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3章 大地の巨人 2

 メルは安全な場所まで避難させられ、ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)アリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)らに守られていた。
 その近くて遠い場所からは、グランドプロスと、それと戦う契約者たちの姿がよく見えた。
 アクシューミは? いまや姿はない。逃げたか? 腰を抜かしたか? わからないが、そんなことはもうメルにはどうでもよかった。ただ、自分のために戦う彼らが、無事で戻ることは、いまのメルの願いだった。
 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が戦う姿がまざまざと見えた。
 金色に輝く髪をひるがえす彼女は、左眼に嵌めたスカウターの数値を見ながら空中戦を繰り広げる。金色の龍の波動は、砂埃をたちあげてグランドプロスの視界を奪い、神速で移動するスピードに任せ、その身体に人間とは思えないパワーの打撃を与える。某、どこかの戦闘民族を彷彿させないではないが、戦うさまはまさに勇士の一言だった。
 詩穂や、リネンにフェイミィもそれに続いた。「巨人ならばその力を利用すればいい」と言ったのは詩穂だった。つまり、地面を割るぐらいのその力で、グランドプロスが自ら開けた穴に落ち込むようにするというのだ。エクス・スレイヴの剣の輝きがまぶしく光ったとき、巨人のくるぶしを剣が切り裂いた。巨人の地響きを思わせる、腹の底を震わす大声。ずしん、ずしん、と、拳が大地を打ち、次々に大地が裂けた。
「これはまた、えらく面倒くさいことになっちまったな」と、ザミエルが言った。「なあ、おまえもそう思うだろう?」
 たずねられた少女は、なにも答えられなかった。
 メル・リリアンテは考えていたのだ。自分が何をすべきかどうかを。あるいは、なにかすべきなのかどうかを。
 そんなとき、アリスが言った。
「考えるのは、悪くないことだと思いますよ」
「え?」と、メルはアリスに振り向いた。
「悩み、考えることが、あなたというものをつくっていくのです。それは、とても素晴らしいことだと、私は思います」
「そう……かしら」メルは沈鬱な顔になった。「わたくしにはわからないのですわ。わたくしはこれまで、教えられたままに生きてきたのですもの。きっとこの世界に王子様はいらっしゃいますし、それがあのアクシューミという男性だと教えられましたわ。そうすることがわたくしには正しかったのです。それが、リリアンテ家の娘たるわたくしの生き方のようですので」
「でもあなたは、自分自身で考えるようになったのでしょう?」
 メルは黙りこんだ。
「現実は夢物語ではありません。ですけども、そのように生きようとすることはできます。そのためには、あなた自身がどう生きるかということが大切なのではないでしょうか」
「どう、生きるか?」
「ええ」と、アリスはうなずいた。「あなた自身が考え、答えを出さないといけないのです。そしてレンや、私たちの答えは、あのグランドプロスを再び封印すること。それが私たちの生き方なのですから」
 そのとき、グランドプロスの大声が響き渡った。
 それはローズの攻撃がヒットしたことを示し、戦いが終わりに近づいていることを意味していた。
「マズイです! このままじゃ、私たちまで巻き込まれてしまいます!」と、ローズ。「早く避難を!」
「わかってる! でも、その前に……!」
 リネンとフェイミィが放つ、大斧と剣がグランドプロスの足を切り裂き、大地に膝を落とす。
「こっちよ、グランドプロス!」
 詩穂が巨人を挑発し、大地の裂け目に誘導した。
 暴れ回るグランドプロスは、自らが開けた裂け目に足を取られ、バランスを崩した。刹那や六黒は、悲鳴や呻きとともに外に投げだされ、グランドプロスはぐらぁ、と倒れる。もちろん、レンも投げだされたのは同様だった。が、それが好機。
「ノアーっ! いまだーっ!」
 レンの叫びを聞いて、ノア・セイブレムの手の中にある魔石が強く輝いた。

 Nou on jula vaju va juramu!

