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リアクション
その3
「誰もいないわね……」
セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)は廊下の左右を見回してから息を吐いた。
「よし」
そして、飛び出そうとしたところで、
「……なにをしているんだ?」
「ひゃあああっ!」
後ろから声をかけられてしゃがみこむ。
「セイニィ?」
名前を呼ばれ、セイニィはしゃがみこんだままで声をかけた人物を見る。
そしてその人物と目が合い……セイニィはさらに赤面した。
「どうしたんだ?」
その人物は武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)、セイニィの恋人だった。
「ががが牙竜! どどどどどうしてここにいるのよ!」
「いや騒ぎを聞きつけて……セイニィこそ。君も来ていたんだな」
牙竜は笑って言う。セイニィはこくこくと頷いた。
しゃがみこんだままのセイニィを訝しげに思い、牙竜は視線を動かす。彼女の服がぼろぼろだということにそこで気づいた。
「っ! セイニィ、それは一体……」
「〜〜〜」
セイニィは真っ赤になったまま答えない。
「セイニィ!」
しかし、牙竜が彼女の肩を揺すって問い詰めるので、セイニィは小さく息を吐き、
「服を集めようとする人形がいたの……ちょっと、油断して」
ぼそぼそと、そう口にした。
「安心して……その……誰かにやられたとか、そういうのじゃないから」
「あ……」
牙竜は言われて気づく。
もともと彼女の服装は露出度の高い服装ではあるのだが……胸元は左手で隠していて、下も足の付け根がもう少しで見えそうになっている。牙竜は無言で一番上に羽織っていた服を脱ぎ、彼女に着せてやった。
「あ……ありがと」
「いや」
息を吐いて言う。彼女の顔はまだ赤いままだ。
「君が油断するなんてな。珍しいじゃないか」
場の空気をごまかすために牙竜がそう口にしたが、
「だって……可愛かったんだもん……」
セイニィがそう言ってますます恥ずかしそうに身を縮める。牙竜は少しだけ笑みを浮かべ、彼女を立ち上がらせた。
「とにかく、この工場では今おもちゃが暴れている。どうにかして止めないと」
「わかってる」
立ち上がったセイニィはいつもどおりのキリっとした表情に戻っていた。
「どこかにコアがいるはずよ。それを抑えれば、どうにかなる」
「コアか……」
牙竜が腕を組んで考えを巡らせていると、
「どりゃ!」
崩れた壁を蹴り壊し、誰かが近づいてきた。
「セイニィ!?」
「リネン、ヘイリー!」
顔見知りだったようで、セイニィが駆け寄る。リネン・エルフト(りねん・えるふと)とヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)が、噂を聞きつけて飛び込んできたところだった。
「テロかと思って駆けつけたんだけど……なんか違うみたい? なにが起こってるの?」
セイニィと牙竜が状況を説明する。
「おもちゃ?」
「おもちゃが動き出したぁ?! クリスマスには早いわよ、馬鹿じゃないの?」
「そんなこと言われてもな」
二人の言い分に牙竜が息を吐く。
「とにかく見てみればわかる。一刻も早く事態を収拾しないと、外への被害も出るかもしれない。急ごう」
言い、牙竜は近くにあった大きな部屋へ向かっていった。
「ところでセイニィ、なにそのカッコ」
「……なんでもない」
セイニィは少し顔を隠してパタパタと小走りで牙竜に続いた。リネンとヘリワートも頷きあって、二人を追う。
そして四人はこの工場の最大のエリア、男の子向けおもちゃコーナーへと入っていった。
男の子向けおもちゃコーナー
「私がこれから貴様らの上官になる九条先任軍曹だ! 話しかけられた時以外は口を開くな! 口でクソを垂れる前と後に『マム』をつけろ、わかったかウジ虫ども!!」
