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血塗られた屋敷の幽霊少女

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血塗られた屋敷の幽霊少女

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二章 哀れな少女の幽霊


「おや、あれは……?」
 天野 木枯(あまの・こがらし)の視線の先には、いくつかの人影が。人影は地下に続く階段を下りて行く。
「地下室があったんですね。幽霊には見えませんでしたが…追いかけてみますか?」
「だねぇ。行ってみよう」 
 駆け出す木枯の後を天野 稲穂(あまの・いなほ)が追う。


 瑛菜たちは地下への階段を下りていた。
 突き当たりの重い金属製のドアを開け、地下室へと突入する、
「アテナっ!!」
「瑛菜おねーちゃん!」
 部屋の中では、アテナ・リネア(あてな・りねあ)が両手を広げ小さな少女と対峙していた。
 壁に掛けられた蝋燭の明かりで室内は少しだけ明るい。壊れかけのぬいぐるみがあちらこちらに散らばっている。
 隅の方には蹲って怯えている子供や若い男女が。そしてアテナと対峙している少女は、病的なほど白い肌に、虚ろな目をしていた。よくみれば腿の辺りから下が徐々に透けており、足に至っては殆ど透明だ。
「…ダァレ?」
 掠れた声の少女は、アテナから瑛菜達へと視線を移す。
「あなたがアテナ達をここへ連れ込んだの!?」
 アテナを背に庇う様に立ち、幽霊の少女へと叫ぶ瑛菜。
「ヒトリハ、イヤナノ。ヒトリハ、サビシイノ……。
 ダカラ、ミンナイッショ」
 片言で話す少女は瑛菜に背を向け、ゆっくりと歩き出す。向かう先、地下室の壁の一面は、壁そのものが鏡と化していた。
「イッショニ、アソボウ?」
 少女が鏡に触れると、鏡面がまるで水のように波打った。
 そして、
「!?」
 鏡に映った瑛菜達が突如身勝手に動き出し、鏡から飛び出して本物の彼女らへと襲い掛かった。
「これがドッペルゲンガー…!」
 驚愕する一同に、偽物の自分が武器を手に迫る。
「まったく、ここまでそっくりなんて本当に気味が悪いわ」
 マリエッタが雷術を自分の偽物へと放つ。強烈な電撃を横っ飛びで避けた偽者は、こちらも強力な電撃を放ち攻撃してきた。
「武器だけでなく技までコピーしているのね…やっかいだわ」
 そう呟くゆかりの前方には、自分と瓜二つの姿をした敵が。姿だけでなく、両手に所持したピストルもまったく同じものである。
 自分の偽物へと躊躇うことなく銃弾を放ち、ゆかりが叫ぶ。
「皆さん、他の人のドッペルゲンガーを倒そうとすれば躊躇いから隙が生まれます。自分の偽物を倒してください! 偽物は装備や技は同じでも、技術に関しては完全にコピーできていません。油断せずに戦えば勝てますよ!」
「流石カーリー。頼りになるわっ!」
 マリエッタがパートナーの冷静さに感嘆しつつ、こちらも落ち着いて術を放っていく。
 ヒプノシスで眠気を誘い動きを鈍らせ、更に雷術で偽物の体を麻痺させる。そしてレーザー銃の銃口を向けると、躊躇い無く引き金を引いた。
 瑛菜、アテナ、ローザもそれぞれ自分のドッペルゲンガーを相手に善戦している。ローザが叫んだ。
「瑛菜、アテナ怪我してるみたい!」
 言われて瑛菜が視線を移すと、アテナは腕から少し血を流していた。戦闘も怪我のせいか偽物にやや押されている、
「まずいね。早くこっちを片付けないと……」
「アテナ、無茶はしないで! すぐに私達が手伝うから!」
「う、うん……!」


