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リアクション
『――それでは東カナン領主、バァル・ハダド様にご祝辞を賜りたいと思います』
歌菜のアナウンスに、領主がステージの中央へ向かって行く。と、その足下に小さな茶色い塊がトコトコとくっついてきた。
突然の登場に会場は俄にざわつくが、その声に客席側を見てポチの助は首を傾げ「くぅん?」と一鳴きする。その愛らし過ぎる仕草に女性の黄色い声が上がった。歌菜は空かさずそれを利用する。
『可愛いわんちゃんですねー。領主様が素敵だからついていっちゃったのねー』
微笑ましい場面に客席からは溜め息が漏れる。そんな風に自分を迷い子犬のように演出しながら、自称ハイテク忍犬ポチの助の頭の中は演算コンピュータのように動いていた。
「くぅん」とアピールする瞬間視界に入る怪しい存在をチェックし記憶。自らの端末を念じるだけで操作し、会場の情報を警備担当のメンバーに提供する。
組織のメンバーは既に確保済みだというが、念のために情報を撹乱する事も忘れていなかった。
(アレクさんは第二のご主人様、だからこの僕が守りますよ!)
そうして領主がマイクの前に立ち、口を開いた瞬間だった。
「きゃーーー! バァル様あああああっ!!」
誰よりも大きく高い歓声を上げて、涅槃イルカに乗ったルゥルゥが領主に被さる様に舞い上がった。
「今日もお素敵ですわ! カッコイイですわあっ!!」
演技力を生かし『バァルの熱狂的なファン』を装うルゥルゥ余りの勢いに押され、後方の列のもの達は誰も何も言う事が出来ない。そんな空気を感じ取って、ルゥルゥは唇を歪めながら上目遣いでステージ上の領主を見上げた。
(ふふふ、これで簡単に狙撃できないわね。
さあ領主様。この間の不躾な台詞のお礼も兼ねてあたしが貴方を守って差し上げますわ――)
魅惑的な唇が笑顔を称え、金の瞳は挑発的に彩られて射抜く様に領主を見つめる。目の前でこれだけ騒いでいるのだ、気づいていない訳がない。
瞬間――時間にすれば1秒にも満たない刹那にの間に領主はルゥルゥを見下ろした。瞳が搗ち合った瞬間、ルゥルゥの耳の内側をくすぐるように声が飛んでくる。
[そんなに俺が気になるのか? バーーーカ]
ルゥルゥが驚きに演じていた表情を消すと、アレクの目元が僅かに歪んでいるのに気づく。からかってやろうと思っていたのにしてやられた。
「ふんっ」と鼻を鳴らして、ルゥルゥは再び演技を続けるのだった。
そんな折である。
アレクが漸く口を開き、羽純が既に録音済みのバァルの挨拶の音声を流そうとしたところ、それに被さって会場に笑い声が鳴り響いた。
『フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社、改め、
歌って踊れる秘密歌劇団オリュンポスの劇団長、ドクターハデス!
この『MG∞』のイベントは、我らオリュンポスが乗っ取らせてもらおうかっ!』
「ああっ、兄さんっ! 私達を勝手に巻き込んでおいて登場のタイミングを間違えるなんてどういうことですかっ!」
ステージ上で高笑いを奏でるドクター・ハデス(どくたー・はです)に、袖から高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が罵倒を浴びせる。しかし既にノリノリなハデスは咲耶の声など聞こえていない。
「さあ、我が精鋭、歌って踊れる戦闘員たちよ! 舞台を盛り上げた上であのお澄まし顔の領主を倒すのだっ!」
ハデスの指示を受け、背後で踊りながら自己主張していた覆面の戦闘員たちが(『お澄まし顔』で実は必死に吹くのを堪えている)領主に迫る――。
『我が舞台を荒らす無粋者よ、消え失せなさい――!』
突然の爆炎が生じ、領主に迫っていた戦闘員たちが吹き飛ばされる。爆炎――に見えていたのは作り出した幻想だが、戦闘員たちはまるで本物であったかのように熱がっていた――が晴れ、現れたのは魔法少女な衣装に身を包んだ姫子。
「太陽と月の魔法少女、高天原姫子。
秘密歌劇団の狼藉、見過ごしはしない。ここで潔く散るといい」
澄ました顔をしてはいるものの、何となくノリノリといった様子の姫子にハデスはさらに気をよくして、舞台袖を指差し告げる。
「ククク、今のはほんの前座。我々の舞台はこのようなものでは済まん!