『イエス、マム!』
そこでは九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が兵隊のおもちゃを前に演説をしていた。
「貴様ら雌豚がこれから実績を積めば各人が兵器になるだろう。その日まではウジ虫だ! パラミタ上で最下等の生物だ! ゴミにも劣るクズの中のクズどもだ! わかるか!」
『イエス、マム!』
兵隊のおもちゃは背筋を伸ばしてロゼの言葉に聞き入り、ロゼの言葉が途切れるたびに敬礼をして声を上げる。
「よし! まずは陣形を整える! わかったウジ虫ども! わかっているなら整列しろ!」
『イエス、マム!』
兵隊たちはがしゃがしゃと音を立てて走り回り、陣形を整えている。ふふん、とロゼは得意げに笑いながら、並ぶのが遅い一部兵隊に放送禁止用語を含めた罵声を浴びせていた。
「……なにをしているの?」
そんなロゼに話しかけたのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だ。
「セレン! それにセレアナ。君たちも来ていたんだね」
セレンの隣にはセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす) もいる。
「おもちゃの兵隊?」
セレアナはロゼの前を覗き込んで口を開く。
「そうだよ。偶然にもこの場所に来たらね、合間見えたのは……小さい軍隊だった! バケツから出てくる無数の兵隊フイギュア、戦車、ヘリ……これはいい事を思い付いた! 味方に付けたらこれほど頼りになるものは無い、と!」
「なるほど。それで調教しているわけね」
セレンが言って息を吐く。
「それにしても、今日は制服だね。なんだか上官みたいだ」
セレンたちはシャンバラ教導団の制服を着ている。
「公務でたまたま空京にね。爆発音があったから突入したらいきなり変なのと銃撃戦になって。とりあえず蹴散らしながらここまで来たのよ」
それと階級はこっちのほうが上よ、と付け足す。あははそうだねとロゼは笑った。
「この部屋の状況は?」
セレアナが奥を見て言う。この部屋は男の子向けのおもちゃの開発施設……いわば、おもちゃ工場の中心施設だ。施設としても、この工場内で一番面積の広い場所ではある。
その割には静かだった。物音一つしない、というわけではないが、銃声も爆発音も、今はすっかり聞こえていない。ロゼ隊の『イエスマム』が響いて聞こえるくらいだ。
「さっきまで戦いがあったんだよ。敵側が撤退して、今は落ち着いているところさ」
ロゼが口を開いた。
「どうも、軍隊ごとに分かれているようでね。アメリカ軍側とか共産側とか、架空の軍は架空の軍で集まっているらしいし、どうも、この区画はばらばらになっているようだ」
ロゼ隊はアメリカの国旗を握っていた。
「へへへ……まるで冷戦を見ているようだぜ」
「あんた何歳よ」
ロゼの怪しげな笑いにセレンが口を開く。
そんなことをしていると、三人の近くで爆発音が響いた。三人が身構える。
「来たな……いくぞウジ虫ども! 共産主義者どもに自由と正義の軍隊の力を思い知らせれやれ!」
『イエス、マム!』
ロゼ隊は整列したまま前に出て、途中からバラバラになって隠れながら前に進む。
おもちゃなので構えた銃から発射されるのはBB弾よりも小さなプラスチック製の玉だが……なんらかの影響か威力は相当増しているらしい。機械が爆裂したりする音が響いていた。
「どうする?」
「どうするって言ってもね……」
セレンたちはおもちゃの軍隊の戦いを遠めに眺め、息を吐いた。
「ははははは、行けウジ虫ども!」
「楽しそう」
ロゼは楽しそうに指示を出していた。
「待って、なにか聞こえない?」
セレアナが言う。言われ、セレンが耳を澄ました。どこからか、プロペラ音が聞こえる。
「ちょ、嘘でしょ!?」
セレアナが叫び、セレンたちはセレアナの見る方向へと向いた。
彼らの前に立ちはだかったのは数十機の戦闘ヘリ。そして、戦闘機のラジコンだ。
