葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

2023春のSSシナリオ

リアクション公開中!

2023春のSSシナリオ
2023春のSSシナリオ 2023春のSSシナリオ 2023春のSSシナリオ

リアクション

【五月晴れの日に・4】


「ダークチェリーのパイと」「バナナカスタードパイですよー!」

 少し前に輝がした「というかもう皆に着せちゃえばいいんじゃないかな!」という彼らしいノリの良い提案に、風花がエプロンドレスに着替え終わって出てきたのは、丁度その輝と紅葉とジゼルがテーブルに出来上がったばかりの二つのパイを並べているところだった。
「マスター、ジゼルさんが手伝ってくれたから上手に出来ましたね」
「そうだね。美味しそうに出来て良かった」
「そんな事無いよー。カスタードクリーム作り、紅葉とっても上手だったもの。
 輝は本物のコックさんみたいにとっても手際がいいし、うん。超かわいくできた!」
「うんうんっ。可愛いよね」
「ねーっ」
 三人は女子高生のテンションで(半数以上男な気もするが)手を繋ぎピョンピョン跳ねている。
「皆様がパイを作っている間に
 ワタシもアップルパイとフライパングラタンと、キッシュを作っておきました」
 樹の手を借りながらテーブルにそれらの料理を並べていくジーナは、横目で託と琴乃を見ている。
 二人は洋梨の缶詰でパイを作ったらしい。仕上げのキャラメルソースを二人で手を添えながらかける姿が仲睦まじかった。
 これぞ夫婦の初めての共同作業というやつでは無いか。
 自らが提案した結婚披露宴が滞りなく進行する様子にジーナが満足していると、ある瞬間から樹の顔がキッチン側に固定されたまま動かない事にやっと気がついた。
「……ジーナ、あのパイは作った記憶あるか?」
 樹が示したのは、キッチンから出てくる衛が両手に持っている白いクリームだけが乗ったパイだ。
「いやあ、あれっくさんは料理も出来るんだなぁ。手伝ってくれてありがとな?」
「この位は誰だって出来て当然だろ。それより俺はお前の意見に賛同した」
 アレクはキッチンの向こうから、カウンターに白いクリームのパイを並べている。
「バカマモにデカブツマッチョ? 二人とも何を持って来やがったですかしら?」
 章が肩を震わせているのを見るに、樹は嫌な予感しかしなかった。
「マモル、それと王子! そのパイで何かするんじゃなかろうな?!」
「ダイジョーブダヨー
 ナマクリームニ、サトウイレテナイカラ、ベタツカナイヨー」
 棒読みとしか言えないその声で言った衛の言葉は、樹の予感の的中を表していた。

 そおおおおい!

 という勢いで衛は思いきり振りかぶったパイを、託の顔面に押当てた。
「衛。相手が死ぬまで手を止めるな。
 まずは敵が当たり前に銃を持っていると想定しろ。動きを止めたからと言って手を休めたら死ぬぞ」
 驚嘆で誰もが動かない中、一人冷静なアレクのやや間違った方向のアドヴァイスを受けて、衛はパイ皿を持ったままの手を左右にグリグリ動かした。
 だってムカついたんだもの。目の前でいちゃこらいちゃこらしよってからに。
「(こりゃー、アレだよな、独り身軍団は『リア充』を思いっきり爆発させるべきだよなぁ?)」って思ったんだもの。
「た、託、大丈夫?」両手を口に当てながらおろおろしている琴乃を見て、衛は左手に残っていたパイ皿を持つ手に力を込めた。
「可愛い彼女に心配されちゃうたっくんにもう一回そーい!」
「そうだ衛。まずは二発。それからもう死亡確定の為にもう一発だ」
 後ろに数歩退きつつ、衛はアレクからパスされた三つ目のパイを投擲する。
 と、そこで衛にとっても皆にとっても初めての誤算が起こった。
 託の顔面にパイを当てた際に跳ねたクリームを踏みつけ足を滑らせた衛の左手はコントロールを失い、誰か別の人物の顔面に当ててしまったのだ。

