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夏だ! 海だ! 水着だ! でもやっぱりそういうのは健全じゃないとね!

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その2 女装撮影会


 次から次へと来る注文を、ミルディアはなんとかほどよくこなしていた。
 かき氷や飲み物なども慣れてきたし、なんとなくコツをつかめてきた。
 確かに忙しい。次から次へと、客も来る。それでも、その大変さですら楽しかった。
 そうやってやることがうまくいっていると、表情も笑顔になるというものだ。
「あ、アゾートさんお疲れ様〜」
 たまたま近くにいたアゾートに声をかける。アゾートは「うん、お疲れ」と小さく返した。
「大丈夫そうだね」
「はい、こんなの全然平気!」
 ミルディアは胸の前で拳を握って答えた。
「そっか、よかった。じゃあ言うけど、ちょっと時計を見てくれるかな?」
「ふえ?」
 アゾートが指差した、厨房近くに置いてあった時計を見る。
「もうすぐ11時だねえ」
「そうだね」
「どうかしたの?」
「いやなに」
 今度はアゾートがどこかを指さして言った。
「忙しいのはこれからだからね」
「………………」
 言われて気づいた。そういえば、まだ昼にもなっていない。
 アゾートが指差す先には手を挙げているお客さん。それと、案内を待っている人もいた。別の生徒が案内へと向かう。
「これまでの比じゃないけど、頑張って」
 他の生徒が席に案内すると、今度はまた別の人が来客していた。
 嫌な予感もするが、無理も突っ切れば道理が引っ込むんだから、と、いつも口にしている言葉を小さく呟いて、とりあえず手を挙げていた客の元へと向かう。
「お待たせしました〜♪」
 満面の笑みは忘れない。 





 憧れのアゾートの頼みとあって、風馬 弾(ふうま・だん)は張り切っていた。
 なにより、アゾートさんの水着写真を盗撮するなんて許せない! と胸の中で炎を燃やす。実際、彼女が撮影されているわけではないのだが。
 とはいえ海水浴場はそこそこ広い。そのうえ人数だって結構多いのだから、調査とはいえどうすればいいのか、弾は考えあぐねていた。
「エイカ、その、盗撮してるっていう奴、捕まえるためにはどうしたら良いと思う?」
 隣に立つエイカ・ハーヴェル(えいか・はーゔぇる)に弾は聞く。エイカはうーん、と小さくうなったあとなにかを思いついたように笑みを浮かべた。……弾は少しだけ嫌な予感がした。
「囮を用意しましょう」
「囮……?」
「ええ。盗撮するような人なら、可愛い水着の女の子がいたら、ついつい撮影しちゃうかもしれないでしょ?」
「なるほど。そうやって囮を撮影しているところを確保するわけだね」
 なんだ、いいアイデアじゃないか……弾は安心したのか、少し息を吐くように言った。
「というわけだから、はい、弾。着替えて」
「………………は?」
 手渡された水着を無意識に受け取ってから、弾は聞き返す。
「囮よ囮。弾が女装して、囮になるのよ」
「なんで僕がっ!?」
 渡された水着は上下に分かれていた。少なくとも男性用じゃない。
「こ、これってエイカの水着なんだろ、エイカが囮になってくれれば……」
「えーやだ恥ずかしい」
「僕だって恥ずかしいんだけど!? っていうか僕の方が恥ずかしいよね絶対!」
「いいじゃない、そのほうが面白そうだし」
「本音が出た!」
 エイカは少しだけ神妙な顔をして弾の肩に手を置いた。
「……いい、弾。あんたが囮になんなかったら、大好きなアゾートちゃんが撮られちゃうかもしれないのよ?」
「え……?」
「アゾートちゃんの水着の写真がいろんなところで売られて、アゾートちゃんは恥ずかしさのあまり家に引きこもってしまうの。笑うこともできなくなるし、会うこともできなくなるわ。それでいいの?」
 弾はアゾートの写真が世にたくさん出回っている世界を想像した。しかも今回は、写真で脅されている人もいるとかいう噂もある。もし、彼女がそんな目にあったら……
「いいの、それでも?」
「いいわけないよ」
 弾はきりっとした表情で言った。そんなこと許せない。
「じゃあ、あなたは女装して。これもアゾートちゃんのためよ」
「わかったよ!」
 弾は答える。そうやって更衣室に向かおうとして……すぐ引き返してきた。
「やっぱりそれでも僕が女装する必要はないよね!?」
「気づいたか……」
「今小声でなんか言ったよね!?」
 ふう、と息を吐いてエイカは口を開く。
「でも弾、あなたが女装をしてまで今回の事件を解決したら、アゾートちゃんはきっと、あなたのこと見直すと思うわ」
「そ、そうかも知れないけど……」
「だからほら、あなたが囮になるの。あたしが周囲を警戒して怪しい奴を見つけるわっ」
「うう……」
 手にした水着を見つめる。これもアゾートさんのためだ、と自分に言い聞かせて、弾は大きく息を吐いた。
「……わかった。僕が囮になるよ」
「いよっし」
 エイカは拳を握って頷いた。
「じゃあ、いろいろと準備しないとね☆」
 そして、カミソリやら化粧道具やらを取り出して、目をキラキラと輝かせる。やっぱりやめておけばよかった、と、弾は早速後悔した。
 

