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祭と音楽と約束と

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祭と音楽と約束と

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チャリティー企画

(……ここまでは順調だね)
 歌いながら斑目 カンナ(まだらめ・かんな)はそう思う。
 場所は村の東部。本ステージや屋台のある祭の中心的な会場からは大きく離れている。けれどカンナの歌う特設ステージには多くの人が集まっていた。ラジオにて宣伝されていたことは大きいだろう。けれど、それ以上にその題材に祭りに来た人たちが興味をひかれたのが一番大きい。
 チャリティー企画。身寄りのない動物たちの貰い手を探すというもの。そのためにカンナたちは動物たちに芸を教え、その動物たちの芸と音楽を一体にした見世物をしていた。
(こうして皆が集まって一緒に芸をする……ずっとしてきたことだけど、それも今日で最後なんだよね)
 だからこそとカンナは思う。最高のステージにしようと。このステージ上にいる人の中で間違いなく自分が一番音楽に詳しい。『成功する』か『大成功する』かは自分にかかっていると気合を入れる。

(……あたしの作った曲にここまで付き合ってくれてありがとう)

 ステージが終わる時、カンナはそう心のなかで言った。


「長かったような短かったような……これで終わりなんだね」
 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は動物たちと一緒にステージを降りてそう言う。ローズは動物アレルギーを持ちながらも薬でごまかしてここまでこの企画に尽力してきた。ただ一緒に芸をするだけでなく、動物たちのコンディションを整えるなど、多くの動物達と直に触れ合ってきた。動物アレルギー持ちとして薬の効果や動物好きというのを差し引いても厳しい物があったのは間違いない。
「なんて……ここからが本番か」
 足元によってきた猫を撫でてローズは言う。チャリティー企画。見世物よりも動物たちの貰い手を見つける。それが何よりも大切だった。
「それが終わったら……」
 ふと自分の口から零れそうになったものを飲み込み、ローズは動き出す。
 別れの時は近かった。

「そういうわけで、シンがあのパラミタドーベルマンを飼いたそうにしているんだけど……」
 貰い手探しの中、その休憩時間に冬月 学人(ふゆつき・がくと)はローズとカンナの二人にそう相談する。話の中心であるシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)はそのドーベルマンと一緒に少し離れた所にいた。
「ただ、二人の体のことを考えると言いにくそうなんだ」
 ローズとカンナ。どちらも動物アレルギーを持っている。一時的でなくずっととなると身体的な負担になるのは間違いない。
「……別にいいんじゃないかな。シンならちゃんと上手くやるでしょ。うん」
 ローズは少し考えてそう言う。仮に飼うことになった場合、シンが自分たちのことを考えないはずがないと。
「今回の企画の目的……動物たちを幸せにすること。それが守れるならいいんじゃないか」
 絶対に不幸にしないと約束できるのであればとカンナは言う。
「どちらにしても、シン自身の口から言ってもらわないとね」
 それが筋だろうと、シンのために予め話を通した学人はそうしめた。


「頼む! 散歩も毎日行くし、ロゼとカンナの体調が崩れないように掃除もする!」
 学人から話のいきさつを聞いてシンは単刀直入にそう言う。ずっと無理だと思っていたこと。そしてずっとそうなればいいと思っていたこと。
 それを現実にするためにシンは精一杯説得をする。
「こいつは賢いし、オレ達の助けになってくれると思う。あと――」
「――シン、別にそう言うメリットとかを無理に言う必要はないよ。ただ、君の気持ちだけ伝えてくれればいい」
 学人は言う。メリットとかデメリットとかそんな話をしてもデメリットに傾くだけだからと。
「……ここまでなつかれて、はいさようなら、ってのは嫌なんだよ。……こいつと一緒にいたいんだ」
 そうして、メリットやデメリット。そんな打算的なものを除いたシンに残った言葉はそれだけだった。
「うん。いいよ」
「命を預かるってのはそんなに簡単な事じゃあない。……飼う以上は不幸にするな、それなら飼ってもいい」
 ローズとカンナの言葉。
 そうしてシンになついていたパラミタドーベルマンは彼らと共に過ごすことが決まった。
「ところでシン。そのドーベルマン、名前は決まっているの?」
 学人の質問
「名前、名前……そういえば考えてなかったな」
 だからとシン。
「帰る時にでもゆっくり考えるよ。……それでも遅くないんだよな?」
 これが最後ではないのだからとシンはそう言った。


