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【ぷろろーぐ☆魔法少女と軍人さん、共闘する】

「――という訳で、
 俺はこれから【灰を撒くもの】アッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)を殺しに行く。
 奴の『本体』を知らないか?」
 こちらを向いた左右非対称の色の瞳は、暗闇だというのに爛々と光っているようで目が合うと目眩がする。
 此処はシャンバラの首都――空京。
 公園の時計台の分針が2の字へ近付いていくのを、飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)は見上げて思った。
 『あれ』から間もなく10分。
 街灯の頼りない灯りに照らされながら、背中に透かし模様の入った木とスチールで出来たガーデンベンチの上に、たっぷりとギャザーが寄り花がちりばめられた紫色の愛らしいスカートを広げて、小さな身体でちょこんと座わる彼女の隣に、一人分の距離を開けて座っているのは長身の精悍な青年だ。
 隙の無い軍服に身を包んだ姿はそれだけで威圧的だというのに、その口から『殺す』等という物騒な単語が出て来た時には、長い時を生きてきた彼女も笑うしか無い。
 フリルが踊るスカートに杖をのせ、所在無さげに腰を飾る大きなリボンを整えていると、アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)と名乗るその青年は怪訝な顔でこちらを見つめた。
「どうした、飛鳥豊美。
 イルミンスールが誇る【終身名誉魔法少女】の貴女なら、このくらいもう分かっていると思ったんだが」
「豊美ちゃんでいいですよ」そう前置きして、豊美……否、豊美ちゃんは言った。
「私もまだ動き出したばかりなのですー。
 『豊浦宮』で眠っていた時に、突然目の前でこう、『ぐにゃ』って歪んだ気がして、異変を感じ取ったのですー。
 アレクさんは気づきませんでしたかー?」
「歪み?
 さあ、俺酔ってたから」
「お酒ですかー?」
「妹に」
 クラッシュキャップを脱帽したお陰で分かり易くなったアレクの表情は真顔なので、豊美ちゃんが(妹に酔うとはどういうことでしょうー)と真面目に考えてしまう。
 そもそもアレクの事は、数分前――この公園で偶然出会うまで噂でしか知らなかった。
 その噂といえば『テイフォン級(笑)の実力を持ったぼっち(笑)』というものであり、これまで豊美ちゃんにはそれがどういうことなのかよく分かっていなかったのだ。
 模擬戦の際にその異常な戦闘力を容赦なく振るい、学園生活では友人が一人も居なかった――というのがその噂の出所なのだが、豊美ちゃんはそれを知らない。
 そして心優しい豊美ちゃんは噂の(笑)部分に含まれた皮肉にすら気づかずに、頭の中で情報を整理する。
(……天涯孤独の身だったからこそ、妹さんの事を大切に思っていらっしゃるのでしょうか)と、豊美ちゃんはそのように評する。
 何故天涯孤独の身なのに妹が居るのかについては、あまり気にしていなかった。突然家族が増えるのは豊美ちゃんが存命の頃にもまああったことだし、それこそパラミタでは珍しいことでもない。
「でも、アレクさん。今の発言は穏やかじゃないですー。
 出来れば『事件を解決』くらいに留めてもらえると、いいと思うのですー」
 顎に人差し指を当てて困った顔で笑う豊美ちゃんに、アレクは能面を張り付けたまま首を振る。
「妹の眠りを妨げたのに?」
「それでも駄目ですよー」
「俺が妹を喰うのを邪魔されたのに?」
「ふぇ? 妹さんは食べ物なんですか?」
「……いや、何でも無い。
 そうだな、豊美ちゃんがそう言うのなら、その通りにしよう。
 きっとその方が間違い無いんだ」
 イルミンスール魔法学校に所属していた頃に、彼女の輝かしい来歴と戦歴、そして賛美に値する高い魔法力は何度も耳にし知っていたから、アレクは彼女に対して一定の敬意は持っていた。
 何より人に異常だと忌避されてきた自分よりも、皆に愛される彼女の意見を優先すべきだと一人頷いて、ふと何か思いついたのかアレクは口を開いた。
「『歪み』とやらは知らん。その原因も不明だ。
 だが恐らくあの妙な……量産型アッシュとでも呼称しようか――あれを一気に撃滅してしまうのが、一番手っ取り早い解決方法だろう。
 俺は陸軍中隊を――少しの兵隊を率いているが、残念なことに俺の隊をこの時間に出す事は出来ない。
 繊細な女達を『お肌のシンデレラタイム』に呼び出すとキレられるんだ」
 ジョークなのか何なのか分からないそれに首を傾げる豊美ちゃんだったが、アレクは愛想笑いもせずに続けた。
「兎に角俺一人であの量産型アッシュを叩くには少々時間が掛かるだろう。
 さて。そこで提案だ。
 豊美ちゃん、俺と共同戦線を張ってくれないだろうか。
 俺は妹の待つ家へ早く帰りたい。貴女はアッシュの本体を殺すのではなく『事件を解決したい』。
 ならば今夜だけその目的の為に手を取り、共に戦って欲しい」
「はい、いいですよー。アレクさん、よろしくお願いしますー」
 アレクの提案を、豊美ちゃんがあっさりと受け入れる。豊美ちゃんの中ではアレクは、『少し不思議な人だけど、妹さんの事を大切に思う人』と認識されていた。
 先程、量産型アッシュを追って公園に入った豊美ちゃんが魔法を放つ前に、ショックウェーブだけで鼠型の大群を一瞬で退けたその実力は確かなようだし、事件を解決するには助けが必要だ。
 闇の中で尚黒いライナーグローブを、豊美ちゃんの小さな細い手がしっかりと握る。

 と、その時だった。二人が同時に眉を顰めた。
「今、『何か』……存在を脅かす様な……『何か』を感じた気が――」
 原因不明の悪寒に大きな猫のように身体を震わせたアレクは、豊美ちゃんが公衆トイレの方を見たまま固まっている事に気づいて自分の悪寒の事を忘れ、膝を曲げて彼女の顔を覗き込んだ。
「豊美ちゃん……?」
「い、今そこに、棒人間みたいな生き物が沢山居たんですー」
「棒人間?
 幾ら量産型アッシュが現れる様な夜でも、そんな適当な造形の……コミックブックの『ザコ』みたいな生き物居る訳ないだろ?」
 少し片眉を上げただけだったが、豊美ちゃんは話しだしてからやっと表情を変えたアレクに微笑んで、そしてその笑顔を魔法少女の自信と、愛と希望に満ちあふれた顔に変えてゆく。
「魔法少女たちに呼びかけてみます。私の他にも巻き込まれた人が居るかもしれません」
「ああ、宜しく頼む」
 羽根のように舞う魔力の光に包まれて、星が瞬く空へとふわりと飛び立ってゆく豊美ちゃんをアレクは見上げている。
 どういうカラクリなのだろう、彼女の放つ魔法の光りを見ていると胸の内に暖かさのようなものを感じるのだ。
「貴女に対して気をつけてというのは無粋だろうか。
 そうだな……『背中は任せた』?」
「はい、任されましたー」
 アレクの言葉にウィンクと、何か効果音が飛び出しそうなポーズで答えて、豊美ちゃんは中空でくるりと一回転する。
 彼女が夜空へ消えるのと同時に、何時もの何も言わない表情に戻ったアレクもまた、広い背に大太刀を背負い直して闇の中へ消えて行った。