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機甲虫、襲来

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機甲虫、襲来

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一章 襲撃

 微かに、空気の焦げる臭いがした。
 反射的にベッドから飛び起きたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、隣で眠りこけるセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の体を揺さぶった。
「セレン、起きて!」
「んん……? 昨日の続き、やるの……?」
「そうよ、今日はもっとじっくり丹念に――ってそうじゃなくて!」
 セレアナは窓の向こうの景色を指差した。
 寝ぼけた眼を擦って窓を見やったセレンフィリティは、驚きの余り目を瞬かせた。
「ちょっと……冗談でしょ?」
 窓越しに見えるアルト・ロニアは、真っ赤な炎に包まれていた。
 溶解した建物が轟音と共に崩れ落ちていき、逃げ惑う住民を押し潰していく。
「………………」
 セレンフィリティは、無造作に放り投げられた教導団の制服を手に取った。
 セレアナもまた制服を手に取ると、素早く着替える。
「出るわよ」
 険しい顔で告げるセレンフィリティに対し、セレアナは強く頷いてみせた。
 状況は不明だが、何らかの事件が起きているのは間違いない。
 二人が武器を手に取った直後、飛来した『何か』によって窓が粉砕された。

 窓ガラスが粉々に砕け散り、宙を舞う。
 その瞬間、セレンフィリティは見た。
(……虫!?)
 カブトムシによく似た虫だった。頭部からは雄々しい角が生えており、背中には飛翔するための羽がある。しかし外骨格は金属と思しき銀色の輝きを放っており、天然自然の物ではないことが窺えた。
 何より、でかかった。全長は二メートルほどだろうか。それ程の巨大な虫が、窓を破砕して部屋に飛び込んできたのだ。
 咄嗟に、セレンフィリティは【シュヴァルツ】【ヴァイス】を撃つ。寸分違わないタイミングで、セレアナがソーラーフレアの引き金を引いた。
 放たれた銃弾は狙い違わず、襲撃者の頭部を穿った。
「やった!?」
 並の怪物なら一撃で倒せる程の威力だ。が、虫は一瞬怯んだだけで、すぐに行動を再開した。
 ……ウゥゥゥゥゥン……
 微かに響く駆動音だけをその場に残し、虫は真っ直ぐに突っ込んできた。
 セレンフィリティとセレアナは横に飛び退き、虫の突撃を回避する。
「やりづらいわね……!」
 何分、室内での戦闘だ。セレンフィリティは砕けた窓を一瞥すると、セレアナに顔を向けた。
「飛び降りるわ!」
 セレアナが頷くのを確認すると、セレンフィリティは窓に向かって跳躍した。

 セレンフィリティらが銀色の虫と対峙する一方、風森 巽(かぜもり・たつみ)は人命救助に当たっていた。
「ティア、そっちの瓦礫を頼む!」
「うん、任せて!」
 パートナーのティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)操る『オリヴィエ博士改造ゴーレム』が巽と協力し、崩れ落ちた瓦礫を撤去していく。
「もう大丈夫です!」
 巽とゴーレムは瓦礫の下に埋まっていた要救助者に肩を貸すと、その場から離れるため歩き出した。
 巽がいる地区は、街の外側に当たる場所だ。道路も比較的原型を留めており、要救助者を街の外に運ぶのは容易と言えた。
 だが、そんな巽の行動を邪魔するかの如く、上空から飛来する影があった。
 ……ウゥゥゥゥゥン……
 巽の『超感覚』が、微かに響く駆動音を捉えた。
「ティア、皆を安全な所へ!」
 要救助者の体をゴーレムに預けると、巽は上空からの襲撃者に拳を放った。カウンター気味に放たれた拳が相手の頭部を捉える――が、敵の装甲は巽の拳をいとも容易く弾いた。
 ――敵は虫である。カブトムシに酷似した外観を持つが、金属の外骨格に覆われており、そして何より、人の背丈とほぼ同等の巨体を持っていた。
 急降下突撃を仕掛ける虫は巽の体を弾くと、地面に激突した。アスファルトに似た成分で形成された道路に虫の体が突き刺さり、衝撃の波が辺りを襲った。
 吹き飛ばされた粉塵が巽に覆い被さり、体に灰色の埃を纏わせていく。粉塵舞う嵐の中、巽は拳をさすりつつ身構えた。
 厄介な敵だ。これほどまでに硬いとなると、拳や蹴りは通じないだろう。しかし、みすみす見逃す訳にもいかない。
(住民の避難が完了するまでは、我が何とかしなくては)
 相手は、アルト・ロニアを火の海に沈めた敵だ。奇襲に備えるべく、巽は意識を集中させた。

