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Dearフェイ

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Dearフェイ

リアクション

 
 
 ――リィ……ン……

 深いその鈴の音とともにツェツィの目の前に飛び込んできたのは、探していたフェイの姿だった。
 その瞬間彼女には、何が起こったのか分からなかった。
 フェイが飛び込んでくると同時に、誰かが幽霊に向かって飛び込んだのだ。
 いや、抱きついたと言ったほうが正しいかもしれない。

 ――逢いたかった……

「おい、あれって……」

 騎士の鎧をぎゅっと抱きしめる彼女の顔は、ツェツィと瓜二つのものだった。
 白いワンピースに、透き通るような白い肌。いや、実際に向こう側が透けて見えているところを見ると彼女もそうなのだろう。

「どういうこと??」

 桐生も葵も何が起こったか分からないという顔で、立ち上がることも忘れていた。
 ツェツィと同じ顔を持つ女性は、涙を流してその鎧をぎゅっと抱きしめる。
 次第に騎士の幽霊からは殺気が抜け、赤く染まっていた刀身はいつの間にかその鞘におさまっていた。

 ……まさか、君なのか?

 騎士の言葉にこくんと頷き、私の顔を忘れたのかと彼女は問うた。

 ――忘れるわけがない、一時たりとも忘れたことなどなかったよ。あぁ、本当に君なんだね。ずっと待っていたよ……ディア……

「ディアって……まさか……」

 ふと漏れた名前、その名に心あたりがあるようで、ツェツィとハンナは顔を見合わせる。
「ディアエンデ・オーウェン。ツェツィ様のおばあさまの……双子の妹に当たるお方です」

 ディアエンデ。彼女はツェツィと同じく病弱であった。そんな彼女には親の決めた婚約者ではなく、お互いに好きあっている恋人がいたのだった。それがこの騎士エンデルク。彼は出兵を控えていたのだが、戻ってきたら渡したいものがあるからと騎士の橋で会う約束をしていたのだった。
 しかしまだ彼女の両親、ツェツィの曽祖父の時代はまだ貴族の結婚にも煩く、名家の出でないエンデルクのことをよく思っていなかった。
 その後彼が出兵したのをいいことに、彼が戦死したと偽の情報を流して嫌がるディアを無理やり結婚させたのだ。悲しみにくれた彼女は満足に食事も取れず、病はどんどん悪くなり三月が経とうかという頃についにその命を閉じてしまった。
 エンデルクは戦地から無事に戻ってから約束の場所で幾日も幾日も待っていたが、彼女が現れることはなかった。
 そんなある日、彼に二度目の出兵命令が届いた。
 そして、彼は今度こそ帰ってくることはなかった。

 ツェツィの祖母・ディアエンデの姉は、妹が死んでしまってから、一緒に育てていた花を枯らさないようにと自分から手入れを始めたのだった。一緒に育てた大好きな花を見ればいつでも彼女のことを思い出せるからと。この小さな花壇だけは庭師にも決して触らせず、いつでも自らが世話をしていたという。
 そしてエンデルクは友人だった姉に一つの願いを託していた。
 それは出兵前の出来事で、失くしてしまったり、自分にもしものことがあったら困るから、預かっていて欲しいものがあると姉に頼んでいたのだ。

「それがフェイがしてた鈴?」

 祖母から受け継いだ大切な鈴にそんな意味があったとは。
 ツェツィはハンナの話を聞きながら胸が痛くなるのを感じていた。

「ていうかハンナさんめっちゃ詳しいね。その頃から生きてたみたい!」
「代々続くオーウェン家のメイドとは、そういうものでなくてはなりませんので」

 桐生の質問にハンナはさらりとかわしてツェツィのほうを見れば、何とも言えないのだろう複雑な表情で地面を見つめていた。

「なんていうか、さ。ツェツィちゃんが気にすることじゃないんじゃないの? だってほら、目の前でしっかり約束は果たされてリア充してるっぽいし?」

 遠部の言葉に二人を見やれば、もはや二人きりの世界驀進中でこちらのことなどお構いなし。何やら話し込んでいる様子だ。

 みぅ、とツェツィの足元にフェイがとことこと歩いてくる。元気を出してと言っているかのように、前足をツェツィの足へそっと乗せて見上げてくる。首もとの鈴はいつの間にかなくなっていた。

 ――ツェツィーリア、怖がらせてしまってすまなかったね。

 声が聞こえて顔を上げれば、幸せそうな顔をしたもう一人の家族がいた。
 大丈夫だと首を振れば、耳元で大好きだった祖母の声が聞こえた気がした。

 君たちのおかげで約束を果たすことができたよ。本当にありがとう。

 そんな声が頭の中にうっすらと聞こえ、そして鈴の音とともに濃い霧の中に溶けて消えていった。
 それからほどなくして霧は晴れ、二人がいた場所には白い花びらが落ちていたのだった。