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リアクション
「はぁ……今日もいっぱい怒られちゃった。
どうして上手くいかないのかな」
学舎からの帰り道と思われるセットの真ん中で、学生に扮した綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が落ち込んだ様子で空を見上げる。
「どうしたの?」
「あっ、アデリーヌ先輩。……もしかして、見られちゃいました?」
そこに、やや大人びた印象を与えるもう一人の学生、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が現れる。
「あなたが沈んでいると、わたくしも調子が狂ってしまいますわ。
あなたは元気なのが取り柄でしょう?」
「アデリーヌ先輩、それって私が元気だけが取り柄って言ってませんか?」
「あら、そう聞こえたのかしら? さゆみも成長したのね」
「もう、ヒドイですよー」
どうやら先輩後輩の間柄である二人、アデリーヌと話すうちに元気を取り戻していくさゆみ。
「さあ、今日も魔法少女のお仕事、行きますわよ」
「うん! 今日も皆に、安心と平和を届けるよっ!」
二人の姿が光に包まれ、魔法少女への変身を果たすと、会場からおぉ、とどよめきが湧く。正確には彼女たちが変身したわけではないのだが、事前に計画され用意された仕掛けは彼女たちを本当の魔法少女であるかのように見せていた。
『今日は失敗しちゃったけど、明日はきっと上手くいくよ!
だからほら、つまらない顔してないで、私と歌っちゃお!』
可憐で華やか、ちょっとおてんばな魔法少女を演じ、思いを込めた歌を歌うさゆみ。元々レイヤーとして活動していたプラス歌唱力を磨いたことで、ステージには本当に魔法少女が、「私と一緒に、元気になろう!」と呼び掛けているような印象を与える。
「みんな、ありがとー!」
歌が終わり、観客に手を振るさゆみがステージ袖へ消える。
熱気に包まれる会場を今度はひんやりと冷ますように、夜を模したステージの真ん中でアデリーヌが一人立ち、星空を見上げ語り出す。
「あの子を見ていると、わたくしもかつてあのような時があったのだと、懐かしい気持ちになりますわ」
それは、いつも後輩を導いて来た彼女の、陰の部分。
未熟な部分を持ちながらも、懸命に前へ、皆に幸福を届けようとする後輩への、羨む気持ち。
流れる歌はそんな気持ちを含み、観客をこれから一体どうなるのか、という気持ちにさせる。
「……先輩? そこに居るのは、先輩ですか?」
ちょうど一番が終わった所で、舞台端からさゆみが現れる。ハッとして振り返るアデリーヌ。
「……ごめんなさいね。今のは忘れて、お願い」
「……私には、先輩の心は分かりません。でも、いつだって先輩は私を見守ってくれました。
もし先輩が落ち込んでいるなら、今度は私が元気にする番です!」
まるで気にしていない様子で、アデリーヌに語りかけるさゆみを見て、アデリーヌは苦笑を浮かべる。
そうね、あなたはそういう子だったわね、と言うような顔をして。
「わたくしもまだ、あなたのように笑えるかしら。皆に幸せを、届けられるかしら」
「出来ます! 私が居るんですから、きっと出来ます!」
「あら、言うようになったじゃない。じゃあ、頼りにさせてもらおうかしら」
「はいっ!」
二人が手を取れば、ステージは夜から朝へと変わり、まばゆい光に包まれる。
『あなたも、忘れていた気持ちがあるなら、もう一度思い出してみませんか?
そうすればほんの少しでも、きっといい一日になりますよ』
一番とは雰囲気の変わった歌が、会場に広がっていく。
いろんなことがあって、時には落ち込むこともあるけれど、誰かは傍に居るし、前向きでいれば次の一日は、今の一日よりも良くなるはず。
初陣を飾った二人のステージは、会場を沸かすのに十分なものであった。
*
盛り上がるステージの様子が耳に届き、袖で待機する新風 燕馬(にいかぜ・えんま)ははぁ、とため息を吐く。
「どうして、こうなった……」
燕馬がこのような心境に至った経緯はというと――。
それは数日前のこと。
「……『MG∞』? ふーん……。
で、フィーアとリューグナーはそのイベントに参加したい、と」
フィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)とリューグナー・ベトルーガー(りゅーぐなー・べとるーがー)の話を、燕馬はどこか眠たそうな顔で聞いていた。
「そうなんですぅ。
……それでぇ、ツバメちゃんには前座で出演してほしいんですけどぉ、ダメですかぁ?」
上目遣いに見つめてくるフィーアとリューグナーに、燕馬は眠たいのもあって「いいよ」と頷いてしまう。これが夜であればもう少しカンが利いたかもしれないが、その後彼はお昼寝には少々長い眠りについてしまったため、どうすることも出来なかった。
「くふふ……さぁ、早速手続きを済ませてしまいますわよ。
『魔法少女キアラ』……素敵な響きだと思いません?」
どこか黒い笑みを浮かべて、リューグナーが申し込み書にペンを走らせる。実は二人は『MG∞』に参加するつもりはなく、燕馬を『魔法少女キアラ』としてイベントに参加させようという心積りであった。