「く、さすがにこれは!」
ロゼも叫ぶ。ロゼ隊もひるみ、一斉に影に隠れる。
戦闘ヘリのバルカンが、ロゼ隊の逃げ送れたものたちをなぎ払っていった。
「ちゅ、中隊が!」
その惨状にロゼが悲鳴を上げる。
ヘリはそのまま三人の元へ近づき、そして、ミサイルをこちらへと向けた。
「まずい!」
「避けて!」
セレンがセレアナを押し倒す。ロゼもその場にしゃがみこんだ。
――が、ミサイルよりも早く、ヘリの横をなにかが通った。
【破邪滅殺の札】、だ。それが、ばちばちと電気のようなものを放って飛んでいった。
「起動!」
ぱちん、と指のなる音。札には本来の力だけではなく【稲妻の札】の力が付与されていて、強力な電磁波が当たり一面に走った。ヘリや戦闘機が、電磁波にまみれて落下して行く。地面に落ちたヘリはバラバラに壊れた。
「なんだ、この騒ぎは」
「めちゃくちゃだね……」
クールに口にするのは涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)だ。後ろからヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)も顔を出す。
「戦争ですね」
「ふえええ」
そして、その後ろからは佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)、レナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)がついてきていた。
「予想通りだな……大変なことになってやがる!」
「た、戦ってますよ、おもちゃたちが!」
別の場所からは黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)と黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)が入ってきていた。
「おもちゃが勝手に動いている……興味深いですね」
「へえ、退屈しのぎにはちょうどいいかもねぇ」
竜斗とユリナの後ろから黒崎 麗(くろさき・れい)とシェスカ・エルリア(しぇすか・えるりあ)も続く。
「ロゼさん、どういう状況なんだ」
涼介がロゼに向かって声をかける。
「戦いになっているからね! どうにかして止めようとしてるんだよ!」
ロゼはそう口にした。
彼女はおもちゃの軍団を指揮している。戦いの先頭に立って戦線を拡大しているようにも見えるが……なるほど確かに、戦いを終わらせるには戦うほかないというのは、この状況では妥当な判断かもしれない、と、涼介は感じた。
「っと、言ってるそばから!」
次にやってきたのは車のラジコンだ。消防車やパトカーなどがほとんどだが、中には戦車もある。
「涼介兄ぃ、任せて!」
アリアクルスイドはリモコンを取り出し、【戦闘用イコプラ】を起動させた。このエリアにあるイコプラよりも多少大型のそれが前線に入り、敵陣は混乱する。
「私たちも行きます!」
「はいですぅ」
牡丹も戦闘用イコプラを起動させた。アリアクルスイドは一体だけだったが、彼女が展開したイコプラは多い。十体のイコプラが、並んだ。
そしてそのイコプラをレナリィが指揮する。
「A部隊、B部隊、出撃ー!」
レナリィが声を上げ、イコプラたちが動き出した。
イコプラ部隊の出撃により形成は一気に逆転、ロゼ部隊が一気に押し返し、敵は下がっていった。
「よし! やったぞウジ虫ども!」
「いくら暴走しているとは言え、元がおもちゃ工場で作られているおもちゃな訳ですから、実弾を撃ってくる事は無いでしょう。とは言え、BB弾でもゴム弾でも撃たれたら痛いですから気をつけないといけませんね」
牡丹が冷静にそのような分析を行うが、一発のミサイルが牡丹のイコプラ部隊に飛んできた。
そしてそれは、一体のイコプラを直撃。爆発炎上した。
「こ、これは!?」
「牡丹さん! 三号機大破!」
実弾ではないはずだ。