「(もふもふもふもふ)」
 ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は見世物が終わり貰い手を探している猫をひたすらもふもふしていた。
「(もふもふもふ)」
 サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)も同じように犬を一心不乱にもふもふしていた。
 どちらも真剣そのもので、それでいて酷く幸せそうだ。
「はぁ……こんなにたくさんのもふもふ達と出会えるなんて」
 ぽけーっと、いつものしっかりとしたお姉さんの様子は潜めて言うミリア。もはやもふもふしか見えていない。
「ふぅ……この子はお持ち帰りだよ。すごいもふもふしてるもん」
 早速もらっていく動物を見繕うサリア。
「本当? じゃあ、この子とその子は予約しないとね」
 今回のチャリティーは大成功な部類らしく、うかうかしていたら一匹も持ち帰れないということもありえた。そのために急いでもふもふ……もといもらう動物を見繕っていた。もふもふのこととなると行動が普段の3割り増し(どころの話ではない)になる二人である。
「幸せね……」
「うん……」
 なんかもう危ない感じで幸せそうな二人。そのもふり方は動物たちにストレスを与えないよう熟練の手つきだったりする。
「この子たちだけじゃなく残った子がいたら皆お持ち帰りしたいなー」
 何も考えずもふりながら言うサリア。
「そうね。そうしましょうか」
 その何気ない一言をミリアは真剣に受け止めるのだった。


「すごいの! アリスちゃんもっと見せて欲しいの」
 動物たちの芸を見て及川 翠(おいかわ・みどり)はパートナーであるアリス・ウィリス(ありす・うぃりす)にそう頼む。
 翠がアリスに頼んだ芸はチャリティー企画の中でローズたちが仕込んだものとはまた違うものだ。アリスが短時間で新たに動物たちに仕込んだ芸だった。
「流石にすぐは無理だよ。少しだけ待っててね」
 翠の頼みを受けてそう言うアリスだが、そこまでまたすことにはならないだろうなぁと思う。
(躾はちゃんとしてるし……想像以上に多くの芸も教えられてるね)
 企画の中で見せられたパフォーマンスは仕込まれた芸の一部だったらしい。動物たちは多くの芸の基礎を覚えていた。そこからアリスなりの色をつけて芸をさせるのは即興でもそう難しくないことだった。

「――っと、こんな感じでどうかな」
 満足のいく芸をさせることが出来て嬉しそうにアリスは言う。
「すごいのすごいの!」
 そう言って拍手をする翠。
「翠ちゃんもやってみる?」
「うーん……別にいいの」
 特に自分で仕込むことに興味はないのか翠はそう言う。ただの観客でいいらしい。
「それじゃ、次の芸を披露するね」
「うん。お願いなの」
 そんな感じでアリスと動物たちの一人の観客を前にした芸は続いた。


「……え? 残った子全員ですか?」
 ミリアの提案にティー・ティー(てぃー・てぃー)はショックを隠しきれない様子で聞き返す。
「うん。里親が見つからなかった子だけでいいから……あ、さっき連れてきた子たちは普通に面倒見させてもらうわ」
 ミリアの提案は直球だった。里親見つからなかった子は全員もふる……じゃなく面倒を見るという話をする。
「ダメかな?」
「えっと……飼う場所はちゃんとあるんでしょうか?」
「それなら心配しなくても大丈夫よ。100匹や200匹くらいなら普通に飼えるから」
「……それでは、他の引き取り手が全て決まった後にまた来てもらえますか。注意事項等説明したいことがあるので」
 そうして一旦ティーは話を切った。


