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雪の女王と癒しの葉

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第三章 風花の祈り
「孤児院が風邪引きさんでいっぱいになってるって聞いてきたけど、これは確かに大変そうね」
 室内を見回した布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)に、エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)も首肯した。
 一人暮らしのご老人を始め、看病する人がいない病人を受け入れたと聞いていた。
 その受け入れたご老人達は二十名くらいだろうか?
 ただ、その人達が元気になる前に孤児院の先生を始め、看病していた子供達もまた倒れてしまっていた。
 残った健康体の子供は三人、しかも。
「ん〜、薬がなくても栄養をとって少しでも体力をつければ、少しは風邪もよくなるんじゃないかな?」
「あのそれが、料理得意な子がダウンしてしまって……」
「そうなのじゃ、妾も料理だけは苦手なのじゃ」
 というか、それがこの現状というか惨状の原因の一つであるらしい。
「それで色々、行き届かなくて……すみません、あの……本当にすみま……」
「謝らなくていいんです」
 恐縮する子供を優しく遮ったのはレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)だった。
「あなた達は十分、頑張りました。後は私達に任せて……といいたい所ですが、もう少し頑張れますか? 出来れば手伝って欲しいのです」
 今は休むよりも動いていたいだろう、察したレイナの依頼に、三人は大きく頷いた。
「よく、頑張りましたね」
 それでも、そう言って頭を撫でてやると、その顔がくしゃりと歪んだ。
 どうやら今まで鼓舞していたルルナという子が、薬草を買いに行ったまま戻らないので、不安になっていたらしい。
 その件の女の子は、雪山に向かったらしいと先ほど連絡が来たが……子供達にはとりあえず内緒にしておこうと、佳奈子達と話し合ってある。
「うんうん、偉い偉い。じゃあそんな良い子達の為、それから皆が早く良くなるように、温かいスープ作るからね」
「私も手伝うわ。野菜運んだりは得意よ」
「私も手伝います。美味しいスープ、作りましょうね」
「うん、ボクも手伝う」
「わっ私も手伝っていいですか?」
「妾は病人の様子を見ておくのじゃ」
 ようやく明るい表情を見せた子供達に、ホッとしながら佳奈子は腕まくりを始めた。
 そして。
「はい、気を付けてね。慌てなくても良いからね」
 熱過ぎないか見てから、エレノアはスープをよそった皿を、渡した。
 身体を起こした人の背に枕を添えてやり、自分で食べられる人はそのまま子供達に任せて。
 介添えが必要なご老人には、レイナや佳奈子と手分けして、その口元にスープを運んだ。
「……少しずつ呑みこんで下さい、そう、ゆっくりゆっくり」
 そうレイナが声を掛けていた時、だった。

 ズ……スズゥン。

 遠く、聞こえた地響きに病人達がざわりとした。
 断続的に届くソレに、不安は否応なしに高まって行く。
 とはいえ、ここにいる病人の数を考えれば、そう簡単には避難も出来ない。
「大丈夫、大丈夫ですよ」
 だから、レイナは殊更落ち着いた声で、告げた。
「皆さんが心配するような事は何もありません。今はゆっくり身体を休めて下さい」
 口元に微かに笑みさえ浮かべたレイナの様子に、ざわめきは少し収まる。
 勿論、不安が全て払拭されたわけではないだろう、けれど。
 何よりレイナは信じていた。
 雪崩は皆が、きっと止めてくれると。
 だから。
「食べられるようなら、少しでもお腹に入れて下さい。そして、早く元気になって下さい」
 レイナも佳奈子もエレノアも、そして子供達も。
 繰り返し繰り返し励ましながら、看病を続けるのだった。