しかし、なぜだか威力が相当に上がっている。もはや、おもちゃと呼べるレベルではない。
皆が顔を上げると、戦闘機などのラジコンが再度現れていた。先ほどよりも大型のものも多い。
「キツいな……よし、俺たちも行くぞ!」
「狙い撃ちます!」
竜斗が剣を、ユリナたちが銃を構える。
「私たちも!」
「そうね……おもちゃに本物の軍隊ってやつを教えてやるわ!」
セレンたちも武器を構えた。
「その程度かウジ虫ども! 前線でチビるような臆病者はこの部隊にはいらん!」
ロゼも部隊を鼓舞する。
「もしかしたら、おもちゃとは言え戦車や戦闘機は戦いたい気持ちでいっぱいだったのかもしれませんね……もしかしたら、ですけど。全軍攻撃開始〜!」
牡丹が叫び、戦闘が激化した。
竜斗は前線で戦っていた。囮になって敵をひきつけ、そこをユリナたちが狙撃する。
ユリナの正確な射撃は竜斗の近くにいるパトカーを貫いた。耳障りなサイレンがやむ。
「ナイスだユリナ!」
「はい!」
親指を立てると、ユリナも親指を立てて答える。
「お父さん、後ろ!」
麗が叫んで、竜斗は振り返った。
「わぷっ!」
飛んできたのは水だ。消防車がものすごい勢いで水を放出している。
「おもちゃとは思えない水圧だな!」
竜斗はその水の力で動けない。ユリナたちが狙おうとするも、竜斗の影で、狙えなかった。
――が、竜斗は股のあいだになにかが走ったような気がした。消防車がばん、と破裂する。
「は?」
竜斗が振り返ると、シェスカが低い位置で銃を構えている。
「竜斗ぉ、動くと当たるわよぉ?」
彼女は低い位置にある車を竜斗の股の下や足の横から器用に狙い撃っていた。
「無茶言うな!」
ぴょい、と飛び跳ねて竜斗が叫ぶ。視界が晴れたその一瞬で、ユリナたちの狙撃が再開された。数台の車が飛び跳ねた。
「竜斗が使い物にならなくなったら、笑えるわねぇ」
「笑えねえよ!」
立ち上がって言うシェスカに竜斗は叫ぶ。
「それにしても竜斗、こういうおもちゃって、何歳くらいまで興味あるのかしらぁ?」
「はあ?」
次に来る攻撃に警戒しながらも、竜斗はシェスカの問いに答えた。
「人それぞれじゃねえ? 俺だって、ラジコンとかはたまーに遊びたくなるしな」
「そぉ」
じっと壊れたおもちゃを見つめてシェスカは言う。それからふふ、と小さく笑って、銃を影から飛び出してきた戦車などに向けた。相手が撃つ前に、撃つ。
「次が来るわよぉ。ほら、行った行った」
「? ああ、行くよ。狙撃は任せる!」
手をひらひらとするシェスカに竜斗は叫んで、駆け出す。
「やっぱり、直接会わないとわからないわよねぇ」
シェスカが小さくそう呟き、竜斗の前に現れたヘリを撃ち落す。
「ほら、邪魔よぉ!」
その表情はどことなく、楽しそうだ。
「六号機大破! C部隊、A部隊の援護をよろしくぅ〜!」
レナリィの指示するイコプラ部隊はかなりの戦果を挙げている。
が、相手の数が多いからか、疲弊もしていた。
「おもちゃだもん、皆で遊びたいって気持ちは当然あるんだろうけど、でもそれは『買ってもらってから』に取っておこうね〜?」
向かってくるおもちゃに向かって、口にする。
「選んでくれた子供たちと一緒に遊ぶのが、おもちゃさん達の幸せなんじゃないのかなぁ〜? だから、こんなところで、」
手を振りかざし、戦車部隊を指差す。呼応するかのように、イコプラ隊は射撃を集中した。
「壊れることなんてないんだよっ!」
銃弾は戦車部隊の手前に落ちていた。戦車部隊の動きが止まる。
「その通りです!」
そこに牡丹がスキル、【マグネティックフィールド】を使って行動不能にする。
「ものを修理する人のことも考えてくださいっ!」
牡丹は次々とフィールドを展開、多くのラジコンを行動不能にしていた。
「そうだな!」
涼介もスキルを使って、できる限りの破壊を避け、行動不能にしようとしている。
空中に浮かぶヘリのバルカンを涼介は身をかがめて回避し、素手でヘリを掴む。そのまま、牡丹の張ったフィールドへと投げ入れた。
