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水宝玉は深海へ溶ける

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水宝玉は深海へ溶ける
水宝玉は深海へ溶ける 水宝玉は深海へ溶ける

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 残りの隊士は9人。
 彼らの数を減らしていたのは、悲哀のパートナー椎名 真(しいな・まこと)と相対していた。
「(耀助さんの情報を聞く限り……この人、俺と……似てる気がする……。
 組織の人は信念があってやってると思うし、同意出来る部分もある……けど、
こっちもジゼルさんを兵器扱いする事は許せない)」
 だから正攻法真っ向勝負という形しか、真は思いつかなかった。

「ハムザ・アルカンさん……俺と、勝負して下さい」

 真の曇りの無い眼に、ハムザは静かに頷く。
 真に向かおうとした隊士に向かって双葉 京子(ふたば・きょうこ)の矢が放たれると、それを合図に二人の戦いは始まった。


 ハムザは腕を後ろに引いてバネの力で正面の真へ向かい右の一撃を繰り出した。
 真はそれを右手でそちら側に払いながら相手を流しつつ、ハムザの右足に左足の下段回し蹴りを喰らわせる。
 しかし体重が左に掛かっていたハムザの足は上に弾かれた程度で、
そのまま流された勢いと蹴られた勢いで半回転しながら裏拳を真に入れようとするが、
様子を見ていた真は超感覚で研ぎすまされた鋭い感覚でそれを見切り、上半身ごとくぐって右の蹴りをハムザの顎へと放った。
 それはハムザの出してきた右掌に止められるが、真は動揺も見せず飛び上がって左の蹴りを顎へ喰らわせた。
 すぐに左のパンチが飛んでくるのを両手で受けるが、『相手の力が重過ぎる』。
 真の身体は後ろへぐっと押されてしまったが、そのままそれを利用して間合いを取った。
 相手が段々と掴めてきていた。

 殺意は無いのだろう。
 しかし迷いは全くみられない。

「(それにしても流石にでかいな。
 ウエイトは劣るし力比べも負けると思ったけど……
 はは、やっぱりまともに一撃を入れた所で、大した威力にはならないってことか)」
 ハムザの再びの拳を左腕で受けつつ、真はハムザの懐へ右の拳を入れ、その勢いのまま顎へ向かって拳振り上げた。

 懐と顎に二発。

 流石の攻撃に後ろ倒れかけたハムザだったが、
 巨体のリーチを生かし真の頭を左手で掴むと、右手で真の頬へ拳でもってぶん殴りを入れた。
 真の口の中に血の味が溢れている。
 如何にも執事らしい白い手袋に包まれた右手で唇の左をの血をゴシゴシと拭い、彼はハムザを見た。
 スピードと怪力。相殺すれば互いの力はほぼ互角。
 このまま殴り合いでは、何時まで経っても決着はつかないだろう。
「(だったら――)」
 真は作戦を切り替え、ハムザに向かって右の拳を繰り出した。
 ように見えたのだ。
 しかし即座に引いた拳は、何処へも当たらない。
 ハムザは向かってくると思っていた真の拳が出て来なかったため、受け止めようとした左手を空中で止めた。
 と、その刹那に真はハムザの左の手首を取り、その肘を拳で殴りつけた。
 ハムザは右の拳を振り下ろすが、それも真は受け流し、右肘にも蹴りを入れて一歩。飛び退いた!
 真はまるで搗ち合う気を無くしたようだ。
 正直なところハムザは、この時間にすれば1分も無い様な戦いの間に、この青年を気に入ってしまっていた。
 真っ直ぐな瞳と、正面へ向かった彼の攻撃はまるで人柄まで感じさせるようだと、そう思ったのだ。
 だが今の真はなんだろう。

 勝負を避け、逃げ周り。

 その誠実さも、敵への尊敬すらも無くしてしまったかのようだ。

「所詮その程度の男か……ならば!!」
 気合いを入れたハムザの身体は筋肉の躍動で強く揺れ、額から二本の角が生えてくる。
身体は天井へ着く程の巨大な鬼の姿へと変化していった。
 マホロバ人の持つ鬼神の力はハムザの怒りを具現化したようだった。
 しかしだ。
 『怒り』、それこそが真の作戦だった。ヒット&アウェイでハムザを撹乱し、イラつかせ――
「(隙を見つけて一撃を――
 それしか俺に勝機は無い!!)」
 真は飛び退いたその場所で、ハムザを待つ。
「(蹴りで、拳で)

