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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第1回/全4回)

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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第1回/全4回)

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「街の事をもっと知りたいと話していたら、何時の間にかこんな事に……」
 東條 梓乃(とうじょう・しの)は、はぁぁと長い溜息を吐いた。
 手には箒。地面には塵取り。
「そこ! 手休んでるわよ!」
 先輩に言われ、梓乃ははい、と背筋を正してまだ終わっていない裏手の方へと足早に向かった。
 一応洗濯も掃除も、メイドとしての技術を身につけていたのは幸いだったのかそれとも運が悪かったのか。落ち葉をさっさか一か所に集めながらも気分は浮かない。
 メイドの指示を受けて、庭掃除の手伝いに、あれこれと力仕事をさせられていた──臨時の雑役使用人、というやつだ。
(あ、百合園の生徒会長さんたちだ)
 忍び込む相談をしていた時、彼も偶然居合わせていた。挨拶をした事は無いが、一方的に知っている。
 本当に忍び込んだんだとびっくりもしたけれど、さっそく見つかっていた。
「お客様、何か御用ですか?」
 先輩メイドが不審そうな視線を向けるのを見て、慌てて彼は駆け寄った。
「あの、多分その方々は、これをお探しなのだと思います。さっき庭に落ちていたのをの見つけたので」
 とストローハットを差し出す。
「ありがとうございます、これを探していたんですの」
 アナスタシアが受け取って、それではと優雅に礼をして屋敷を出ていく。先輩メイドは梓乃の厳しい目を向けて、
「お客様の前で走らないの。さ、掃除の続きよ」

 それでは失礼いたしますわ、と去ったように見せかけたアナスタシアたちのスカートを、見慣れない犬が引っ張った。
「……な、何ですの!?」
 番犬だろうか、それにしては首輪を付けていないが、その犬はぐいぐいと彼女たちを裏手に引っ張っていく。
「無礼ですわよ、いくら犬だからってマナーはきちんと……」
「オレだって不本意だよ」
 アナスタシアが説教を始めそうになって、仕方なく犬が声をあげたので、アナスタシアは自分の手を慌てて手でふさいだ。
「も、もしかして……?」
 彼女は、かつて“彼”の犬形態を見た経験がある──白銀 昶(しろがね・あきら)。獣人だ。
「庭の調査してたんだ。ったく、他の奴等は兎も角、アナスタシアは素人だろう。音や気配が駄々漏れだ」
 むっとしたように腰を手に当てる彼女だったが、言い逃れようもない事実で、そのまま手を降ろした。
「それで? 何か分ったんですの?」
「そりゃな。この屋敷から血の匂いがプンプンで……ってことはねぇが、部屋の中からはするな」
「それは事件が起こったんですもの、当然ですわ! ……あら、ということは」
「死体は埋められてねぇし、だったらどっかに捨てられたられたのか、まだ屋敷の中にあるって事だろうな」
 お、来た来た、と昶はよく知った臭いをかぎ分け、じゃ、出たくなったら助けてやるから、と言って庭に戻っていった。
 入れ違いにやって来たのは一人の、黒い制服に身を包んだ少年だった。
「どちら様です? 普通のお客様……ではないようですが?」
 警戒を含んだ語気で話しかけたが、彼が昶のパートナー清泉 北都(いずみ・ほくと)であり見知った人物であることを知ると、アナスタシアたちは胸をなでおろした。
「ふふ、実は僕でした。……今はジェラルディ家の使用人なんだけどね。手早く済ませようか」
 北都はさっと辺りを見回してから、判明したことを話し始めた。

 北都がそのマナーでもって使用人に雇われたのは今朝のこと。
 勿論、「名探偵アナスタシア」のお手並みを拝見したい……けど、ちょっと心配だったからだ。
 だって今のところ、はじめての事件だし、殺人事件に遭遇したことがないし、おまけに世間知らずでは名探偵というより迷探偵まっしぐらだろうから。
「疑われないようにって今朝から真面目に働いていたんだけどね、仕事っていうのが、主人や来客のお世話係で……入ったばかりだから、まずは室内をあれこれ教えてもらってたんだけど」
 その過程で、彼は“超感覚”で聞き耳を立て、“サイコメトリ”で室内を見て回った、という訳だ。
「事件のあった部屋の置物が見てた」
 といっても、大まかな記憶だけだ。部屋は二階の一室で、応接間として使われているらしい。
「凶器はありましたの?」
「それも調べた。厨房の刃物は反応なし、それでその応接間にあった飾り用の武器を調べた。小型だったんだけど……フランベルジェっていうんだって、知ってる?」
 炎の形をしたところからその名が付いた、波刃が特徴の剣。装飾的な外見のため、儀礼用にも用いられることがあるという。
 特徴的な見た目は、飾りとして良いと思われがちなのだが、この剣のもうひとつ特徴は、その波刃ゆえの傷の治りにくさによる残酷さだ。
 アナスタシアは息を呑んだ。話には聞いていたが、現実感が襲ってきた──本当に起こったのだ、事件は。おずおずと、尋ねる。
「……それで、犯人の姿は……」
「見えなかったよ。でも袖口は青かった。……丁度、フェルナンさんと一緒だね」