「ここは子供たちのための場所なんだ……残骸だらけになると、子供たちも悲しむってな!」
「そうね!」
セレンも電撃攻撃を中心に攻める。
「クリスマスも近いし、できるだけ、穏便に、穏便に!」
戦闘機を回し蹴りで蹴り落としながら、セレンは叫んだ。
「穏便に行きたいんだから、そっちも考えなさいよ!」
次の攻撃は後ろに跳ねる。足元を走るバルカンをセレンは踊るようなステップでかわした。
「でも、それも限界があるわよ!」
セレアナの【ラビットショット】がヘリを貫く。二人は目配せして最前線を駆け、次の角から奥の様子を伺う。
「よし、次のエリアでラスト!」
セレンが叫んだ。最後にあるのは変身ヒーローや戦隊もののグッズがある場所だ。武器になるものも多いが、直接的な武器ではないものも多い。ベルトやらバックルやらは、動いている気配はなかった。
「フハハハハハハ!」
そこで聞こえてきたのは、不吉な笑い声だ。
「この声は……」
「まさか……」
セレンたちが顔を見合わせる。刹那、奥のエリアで爆発がおき、続けて多数の砲撃。奥のエリアにあるものは、一瞬で破壊し尽くされた。
「フハハハ、我が名は天才科学者、ドクター・ハデス!」
「やっぱりーっ!」
セレンたちが顔を出す。
「ハデス! あんた今度はなにやってるのよ!」
「おお、セレンフィリティ・シャーレットではないか。フハハハ、見るがいい! この、最強、勇者、ハデス軍団!」
「は?」
ハデスの言葉に、セレンたちは彼の周りを見る。
イコプラ、ロボット、そして、ぬいぐるみ。
多くのおもちゃが彼の周りを取り囲むように浮かんでいた。
「ど、どうしたのよそれ!」
セレアナが驚いて言う。
「フハハハハ! 工場長室に幽閉されていた、我が同志たちを解放したまでだ! これも全て、我らがオリュンポスの世界征服のため!」
「工場長室に飾ってあっただけでしょう!?」
「そうとも言うか」
「そうとしか言わないわよ!」
竜斗たちも遅れて現れる。
「ろ、ロボット軍団……その手があったか!」
ロゼはなぜか悔しがっていた。
「ふ……冥土の土産だ。とくと見るがいい、我らが軍団の力!」
ロボットはハデスの声を聞き、フォーメーションを取るように列に並んだ。
「第一波、撃ち方はじめ!」
そして、ロボットの持つビームやらマシンガンやらが発射される。セレンたちは慌てて影に隠れ、それをやり過ごす。
「第二波、さあ、変形合体だ!」
「へ、変形合体!?」
竜斗が叫ぶ。
鳥のロボットがライオンのロボットを持ち上げ、ライオンのロボットにサイやらゾウやらが合体する。そして、ライオンの胴体から小さな顔が上部に現れ、大型の一つのロボットとなった。
「なんだよあれ!」
涼介が叫ぶ。
ロボットは鳥の羽を羽ばたかせて浮き上がり、胴体部に当たるライオンの口を開いた。
「タイガー・バーニング!」
ハデスが大げさな動作と共に、叫んだ。ライオンの口から吐き出された激しい炎が、セレンたちのすぐ近くにある機械を溶かしていた。
「き、機械が解けた!?」
涼介がそれを見て叫ぶ。
「ど、どのくらいの温度なのよ!」
セレアナも驚きの声を上げた。
「フハハハハハ! 素晴らしい……素晴らしいぞこの威力! やはり、変形合体は男のロマン! 強靭にして無敵、最強!」
「こ、今回は素直にハデスに恐怖を感じるわ……」
セレンは息を吐いて言った。
「でもどうするんですか、あんなの近づけませんよ」
ユリナが口にする。
「狙撃も効かなそうです」
麗も頷き、そう言った。
「不意を撃つほかないわ……どうにかして隙をうかがわないと」
セレンは言い、囮になろうと立ち上がる。
「ふっ、貴様、セイニィ・アルギエバか!」
なにか動きがあったらしい。全員が、ハデスのほうを覗き込む。
「ドクター・ハデス! あんた一体なにしてるのよ!」
「フハハハ、愚問! オリュンポスのための活動の一環なり!」
「こいつはなにを言ってるんだ?」
男の声も聞こえる。覗き込むと、見えたのは牙竜、セイニィ、そして、リネンにヘリワードだ。