 そんなやり取りをしている近く、同じく周辺の調査をしている遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)は並んで歩いていた。二人とも水着姿で周りの人たちと変わらないが、彼女たちは聞き込み調査を中心にしていた。
「ふむふむ、美男美女がターゲットなんですね」
「まあ基本的にはそうだろう」
 スキル、【ホークアイ】を使って周囲を警戒しながら、羽純は答える。
「さすがにカメラを持っている奴は多いな……」
 友人同士の撮影だったらともかく、無許可での撮影などもあるようだ。しつこいナンパなどもいるらしい。そのことでトラブルでも起きたのか、もめている人がいたので羽純はそちらに向かう。
「あの、ありがとうございます……」
 解決したのか、水着の女の子が羽純にぺこりと頭を下げていた。
「あの、お一人ですか? もしよかったら、一緒に泳いだりとかしません?」
 ああこのパターンもあるのか……と歌菜は思う。二人組の女の子の片方が羽純を気に入ったのか、手を取ってそんなことを口にする。
「悪いけど」
 羽純は左手を上げ、薬指にあるリングを軽く叩いてそう言う。それで女の子は手を離し、羽純はこちらへと戻ってきた。
「………………」
「なんだよ」
 戻ってきた羽純を歌菜はじっと見つめ、にししとちょっとだけ怪しげな笑みを見せる。
「ちょっと優越感?」
「なんだそれ」
 羽純は息を吐いた。歌菜は羽純の腕に手を回して、周りを見回す。気づけば最初に説明を受けた、海の家の近くに来ていた。
 そこにも二人の男に言い寄られている人がいた。冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)だった。
 彼女は言い寄ってくる男もガン無視、視線すら合わせない。男はしつこく食い下がっていたが、やがて舌打ちをして彼女から離れていった。
「さすが小夜子。動じないわね」
 歌菜は小夜子を見てそう言うと、
「男に興味ありませんから」
 さらりと口にした。
「どうです、マナーの悪い連中は見つかりましたか?」
 小夜子が二人に聞く。
「この辺はナンパしている奴が多いな。盗撮とかに関してはまだなにも」
 羽純が答えた。
「どうもこの辺りは、そういう場所として認識されているみたいなんだよ」
 海の家からアゾートが現れて言った。
「友だち同士で遊びに来ている人が多い感じだね。盗撮とかもこの辺りは多かったんだけど、噂が広まって拡散したかな」
 水着にエプロンという一見すると危ない格好のアゾートが、見回して言う。
「気配は感じますけどね」
 小夜子はなにかを察知したのか、周囲を見回す。記念撮影をしていた集団のカメラがこちらに向いただけのようだ。
「これだけ人が多いとな」
 羽純も警戒しつつ言う。
「明らかに一人だったりすると、わかりやすいんだけどね」
 歌菜が遠くを見て口にした。他の視線もそちらに向く。
「確かに、わかりやすいね」
 アゾートが口を開いたのを合図に、三人は飛び出した。男が物陰にかくれ、手にしていたカメラを動かしていた。
 パシャ、と動作音がしたその瞬間、羽純の手がカメラのレンズを抑えていた。男が驚き、顔を上げる。
「……なにをしている?」
 男が逃げようとすると、羽純が具現化した剣を飛ばして逃げ道を塞いだ。驚いて尻もちを付いた男の前に、歌菜が立つ。
「被写体の方の許可を取らずに撮影なんて、いけない事です!」
 落としたカメラを小夜子が広い、データを見る。盗撮されたと思われる写真が、見事に並んでいた。
「カメラは没収します」
 小夜子は言い、男が小夜子に手を伸ばす。羽純はその手を掴んで地面へと投げ倒し、抵抗できなくなった男を抱えてどこかへ連れて行った。
「みんな、しっかりやってくれてるみたいだね」
 アゾートはそんな様子を見て安心し、そのようなことを口にする。海の家へ戻ろうとすると、顔を真っ赤に染めた一人の女の子と目が合った。
「あ、アゾートさん……」
 聞き覚えのある声。疑問符を浮かべていると、知り合いが女の子に駆け寄ってきた。
「アゾートちゃん!」
 楽しそうに弾む声を上げたのはエイカだ。アゾートはまさかと思って女の子にもう一度視線を向ける。
「えっと……誤解しないで……ボクそういう趣味があるわけじゃないんだ……」
 少し沈んで女の子が口にする。
「もしかして……弾くん?」
「………………」
 女の子……にしか見えない弾は、こくりと小さく頷いた。
「へえ……」
 アゾートは下から右から左からと弾をじっくりと眺め、
「似合うね」
 にっこりと笑顔を浮かべて言う。
「喜ぶべきなのかな……」
 弾は複雑な表情を浮かべた。エイカはちょっと離れたところで笑いをこらえている。
「いいじゃないか。キミの新しい一面を見れた、ってとこだね。嬉しいよ」
「あ、アゾートさん……」
「さすがにどうかとは思うけどね」
「うわああああん!」
 弾は走り去った。
「ああん、せっかくアゾートさんとのツーショット写真を撮ろうかと思ってたのに」
 エイカがカメラを手に言う。アゾートは息を吐いて、
「なんであんな格好を?」
 エイカにそう聞く。
「囮だよ。ああいう格好をしたら、邪な考えを持った人が近づいてくるかと思って」
「なるほどね……あんまり彼をいじめないでやってくれ」
「了解でーす」
 わかっているのかいないのか、笑いながら敬礼をしてエイカは弾の姿を追った。