 気絶中の要救助人をゴーレムの肩に担ぎ上げると、ティア・ユースティは道路を駆け始めた。
 後方では、巽が虫と戦闘を繰り広げている。巽の身を気にかけながらも、ティアは街の外に向かうことにした。
「安心して! ボクたちが皆を助けるから!」
 道中、『シルバーウルフ』が見つけた怪我人にリカバリをかけ、共に街の外に向かう。
 アルト・ロニアの門まであと少し。門をくぐれば、そこはもう街の外だ。絶対に安全とは言い切れないが、少なくともここにいるよりは安全なはずだ。
 ……ウゥゥゥゥン……
 だが、そんなティアの背後に数匹の虫が忍び寄りつつあった。

 ティアを捕捉した虫たちは、宙を滑るようにして飛翔した。
 狙いはティアと要救助者だ。標的を定めた虫たちは、飛翔速度を上げるとティアに突撃した。
「そこまでよっ!」
 虫たちがティアに激突する寸前、遠野 歌菜(とおの・かな)の声が響いた。
 アルティメットフォームを使い究極魔法少女に変身した歌菜は、月崎 羽純(つきざき・はすみ)が操る聖邪龍ケイオスブレードドラゴンから身を乗り出し、トリップ・ザ・フィールドを唱える。
「歌菜、落ちるなよ!」
 羽純が聖邪龍ケイオスブレードドラゴンの速度を上げ、虫たちの群れに突っ込む。歌菜を包み込むフィールドが虫の群れと激突し、お互いを弾き飛ばした。
「ひゃあっ!?」
 弾かれた虫の群れはティアのすぐ傍に衝突。隕石の如き勢いが地面に伝播し、衝撃波を撒き散らした。
 破砕の波に吹き飛ばされたティアをケイオスブレードドラゴンに乗る歌菜が拾い上げ、ドラゴンの背に乗せる。
「これも救助活動の内ね」
「歌菜、来るぞ!」
 羽純が警告するや否や、体勢を立て直した虫の群れがこちらに突っ込んできた。
 歌菜が次の魔法を唱えようとした瞬間、どこからともなくワイヤークローが飛んで来た。
「ティア、無事か!?」
 ティアのピンチを察知し、駆け付けた巽のワイヤークローだった。
 放たれたワイヤークローが虫の一匹に絡み付くのを確認すると、巽は大きく腕を振り上げた。ワイヤークローに絡まった虫が遠心力で振り回され、周囲の虫に叩き付けられていく。
「なるほど、そういう方法もあるのか」
「羽純くん、私たちもやろう!」
 羽純は頷いた。歌菜と羽純が同時に構え、息の合った連携で薔薇一閃を繰り出す。
 薔薇の花弁が舞い踊るかのような乱撃に感銘を受けた巽は、『融合機晶石【ライトニングイエロー】』をベルトに装填した。
「フォームアップ……ライトニング!!」
 歌菜と羽純の乱撃を受けて怯む虫たちに、巽の轟雷閃が直撃した。

 歌菜と羽純がアルト・ロニアに訪れた理由は、特に無い。
 本当に、単なる偶然だったのだ。
「でもびっくりしたよぉ、まさかあんな虫が襲ってくるなんて!」
「こちらも同じだ、遠野さん。この襲撃は予想できなかった」
 ここに来た経緯を語る歌菜に、巽はそう答えた。
「油断するのはまだ早い。この場にいる虫たちは片付けられたが、他の所ではまだ大勢の仲間が潜んでいるはずだ」
 羽純は道路に転がる虫たちを一瞥してから、要救助者に視線を向けた。
「ここは協力した方が良さそうだ。巽、ティア、手伝ってくれないか」
 巽の電撃を受けた影響か、地面に転がる虫たちの体は僅かに痙攣していた。
 しかし、その体からは殺気を感じられない。恐らくは、機能が停止しているのだろう。
「元よりそのつもりだ」
 巽とティアは首肯した。