「ここがジェラルディ家ね……」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は空中からその小さなお屋敷を見下ろした。先程、レベッカはレジーナの乗った車椅子を押して屋敷の中へ入っていったばかりだ。祥子はフェルナンの別邸から姉妹が出てくるのを待ち、尾行してきたのだった。
「さて、急ぎますか」
 “光学迷彩”で姿を消した彼女は、“氷雪比翼”をはためかせ、入口に急ぐ。使用人が中に入る前にどうにか滑り込むと、出迎えた使用人は強い風に首を傾げた。
(……危ない危ない)
 気配を悟られないよう、音を立てないように慎重に慌ててその場を離れて、置物の後ろに姿を隠した。
 レジーナとレベッカの二人は使用人に出迎えられる。彼女たちは手を洗うと、特別に設けられたスロープを上がっていく。
(父親と会って会話をするなり部屋でひとりごちるなり……何か掴める事があればいいのだけど)
 彼女たちは三階に上がり、一番奥の部屋に入っていった。
 扉に他と変わったところなどはない。周囲を伺って壁に耳を付けたが、何も求めるものは聞こえては来なかった。……いや、もう一度ドアを閉める音。
 祥子はそっと扉を開けた。そこは小部屋になっていて、目の前のもう一枚扉があった。耳を付けようとすると、耳元でガチャリと鍵の閉まる音がした。
 ……それからは、何も聞こえてこなかった。こちらの扉は見るからに頑丈で、分厚かった。ドアと床との隙間も向こうから何かで埋められている。
 祥子は素直に引き返して、近くの窓から外に出ることにした。ピッキングで窓を開ければ話も聞こえるに違いない。
(見つかったらクビどころの話じゃないわね……)
 祥子は身を引き締めた。百合園の教育実習生だ。どんな恐ろしい「おしおき」をあの扇子を持った淑女に受けるか分かったものではない。
 祥子は建物の外に出ると、例の部屋を探した──が、その部屋に窓はない。
「まさか物置に住んでる訳じゃないだろうけど……」
 何か手がかりになるものはないか、探して窓の鍵を開けた。それは分厚い深緑のカーテンが引かれている。
 だが窓を開けて入ろうとしたところ、カーテンがさっと開かれた。そして急に伸びてきた手に、突き飛ばされそうになる。窓枠に足をかけて堪えると、
(まさかバレた……犯人!? 殺気に気付かないなんて……)
「……ま、まさかお化けどす!?」
 その声は知っている声、そして顔だった。
「あら、貴女は……」
 彼女はしばらく目を丸くしていたが、身構える祥子の身体にゆらゆらと境目があるのに気付いて、胸をなでおろした。
 メイド服が板についてはいたが、百合園女学院の生徒だった。
「すんまへん、これはちゃうんどす。掃除やから窓を開けよう思って……」
 清良川 エリス(きよらかわ・えりす)は、自分のしたことに気付きおろおろと首を振った。パートナーの邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)が、あれこれとジェラルディ家の使用人とツテを作って、雇わせたのだ。
 彼女は今ここにはいない。
「今回はこれぐらいしかできませんけど頑張ってきてくださいませ」
 そう言ってエリスにお守りの虹のタリスマンを渡した。ただのお守りではなく、壹與比売の“式神の術”が、彼女を危機から守り、教えてくれる。
 普段エリスをからかうことを至上の楽しみのようにしている壹與比売だったが、やはりパートナーのことは心から思っているのだろう。
 エリスはきょろきょろと辺りを見回すと人気がないのを確認して、
「うちは今、掃除のメイドなんどす。でも中からお手伝いできることがおしたら遠慮なく言っておくれやす。
 難事件はどんな名探偵や名刑事でも一人やと解決できへんて、昔聞いた事ありますえ。些細な情報も持ち合えば自然と大きな謎が浮かび上がる事もある物や思います」
「それじゃとりあえず、私が出て行ったら窓を閉めてくれるかしら」
「お安い御用どすえ。そうそう、こんお屋敷にはお掃除してはいけない部屋があるて言われていますわ」
 祥子と別れて、エリスは再び仕事の掃除に戻った。この部屋は奇妙な薬品の沢山入った棚や、書棚、机などが並んでおり、壺にあれこれ紙や棒、布などがささっている。
 何かの研究室やろか、と思いつつ、壊さぬよう落とさぬよう、慎重にはたきをかけていると、廊下から同僚が顔を出した。
「そこは入っちゃダメって言ったでしょ!」
「はっ! はいっ!」
 エリスは事件のことよりも、うっかり掃除に夢中になっていて、頭から抜けてしまっていた。窓とカーテンを慌ただしく閉めと、掃除用具一式の入った木箱を手に廊下に飛び出した。



 こうして、忙しかった一日は夜を迎えた。
 樹上都市で進む、魚の怪物対策としての網の作成と設置。
 オークの大樹の苗木は樹上都市を離れ、夜の間、海の上を運ばれていく。
 ジェラルディ家で起こった殺人事件は、死体が見つからぬまま……。
 ──謎を多く抱えながら、その間にも、水の濁りは煙のように細々と海底から立ち上って海を穢していくのだった。

担当マスターより

▼担当マスター

有沢楓花

▼マスターコメント

 こんにちは、有沢です。
 シナリオへのご参加ありがとうございました。久しぶりに連続シナリオを行うことができて、嬉しくも緊張しています。
 皆さんの激しい戦いのアクション、そして推理、ありがとうございました。
 ヒントはかなりリアクション本文中に出していますが、何か特別なことに気付いたPCさんには個別コメントをお送りしています。

 次回の舞台は海底都市とヴォルロスの予定です。五月上旬にはガイドを発表できればと思っています。
 では、また次回お会いできますと嬉しいです。