リアクション
…※…※…※… ぺたぺたと水色の蝶や赤いカニが色褪せした壁の表面を半分ほど占拠した頃、 「シェリー、ニカ、と……天音か? 何をやっている?」 破名が三人の姿を見つけた。 質問に振り返る天音。破名は特に怒るわけでもなく三人を見て、ニカの額に気づいた。 「ニカ、怪我したのか」 「うん。でも、イナさんに手当してもらったから大丈夫です」 ニカは目の上に張られた絆創膏を軽く触……る真似をした。 「クロフォードもやるかい?」 橙色に染まった刷毛を片手に誘う天音に、 「遠慮しておく」 対して、破名は素っ気ない。釣れない態度と肩を竦めた天音は楽しく遊んでいたシェリーに視線を向ける。 「クロフォードって、いつもああなの?」 素っ気ないというか、会話が短く切れるというか、なんというか。聞かれてシェリーは違うわと否定した。 「いいえ。あ、喋り方は変わらないけどもう少し喋るわ。なに、天音とは違うの? よく喋らない?」 「シェリー」 余計なことは言わなくていいと強引に少女の声を遮った破名に、シェリーは天音から破名に話し相手を変えた。 「話で思い出したわ。ねぇ、クロフォードが私達の話し相手って本当?」 「話し相手?」 代表者ではなく、話し相手。具体的な肩書に天音は質問をシェリーに投げかけた。シャンバラ人の少女は頷く。 「ええ。クロフォードは私達の話し相手らしいの。誰一人寂しくないように、話し、語り、歌う。って言ってたわ」 「……キリハから聞いたのか」 「うん。ちょっと前にね」 知られたら仕方ない。そんな諦めの響きと共に、破名は苦笑した。 「どう説明をするか迷うな。……シェリーには昔、俺はシェリーの親にはなれないって話はしただろう? 保護者の努めも満足にできないって話もしたのを覚えているな?」 「ええ」 「だから、ええっと、な。ああ、違う。そんな話じゃないな。そういう役割っだって言うのは簡単なんだがな。説明だと言葉に迷う。ただ、まぁ、単なる話し相手だよ。昔、俺も『系譜』に居たが、あそこはこの孤児院の様な自由さが無くて人と人との結びつきがもっともっと薄くて寂しさに元気を無くすような所だったんだ。 俺は幸いその中では自由でね、自分の担当者から皆が元気になるように話し相手になれって言われたのが始まりだ。そう、誰一人寂しくないように。話をしてお互いを知り楽しいことを共有しようって奴だ。勿論、悲しみは半分に。語るのも似たような理由だ。歌は……正直に言うと、あれは苦手だな」 「でも、よく歌っているじゃない」 「必要に駆られてだ。赤子をあやすには子守唄が一番だからな」 「な……」 「言葉を失ったな。反論も詰まるならシェリーもまだまだ子供というところか」 「そんな風に、喋るんだね」 長時間一言も喋ること無く共に過ごしたことがある天音は、目の前で繰り広げられた日常会話に、ただ短くそう零した。同じく長時間無言を貫いた日があったことを思い出して、破名はそうだったなと続ける。 「言えないことが有る。という事だけだ。それをわかってくれるならむしろ話しやすい。話す俺は意外か? 確かに前ほど軽口も叩かないが」 無論、近場にシェリー達が居るというのが一番の理由ではある。話し相手になれと言われているのだ。彼女達が居るだけでその口は軽くなる。 キリハ程はっきりせず口を閉ざし無言になることが多いが、破名とて聞けば答える。受け身だが、無口でも、寡黙でも、無い。話し相手という役割を担うくらいは会話を苦にしない。 「言えない事って何?」 「シェリーは知らなくていい」 「はしゃぎすぎて怒られたって聞いたわ」 「それは廊下を走っただけで気が散ると怒鳴る科学者が居ただけだ」 「廊下を、走って、怒鳴られたの?」 「くだらないだろう?」 驚くシェリーではなく天音に向かって破名は肩を竦めた。 「へぇ……面白そうだね」 想像するように宙に視線を彷徨わせ、小さく笑った天音は視線を戻すと、 「シェリー達も見たい?」 悪戯の共謀を提案するように疑問符を言葉の最後に付けて、 「上からまた塗り直すんだし」 と、再度破名を誘った。 再度誘われて、スポンサーの言葉を忘れない破名は、ふむと唸る。 「……少し、話し過ぎたか。シェリー、ニカ、天音に迷惑を掛けないようにな」 「逃げるのね」 「逃げるんですか」 「怒られるのは俺なんだ。迷惑かけるなよ」 シェリー達のブーイングを背に受けて去っていく破名に天音は首を傾げる。 「そんなに怖い人なの?」 そのスポンサーという人物は。 聞かれてシェリーは首を横に振った。 「違うわ。あの人は、いい人よ。クロフォードはああだけど、とても、いい人よ」 「そうなんだ」 「それに怖いとかじゃなくて、多分そういう約束をしてるんだと思うわ。クロフォードって変な所で律儀だから、約束してるなら手伝わないと思うの。あの、気を悪くさせて、ごめんなさい」 代わりに謝るシェリーに天音は少し考えてから、 「そういうのなら仕方ないかもだね。それより、続き、する?」 二人を誘った。 |
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