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マガイ物の在るフォーラムの風景

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第4章 契約詐欺の本質

 『関係者以外立ち入り禁止』の部屋の多くは、今回参加している企業や自治体の控室などだが、一つは、フォーラム内の随所に備え付けられた監視カメラの映像を見るモニタールームである。この部屋と、隣接する部屋とが、警備員の控室に当てられていた。あまり人数を極端に増やしすぎて物々しさを出されても困ると言われているので、交代制にしてあまり一度に多人数が表に出ないよう調節しているのである(それでも普段の催事の警備よりは確実に多いが)。
 モニタールームなので、休憩していても画像を見ながら、不審な動きをする者をチェックすることはできる。
「――それにしても」
 部屋の中で、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)がパイプ椅子に座り、目の前にある折り畳み式のテーブルの上に参加者名簿(但し客は自由参加なので、主催が招待した者の分だけだが)を広げつつ、目はモニターに時折走らせながら、パートナーのクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)を相手に話をしていた。
「天沼矛のエレベータ輸送能力が商業ベースに乗った事で、空京新幹線のチケットの希少性が落ち、パラミタへ来るための無理やりのパートナー契約は減ったと思っていたんだけどな」
 どうしてもパラミタに来たい、という地球人の願望に付け込んで、パートナー契約詐欺は暗躍した。だが、パラミタ来訪へのハードルが下がり、必然的に付け込む隙も少なくなった。はずだと思っていた。
「強制契約の横行、か……地球って難しいとこだね」
 クリスティーはどこか憂鬱そうな表情で嘆じる。それは、自分たちの状況――契約と同時に入れ替わりという奇妙な現象が起きた、という事実と、その契約詐欺とを重ねあわせて思うところがあったからだ。
(ボクらみたいなあんな事態が起きて、その時パートナーがそばにいなくて会う事も出来ないとなったら……発狂してたかも知れない。最悪な人たちだね)
 そんな目に遭っている人が、もしいたら、と思うと。
「何とか、摘発に協力したいもんだな」
 クリストファーは言いながら、モニターに目を向ける。講演中は静かなものだったが、昼休みから画面内の人の出入りは結構活発である。午後の部が始まった今も、基本的にゆる族に限っては出入りは自由なので、大講堂から小講堂に移動したりまだその逆だったりと、何かしら動く人影が映っている。
 以前着ぐるみに入った経験から、クリストファーは、本物のゆる族と違って着ぐるみは視界が上手く確保できないという事実を学んでいる。周囲が気になってきょろきょろしているのとは別の、視界が悪くて上下に視界が定まらないゆるキャラがいれば、それが贋物ではないだろうか。
 この考えを元にした「見分け方」で、二人はモニターを見ながら不審な人物をピックアップしようと試みている。

 そこへ、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が、一通りの見回りを終えて戻ってきた。
「怪しい人物をピックアップしてるの? 私たちも今一通り見てきて、何人かリストアップしたの。見せてもらえる?」
 情報交換というわけである。
 さゆみが空京警察からの警備参加要請を受けたのは、そもそも「ゆる族ワークショップ」などという変わったイベントに、こんな機会でもないとなかなか足を向けようという気にならなかったりするので、どんなものか見てみよう……という多少のんびりした考えがあったりしたからだった。
 そんな好奇心もあったりしたわけだが、ゆえにしっかりと会場内を見てきたというところもあった。
「偽ゆる族っていっても、いかにもパチモンみたいなゆる族もいるから、見た目だけじゃ判らないのよね」
 クリストファーの快諾を受けて彼がメモしたリストを受け取りながら、さゆみはそう嘆じた。
 確かに、世のもふもふ好きが喜ぶぬいぐるみのようなゆる族もいれば、一方で子供が泣きだすような恐ろしい容姿の者、野外で寝ていようものならゴミと間違われてゴミ捨て場に引っ張っていかれそうなくたびれた容姿の者もいる。一般的なイメージと容姿を照らし合わせただけで、真贋を判断するわけにもいかないのだ。
 クリストファーは自分が経験から得た判断基準を彼女たちにも話し始めた。そうして情報交換が始まった。


