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失われた絆 第2部 ~ゴアドー島の記憶喪失者たち~

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失われた絆 第2部 ~ゴアドー島の記憶喪失者たち~

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■第一幕:偶然? 必然? 伸びる大名行列


「へんなの……」
 熾天使に似た姿の彼女、後にエンジェルと名付けられる記憶喪失の女性は物珍しそうに街を行き交う人々の姿を眺めている。ドラゴニュートや獣人が珍しいのだろうか、彼らのような種族が通りかかるたびに視線をそちらに向けていた。
「獣人を見たことがないんですか?」
「しらない……わたしにもついてない」
 彼女は言うと自分の頭を押さえたりお尻に手を這わせる。
 耳や尻尾がないと言いたいのだろう。
「あら、久瀬さん?」
 お久しぶり、と声を掛けてきたのは綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)だ。
 彼女の隣にはアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)もいる。
「あー……これはお久しぶりです。綾原クンはたしか空京大学に進んだのでしたね。お変わりないようでなによりです」
「久瀬さんは――何かお困りのようね」
 綾原はエンジェルを見てから言った。
 物珍しそうに街並みを見回している彼女の姿は思うよりも目立つようである。
 久瀬は二人に事情を説明するべく口を開いた。
「実は……」

 話を聞いた二人は各々で思うことが違うのだろうか、思い思いの表情を浮かべていた。
「焦っても思い出せないわよ。逆に記憶が戻り難くなるかもしれないわ」
「と言われましても……」
 綾原の言うことは分かるのだろう。久瀬はため息を吐くとエンジェルを見やる。
 なんて声を掛けようか悩んでいるような、そんな様子で久瀬は綾原と向かい合った。
「私にはこうして一緒に街を歩くことしかできません」
「記憶喪失、なんてお医者さんでも簡単にどうこうできないわ」
「記憶喪失――」
 アデリーヌはエンジェルから視線を逸らすと物思いに耽るように綾原を見る。
 それに気づいたというわけでもないのだろうが、彼女はアデリーヌに視線を送ると微笑んだ。
 何か思いついたようだ。綾原は手を胸にあてると息を吸った。

 そしてゆっくりと口遊んだ。

「〜〜♪」
 歌だ。
 聴いたことがない。でもどことなく懐かしさを感じる歌を彼女はうたう。
 気付けばエンジェルは目を瞑って身体を揺らしている。聴き入っているのだろう。
 アデリーヌが綾原の声に合わせる。
 ゆったりとした歌声に久瀬は少し肩が軽くなったように感じた。
 綾原はエンジェルの手を取る。
「一緒に歌をうたいましょ。……こういうときは何も考えずに、ただ幸せなことを考えていればいいの。それで不安が解消される訳じゃないけど、それでも気持ちの上では楽になれるから」
 彼女は綾原を真似るように胸の前で両手を合わせて口を開いた。
 声が漏れる。うたうことに慣れていないのだろう。
 かすれたような声が綾原の耳に届いた。
 彼女は久瀬に視線を流すと笑みを浮かべる。
「綾原さんの方が教師に向いているかもしれませんねえ……」
 久瀬はそう言うと三人に並んで歩き出した。



 しばらく街中を散策していると前方から見知った顔が近づいてきた。
 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)ラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)の二人だ。
 彼女たちは久瀬と挨拶を交わす。
 事情を聞いたラグエルは「天使様〜」とエンジェルのもとへ駆け寄ると、バサバサと翼をはためかせた。真似たわけではないだろうがエンジェルの翼もバッサバサと動く。
 楽しそうに羽を動かし続ける二人を横目に、リースは久瀬と話を続けた。
「て、天使さんの頭に付いている水晶……セイントさんが連れている聖獣さんに付いている宝石と似ているような気もするんですけど……」
「セイントさん?」
 誰のことだろうか、と疑問を浮かべる久瀬の隣で彼女は書物を取り出すとパララッとめくった。ページをめくる指に迷いはない。読みたい内容がどこに書かれているかわかっているのだろう。
 しばらくして指の動きが止まる。
「んー……か、勘違いでした。でも私ちょうど『ニルヴァーナ王都の地図』を持ってて、天使さんに見てもらえば何か思い出してもらえるかもです」
 リースは言うと別の本をカバンから取り出した。
 ニルヴァーナ王都の地図だ。
 二人はエンジェルを呼ぶと地図を見せた。
「どこ?」
 なにこれ? といった様子で疑問を投げかけられた。
 はぁ〜、っと久瀬とリースは気落ちした様子で肩をがっくりと落とす。
「そういえば見た目は違いますがラグエルクンにも羽がありますよね」
「えへへ〜、ラグエルは記憶喪失も天使様と一緒なんだよ」
 天使だからこんなこともできるよ、と彼女は言うと皆の前で徐々にその姿を消していく。まるで粒子状に分解されていくように輪郭がぼやけて周囲に溶け込んでいった。
 そして元の姿に戻るとエンジェルに笑顔を向けた。
「天使様もできる?」
「……できない、とおもう」
「記憶喪失ですからねえ……」
 んー! と変に力んでみるがその姿に変化は見られない。
 その様子を見て綾原はくすっと笑う。
「彼女が天使って決まったわけじゃないし、天使だとしても全員が同じ力を持っているとも限らないんじゃないかしら」
「そ、そうですね。種族の特性なら同じかもしれませんけど、技術となると個体差がありますよね」
「ラグエルと同じ天使だといいね。天使様」
「一緒だとうれしい、かも」
 エンジェルの返事にラグエルは嬉しそうに微笑んだ。



