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 シャンバラ地方の南端に浮かぶ空京島は、近年まで日本の領土とされていた経緯がある。それゆえこの島は、地球人にとって親しみやすいものとなっていた。
 首都・空京には、非凡の才を認められた者だけが編入を許される「空京大学(通称:空大)」が置かれている。出身、種族、性差、年齢を問わず、夢や野心を充足させる為の取っ掛かりや、他者との出会いを求めて集う者が多い。
 同大学の体験入学へとやってきた(読み:しりゅういん―)柿笠院財閥の令嬢、柿笠院 渚(しりゅういん・なぎさ)も、そのひとりだった。
「嬢ちゃん、空大に着いたぜ」
 カマキリの腕のように長いハンドルを握って二輪車の座席にふんぞり返っていた王 大鋸(わん・だーじゅ)が、ドロドロと低く唸るエンジンを止めた。
 彼の背にしがみついていた女子がヘルメットをぬぐと、滑らかな黒髪が腰の辺りまで流れ落ちた。前髪は眉のラインで綺麗にそろえられており、化粧っ気がない顔立ちをしている。ブラウスの上からループタイを提げ、フレアスカートといった身なりをしている。背丈は、大鋸でいうアゴのあたり――154センチ――だ。
 キャンパスを行き交うたくさんの生徒たちが、彼女の存在に目を奪われていた。
「あっという間でしたねえ。送っていただき、ありがとうございますっ。ここが、空京大学ですかあ」
「でっけえ庭してんだろ? 俺様もまだ、全部の建物を把握してるわけじゃねえんだけどよ。いろんな奴らがワンサカいて、なかなか楽しいところだぜ」
 大鋸は得意げに、二輪車のハンドルへ二の腕を預けた。
「王さんって、優しいんですね」
「へっ!? ――い、いやあ、そんな事ねえけどよ。まあ、空大の案内役に抜てきされちまっちゃあ、サボってばかりもいられねえ……別にてめえの子守なんざ面倒くせえって言ってるワケじゃあないぜ?」
 大鋸の外見とは裏腹な性格に、渚はおかしくてクスクスと笑みをこぼす。
「学科は何を専攻されているんですか?」
「医療福祉ってヤツさ。思うところあってな、将来、介護福祉士として身を立てることに決めたのさ。えへへへ……柄にもねえと思うか? 笑うんじゃねーぞっ」
「いいえ。立派だと思います。私はまだ、決めかねていますから」
「おいおい、そんじゃあてめえ、空大で何するつもりなんだよ」
「どうしましょう。お父上の言いつけによって参ったものですから」
「ちっ。てめえってヤツは、ゼンゼンなってねーな。まーいいや、今日は空大を堪能しまくって、何かやりたいコト見つけてみるんだな」
「がんばりますっ」
「自分の居場所は見つけるモンじゃねえぞ、確保するんだっ。それだけは忘れんな」
「勉強になりますっ」
 やる気を充実させている渚を前にして、大鋸は耳穴をかっぽじって嘆息をもらした。
「素直というか、安直というか、調子が狂っちまうなあ」

▼△▼△▼△▼


 渚と大鋸がキャンパスを歩いていると、見覚えのある男女が後を追ってやって来た。
「いたいたー、王センパーイっ」
「待てよ三二一、俺を置いて勝手に行くんじゃねえって」
「いーじゃん、別に。面白そうなんだし。三鬼はいっつも、ノリ悪すぎだからね」
「つまんねえし、くだらねえよ。帰るぞ」
 魔威破魔 三二一(まいはま・みにい)と、浦安 三鬼(うらやす・みつき)だった。
 前者が契約者であるシャンバラの人、後者が日本国千葉県流山市出身の地球人だ。
「仕事の邪魔すんなよ。絞めて波羅蜜多の地に放るぞ」
「先輩、バイトっすか?」
「ちょっと頼まれ事があってよお、コイツに空大を案内することになってな」
「パシリッすか。格好悪い」
「ぁん?」
「――ちょっと三鬼、ツッコミ過ぎじゃんっ」
「文句あんのか、てめえ」
「まあ、先輩がどうしようと、別にいいっすけど。ケンカならガチで相手になってやりますよ」
「三鬼ったら言いすぎだよっ。王センパイとケンカしたいの? ゼッタイ強いよ? あんた負けるよっ!?」
「おまえに言われたかねーよっ。それに俺は、ぜってー負けねえ。ナメんなっ」
「男らしいけど、でも三鬼のって、それただのガキじゃん。ふぅーん……まあでも、それぐらいじゃないと、これから先ずっと頼りにならないもんね」
「どういう意味だよそれ。三二一、まさか本気でやろうとしてんのか? お空の“三二一ランド”」
「そのためのパートナーじゃん。三鬼、今度の休みに“パンサーキング”観に行くよっ」
「何十回目だよ」
 パンサーキングとは、ジャングルの獣たちの間に育まれる愛と勇気と絆を描いたミュージカルである。
「生きた資料なんだから、できるだけ多く観に行くのっ」
「ひとりで行けって」
「あ、あのう、みなさん落ち着いてください」
 宙ぶらりん状態の渚だったが、ようやく仲裁に入る隙を見つけたようだ。
「そうだ、あんたもあたしらと一緒のパラ実に入って、お空の“三二一ランド”を作ろうよっ」
「“ぱらみ”で、“みにいらんど”……?」
「ああ、気にしなくていいぞ。つか、勝手に巻き込もうとしてんじゃねえって」
「三鬼は黙ってて。空大なんて堅いこと言わないで、波羅蜜多実業高校で自由に学んだ方がイイよ、ゼッタイ」
「えっと、ですが私は既に高校3年生なので、パラ実に編入した場合でも、すぐに卒業しなければならないと思いますが」
「空大もパラ実も、その辺アバウトだから。ゼーンゼン平気っしょ。そうですよね、王センパイ」
「パラ実もフリーダムでいいところだけどな。そこは否定しねえし、止めもしねえがよお」
「王さんも、パラ実のことをご存じなんですか」
「パラ実は俺様の母校でもあるからな」
「そうだったんですかあ」
「まあとりあえず、本校舎から案内するぜ」
「よろしくお願いしますっ」
「あたしらも一緒について行こうっ。三鬼も付き合うんだからね」
「勝手なコトしてんじゃねえっ! おいっ、三二一っ」
 などと取り留めのない話をしていると、ひとりの老紳士がキャンパスの入口より疾走してきたのである。
「渚お嬢さま、お待たせを致しました」
「爺や!? 付いてきたのですかっ」
 驚いたのは渚ばかりではない。居合わせている一同が、目を丸くしたのだ。
 黒のスーツに身を包んだ執事然とした老人は、息も乱さずに額の汗をハンカチでぬぐっている。
「ホホッ……一事が万事でございますゆえ、しかと見届けさせていただきます。どうぞ、お気にならさず」
「恥ずかしいからやめてよ。子どもじゃないのに」
「17才でございます」
「あーっ、あたしらとタメじゃんっ。三鬼も17だよ」
「余計なこと言うなって」
 二輪車のキーを頭上に投げて弄んでいた大鋸が、落ちてくるカギをしっかりと握りしめた。
「よし。渚、行こうぜっ」

 柿笠院 渚の空大体験入学が始まった。