 その後エイカは魔道書形態へと変化し、弾の近くで待機、弾はパラソルの下で足を組んだりして囮になっている。
 事情を聞いた歌菜、羽純、小夜子が近くで待機し、周辺でナンパやら盗撮やらがあると出動する。
「さっきの男は、なにか言っていましたか?」
 小夜子が羽純たちに聞く。
「写真が売れるっていうのは本当らしいな。そういうのを好きな奴の間で取引してるんだと」
 羽純が腕を組んだまま答えた。
「脅迫の件は聞いたことないって。そっちは単なる噂で済めばいいんだけどね」
「そうですね」
 歌菜が言うと、小夜子は頷いた。
「私もいろいろと聞いたのですが、どうも、スカウトの振りをして写真を撮る不届きものがいるみたいですわね」
「スカウト?」
「ええ。名刺を使ってカメラマンだと嘘をついて、きわどい写真を撮るとか」
「なにそれ、そんなのに騙される人がいるの?」
「いるんでしょう。モデルになれる、というのを魅力に感じる人もいるでしょうしね」



「くしゅん!」
 雅羅は大きくくしゃみをした。理沙が心配そうに覗き込む。
「雅羅ー、どうしたの?」
「なんでもないわ。ちょっと、急に寒気が……」
「こんなに暖かいのに」
「そうよね……」
 雅羅はもうちょっとで頂点に達しそうな太陽を眺め、首を傾げた。