さあ行け、『悪の魔法少女』そして『オリュンポス歌劇団の改造アイドル』! まずは目の前の正義の魔法少女を打ち負かすのだ!」
「えぇ!? ここで出番なの!?
もぅ、私が『悪の魔法少女』ってなんなのよ!」
「そう言う割には咲耶さん、もう準備万端って感じですよね」
「冷静なツッコミはいらないわっ! こうなったらヤケよ、やってやるわー!」
ペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)の指摘を払いのけ、咲耶は着替えた魔法少女コスチュームでステージに繰り出す。
「あなたが正義の魔法少女ね! この私、『悪の魔法少女ダークネス・サクヤ』があなたに負けるはずがないわ!
さあ、私の歌を受けなさい!」
ステッキ代わりにマイクを持ち、咲耶は歌を披露する。ステージに出るまでは散々文句を言っていた咲耶だったが、響かせる歌はちゃんとしたものであり、しっかりと観客の心を掴んでいた。
「くぅ、私がここで屈するなんて……。
ごめん、讃良、豊美……後は任せたわ」
頭を抱え、苦しむ様子の姫子が煙の中に消えるように姿を消して、咲耶は勝利に高笑う。
「どうかしら? これからは悪の魔法少女が微笑む時代なのよ!
さあ、戦闘員のみなさん! 今です、領主を人質にしちゃってください!」
咲耶の指示を受け、復活した戦闘員が今度こそ(本気で顔面が崩壊寸前の)領主に迫る――。
『悪さは、めーーっ!!』
可愛らしい声と、生じた魔法壁に肉体、精神の両方で吹き飛ばされる戦闘員たち。
「太陽と月の魔法少女、鵜野讃良!
おかあさまと魔法少女のお仕事、がんばります!」
魔法少女な名乗りをあげる讃良ちゃん、そして背後に控える豊美ちゃんに、咲耶はぐぬぬ、と歯噛みする。
「2対1では流石にキツイわね……でも、こちらにも歌い手は居るのよ?」
咲耶が舞台袖を示せば、そこからペルセポネが恥ずかしそうにしながらやって来る。
「ぶ、舞台に出るのはその、恥ずかしいのです……。
えっと、二番手、ペルセポネです。今日はハデス先生に無理やりエントリーされて……じゃなかった。
『オリュンポス歌劇団の改造アイドル』ペルセポネ、行きます。機晶変身っ!」
腕に装着した変身ブレスレットから、パワードスーツが装着される。説明しよう、改造人間ペルセポネがパワードスーツを装着する時間は、わずか0.05秒に過ぎないのだ!
「……ふぇ? きゃ、きゃあぁっ」
しかし直後、自分の姿を見たペルセポネが腕で身体を隠すようにしてへたり込んでしまう。いつものパワードスーツではなく、ハデスが特別に用意したアイドル仕様パワードスーツは、なかなかに露出の高いものとなっていた。
「ふぇーん、こんな格好じゃ歌えませんー」
「おねぇちゃん、大丈夫? 泣かないでくださいー」
「うぅ、ありがとうございますー」
泣きだしてしまったペルセポネを、讃良ちゃんがいい子いい子、と宥める。
「讃良ちゃん、よく出来ましたねー」
「えへへ、私がんばったよっ」
豊美ちゃんに誉められて笑顔の讃良ちゃん、その様子に観客はそれまでのシリアス? な展開を忘れて和んでしまう。
(こ、この空気をどうすればいいの?)
咲耶はどうしていいか分からない様子で、一人あたふたとする。
『私の歌を、聞いていきなさい!』
すると声が響き、次いで白煙が生じ、魔法少女姿の魔穂香とキーボードを携えた六兵衛が登場する。
「魔法少女リリカル魔穂香!
今日は杖をマイクに持ち替えて、ぶっ放していくわ!」
「イェーイ! ノッてるかみんなー!」
どうも縁起臭い六兵衛がキーボードを操作すれば、軽快なミュージックが流れる。そしてマイクを携え対峙する魔穂香に、咲耶は今この場で自分がどうするべきかを理解してしまう。
「……ふふふ、私の歌を超えることが、あなたに出来るかしら?」
そして、その流れに乗ってしまうことにした。後で兄さんに説教してあげないと、と誓いながら――。
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