「そのロボット、工場長が持ってるやつじゃないの!?」
「かもしれん! 俺は解放してやったのだよ! 彼らを!」
「解放ですって?」
「ふざけるんじゃないわよ!」
ともかくチャンスかもしれない。セレンたちは身を低くしてハデスのほうへと向かう。
「大人しくしろ!」
「おっと! フハハハ、貴様らごときにやられる俺ではないわ! さあゆけ、最強勇者、ハデス軍団!」
ロボたちがセイニィのほうを向く。
「こっちでありますよ。こっちが男の子向けコーナーであります」
セレンたちからはちょうど、他にも近づいている人影が見えていた。ハデスとセイニィの、ちょうど中間の位置だ。
「タイガー・バーニング!」
そして火が再び放たれたとき、ちょうどロボットの前に現れたのは、
「ここでありますね……ぎゃああああああ!」
大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)だった。パワードスーツごと、炎に焼かれる。
「【氷術】!」
コーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)が氷を放ってスーツを冷ます。
「熱い! 熱いであります!」
剛太郎がスーツの一部を脱ぐ。
「ぬっ……」
そんな感じで、一瞬の隙がハデスにはできた。
「今!」
リネンが飛び出した。片手剣をハデスのロボット軍団へと振るう。が、ロボット軍団は協力してそれをガードし、リネンの体を弾き飛ばす。
「ふっ!」
続けざませまってきた牙竜は別のロボに抑えられた。刀を振るうが、かなり頑丈な素材なのか、びくともしない。
「ちっ!」
牙竜とリネンは下がる。
「すごい、イコプラが動いてる!」
鮎川 望美(あゆかわ・のぞみ)は目を輝かせていた。
「そんな場合ではないかと……」
「わかってるわよ。それを止めればいいのね」
コーディリアの指摘に望美は頷く。
「【真空波】!」
そして、ロボットの一体に攻撃を放つ。
が、そのロボットは設定上、強力な盾を持っているという設定のロボットだった。しかも、吸収したエネルギーを、倍にして跳ね返せるという能力持ち。
「ふー、ふー、や、やっと冷めたであります……」
剛太郎がパワードスーツの温度を下げて息を吐いていると、
「剛太郎っ!」
「お兄ちゃん!」
「うおーっ! またでありますかーっ!」
二人が剛太郎を盾にした。跳ね返ってきた攻撃は全て、剛太郎が受け止めた。
「どうするセイニィ、どっちが多く倒すか、競争でもする?」
目の前に浮かぶロボットたちを見てリネンは叫ぶ。
「いえ、」
セイニィは否定した。
「彼女たちに任せるわ」
そして、口にした。棚の影に隠れていたセレンたちが飛び出して、ハデスを抑えようとする。
「おっと危ない!」
が、ハデスへの接近は後ろ側に控えさせていたイコプラが抑えた。反撃をかわして下がると、ハデスが皆と距離をとる。
「く……硬いな」
牙竜が剣の感覚を思い出して口にする。
ロボットの中には金属の部品を使っているものもあるが……それにしたって硬すぎる。強度ですらも上がっているということか。
「甘いぞ! 甘い甘い甘い! このロボット軍団を倒すならば、戦車の一台は持ってくるといい! フハハハハハ!」
状況が有利だからか、そのように笑うハデス。
「上等であります」
が、そんな笑い声の合間、そんな声が響いた。
直後に壁が爆発する。いや、爆発したのではない。
圧倒的な質量に、押しつぶされたのだ。
「ななな、なにごとだ!」
ハデスが慌てる。
壁を打ち破って現れたのは葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)と……そして、本物の戦車だった。
「もっとバカなやつがいた!」
誰かが叫んだ。
「はっはっはっはっは! 玩具たちに本当の戦争を教育してやるであります!」
叫んで吹雪はライフルを取り出し、
「本当の戦争っていうのは……こういうものでありますよ!」
戦車の上から射撃を始めた。