「ティー……元気出すですの」
 イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)はそう言ってアップルパイを渡す。
「……皆とは言わなくても、もう少しだけ一緒に入られると思っていたんです」
 今回で多くの動物達が引き取っていってもらえればいいとティーは思っていた。そこに嘘はない。けれど、全員が引き取られることはないと、そうして少しの間だけでも賑やかな日々が続くと。そうどこかで思っていた。
「動物たちはなんて言ってるんですの?」
 インファントプレイヤーを持つティーは動物たちと意志を疎通させることができる。その結果がどうだったのかとイコナは聞く。
「今のところ引き取られることを嫌がっている子はいません。だから多分、引き取ってくださる人たちは皆さん良い人なんだと思います」
 動物はそういったものに敏感だ。その動物たちがそう言っているのだからそうだろうとティーは言う。
「ティー。幸せになる保証なんて誰にも分かりませんけれど……けれど、動物さんたちが大丈夫だと言ってるなら大丈夫だと思いますの」
「どうしてですか?」
「だって、動物さんたちがティーにウソを付くはずないですの。だからティーは動物さんたちの言葉を信じるんですの」
 引き取った先で大切にしてもらえると。そう信じようとイコナは言う。

「さくさくっ……で甘酸っぱいでござるな」
 アップルパイをを食べてスープ・ストーン(すーぷ・すとーん)はそう言う。そして思う。イコナとティー。二人が感じているものもきっと『甘酸っぱい』何かだろうと。
「一つ弾くでござるか」
 預かり物のヴァイオリンを取り出してスープは構える。
「楽器の気の向くままに……でござる」
 そうして紡がれるのは慰めの音だ。甘いだけではないそれを慰めるように音は紡がれイコナやティー、ローズたちのもとに届く。
 それはきっと『別れ』の曲だった。そして同時に『出会い』の曲だ。
(……寂しさを乗り越え、祝福できるといいでござるな)
 ヴァイオリンとともに気の向くままにスープは音を奏で続ける。それが少しでも慰めになることを祈って。


「そうですか……チャリティーの方は大成功みたいですね」
 チャリティー企画の様子を見に来たミナホが源 鉄心(みなもと・てっしん)の報告を聞いてそう言う。
「ええ。少しだけ寂しいですが……。新しい家に少しの間だけでも一緒に暮らすんではないかと思っていましたから」
「あ、そういえば出来た家の方何か問題はないですか? 何かあったら何でも言ってください」
「いえ。特には何も。荷物も概ね運び込んでしまったので、いつでも住めますね。……っと、そうだ。これを。つまらないものですが」
 そう言ってうどん(本格)を渡す鉄心。
「これはご丁寧にどうも」
 頭を下げるミナホ。二人共実はなぜうどんを渡したりもらったりしているのかよく分かっていない。
「ところでミナホさん。話は変わりますが、夏の頃花壇にユリの花が咲いていたのですが、なにか心当たりはありますか?」
「ユリ……ですか? 私は知りませんが……何処かから飛んできたとかでしょうか?」
「球根ですし流石にそれは……それに純粋なパラミタ種じゃなく日本で見られる種類のユリに近づけられてましたから」
「うーん……もしかしたらお父さんが植えたのかもしれません」
 ただよくは分からないと謝るミナホ。
「いえ、少し気になっただけですから気にしないでください」
 頭を下げるミナホの頭をあげさせる鉄心。
(歪みの発生源……か。まぁ、いろいろとややこしい事情があるようだけどこうしてみると普通にいい子だよなぁ)
 そう思う。
「それじゃ、俺は後はゆっくりと祭りを楽しむ側に回らせて頂きます。 音楽劇、頑張ってください。期待してますからね」
 話をひと通り終えて鉄心は言う。
「ええ、ぜひ見にき……て…………あ、れ?」

 『ぜひ見に来てください』
 その言葉を紡ぐことも出来ずミナホは意識を失い倒れた。