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【若社長奮闘記】若社長たちの葛藤

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【若社長奮闘記】若社長たちの葛藤

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【感謝と叫びと少年。期待と想いと少年】



 少し荒れてしまった街を歩く。……まあ全暗街は元から荒れているといえばそうなのだが、以前よりも物が減っていた。どこか、寂しい雰囲気が漂っていた。
(事件数自体は減ってるってことだけど、傷ついたものはそうすぐには直らない)
 建物の傷自体はだいぶ直ってきているが全暗街は最も貧困層が多い街。修理できるお金がないものたちも多い。修理できないほどに壊れたものを買いなおすお金となればなおさらだ。
(別に巡屋からの依頼があったわけじゃないけど、巡屋の人にはお世話になったし、ナオも親切にしてもらって嬉しかったみたいだから)
 恩返し、というわけではないのだが、今回はそういう思いで千返 かつみ(ちがえ・かつみ)千返 ナオ(ちがえ・なお)はアガルタの全暗街を見回っていた。そして今は昼ごろ。ある店で食事していた。

「……かつみさん! これ、すごく美味しいですよ」
「どれどれ……ん! ほんとだ、美味しい」
 ナオが嬉しげにつついていた煮物を食べ、かつみは感心した顔で同意した。
「ね? いいお店を教えていただきました」
「だな。値段も手ごろだし」
 笑顔が返ってきたことに、ナオはさらに笑顔を返した。実はこの店、巡屋に教えてもらった店なのだ。
 縁あって一緒に行動しただけなのだが、親切にしてもらったのがよほど嬉しかったのか。見回りにとても熱心で、今も楽しげだ。かつみはそれをみて、ふと思いついた。

「これからも関わることあるかもしれないからさ、街の奥の迷路みたいな道の目印だけでも教えておこうか?」
 迷子防止にもなるだろうし、というのが目的だったのだが、
「えっ? 本当ですか?」
「う、うん(うわぁ。すごく目が輝いてる)」

(今まで危険そうな所は近づかないように言われてたのに?
 これって……俺 かつみさんに少しは認められたんでしょうか)
 ナオにやる気が満ちてくる。

「わかりました! すぐ行きましょう! ゴハンすぐ食べます!」
「ナオ、言っておくけど基本はあくまで迷子防止だからな。ちょっと落ち着こう、な」
「大丈夫で……けほっ」
「ほら水飲んで落ち着け」
 テンションが上がったナオを、かつみが介抱する。そんな時、店の外が騒がしくなった。
「すみません……何かあったんでしょうかね」
「さあ?」
 首をかしげた2人は、ちょうど外からやってきた客に声をかけてみた。

「ああ。なんでも外で大タコが暴れてて、活き造りにされたらしい」
「は、はぁ? ありがとうございます」

 さっぱり意味は不明だった。
 


* * *



 エリスが、不意に足を止めた。周囲を警戒している。背後ではすでにたちが戦っている気配があった。
「エリス?」
 周囲に殺気が満ちていく。仲間を呼ばれたようだが、仲間がいるのはコチラも同じ。
「あまり品がいいとは言えない方々ですね」
 現れた護衛者のラルウァ 朱鷺(らるうぁ・とき)が杖を振るえば、どこからともなく現れた騎士団がエリスたちの道を切り開いた。
「ここは朱鷺にお任せください」
「はい……行きますよ、ジヴォート様」
 エリスがジヴォートの手を引いて離脱するのを静かな目で見送り、さて、と朱鷺はならず者たちに向き直った。たったそれだけで、数人が後ろに下がった。
「朱鷺が護衛している方に襲いかかった事、後悔して下さい」


 ジヴォートは逃げていた。エリスの誘導の元、全暗街を迷うことなく走り続ける。どこまでも逃げ続ける。恐怖から逃れるため。――でも、どこまで逃げればいいのだろうか。どこ、まで。

 ふいに、エリスが足を止めたことでジヴォートも数歩の後、動きを止める。
「どうしても怖いというのであれば逃げ切るまで私があなたを護ります」
 どうか聞いて欲しいとエリスは話しかける。このままずっと2人で……それもいいかもしれないと思ってもいる。でも、だ。同時に思うこともある。
「ジヴォート様……過去は変えることはできません。記憶を無くした私がいうのも何ですが、未来を選ぶことしかできないのです」
 語りかけ始めると、拒否するようにジヴォートはエリスに背を向けて歩き出した。その手を、エリスはしっかりと握り締める。指輪がはめられたその手で。
「ですが、きっとあなたは後悔しますでしょう。あの時、謝るべきだったのではないかと……その後悔を繰り返さないように今は過去と相対すべきだと判断します。以上」
 後悔し続ける未来を、あなたに歩いて欲しくないのだと、エリスは語った。ジヴォートの足が止まる。手が、大きく震えている。

「わかってんだよ、逃げてたってダメだって……なのになんでお前は……逃げるのを手伝うなんて言うんだよ。逃げるなって、それだけだったら……遠慮なく逃げ出せたのに……逃げていいって言われたら、逃げられなくなるのに」