「くっ、撤退だ!」
ハデスはさすがに分が悪いと思ったのか、そう言って廊下に飛び出して走り出す。
「待てであります! コルセア、追うでありますよ!」
「い、いいの!? 工場壊れちゃうよ!?」
戦車からコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が顔を出す。
「ここまできたらやるしかないであります!」
「ああ、もう!」
コルセアは言いながらも戦車に乗り込む。戦車は動き出して、ハデスを追った。
残されたのはぽかーん、と口を開けた他のメンバーたち。
「お、追わないと!」
セレンが口にして、セレアナと共に走り出す。
「ど、どうするんだよこの状況!」
竜斗が叫んだ。
「なんとかして! こっちはハデスを追うから!」
無茶なことを口にしてセレンたちはいなくなった。残された者たちは、改めてぽかーん、とするほかなかった。
「待てであります! 逃げるなー、であります!」
銃を乱射しながら吹雪は叫ぶ。そのあいだにも戦車はがりがりと道を削り取り、広い廊下をさらに広くしていた。
「く、しつこい! こうなったら!」
ハデスは走りながら振り返った。
「行くのだ! イコプラ部隊!」
数対のイコプラが戦車に向かって突進し、戦車を押し返そうとする。
「我がイコプラは伊達じゃない!」
ハデスは笑いながらそう言った。なるほど確かに、ただのプラモデルにしては、頑張っている。
「でも所詮おもちゃでありますよ! コルセア、アクセル全開!」
戦車の中から「知らないわよー」と声が聞こえ、戦車のスピードが上がる。
あっという間にイコプラは押し返され、四方八方へと飛んでいった。
「俺のイコプラ!」
たまたま通りかかった衣草 椋(きぬぐさ・りょう)が悲痛な声をあげた。
「なんということだっ……」
ハデスは全力で走る。が、戦車はかなりスピードが速い。壁を壊しつつも、ものすごいスピードで走っている。
「うわあ、なに!?」
途中で風馬 弾(ふうま・だん)が戦車に轢かれそうになっていたが……吹雪は気づきすらしなかった。
「弾、平気?」
「平気だよ……それとお尻は別に何の問題もないから。触らないでいいから」
戦車にぶつかって前向きに倒れた弾のお尻をエイカ・ハーヴェル(えいか・はーゔぇる)がさすっていた。
「このロボットたちは、非常にレアなものなのだ! 傷ひとつ付けるわけにはいかんっ!」
戦車はハデスに追いつきそうになる。ハデスは周りを見回すとあるものを見つけ、それを慌てて拾い上げると戦車に向かって投げた。
「うわあっ、なんでありますか!」
投げられたのは消火器だ。戦車が踏みつけた消火器から白い煙が舞い上がり、吹雪たちの視界が消える。
「フハハハハハ! 【戦略的撤退】! とう!」
そんな声が聞こえ、ハデスの足音が遠ざかってゆく。
しばらくむせ返って視界が晴れるのを待ち……そして視界が晴れると、ハデスはすでに、いなくなっていた。
「逃がしたでありますか……」
「けほ、そうみたい」
コルセアも戦車の中から顔を出す。戦車の中も真っ白だった。
「しばらくこれは使えないわよ……」
「ドクター・ハデス。なかなかの腕でありますね」
しみじみと吹雪は口にして、大きく息を吐いた。
男の子向けコーナーでは残骸の片づけやら、コア探しやらが行われている。壁が数箇所穴が開いているのは、誰も見なかったことにした。
「できれば壊さないように解決したかったのだが……さすがに、状況が状況だから、仕方ないのか」
牙竜は息を吐いて言う。
「そうね……クリスマスも、近いのに」
セイニィは壊れたおもちゃを拾い上げて口にする。小さく息を吐くセイニィの肩を牙竜が軽く叩いた。そのまま歩いて行く牙竜を、セイニィは追う。
「俺のイコプラ……」
椋のイコプラは飛ばされた衝撃で破損していた。潰されたわけではないのだが、数箇所部品が曲がったり、折れたりしている。
「どれ……見せてください」
そんな椋に牡丹が近づいた。