 受け取ってくれ、俺の意志を!!」
 それはかつて伝説上の英雄が放ったとされる魔技でも有り、正面からの攻撃だった。
 飛びかかってきたハムザの連打を真は右左に避け、その懐へ『トン』と拳を『置いた』。
 

 瞬間、爆発的な衝撃がハムザの身体から弾け、ハムザは何か大きなものに殴られたかのように後方へと吹き飛ばされて言った。
 動きを止めたままの二人を、京子は見守っている。
 ハムザが真と同じ心を持つのならば、きっと今の一撃で思いは伝わったはずだ。

「(真君、やったね)」



 宴会場で戦いが起こっている事に気づいた桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)エリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)
その中へ突入して即動いた。
 煉はアームデバイスを機動させると、それでもって身の丈の二倍を越える大剣を出現させた。
 剣の大きさは彼の精神の強さを表している。
 それは煉が『皆で明日を迎える為に使う剣』として明け方の意味を持つ『黎明』と名付け、振るうものだった。
 今この場に立っている敵は二人。
 彼が狙うはトゥリン・ユンサルただ一人だ。
 煉がここへ来た事に気づいたトゥリンが動かした銃身から銃弾の飛ぶ位置を予測し接近すると、
撃ち出された20発全てをかわしながら彼はトゥリンへ徐々に近付いて行く。
 そして間合いに入った瞬間、構えた黎明を横薙ぎに振りトゥリンの腹部へ一撃を叩き込んだ。
「がっ!!」
 トゥリンは胃の中を吐き出して押しやられていたテーブルに背中を叩き付けられた。
 しかし煉は踏み込んだ間合いを詰めたまま一歩も引かずこちらへ向かってくる。
「あいつ、強い!」 
 武器はあれ程までにデカいのに、煉にからは隙が感じられない。トゥリンは気圧されていた。
「お前等そもそもなんで兵器の破壊に拘ってるんだ?
 まさか全ての兵器を破壊すれば争いが起きないとでも思っているのか?」
「いちいちるっせんだよ糞野郎! アタシはアリクスを信じてる! だからアタシはアリクスの信じる道選ぶ!
 そんだけッ!!」
「それでもしあの隊長サンが武器を持つ最後の一人になったらどうするつもりだ!
 争いを起こすのはいつだって人の意志だ。武器なんて関係ない。
 そして例え兵器として生み出された存在だったとしても、平和に生きたいと願うなら彼女には生きる権利がある」
「How the hell should I know!(そんな事知るか!)」
 言い切ると汚れた唇を袖で拭ってトゥリンは叫んだ。
「ハムザ! 弾寄越せ!!」
 差し出された手に、ハムザは持っていたトゥリンのマガジンを投げる。
 しかしそれはエリスのチャンピオンの誇る剣技の極みで斬られ、
カーペットの床に7.62ミリの弾がバラバラと零れ落ちていく。
 ハムザは目の前に立ちふさがるエリスに向かって拳を入れようとするが、
既に真との戦いで疲弊していたその拳は遅く、逆にエリスの剣で太腿を狙われ刃で突き刺された。

「貴方があの子を護るように、私も煉さんを護ってみせる」

 ハムザの様子を見てトゥリンは舌打ちすると、銃剣を正面に向け煉へ向かって走り出した。
 煉は息を止め、腕時計型の加速装置アクセルギアを全開にし、
自分も同じく目の前の敵へ、トゥリンへと突っ込んでいく。
 そうして上から振り下ろした大剣は、トゥリンの持つ自動小銃を、銃剣を悉く粉砕した。
「……あ……」
 動きを止めたトゥリンに、煉は刃を下へ向けたまま、言った。
「いい加減諦めろ」
 煉から冷静な言葉を投げられてトゥリンは下を向いたまま何も言わない。
 ただ瞳からはぼろぼろと涙がこぼれ落ちている。
「アタシ……アタシは……」
 世界を睨み上げた瞳は黒い焔を称えていた。

「アタシは! 大人の言いなりになんかならない!!」

 その瞬間、トゥリンは封じていた魔力をすべて解き放った。