「どういうことなの……!?」
 何とも形容しがたい――強いて言うならキュビスムお化け――の被り物をしてフォーラム内に潜入していたカーリアは、ヒーローの着ぐるみ着用でいきなり現れた光一郎を怪訝そうに見ている。そんな目で見られても、光一郎には一向に怯む様子はない。
「どういう? って?」
「あんた何してんの? こんなとこで」
「何ってまぁ……純粋にカーリアちゃん見物?」
「! ふざけてないで――!」
「まぁまぁまぁ。それよりこっちほら、こっちの方が監視カメラの死角よ?」
 監視カメラ、という言葉でハッとしたカーリアは、不承不承、光一郎の手招きに従って廊下の隅に移動する。
 おもちゃ箱に死蔵されていた【ヒーローのきぐるみ】の存在を思い出し、軽い気分で出かけてこれを着用してみた、というところであるが、別にそんなことはどうでもいいと光一郎は思っている。
「こないだは俺様がお城をエスコートしてあげたわけだから、今度はカーリアちゃんにフォーラム案内してくれないかな、とか」
「……あの、だから、あたしは」
「いや、分かってるって。何か目的があってここにきてるわけっしょ? お手伝いさせてもらおーってわけですよ。
 ウチの家訓は『他人の嫌がることは進んでする』なんですよ」
「……」
「……お、今回は誤用してないっぽいぞ! もしかして俺様っていい人? ねえ、いい人?」
 はしゃぐ光一郎に、カーリアは拍子抜けしたような顔になった。
「変わった奴よね、あんた」
「そう? カーリアちゃんはいつも肩に力を入れすぎじゃない?
 時には『俺様を見習って』リラックスリラックス。ほら笑えばいいと思うよって言うじゃない?」
「笑えば……」
 考えているのか、カーリアは黙り込む。空気を変えるように、光一郎は何気なく尋ねた。
「製作者の何とかって奴を捜すって、前言ってたっけ。もしかしてそいつがここにいるとか?」
「……その手掛かりが『コクビャク』にあるかもしれないの」
「『コクビャク』? そんな企業、参加してる?」
「後ろ暗いことやってる連中らしいから、表には出てこない。けど、そのメンバーが今日ここに潜んでるらしいから」
「それでこっそり、と。オッケーオッケー」
 何がオッケーなのかは分からないが光一郎は笑って請け負い、なし崩しにカーリアは彼と一緒に行動することになったわけである。


「……あれ?」
 瑠樹は、いつの間にかモニタールームの隣室に来ていた。
 昼になり、就職説明会に出たマティエと別れて一人で施設内をぶらぶらしていると、立ち入り禁止の部屋や廊下が多いことに気付き、気になった。
 何だか奇妙に感じて、【光学迷彩】で隠れながら、入れない場所を探索してみようと試みた。それでも、万が一のことを考えて慎重になり、例え無人でも怪しげすぎるところに入るのは避け、安全第一で進んでいった結果、ここに来たのである。――関係者たちの部屋や廊下は厳重に封鎖されているが、モニタールームや警備員の控室は通常の「関係者以外立ち入り禁止」という程度だったので、光学迷彩だけで何とか入れたようだった。
 ちょうど、人は少なかった。隣のモニタールームで繰り広げられているクリストファーやさゆみらのやり取りは聞こえない。どうやら契約者が何人かいるようだが何をしているのだろう、どうしたものか、と考えあぐねていると、急に部屋の扉が開き、壮年の男と空京警察の者らしき男たちが数人、どかどかと入ってきた。
 ただならぬ気配だった。

「何か動きはあったかね。コクビャクらしき人物は見つかったかね」
 男は、モニタールームの契約者たちに尋ねた。
「特にないようですが」
「まだ見つかりません」
「……そうか……」
 どうやら警察の幹部らしいその男は、眉間に皺を寄せて深刻そうな表情だった。そして、現在残っている警備の契約者に隣の部屋に集まるよう言った。
 話があるらしいと見て、全員が集まる。今更出ていくわけにもいかず、瑠樹も仕方なく、警備員の振りをして皆の中に混じった。

「重要な話だ。警察の方で今日発表になるが、いち早くここにいる契約者諸君にも聞いてほしい」
 男はそう言って、重い声で切り出した。


「本日をもって、空京警察本部はコクビャクをテロリストに準ずる反社会活動集団と位置付け、対応に当たることを決定した」