「このくらいならすぐ直せますよ。貸してください」
イコプラの傷を眺めてそう言う。
「ほ、本当かよ!?」
「ええ」
椋は顔を輝かせて牡丹にイコプラを渡した。
「牡丹さん! ボクのイコプラも見て!」
アリアクルスイドも近くにいて、イコプラを見せる。先ほどの戦闘で弾が当たったのか、装甲の一部が割れている。
「これも直せます」
「本当!? ありがとー!」
アリアクルスイドも、イコプラを牡丹に渡した。
「ふう……」
「吹雪!」
男の子向けコーナーにやってきた吹雪をセレンたちとリネンたちが迎える。
「ドクター・ハデスは?」
リネンが最初に質問を投げた。
「逃げられたであります……情けないでありますね」
近くにあった瓦礫に座り込んで吹雪は言った。「これはなんでありますか」と聞き、「あんたが壊した壁の一部よ」と答えるとなにも聞かなかったように口笛を吹く。
「あのロボットとか、外に出たらどうなるのかな?」
望美がヘリの残骸やらを拾い集めながら聞く。
「外は警備とか警察とか、山ほどいたでありますよ……突破は多分、無理であります。自分も、アレに乗ってここまで来るの、苦労したでありますからね」
息を吐いて言う。
「吹雪ーっ!」
ちなみにアレはコルセアが清掃作業中だ。吹雪はこっちの様子を見に来るといって抜け出してきた。
「らいじょうぶれすよ!」
突然声が響いて、皆の視線がそちらへと向いた。
そこにいたのは緒方 樹(おがた・いつき)、そして、樹と手を繋いでいる緒方 コタロー(おがた・こたろう)だ。
「きっと、このげんひょうはこうじょうのなかだけなのれす! こうじょうのそとにでたら、いこぷらもろぼっともうごかないでありますよ!」(きっと、この現象は工場の中なのです。工場の外に出たら、イコプラもロボットも動かないでありますよ)
コタローはそう言う。
「……どういうことでありますか?」
パワードスーツを整備している剛太郎が聞いた。
「さあ……私にはわかりません」
樹はそう答えるが、
「こたはそうすいりしたれす! というわけれ、これからそれをひょーめーしにいくれす!」(コタはそう推理したです。というわけで、これからそれを証明しに行くです!)
「おいこら、コタロー」
そう言って、樹の手を引き歩いていった。
「どういうこと?」
リネンが聞く。
が、その場の誰も答えることができなかった。あるものは首を傾げ、あるものは肩をすくめる。
「やった、直ったー!」
「わーい! 牡丹さんありがとー!」
嬉しそうな椋とアリアクルスイドの声が聞こえ、その場の空気はほんの少しだけ、変化した。
「ふ、フハハハハ!」
ハデスは笑っていた。
「この工場の占拠は失敗に終わった。しかし、収穫はあった! この最強勇者ハデス軍団があれば、オリュンポスは、あと十年は戦える!」
ぐ、っと拳を握って言う。
「さあ共に行こうぞロボ軍団! 我らオリュンポスの明日のために!」
そう言って吹雪が開けた穴から工場の外に出る。
――しかし、工場の外に出た瞬間、ロボットたちは糸が切れたように地面に落ちた。
「あ、あれ?」
ハデスは振り返る。
例外はない。工場の外に出たおもちゃは、次々と力尽きてゆく。
「おい、どうした、どうしたのだロボ軍団!」
手前にあった合体ロボを揺するが、びくともしない。
「ふ……そうか」
ハデスは立ち上がった。
「盗難防止のシステムを組むとは……くくく、ただのおもちゃ工場かと思っていたが、やるな」
メガネを指で押さえて、ハデスは笑う。
「フハハハハ! 今回は見事に踊らされたわけだが、我らオリュンポスはこのようなことでくじけるわけには行かない! いつか最強の軍隊を設立し、再び、この地に舞い戻って見せよう! ふふふふ、ふははは、フハハハハハハ!」
そして、いつも以上に高く、彼は笑い声を上げた。
その数秒後に彼は外で警備をしていた警官に肩を叩かれた。ハデスのメガネが、ずるりと落ちた。
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