「ツバメちゃん、あんな美人さんになれるんだから、これからは医者として身体を癒すだけでなく、魔法少女としてココロを癒す方にも目を向けてみるというのも、それはとっても素敵だな、って思うですよ」
「フィーア、甘いですわ。元々『希新・閻魔』は巨乳美人女医という触れ込み、お客様には不自由しませんでしたわ。
その上魔法少女属性を手に入れれば、新たなカモが開拓できるかもしれない。……くふふ、考えただけでも素敵ですわ」
そうして、申し込み書は無事に? 受理され、燕馬は『魔法少女キアラ』として『MG∞』に参加することになってしまったのだった。
「……すまぬ、燕馬殿。ついお嬢さん方の悪ノリに荷担してしもうた……」
スーツを纏い、まるでプロデューサーのような姿の新風 颯馬(にいかぜ・そうま)が済まなそうな声を上げる。いざ東カナンに来てみればフィーアとリューグナーは調子を崩したとかで出場を辞退してしまい、何故か自分がステージに立つ段取りになっていた事に、燕馬は今になってハメられたのだと気付く。
「せめてもの配慮として、燕馬殿の正確な素性は明かさぬよう頼んである……というか『新風・燕馬』の名は初めから出しとらん」
「……あぁ、恩に着るよ、とっつあん」
颯馬に礼を言う燕馬、だが颯馬は表情を和らげると、こう口にする。
「東カナンでは『希新・閻魔』の名前がごく一部に知られとる。誰も知らん本名より、どうせならその名で活動した方がええじゃろう。
それとも、『魔法少女キアラ』にするか? 先程責任者に会って了承を得てきた。「いいですよー。認定しちゃいますねー」と快く受け入れてくれたぞ」
「…………」
燕馬が頭を抱える。そんなあっさり魔法少女を認めてしまっていいのだろうかとか、結局皆してグルなんじゃないかという思いは、出番を告げる司会の声に遮られる。
「……やるしかないのだチクショー!」
「ククク、その意気じゃ。何があるか分からぬ人生、楽しむのが吉じゃぞ」
颯馬に見送られ、燕馬は覚悟を決め立ち上がり、『変身』する――。
*
「『シニフィアン・メイデン』のステージでした! ……さあ、次は『魔法少女キアラ』のステージです!」
歌菜の紹介が入ると、ステージの照明が落とされる。そして空間を裂くように一陣の閃光が走り、暗闇が切り開かれるとステージには黒の軍服風衣装に表が黒、裏が赤のマントを纏った燕馬、『魔法少女キアラ』が立っていた。
「きゃー、ツバメちゃーん!」
「こら、その名はここではダメと言われたばかりですわよ」
「ハッ! ……聞かれてないですよねぇ?」
慌てて口を塞いだフィーアが辺りを見回す。周りの観客はステージ上の『魔法少女キアラ』に釘付けとなっていた。
「くふふ、演出も相まって、魔法少女キアラの人気はうなぎのぼりですわ。
これは今後が楽しみですわね」
実に楽しそうなリューグナー、そしてフィーアが見守る中、『魔法少女キアラ』は準備を終え、スタンドマイク越しに語りかける。
「それでは、とある祈りの歌をお聴きください――」
再び照明が落ち、煌々としたスポットライトに照らされ、『魔法少女キアラ』は歌い出す。
『あなたは前を向いて、走り出せばいい。あなたが信じるものを信じればいい。
あなたには私が居るから。何かあった時には私があなたの盾になってあげるから』
さゆみ・アデリーヌの後を継いだ形になった燕馬のステージも、会場を熱狂の渦に包み込んだ――。
*
「頑張って下さいね!」
ステージ脇の階段の下で真は出演者を笑顔で送り出す。そうしながら左之助の言う様に内部犯が現れないよう、出演者が武器を持っていないか見抜くスキルを使用していた。
そして出演者が無事にステージに上がると、ステージ側から観客側を確認する。真は上手側に、下手側では壮太が優れた視力で客席を見渡しているらしい。貴賓席は二階の中央だ。そこへ向かって狙撃中を出すものが居ないかをチェックするのだと言う。
(民衆に衝撃を与えるような暗殺で考えられる方法って、接近でグサリ狙撃だからな……。
流石に毒殺は無いだろうけど……)と思いつつも、真は念の為に貴賓室に用意されるお茶やお茶菓子の類いに対して気をつけるよう連絡をしてある。向こうの出方が読めない以上虱潰しに可能性を埋めていくしかない。
(それにしても――)
真は貴賓席にちらりと視線を向けて微妙な笑顔を唇にのせた。
記憶の中にある『中の人』は、何時もならば無表情か不機嫌か妙な笑顔しか持っていない筈だ。しかし今、貴賓席の領主は薄い笑顔を浮かべステージを見守っている。足を組む訳でもなく美しい姿勢で椅子に座り、それでいて隙無くどっしりと構えると中々様に成っていて、事情を知らなければ本物の領主に見えたかもしれないと思ってしまう。
(アレクさんも真面目にすればちゃんと出来るんだな……)
現に反対側でチェックを行っている壮太は、あれが本物の領主だと信じて疑いもしていないのだ。
しかし気づけば気づくものだ。それが、一言で言い表せないような深い間柄であった場合等は尚更反応も大きくなる。
(ええーなにやっちゃってるのあれ……!)
東條 カガチ(とうじょう・かがち)は手に持っていたコップの中身を盛大に吹き出してむせ、東條 葵(とうじょう・あおい)に背中をバンバン叩かれていた。
(領主って……あの領主、アレクじゃねえか!!)
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