「またナンパですね」
 近くで一人の女の子に声をかける三人組の男がいた。困っている様子で、小夜子たちは仲介に入る。女の子の友人たちも駆けつけ、その場は丸く治まった。
「なんで男って、こう、しつこく迫ってくるんでしょうね」
「俺を見て言うな」
 小夜子の視線を受けて羽純が抗議する。隣ではなぜか歌菜もジト目で羽純を見ていた。
「羽純くんは迫られるほうなんだよね。今日だけで五人」
「数えてたのかっ!? ってか、見てたのか!?」
「見てるもん」
 ぷい、っと顔を背けて歌菜は言う。
「まあ確かに……こうやって水着でいると、なかなかいい裸体をしていますからね」
 小夜子は羽純の肩のあたりをぺちぺちと叩いて言う。
「鍛えてるもんね。筋肉あるし」
 歌菜は腹筋のあたりをぺたぺたしながら言った。
「……いいですね」
「いいでしょ〜?」
 二人でぺたぺた羽純の体を触って言う。通行人がくすくすと笑っていた。
「だーっ! やめろ!」
 ぴょい、っと飛び引いて羽純は叫んだ。「えー」と不満そうな二人の声に、羽純は息を吐く。
「って、おい、あれはなんだ?」
 羽純がなにかに気づいて指をさした。二人が振り返ると、弾に一人の人物が話しかけていた。なにか、名刺のようなものを渡している。
「噂をすれば、ですわ」
「にせスカウトかもしれないね!」
 小夜子と歌菜が弾のもとへと向かった。ちょうどその頃、魔道書だったエイカも人間の姿に戻っていた。
「カメラは没収! こんな名刺で騙されるあたしじゃないんだからね!」
「は?」
 エイカはカメラを取り上げ、弾も立ち上がって身構えた。
「こら、カメラを返したまえ!」
 その人はカメラを取り返そうと手を伸ばす。その伸ばした手を、小夜子が抑えた。
「残念ですが、そうはいきません」
「な、なんだね君たちは!」
 小夜子の手を乱暴に振り払い、声を上げる。
「そういう嘘で写真を撮ろうったって、そうはいかないよ!」
 歌菜たちも近くまで来た。
「一体なんだというのだね」
「逃がさないからね!」
 歌菜が叫ぶ。が、
「……どうしました、ドクター」
 後ろから聞こえてきた女の声に、皆が振り返った。彼女はなにか、案内板のようなものを持っている。……そこに書かれているのは……「ハーサンの撮影サービス」??
「俺はドクター・ハーサン(どくたー・はーさん)だ。ここで写真撮影サービスをしている。ちゃんと許可も取ってあるぞ!」
 弾が握っている名刺を、皆が眺めた。
 そこには「ハーサンの撮影サービス」の詳細と、海水浴場運営公認のマークが入っていた……