「そろそろツァンダが見えてくる頃ですね」
「これだけ吹雪いていると、いつもと違う風景で不思議な感じですわね」
「……今、遠くで灯りが見えた気がする」
 その日その時、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)達がそこを通りがかったのは、偶然だった。
 パートナーのユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)と共に、イコンE.L.A.E.N.A.I.で移動中の事だった。
「近遠、あそこを見ろ!」
 イグナの声が、和やかな空気を途切れさせた。
「あの先には確か…………雪崩を止めよう、近遠!」
 ツァンダ郊外とはいえ、孤児院を始め家屋は一つ二つではない。
「分かった、やらないなら、一人で止めに行く。降ろして先に行って待っててくれ」
「落ち着け、生身でどうなるものでもなかろう」
「そうですわ。それに見てしまった以上、このままサヨウナラ、というのも寝覚めが悪いですわ」
 焦り、今にもイコンから降りようとするイグナをアルティアとユーリカが口々に止め。
「分かった分かりました……ま、確かに放ってもおけませんし」
 三対の目で真っ直ぐ見つめられた近遠は、一つ息を吐くと、E.L.A.E.N.A.I.を雪崩の進行方向へと向けるよう指示を出すのであった。
「思った以上に雪の量が多いわ。このままじゃ、止まらないかもしれない」
 パートナー月崎 羽純(つきざき・はすみ)と共にイコン【アンシャール】に乗る遠野 歌菜(とおの・かな)の声に焦りが混じった。
 雪崩の雪崩を変えるポイントに、岩を設置して防護壁を築いた歌菜達。
 だが、雪の予想以上の多さに、これで本当に流れを変えられるのか、不安が募った。
 そこに舞い降りた、イコンE.L.A.E.N.A.I.からの通信。
「イコン射撃にて、意図的に小規模雪崩を誘発して、大きな雪崩への成長の阻害と、進路調整をしましょう」
「『アバランチコントロール』って奴ですね…スキー場とかで、爆薬を使って小さな雪崩を事前に起こし、大きな雪崩になるのを防ぐって聞いたことがあります」
「その通りです」
 歌菜に頷いた近遠に、ユーリカは問い掛けた。
「意図は、分かりましたわ。でも、本来……その手の作戦は、詳細な地形データと高度な挙動予測、それを処理出来るスーパーコンピューターか何かとあわせて行う事ではありませんの?」
 ユーリカとて現状、それらが準備できないのは理解していたけれど。
「そこら辺は原始的手法で何とかします」
「我には理解出来ないが……それで上手くいくのなら、ダメか?」
「……まぁ結局、そうなるのでしょうね」
 果たして、しれっと怖い事を言う近遠と、分からないけど言い募るイグナに、ユーリカは小さく溜め息をつき。
 そんなユーリカの肩を、励ますようにアルディナが叩き。
「迷ってる時間はありません…思い付いた出来る事をやって行きましょう」
 そうして、歌菜が作戦決行にGOサインを出すのであった。

「機体の操縦や諸々には携われないけれど……何か、手伝える事は無いか?」
 第2オペレーターとしてE.L.A.E.N.A.I.に乗り込みながら、アルディナは近遠に尋ねた。
 イグナと違い、アルディナは近遠の意図するところを把握していた。
 それと共に、その原始的手法がどんな無茶な事なのかも。
 ただ雪崩に攻撃すれば良い、というわけではない。
 雪の上から地形を推測しながら、雪崩の挙動を推測・演算し、その起点と流れの方向・タイミングを目指して、イコンを彼方此方に移動させつつ、削って行くのだ。
 しかも、歌菜達の行動……進行上の地面の雪を減らすのだ、も予測しつつ。
「取り立てて、特にはありませんが……そうですね、では」
 そんな無茶で不可能な事に挑もうとするには、悲壮感も緊張感もまったくない顔で。
「信じてて下さい」
 近遠は愛機に乗り込んだ。
 そして。
「左後方2メートル下がって……そう、銃身を45度下げて……今っ!」
 近遠の指示通りの場所、ユーリカの砲撃がピタリタイミング通りに決まる。
 そしてそれは、近遠が意図する通り、小規模な雪崩の誘発をする。
 正確に迅速に。
「このまま上手く事が運んでくれると良いな」
 額にうっすら汗を滲ませたイグナの呟きに首肯しつつ、アルディナは両の手を確りと組み合わせ、パートナー達の偉業を見守った。
 一方の歌菜達は、雪崩の来る箇所に先に【マジックカノン】を撃ち込んで雪を溶かし、近遠達の負担を減らす。
「歌菜、次の位置、もう少し左に……そうだ!」
 羽純は指示を出しながら、大きな雪崩を起こさないよう、魔力の調整に気を付けてもいた。
「雪崩が街に到達するまでに、何とか食い止めるぞ」
「はい! 雪崩を無事に収めて、皆の笑顔が見たいから…私は最後まで絶対に諦めません!」
 背後……最終防衛ラインとその向こうの灯りとを守る様に立ち、歌菜は言い放つのだった。