「一体何が起こって……?!」
 その時、瑛菜達を追って地下室に飛び込んできた者がいた。木枯と稲穂である。
「オニンギョウデ、アソボ?」
 幽霊の少女の周りに、青白い人魂がいくつも現れる。
 それは彼女の足元に落ちていた人形達に吸い込まれていく。人魂の宿った人形はゆっくりと立ち上がると、木枯に飛びかかった。
「わっ」
 慌てて地面に伏せ人形達の攻撃をやり過ごす。木枯の頭上でずらりと牙の並んだ大口が閉じられた。
 続いて別の人形が飛びかかってくる。こちらは手に刃物を持っている。おもちゃではない、正真正銘本物のナイフだ。
「木枯さん!」
 稲穂が木枯と人形の間に割り込み、秘刀【バラン】を振るう。人形はナイフでそれを受け止めたものの、体が軽いためそのまま後方に吹っ飛ばされた。そのまま鏡の壁にぶつかり、甲高い音を立ててナイフが地面に落ちる。
「ネエ、サミシイノ。ズットココニ、イテクレル?」
 幽霊の少女の声に合わせて、人形達が木枯と稲穂へと武器を向ける。
「幽霊になってここに住め、ってことかい? それは流石に無理だねぇ」
 そう言って苦笑いを浮かべる木枯。稲穂が少女へと語りかける。
「一緒に外にでましょう? 世界にはいろんな人がいて、いろんな場所がある、ステキな世界です。だから、一緒に遊びに行きましょう?」
 だがそれを聞いた少女は顔を歪める。
「ヤダ。ソト、イヤ。アカルイトコ、キライ。イタイノ、モウイヤ、イヤイヤイヤイヤイヤ」
 人形達が一斉に飛びかかってくる。
「やれやれ、数が多いなぁ」
 人形達を槍で薙ぎ払う木枯。隣で稲穂も刀を振るい、少しずつ倒していく。
 その時、稲穂の背後に回りこんだ人形が大きな口をあけて飛びかかった。
「よっ、と。大丈夫かい、お嬢さん?」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)と共に地下室へ到着。稲穂へ飛びかかった人形を剣の一振りで斬り捨てた。
「あ、ありがとうございます」
「……オニンギョウ、イッパイ、コワシタ」
 幽霊の少女が俯く。
「このお人形は君のかい? こういった遊び方は関心しないな。もっと大切に扱ってあげないと」
「……ドウシテ?」
 顔を上げた少女の瞳は酷く澱んでいた。
「オニンギョウハ、ドウグ、デショ?」
 そう言って首を傾げる少女。
「ワタシモ、オニンギョウ、ナンダッテ」
 少女の周りに再び霊魂が集う。
「ネェ、アソボウヨ。ズット、ココデ、イッショニ」
 霊魂が人形の体を得ようと部屋に散らばる。
 だがその前に、メシエの頭上に現れた天使たちが部屋中に裁きの光を放った。
 降り注ぐ光の雨が人形に宿ろうとしていた霊魂達を浄化し消滅させていく。
「……ドウシテ、ジャマスルノ?」
「申し訳ないが、私達には帰るべき場所があるのですよ。あちらの方々も同様にね。だからここに長居する訳にはいかないのです」
「……イヤダ」
 少女が、叫んだ。
「ヒトリハ、イヤァァァァァァ!!」
 大きく跳躍し、メシエに飛びかかろうとする少女。しかし、メシエが再び呼び出した天使たちが、その行く手を阻害する。
 裁きの光を受け悲鳴を上げる少女。直撃は避けたようだが、腕や胴体の一部が炎のように揺らめきやがて消滅する
 地面に倒れ、立ち上がることもできないようだ。エースが少女へと歩み寄る。
「怖がらないで。君を苦しめたいわけじゃないから」
 怯えた顔で後ずさる少女に、エースは屈んで視線を合わせ、優しく語りかけた。
「君の過去に何があったのかは知らないけど、君はもうここにいる必要は無いんだよ。寂しい思いをする必要なんて無い」
 そう言って微笑むエース。
「ナラカへ行って、長い時間はかかるかもしれないけど……もういちどこの世界に生まれ変わってくるといい。今度こそ、沢山の愛情に包まれて幸福な人生を送れるといいね」
 エースは立ち上がり、聖剣ハルファエルを構える。
「もしも出会うことがあれば……その時は、友達になろう」
「トモ……ダチ……?」
「うん。だから……ごめんね」
 光を纏った剣が軌跡を描く。
 消え去る間際、少女はほんの少しだけ笑っていたように見えた。

 幽霊の少女が消滅した途端、屋敷中が大きく揺れ始める。
「地震……!?」
「カーリー、鏡が!」
 壁の鏡は、この部屋を映してはいなかった。代わりに映っているのは古ぼけた屋敷の地下室。人形も幽霊も、血の跡も無い。
「飛び込めば戻れるんじゃない?」
「なら急ごう! ここにいると何かヤバそうだ!」
 瑛菜が部屋の隅にいた子供達を抱え鏡へと走る。
 目を瞑って鏡へ突進すると、何の抵抗も無く鏡面をすり抜けることが出来た。他の者も後に続く。
 鏡の向こうは先程まで居た地下室とまったく同じ作りの部屋だった。しかし人形が襲ってくることも幽霊が居ることも無い。
 振り向けば、自分達が今通り抜けてきた鏡もまたただの鏡と化していた。
 血の跡など一つも無い廊下を歩き外に出る。木々の間から太陽の光が降り注いでいた。
「戻って来れたんだ……良かったぁ……!」
 ホッとして力が抜けたのか、アテナがその場にへたり込んだ。