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腐り落ちる肉の宴

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腐り落ちる肉の宴
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■ プロローグ ■



 頼んでいた探しものが見つかったと連絡を受けた。

 魔女ルシェード・サファイスの本宅。
 誰とも知らない場所に建てられ廊下部屋問わず全ての空間が死臭に満たされた館。
「さがしてたらぁ、そういうの調べていた守護天使を見つけてぇ、頂戴ってしたらぁ、くれたのぉ」
 その一室で引き出しを開けゴソゴソとさせながらルシェードはくすくすと笑った。
 思い出して笑う少女に、黒い外套に身を包みフードを被ったいつもの格好で来訪した破名・クロフォード(はな・くろふぉーど)は口を閉ざした。どんなおねだりをしたのか簡単に想像できて、その守護天使とやらが生きていればいいなと他人事ながら思う。
 引き出しから取り出した数枚の写本を持って、ルシェードは破名に近づき、それを差し出した。
「どうぞぉ。お望みの『資料集キリト・リセン』の写本よぉ」
 差し出され受け取ろうとした悪魔の手が、止まる。
 探してくれと頼んだ時、どういう代物なのか告げていない破名は被るフードの奥で両目を見開いていた。
「はなちゃんのお望み通りぃ解読したわぁ」
「――ッ!」
 驚き声を詰まらせた破名に魔女は「ふふ」と、可憐に笑った。
「そうなのぉ。素敵でしょぉ? はなちゃんの望みがなんなのかぁ、あたしわかっちゃったぁ」
「……ルシェード」
 ルシェードは止まった破名の手首を取り、引き寄せて写本をその掌に押し付けた。
「健気に解読してみせたあたしは『合格』かしらぁ? ねぇ、あたし達もっと仲良くなれるわよねぇ?」
 固まる破名の左肩を左手で掴み引き寄せるとルシェードは破名の頬に右手を沿わし、捲るようにフードを払い除ける。
「何度も遊びに来たりぃ、寝込んでみたりぃ、大事な探しものを頼んだりぃ、はなちゃんはぁ思った以上に――ッ!」
 露わになった悪魔の顔を、頬を撫でることで堪能していた少女の手を、破名は左手で握り愛撫を止めさせた。
 魔女に心の奥を見透かされ揺らめいている紫色の瞳を剣呑に細める。
「でもお前は俺の研究を嫌悪するだろ?」
 問いかけに、ルシェードは満面の笑みで返した。
 言葉ではなく態度で返されて、破名は掴んだルシェードの手を乱暴に払った。
「キリトの写しを探してくれたことには礼を言う。だが、俺にも選ぶ権利がある。研究を引き継ぐ気がないのなら、交渉は決裂だ」
 言い終わるのと同時に、その姿が消えた。
 破名お得意の転移魔法は音もしない。
 残されたのは少女と沈黙だった。
 払われた手を見下ろして、ルシェードは「ふふっ」と笑いの声を零した。
「決裂かぁ」
 破名の意図を知り、思い切って誘ったわけだが、思った以上の好反応に自然と頬が緩んでしまう。
 しかし、自分の情熱を他に向ける気が無く、また彼が相手を選ぶ権利を持つことを良しとしないルシェードは、仕方ないなぁと吐息した。
「ならぁ、その気にぃさせてあげるわぁ」
 自らの意思で足元に額づかせるのが一興かしらと、ルシェードは考える。
 どんな罠を張ればあの男を心底驚かせることができるかと方法を模索して両腕で自分の体を抱きしめる。
「はなちゃんをぉ体の奥底からぁ、ぞくぞくぅってさせてあげるぅ」
 破名はその喜びを知っている。心の奥にしまうことも隠すこともできず面影を追いかけるほどにも欲している。
 ならば、望んでいるものを形にしてその願望を表に引き摺り出し、それ以外何も考えられなくしてやろう。
 全ては自分の願いを叶える為に。
 想像し、魔女は歓びに震える体を抱きしめたまま月明かりも頼りない薄闇の中、いつまでも一人笑っていた。