクリスマスは、とても楽しみじゃよ?」
「よかった」
 心からほっとしたように笑う香に、誰が敵おうか。
「ではふたりとも。一式取ってきてくださいますね?」
「クロス君はずるいな……あんな香を見て、やらない訳にはいかんだろ。ほら九藍、行くぞ」
「わかっとる。今行くわい、そう急かすな」
 源三郎と九藍を送り出すことに成功したので、今まで準備に追われていたクロスは少し休憩することにした。香の隣に腰掛ける。
「源さんたちがツリー持ってきてくれたら、一緒にツリーの飾りつけしようね」
「あたしもてつだっていいの?」
「手伝ってくれると、ママ、助かるなぁ」
「やる!」


 物置部屋には様々なものが置いてある。季節ものなどはそのいい例で、シーズン中は出しておき、過ぎたら仕舞い……とよく出し入れを繰り返しているため、手前には最近見たものが、少し奥には懐かしいものが眠っているのだ。
 そのため使用後およそ一年が経過していると、探すのが大変なのだった。
「どこにあるのだろうか?」
 部屋の入り口に立って、源三郎は呟く。見当もつかなかった。いろいろとあるはずなのだが。
「なんじゃ、クロスから場所を聞いておらんのか」
「聞きそびれてしまったな」
 香の顔を見ていたら、一刻も早く手伝わなければと思って。
「まあ良い。いずれ見つかるじゃろ。それよりあやつはどこへ行った? 上手く逃げおって」
 あやつ、とは今この場にいない彼のことだろう。しかし彼も逃げられたわけではなく、朝早く、クロスに買い物を頼まれていた。今頃は寒い中あちらこちら店を回っていることだろう。それに比べれば、暖かい室内での作業な分、こちらの方がマシかもしれない。
 とはいえこたつの温もりとは程遠く、じっとしているには寒い。
「手分けして探そう」
 さっさと見つけて、クロスと香の待つ部屋に戻ろう。
「クロスは最近様々な意味で強くなっているのう」
 探している最中、不意に九藍が口を開いた。「いいじゃないか、強くなって」源三郎は静かに応える。
 源三郎がクロスと契約した当初、彼女は、目を離している間にどこかへ消えてしまうのではないかと思うほど、脆く、儚く見えた。
 じっと見ていることしかできなかった。触れることでさえ、何か侵してはいけない領域に踏み込んでしまいそうで。壊してしまいそうで。
 目を離さなければならないときは、不安だし、心配だった。
「私は、今の彼女の方が好きだよ」
「ほお?」
「邪推はするな。そのままの意味だ」
「わかっておる」
 指先が、硬くて軽いものに触れた。持ち上げてみると、ツリーに飾るためのオーナメントだった。オーナメントがここにあるならツリーも近くにあるだろう。その他のインテリア用品も。
「今の彼女の方がいいさ」
 ぽつり、零す。
 昔のクロスを思い出し。
 今のクロスを思い出し。
「今の方が、いい」
「そうじゃな。クロスにとっても周りにとっても。……お」
 会話が終わると同時に、ツリーが見つかった。ノエルカーテンやリースも出てくる。
 それらを抱え、九藍が言った。
「ツリーも見つかったし、戻るかのう」


 香は、自然とクリスマスソングを口ずさんでいた。
 源三郎と九藍が持ってきてくれたツリーに、クロスと一緒に飾り付けを施しながら。
 一箇所に偏らないように。
 きらきらのオーナメントはガラス製だから落とさないように。
 気をつけて、気をつけて、でも楽しんで。
 オーナメントがなくなる頃に、クロスが言った。
「香、ママが抱っこするから、香がてっぺんに星をつけてくれる?」
「えっ、いいの?」
「うん」
 ガラスのオーナメントよりも一際輝く、金色のお星様。
 自分の手で飾りたいな、と、初めて見たときから思っていた。
 クロスに抱きかかえられると、ツリーのてっぺんがすぐ目の前にきた。こんなに近くで一番上を見たことがなかったから、なんだか新鮮な気持ちになる。
 そっと、星を飾りつけた。
「まま、まま。できた!」
「上手ね」
 降ろしてもらって、全体像を見た。綺麗、だと思う。星だけじゃなくて、すべて。
 早く、クリスマスが来ればいいのに。
「まま」
「なあに?」
「クリスマス、たのしみだね!」