「マモル……貴様覚悟はいいだろうな……」
 握りしめた拳を震わせていたのは、その場から逃げ果せようとしていた樹だった。
 彼女の顔面からはパイの欠片がボロっと落ち、クリームが乗って白くなったはずの顔色はそれでも憤怒の赤を隠せない。
「王子! そいつをよこせええええッ!!」
 樹の怒号に、アレクは彼女に向けてパイを幾つも放る。それを見事にキャッチしながら、樹はテーブルとテーブルの間を走り、カウンターの下を進み逃げまわる衛を狙いパイを投げ捲り始めた。
 店内には戦場の銃弾のようにパイが幾つも飛び交っている。
「このどさくさに紛れてあいつの顔パイを叩き込んでやりますわ!
 そして知らんぷりですわ!」
 白花はテーブルの上に置かれた樹がまだ投擲していないパイを掴むと、オープンキッチンに居るアレクに向かって振りかぶった。が……
「Amateur(素人が)。この俺に一発でも当てられると思うなよ?」
 そりゃあ当たらないかもしれない、とは思ったけど――「まさかキャッチするなんて……」
 アレクがパイ皿を手に唇を歪めたのを見て、風花は出口へ猛ダッシュするが、遅い。後ろから頭に喰らったパイは、凡そ柔らかく加工された食い物だとは思えないくらい重かった。
「ざまあみろ白兎。ついでに一緒に喰らっとけタカミネ!」アレクの次なる標的は雫澄。容赦のない弾丸――もといパイは目標の顔面にクリーンヒットする。
「なんで僕!?」
「知るか! 全世界の男からあいつを爆発させろって思いを託されたんだよ」
「ああ、もう……どうにでもなれッ!!」
 ヤケクソの雫澄はテーブルからパイを取ってアレクに向かってぶん投げた。
「ドレスの上クリーム塗れになった変態的姿を動画に撮影して学園の校内放送で流してやる!
 さあ××女優のようにドロッドロになるがいい! そしてアヘ顔ダブルピースし晒せ!」
 飛んできたパイをキャッチしてもう片手に準備済みの分と二つの装填して、上半身をバネのようにしならせたアレクから雫澄に向かって二つのパイが飛んでいく。
「きゃあ!」「うわわッ!」
 戦いの才能を無駄な方向に駆使して行われるパイ投げの流れ弾に当たったのは、輝と紅葉だった。
「もうっ! やったなぁ……。
 紅葉、ボクたちも!」
「はい、マスター!」
 二人がパイ投げ戦争の輪に加わり、「さっきはよくもやってくれたねぇ!?」と復活してきたた託と風花も交えて店内が滅茶苦茶になってゆく中、章だけは一人要領よくオープンキッチンのカウンターの中に隠れていた。
「全く。バカマモ達の所為で折角の結婚披露パーティーがメチャクチャでございますですよ……」
 頬についたクリームをハンカチで憎々しげに拭いながら拗ねるジーナに琴乃は苦笑して、そして微笑んだ。
「でも皆楽しそうだし、パーティーだもん。こんな感じでもいいじゃないかな?」
「そういうもモンでございますかねぇ――」
「きっとそういうものだよ。
 さあジーナさん、私達も一緒に遊びに行こ!」
 琴乃に手を差し出されて、ジーナはニヤリと笑い皆へ向けてテンション高く宣戦布告した。
「ふふん、ワタシが参戦したからには一切容赦しないでございますですよ!!」



 何時からか出していた『本日貸し切り』の札を『本日は終了しました』に交換している唯一の店員の背中へ――彼女の協力で輝と紅葉が作ったまともな方のパイを頬張りつつ――ソランは声を掛けた。
「ジゼル……だっけ。
 あなたあのデカブツ、どう思ってるの?」
 雫澄の顔面にパイをグリグリしながら動画撮影をしている男を指差すジゼルに、ソランは頷いた。
「アレクはジゼルのお兄ちゃんよ」
「それはまあ……なんとなく分かったから、そうじゃなくて。
 あのデカブツはあなたにとって守りたい人? 一緒に居たい人?」 
「守り『たい』というか、守『る』し、守って欲しい。
 それからこっちも『たい』じゃないの。私達永遠に一緒にだわ。約束したもの」
 契約とはそういうものでしょう。と言うジゼルは薄く微笑んでいるが、とても人間的には見えなかった。
それは多分人造の兵器だからでは無く、色々なものを見た人間の持つ一種の悟りのようなものなのだろうか、それとも契約て未だ日の経過も浅いものだけが口に出せる無鉄砲な発言なのか、ソランには分からない。
 ただ水宝石の瞳は輝き、ソランの心を直接撃抜いてくるのだ。
「あなたはどう? ハイコドを守りたい? 一緒に居たい?
 
 もしこれからもハイコドと一緒に居たいのなら、きっとあなたが勇気を出さなくちゃ駄目だわ。

 あ。でもあなた達は『夫婦』だから、私達とはちょっと違うのかしら?」
 適当に付け足したような言葉で瞬間『元』に戻ると、ジゼルは向こう側へ行ってしまう。
 残されたソランは皿とフォークを持ったまま、『勇気』という単語を反芻し続けていた。


「今度こそ当ててやりますわ!」
 雫澄と託にパイを投げ、風花が思い残すのは失敗した第一投目だ。
 彼女は一度は攻撃したものの雫澄と結託してして、アレクに向かって四個のパイを投擲する。が、それらは唐突に現れた音波の壁によって遮られ床に落ちてしまった。
 こんな特殊な防御をするのは、ここでは一人しか居ない。
「ジゼルさん!?」
「なんであなたが……」
「よく考えたらお兄ちゃんの服が汚れたら洗うのは私じゃないの!
 という訳で満を持して、ジゼルさん、参ッせッ――――ぎゃんっ!!」
 戦隊ヒーローの如きポーズを取っていた途中のジゼルの顔に、明後日の方向からパイが飛んできた。
「すまない蒼空の人魚。
 手が滑って……」
 やってしまったのは本当に済まなそうにしている樹らしい。オープンキッチンから飛び出したアレクは反省している犯人は放ったらかしに、妹に駆け寄った。
「ジゼル、怪我は――」無いかと顎を持ち上げた。
 大丈夫。怪我は無い。
 が、大変な事にはなっていた。
 白濁したクリームは白い肌の上をトロトロ溢れ落ちていく。
 口の中にも入ってしまったようで、掻き出そうと指を突っ込んで締まりなく開いた唇からはクリームの欠片がはみ出ていた。
 硬直する兄の顔を潤んだ瞳で見上げながら、妹は突然浴びた洗礼に咳き込んでいる。
「……けほ、ぇ……けほっ……
 ……おにいちゃ……かお……ベタベタして気持ちわるぃ……これ、ヘンなあじするよぉ?」

「ああ、こりゃもう駄目だ」
「え? 託、何が?」
 理性。と託が琴乃の質問に答える前に、炸裂弾の爆発より強い衝撃でパイ全弾が章を除く面々に向かってぶっ飛んだ。