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第2章 フリする人々

「ボクたちは、アブノーマルだ!」
「お、おう……」
「何しろボクは男の娘……男だからな! そして彼と付き合ってる」
「お、おう……」
 アブノーマルを主張しながら互いに手を繋いで歩いているのは、下川 忍(しもかわ・しのぶ)巳灰 四音(みかい・しおん)
 いや、主に主張しているのは忍の方。
「性別で、可能不可能を決めるなんてナンセンスだ。ボクは、あらゆる可能性を模索するべきだと思う」
「いや忍さん、あまり主張するのも不自然かと……」
 四音はというと、より男同士に見せるためにはあまりいちゃついた様子を見せてはいけないだろうかとかしかしカップルに見えなかったら意味がないしなとか、いろいろと考えすぎて逆に動けないでいた。
 堂々と主張する忍とは対照的。
(これじゃあ、ボクは男らしくない……)
 隣りに立つ恋人の横顔を見ながら、心を沈ませる。
 ああ、せっかく忍さんが誘ってくれた、初めてのお出かけだっていうのにさ……
 ぐるぐると思考を曇らせながらをしながらふと気が付くと、隣の忍が此方の方をじいっと見つめている。
「ど、どうしたんだよ」
「四音さんこそどうしたんだい?」
 ぎくしゃくと恋人に笑顔を向けると、逆に心配そうな声が返ってきた。
「な、なんでもない」
「もしかして誘ったの、迷惑だった?」
「とんでもない!」
 思わず強く反論してから、四音は拳を握りしめる。
 ああ、違う。
 そこは、誘ってくれて嬉しかったとか感謝の気持ちを伝えるべきなんじゃないだろうか。
 いや馬鹿言うなそんな事出来る筈ないだろ!
 忙しい四音の脳内を見抜いたのか、忍はにこりと笑う。
 四音には、その笑みはいつもと少し違ったように見えた。
 忍は、四音の腕を引くと互いの体を寄せ、そっと耳元で囁く。
「そう? だったら…… 男同士のふりだけじゃなくて、もっと過激なこと、してみる?」
「え、か、過激?」
「うん。あんな風に――」
 忍は少し離れた所にいるカップルを指差す。
 そこにいたのは、遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)だった。

「アブノーマルなふり、アブノーマルなふり……ああもう全然思いつかない! 羽純くん、どうしよう……羽純く」
 かちゃり。
 頭を抱えていた歌菜の首元で、金属的な音がした。
 続いて、首に僅かに息苦しい感覚。
「羽純く、ん?」
「歌菜。お前は俺のものだ」
 羽純が歌菜の首に付けたもの。
 それは、首輪だった。
 羽純は歌菜に小声で告げる。
「……いいから俺に合わせろ」
「え、あ、うん……」
「違うだろ」
「えっ」
「返事は『はい』だ」
「は、はい……」
「いい返事だ。ご褒美をあげよう」
 じゃらり。
 羽純は歌菜の首輪の鎖を引く。
「首輪だけじゃ足りないだろう? もっと束縛して欲しい?」
 かちゃ、かちゃり。
 歌菜の両手に手枷がつけられた。
(あああああ恥ずかしいっ!!)
 いつもと変わらぬ笑顔を向ける羽純の口から、いつもとはかけ離れた冷たい言葉が紡がれる。
 そのギャップに、歌菜は胸が……
(あ、あれ? こんな事でこんなにもドキドキしちゃうなんて……)
(私って、もしかして、アブノーマル?)
 歌菜が新しい扉を開こうとしていた時、羽純もまた異世界へと旅立ちつつあった。
(これは、ちょっとクセになりそうだ……)
「そうだ。きちんと宣言させないとな。言えるか? お前は俺の何だ?」
「わ、私は……羽純くんのもの、だよ……」
 じゃらり。
「きゃっ」
 鎖を引かれ、思わずバランスを崩しそうになる歌菜。
 羽純は歌菜が転ばない絶妙なバランスで彼女の鎖を操る。
「俺はお前の『ご主人様』だ。ちゃんと言えたらご褒美をやろう」
「は、はい。ご主人様……」
「よく出来た。さあ、来い。ご褒美だ」
「はい……」