 エリスはジヴォートの手を引き、震える少年をそっと抱きしめる。本当はずっと、誰かに肯定して欲しかったのだろう。たった一人でいい。たった一言でいいから肯定し(止め)て欲しかったのだ。

「俺を守って死ぬなんて、そんなの望んでない! 俺を守るなら死ぬなよ。ずっと痛いんだ。苦しいんだ。泣き叫ぶ俺を見て苦しいなら一緒に苦しんでくれ。情けないと思うなら怒りにきてくれよ。何で何も言わない。何でどこにもいないっ?
 あいつと2人だけで会ったら、お前がどこにも居ないことを認めなきゃいけないだろ。なんて言えばいいんだ。謝ればいいのか。責めればいいのか。なぁっ答えろよ。
 俺のせいでみんないなくなる! 母さんも、親父も、お前も! だったら! あいつが大変な時にそばにいれないような俺は、いない方がいい!」

 言葉は次から次へと出てきて、止まることを知らない。しかしそれは言葉というよりも、感情そのもので……数年分積もった彼の想いだ。
 だからエリスはその吐露を邪魔せぬよう、無言で抱きしめ続けた。



* * *



「……で、どうだ?」
「どうって」
 洋は、その叫びをドブーツに聞かせていた。本来なら他者が聞いてはいけないことだが、ドブーツには聞かせるべきだと判断したからだ。
 ドブーツは、戸惑ったように目をさまよわせた。それから、ジヴォートたちが逃げて言った方角へ目をやり
「……あの時、俺が何をすべきだったのか。それが、分かった気がする」
「あの時、か」
 洋はうつむいているドブーツへ目を向ける。つまり、吐き出させれば良かったのだ。すべてを。

「なら今は?」

 短い問いに、ドブーツは答えなかった。答えられず、無言でただ拳を握り締める。そんな少年の背中を、フェイミィがバシリっと叩いた。
 フェイミィは、途中で完全に消息を立ったジヴォートたちの位置情報を掴んでドブーツらに教えたのだ。
「早く行ってやれ」
「……行って、何をすればいいんだよ。今も昔も、俺はあいつの気持ちを受け止めてやれなかった。なのに、今さら友達面したって」
 すっかり卑屈になっている様子の彼に、フェイミィは怒るのでも呆れるのでもなく、むしろ悲しげな、しかし期待に満ちた顔をした。
「前のときもそうだったな。お前はそんな顔をした。なぜそこまで手を貸す。関係ないはずだ」
「なぜ、ねぇ……そうだな。ちょっと思っちまってな」
「思った?」

「何、お前らがうまくやれるなら、オレもまだやり直せるかも……ってな。少し、試してみたくなったのさ」

 ドブーツは一瞬きょとんとしてから、噴出した。つまり、それはドブーツたちが上手く行かなければやり直せないということで。

「なんだそれ。プレッシャーか?」
「おうプレッシャーだ。これくらかけねーと、お前ら動きそうにねーからな」
「……なら、どうにかして期待に応えないとな」
「がっかりさせんなよ」



* * *



「……悪い。さっきは、その」
「いえ」
 ジヴォートは、気まずそうに足を動かしていた。大声で泣いてしまったことが恥ずかしいのだろう。
 そんなとき、2人の目の前を小さな生き物――かがみもちの着ぐるみを身につけたゆるすたーが駆け抜けようとした。しかしこのままいけばジヴォートの足が踏みつけてしまう。
「うっと、とぉ?」
 なんとかふんばったものの、バランスを崩し、ゆるすたーを巻き込まないように地面を転がる。すぐさま起き上がってゆるすたーが無事かを確認。愛らしく首をかしげているのに、ほっと息を吐く。

「スピカ、おいで」
 響いた第三者の声に、ゆるすたー……スピカはてててっとその人物の元へと駆け、身体を伝ってその胸ポケットに収まった。そしてスピカの主である青年、天音はジヴォートに微笑んだ。
「踏んだりしないでくれてありがとう」
「え、いや」
「動物は好きかい?」
 ジヴォートは、一瞬苦しそうに顔をゆがめたが、頷いた。動物達は嫌いになれなかった。たとえどれだけあの友の姿がかぶって苦しんだとしても、それを慰めてくれたのも彼らだから。
 そうっと息を吐くように言った天音は「手を」とジヴォートに言った。ジヴォートが素直に手を出すと、そこにそっと一発の弾丸を置いた。

「これは、大切な相手を守った犬の記憶。お礼にあげる」

 そして青年はちらと後方を見やった。そちらの方にドブーツたちがいるはずだ。

「君と同じように動物が大好きなあの子は、その記憶に怯えて素直に触れる事さえ出来ない。
 どうするかは君の自由だけど……逃げ続けてて、本当に良いのかい?」
「お前」
「じゃあね」
 
 去っていく青年の背中と弾丸を何度も見比べる。そしてそのまま弾丸を投げ捨て――ようとして、結局できずにポケットへしまった。
 それがなんであるか分からなかったものの、捨ててはいけないものだとは理解していた。

 その後、洋孝のいる基地にて、ジヴォートとドブーツは合流した。