 魔石の輝きのなかに、グランドプロスは消えていった。
 輝けるそれが失われたとき、そこには割れた大地と澄み渡る空がある。
 どさっと、地面に落ちたレンは、最後にグランドプロスのほほ笑みを見たような気がした。



 全ては終わったかのように見えたが、実を言うとそうでもなかった。
 お互いの無事を確認し合って合流した討伐隊の面々の前に突き出されたのは、ロープでふん縛られたイルーム、それにアクシューミだった。「あでっ」と、アクシューミはそれまでの様相とは見事に違う悪態を晒し、まるでしけた商人のような顔になっていた。
「この人、グランドプロスが出てきたらまっさきに逃げだしてね」と、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が言った。「怪しいな〜と思って追いかけてみたら、案の定……イルームとつながってたってわけさ」
「どういうこと?」と、ルカが聞いた。
「全部、こいつの入れ知恵だったということだ」と、佐々木 八雲(ささき・やくも)が弥十郎の代わりに答えた。「リリアンテ家に嫁ぐからには、民衆の心を揺るぎないものにしておかないとならない。だからこいつは、イルームにグランドプロスの存在を教え、わざとメルを攫わせたんだ。自分が救出することも、織り込みずみでな」
「だけど、予想外のことが起きた」と、弥十郎。「ワタシたちが参加したことだよ。メルは契約者たちに救われるし、このままだと自分の活躍はほとんどなくなってしまう。だから、いっそワタシたちみんなを葬るつもりで、グランドプロスを復活させたんだね」
「アクシューミ、あなたという方は……」
 メルは愕然として、アクシューミを睨みつけた。しかしアクシューミは、反省するどころか、なんと笑いはじめたのだった。
「フ、フフフ……証拠でもあるのか?」
「なに?」と、レン。
 アクシューミは強気の態度に打ってでた。
「証拠もないというのに、私を非難するとはお門違いだ。私はあくまでメルさまを助けようと力を尽くしていただけに過ぎんよ。そう、この男の謀略からな」
「なにぃ!? き、貴様……裏切るつもりか……!」と、イルームは憤った。
 だが、アクシューミは痛くもかゆくもない。むしろその憤りが心地良い音色かのように、笑みを濃くするだけだった。
「最初から裏切ってなどいない。私はアクシューミだ。英雄、アクシューミ! メルさま、このような戯言を信じるのはおやめなさい! 証拠もなにもなく、私を疑うとは信じられない行為! 貴族にあるまじき失態ですぞ!」
「証拠ならあるよ」
 と、いきなりかかった声は、予想外のものだった。
 討伐隊に参入していた炎羅が、にやりと笑っているのだ。彼は隣にいたピアニッシモをうながした。
「さ、ピアノ。あれを見せてあげな」
「はいなの、マスター」
 ピアニッシモの目が光りだし、メモリープロジェクターの映像を地面に映しだした。そこにはグランドプロスから逃げだした直後、縛られているイルームのもとへ向かって彼を罵るアクシューミの姿があった。「貴様ぁ! わかっているのか! この計画に失敗すれば、私も貴様も終わりだ! この責任は必ず取ってもらうぞ!」などと、悪態をついている。
 アクシューミは愕然となり、すっかりそれまでの威勢の良さは失われた。
「アクシューミ」と、メルが声をかける。
「お、おお、メル様!」アクシューミは最後の希望を見出したかのように言い寄った。「聡明なメル様ならば、きっと私の無実をわかってくださいますね! あれは嘘です! きっと、なんらかのトリックで、やつらが私たちをおとしめようとしているに違いありません! そもそも、契約者などという地球の輩が、私たち貴族に刃向かおうなどというのが間違っているのです!」
「この……」まくしたてたところで、八雲は我慢ならなくなって拳を振りあげた。「お前という男は!」
 が、その拳がアクシューミの顔を打つ前に、ひとりの少女の手がアクシューミの顔をはたいていた。それはメルの手だ。ビンタ一発。赤く腫れあがった頬を押さえ、信じられないという顔をするアクシューミに、メルは言い放った。
「人として、最も恥ずべきことしているのはあなたですわ、アクシューミ。地球がなんです、貴族がなんです。たしかにわたくしたちは格式と伝統を誇りに思わねばなりませんが、そこに他者を蔑んでよい格差などあるはずがありません。わたくしは感謝しております。地球の契約者の方々に。それだけでも、あなたは彼らよりもはるかに劣っておりますわ!」
 アクシューミは意気消沈した。もはや彼に、尊厳などは存在しなかった。
(そしてもちろん、あなたにも……)
 メルはグランドプロスのことを思った。彼女は巨人の過去を見たわけではなかったが、どこかでグランドプロスの目に優しさと悲しみを感じ取っていた。
(自分の運命の答えを、自ら見つけ出したあなたにも……わたくしは感謝していますわ)
 魔石に眠る巨人はなにを思うだろう。
 その運命が、まるで歯車のように、かちりとかみ合ったことに。そのことを巨人は、まだ知らない。