「……とまあ、あんな具合に」
「……ふおお」
 忍の指差した先を見ていた四音は、ただただ真っ赤な顔を見られないようにするのが精一杯だった。

   ◇◇◇

 繋いだ手と手に、ぎゅっと力が入る。
 指と指が絡み合う。
「ちょっと、これは……恥ずかしくないかしら?」
「い、いいえ。これ位アピールしなくては演技だと見破られてしまいます」
 彩光 美紀(あやみつ・みき)セラフィー・ライト(せらふぃー・らいと)は二人、手を取り合ってアブノーマルカップルのふりの真っ最中だった。
 おんなのこどうしのらぶらぶかっぷる。
 それが、セラフィーが提示したアブノーマルカップルのコンセプト。
 よくよく見ると恥ずかしがりながら演技する美紀に対して、セラフィーは妙にノリノリだった。
(セラフィーは上手に演じてますね……私もがんばらなくちゃ!)
 そんな彼女を見て自身を鼓舞する美紀。
 しかし。
(カップル……カップル! 美紀と、カップル!)
 セラフィーの頭の中に、演技の文字はなかった。
 あるのは美紀とカップルの文字ばかり。
「ねえ、セラフィー」
「何ですか?」(カップル! カップル!)
「恋人同士って、何をすればいいのかしら?」
「そ、そうですねえ。手を繋いだり……き、キスしたり?」
「き、キスですか?」
「も、もちろん演技です! そういった演技をすることでトラブルを回避するのです」
「で、ですよね……」
 セラフィーの言葉にほっと息をつくが、そもそもキスの演技って何だろう。
 テレビとかでやってるのは、するフリだって聞いたけど……
「た、試してみます?」
「え……」
 驚く美紀のすぐ目の前に、セラフィーの顔。
 唇が近づき、美紀の唇の……すぐ横に。
「……あ」
「これ位なら、どうでしょう?」
 どこか上ずったセラフィーの声。
 しかしそれはもう、美紀の耳には届いていなかった。
(これは……この気持ちは、何? あれは演技の筈なのに……)

   ◇◇◇

「サニーさん、好きです!」
 お友達として! と心の中で付け加えながら、杜守 柚(ともり・ゆず)サニー・スカイ(さにー・すかい)に告白した。
「え……」
 サニーの方はといえば、既にどこか出来上がっているのか目はとろんとして顔は赤い。
 柚の言葉をしばらく脳内で確認し、ふいにスイッチが入ったように飛び上がって柚の手を掴む。
「嬉しい! 私も柚ちゃん大好き!」
(あうあうあうあう……三月ちゃん、どうしようっ!)
 柚は、この騒動に巻き込まれないようにするためにはアブノーマルのフリをすれば良いと彼女に教えた張本人、杜守 三月(ともり・みつき)に救いを求めるように見る。
 しかし三月は少し離れた所で傍観しているだけ。
 いや。
「三月ー、たぶん好きだ」
「たぶん、じゃないでしょ。こ・い・び・と同士」
「好きー好きー大好きー(棒)」
「わー嬉しいなー(棒)」
 杜守 夏目(ともり・なつめ)といちゃついている最中だった。
 若干、演技力が足りない感は否めないが。

「柚ちゃん、余所見しちゃ駄目」
「わっ」
 不意に腕を引かれた。
 サニーの胸に顔を埋めるように倒れこむ。
「うふふ嬉しいなー。これで私達恋人同士ー」
「え、いえあの最初はお友達からで」
「何言ってるの私達もうお友達でしょー」
「た、たしかに……」
 何だか言いくるめられて主導権はサニーの手に。
 胸に顔が埋まって動けなくて良かった。
 だって、顔が真っ赤になってるんですから……
 ぽふ。
「柚、耳まで真っ赤だけど大丈夫?」
「わきゃ!」
 柚のモノローグを台無しにする台詞を吐きながら、柚の頭に乗った物がいた。
「夏目、浮気は駄目だよ」
 引っ張ろうとする三月を柚の頭の上から疎ましげに見下ろす夏目。
「浮気で怒るなら、本気ならいいのか?」
「何ですってー、このドロボウ猫!」
「な、夏目もサニーさんも、何て事を……」
「この前ドラマで見た!」
「私も!」
 えへんと胸を張る二人に、はぁとため息をつくしかない三月だった。