 旅の仲間が増えました。
「旅というよりは散歩ではないでしょうか」
「似たようなものですよ」
「なにはともあれ、久瀬先生は相変わらず色々なことに首を突っ込んでいるみたいですね」
 増えた仲間は御凪 真人(みなぎ・まこと)だ。
 彼は苦笑すると前を歩いているエンジェルたちに視線を向けた。
「やはりこういう場合は彼女の言葉から手掛かりを得るべきだと思います」
「言葉ですか……アトラスがどうとか?」
「イアペトスもそうですがそれよりもニルヴァーナという単語が重要ですよ。彼女はゴアドー島にいたようですし、こことニルヴァーナに関連する施設に行くのが良いと思いませんか」
「――回廊施設ですね」
 たしかに、と頷く久瀬を横目に御凪は話を続ける。
「一番気になるのは『イアペトスが不安定』だと言っていたという話です。イアペトスは滅びを望むものに完全に支配されていました。先の戦いで心臓を撃破していますよね。おそらくイアペトスが滅びを望むものに支配されつつある状態だったのではないでしょうか?」
「その話は私も耳にしたことがあります……ですがそれは――」
「ええ、そうなんですよ」
 彼は釈然としない様子で久瀬を見た。
「それだと大昔の話なんですよね。現状は断片的な情報を繋ぎ合わせての推測ですから、間違っている可能性もありますけど……」
「御凪クンの推測だとあの子はニルヴァーナ人になりますが」
 久瀬と御凪がエンジェルに視線を向けた。
 視線に気づいたのか、エンジェルが振り返る。
 その額にある水晶が陽の光を反射した。
「「額のクリスタル」」
 二人の声が重なった。
「いやいや、ニルヴァーナ人に翼が生えているなんて話は聞いたことがありません」
「俺も聞いたことはないですけど――」
 御凪は首をかしげているエンジェルを見つめながら呟いた。
「ともあれ本当に記憶を取り戻してもよいものか不安ですね。恐怖から逃げるために心の防衛本能で忘れる事も有るのですから……」
「そーだね。記憶喪失だと色々心配だよね」
「ええ、色々と気にな……る……」
 見れば御凪の隣には笠置 生駒(かさぎ・いこま)の姿があった。
「おおっと!?」
「か、笠置クンいつからそこにっ!」
 驚く二人の声に皆が振り返った。
 そんな彼女たちに笠置は手を振って応える。
「回廊施設ですね、ってところから。ちなみにワタシもその案に賛成ね。話を聞く限りだと危ない目にも遭っているようだし、トラブルに巻き込まれないようにしてあげないと」
「そ、そうですね。笠置君もいれば俺としても助かります」
「私としては女性の比率が高すぎるのが気になる点ですが……」
 笠置がチラッと後ろを確認する。
「そういうこと言ってるとまた増えるかもよー?」
「ははは、そうそう女性ばかりが集まることなんてありませんよ」
「事実は小説よりも奇なりだとワタシは思うけどね」



 彼女たちの歩く後方、人波の間からジッとエンジェルを見つめている女性がいた。
 天貴 彩羽(あまむち・あやは)だ。
 彼女はエンジェルの背から生えた翼を見て思い耽るように呟いた。
「リファニー?」
 いや違う、と天貴は自分の考えを否定する。
「羽は似てるけど見た目は全く違うわ。でも熾天使はリファニーを除いて全員殺されたかインテグラル化したと思っていたのだけれど、どういう事かしら」
 前を歩いているエンジェルはどう見ても熾天使だ。
 話しかけようかどうか彼女は悩む。
 リファニーにしてあげられなかったことを思い返し、彼女は決断した。
「そこの君たち! ちょっといいかな」
 天貴はそう言いながらエンジェルたちの下へ駆け出した。
 話を聞かせてよ、と皆の輪に加わった彼女とエンジェルたちの様子を遠くから眺めていた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は気を緩めると周囲の警戒に戻る。
「久瀬の奴はまたよーわからんコトに巻き込まれてるなぁ」
 彼は久瀬が面倒事に巻き込まれていることに気付いて朝からずっとバレないように隠れながら二人を見守っていたのだ。気配を隠しながら人ごみに紛れる。
「何もないといいんだけどな……」
 彼の視線の先、和気あいあいと談笑する皆の姿を認めて口元を緩めた。
「久瀬はそこそこ戦えるし、他のは腕に覚えのある奴も多いはず、となると気をつけるのはあの子だけで十分そうだな」
 紫月は霊気で剣を具現化するとくるっと回して手元で遊ばせる。
 それを使う機会があるのかないのか、今の彼には判断がつかなかった。