「いや、ボクだって知らなかったんだよ、そういう人もいるなんて」
 事情を聞いたアゾートが、運営に確認を取ってきた。本当に彼は運営公認のカメラマンで、夏の思い出の写真を撮っていたそうだ。
「全く、ちゃんと認可得てんのに冤罪とか、溜まったもんじゃねぇ」
「その通りね」
 ハーサンと、客引きをしていたアリス・バックフィート(ありす・ばっくふぃーと)は今、海の家にいる。歌菜たちも今はそこに集まっていた。
「こっちとしては、商売を邪魔されいるのだからね。ちゃんと、その分の請求はさせてもらうよ?」
「……仕方ないじゃん、知らなかったんだから」
 歌菜が小声で言う。
「なんだって?」
「なんでもないよ」
 羽純が代わりに答え、歌菜の腕を軽くつつく。
「お金かい? あいにくだが、利益度外視の海の家でね。払えるようなお金はないよ」
「いや、そんなことは言わないよ」
 アゾートの言葉を制する。
「一応こっちは商売でね。せっかくだから、君たちにも手伝ってもらおうか」
「手伝い……?」
「客引きとか、そういうのをね」
「私だけでは、ドクターも客引きに出ないといけませんからね」
 アリスは持っていた案内板を掲げた。
「そういうことだ。ちょっと手伝ってくれれば、不問でいい」
 ……そういうことなら、と、誰かが言いかけた。でも、それよりも先に口を開いた人物がいた。エイカだ。
「だったら、美女と撮影っていうのはどうですか!?」
 皆の視線がエイカへと向く。
「美女?」
「はい!」
 羽純の問いにエイカはにっこりして答える。
「オプションとして、女の子とのツーショット写真を撮らせてあげるっていうサービスをするの! どう、客引きには最高でしょう!」
 ぱあっと明るい笑顔で言う。
「ね、弾ちゃん!?」
 そしてそのままの視線を、弾へと向けた。
「…………は?」
「ちなみに、彼女がその役でーす」
 エイカは両手をひらひらと動かしながらそう言った。事情を知っている歌菜たちは気まずい顔を、当の本人は青い顔をしていたが、
「……面白そうね」
「アゾートさん!?」
 アゾートが口を開いたせいで、場が動いた。
「彼女がか……ふむ」
 ハーサンは顎に手を当てて考え込み、
「ふむ確かに、面白いかもしれないな」
「えーっ!!」
 ハーサンは乗り気だった。それ以上に、弾が本当は男だと気づいてなかった。
「よし、そのアイデアもらった。記念撮影ついでに、美女との撮影か。ふむ、いい感じではないか」
「……さっそく書き直します」
 ハーサンは意気揚々と立ち上がり、アリスは案内板になにやら書き足していた。ますます青い顔をする弾の肩に手を置いて、エイカは一言、
「頑張ってね、弾ちゃん♪」
 満面の笑みでそう口にした。


「ハーサンの写真サービス、いかがですかー? ……うう、なんで私がこんなこと」
「運が悪かったと思って諦めよう……写真、いかがっすかー」
 歌菜と羽純は客引きを、
「こちらに並んでください」
「では、ツーショットですね。料金はこちらになります……」
 アリスと小夜子が案内と客整理、
「はいはーい、もっと笑ってくださーい。あ、ダメダメ弾ちゃん、もっと近づいて」
 エイカはハーサンの補佐をしていた。
「はっはっは、大繁盛ではないか! 感謝するよ二人とも」
「いえいえお構い無くー♪」
 ハーサンも楽しそうだ。唯一青い顔をしていた弾も、諦めたのか今では笑顔だ。引きつっているが。
「おやおや、大人気だね」
 アゾートが様子を見に来た。弾は涙目で助けてと訴えるが、
「せっかくだから、ボクも一枚撮らせてもらおうかな」
 思いがけないことを口にしたので、弾はそのまま涙を流した。
「どうしたんだい、ほら、笑って。せっかくの夏の思い出じゃないか」
「うう……こんな思い出は嫌だ」
「ボクとの写真も、嫌かい?」
「そりゃあこの格好じゃあね!」
「全くもう……仕方ないなあ」
 アゾートは弾の腕に手を絡め、強く抱き寄せる。
「何年かしたら、こんなの笑い話だよ。だからほら、笑って」
「アゾートさん……」
「ね?」
 アゾートが言い、弾は頷いた。アゾートが浮かべる笑顔と同じく、弾も笑顔を浮かべる。撮った写真はすぐプリントアウトされ、渡された写真をアゾートは大事そうに両手で受け取った。去り際、最後にアゾートが向けた笑顔に、弾も笑顔で返した。
「彼は男が苦手なのかね? 女の子と撮るときにはあんなふうに笑えるのに」
「ウブなんですよー」
 ハーサンとエイカがそんな会話をしていたのは、聞かないふりをした。



 ――写真撮影サービス、か。
 こんなの、僕だってできると思ったけど、カメラマンが周りといろいろ会話をしているのが目に入り、僕は目を反らした。
 なんで写真を撮るのに、人と会話をしないといけないんだ……写真だけでいいのに。
「撮らないのデスカ」
 撮らないよ、と僕は小さく答えてその場をあとにした。
 僕は僕の写真を撮る。誰にだって出来ることは、誰かにやらせればいいと思った。
 僕の写真は、僕にしか取れないんだから。