   ◇◇◇

「ここここここ」
 神社の境内に、鶏がいた。
 わけではなく、大岡 永谷(おおおか・とと)だった。
「ここここここ小暮さん、その、俺と付き合わないか」
 ほら俺どう見ても男の格好だし、付き合ってればアブノーマルって見られるんじゃないかなそしたら弓矢を回避することが可能なんじゃないかなと思って――
 そんな数多の言い訳をする暇もなく、小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)は一歩、永谷との距離を詰める。
「……10%、だ」
「な、何が」
「付き合うというなら、自分と大岡殿との状況はまだ10%しかその状況を達成していない。更なる前進が必要と考えられる」
「あ、えぇと?」
「まずは視線! 一瞬たりとも自分から逸らさない。更に挙動! 一挙一動全て自分の望むとおりに動く。更に対話! 自分の……」
「……うわあ」
 小暮は既に、アブノーマルにされていた。
 しかもなんかややこしい感じに。
「ほら今のうわあは自分の望む単語との合致率0%!」
「あ、えーと、悪かった……いや、すまなかった」
「分かればいい。今の態度は75%合致だ」
 ……フリとはいえ、これは付き合っているうちに入るんだろうか?
 だんだん自分の状況に疑問を持ち始める永谷。
 まあ当然だろう。
 そんな永谷の顔を小暮が覗き込んだ。
「わ、な、何?」
「……今、大岡殿は何パーセント自分の事を考えてた?」
「え?」
 突然の、それも意外な質問に思わず言葉に詰まる。
「な、何パーセントって……そんなのいつも100%に決まってる」
 思わず答えてしまってから、ぼうっと顔が赤く染まる。
「うん。今の返事は100% ……ん?」
 永谷の答えに満足そうだった小暮だが、顔を赤く染め恥じらう永谷の様子を見て小さく呟いた。
「その態度は、自分の想定外だ……」

   ◇◇◇

「あのさ、兄貴」
「何だ?」
「私達の関係ってさ、何だろう……」
 仁科 姫月(にしな・ひめき)成田 樹彦(なりた・たつひこ)に投げかけた問い、それはあまりにも根本的なものだった。

 ことの始まりは、神社。
 参拝しようとしていた二人は、アブノーマルの騒動を知って回避の為、アブノーマルのフリをしようとしていた。
「アブノーマルって言ったら、何かなあ」
「簡単な所では、男同士とか女同士とか」
「だーかーら、兄貴とじゃなきゃ駄目なの!」
「そうか。なら……」
 アブノーマルのフリをするつもりが何故かアブノーマル談義に花が咲く。
「……つまり、どちらかが常識に外れた行動をすればアブノーマルと認定されるんじゃないのか」
「うーん、それは甘いと思うよ。だって……」
 しばらく話し合っていたのだが、そのうち姫月がふいに口を閉ざした。
 何事か考えている様子に、樹彦が心配になった頃。
 姫月は、樹彦に問うた。
「私達の関係ってさ、何だろう……」

「な、何って……いわゆる、付き合ってるというか恋人同士なんだろう」
 姫月の問いに、いつになく動揺した様子で樹彦がそれでもなんとか答えを出す。
「じゃあ、私達って、アブノーマル?」
 言われて初めて、樹彦が考え込む様子を見せた。
「まあ、実の兄弟ではあるが……以前とは名も体も違うしな。そもそも人外だ」
「あれ、どっちに転んでもアブノーマル?」
「さあどうなんだろう」
 二人の間に沈黙が流れる。
 次の瞬間、二人の声が揃った。
「巫女さん、どっちなの?」
「巫女、どっちだ?」
 し〜ん。
 返事は、静寂。
 矢は、放たれなかった。
「……アブノーマルってことなのかなあ」
「かも、しれないな」
 あくまでも巫女さんの判断ですが。