葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

進撃の兄タロウ

リアクション公開中!

進撃の兄タロウ

リアクション

 空京大学――。
 未だ事件の影が見えていない一角に、高柳 陣(たかやなぎ・じん)とそのパートナーユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)ティエン・シア(てぃえん・しあ)は居た。ティエンが空大に合格し、春から空京で一人暮らしをしながら通う事になった為、見学と近辺の家捜しにきたのである。
 建物の中を見てきたらしいティエンが此方へ戻ってくるのに顔を向けたまま、陣はユピリアへ向かってぼんやり言った。
「――せっかく空大に来たんだし、後でプラヴダに顔出すか」
「そうね。からかいがいはなくなったけど、ジゼルは常識人になったしアレクも割とまともになったから、ティエンの事お願いしなくちゃね」
 二人の大切な妹分が自立するのを応援したい気持ちはあるが、不安が無いわけではない。空京住まいのアレクとジゼルならば三人とも良く知っている間柄であるし、何かあった時に自分達よりも早く駆けつけてくれる筈だとユピリアはメールを打つ。
「だからもうパンツネタはなしよ」
「大丈夫だよ。頭に被ったのは皆を守る為の勇敢な行動だったんだし、ジゼルお姉ちゃんの物を集めるのは愛情表現なんだよね。僕覚えた!」
「間違っちゃいないけど……」
 目の前に立ったティエンの無邪気な笑顔を見て、これからの彼女の生活に一抹の不安を覚えていたとき、ユピリアの手の中で端末がバイブレーションした。
 送信してきた相手は勿論ジゼルだ。
「えーと何々?
 空大に……小動物軍隊…………、アレクに似たアニメフィギアっぽい生き物が先導して……あの子一体何言ってるの?」
 困惑するユピリアに、陣も端末のメール画面を覗き込む。と、その瞬間。ティエンが「あ!」と声を上げた。
 彼女が指差す先で、良く見知った顔――というよりも犬がワンワンッと吼えている。
「兄タロウさんの命令です!
 人間達を蹂躙し、男――特に茶髪でデカい男を撃滅するのですよ!!」
 いざ出陣と言わんばかりの勢いで、勇ましく小動物を先導するのは忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)である。その上には矢張り彼等の良く知る人物に似た顔の人形のようなものが乗っていた。
「…………お兄ちゃん、お姉ちゃん」
 こちらを振り返って何か言いたげなティエンに、陣はユピリアへ向き直って口を開いた。
「空大に、小動物軍隊……」
 ジゼルのメールの文面の断片的な言葉を拾い繰り返す陣に、ユピリアは溜め息混じりの声で「そういう事ね」と答えるのだった。


 春から新しい暮らしと言えば御神楽 舞花(みかぐら・まいか)も同じである。
 彼女の場合は契約者の御神楽 陽太(みかぐら・ようた)に待望の娘、陽菜が産まれた事がきっかけだった。一月中旬から空京に構えた仮住宅は、三月まで暮らす予定だ。その後には新たな生活が待っている。
 新しい事が連続の初めての子育てに奮闘する睦まじい夫婦を微笑ましく思う日々。そんな中で舞花に友人キアラ・アルジェント(きあら・あるじぇんと)からの連絡が入ったのである。
「行ってきますね」
 と声を掛けた言葉がてんやわんやの二人に届いたのかは分からない。舞花はくすりと笑って、玄関の扉を開いた。


 さて、走行しているバイクの上でのメールは例え後部座席に居ようと無茶があった。きっと文面は相手が理解してくれるかどうかも怪しい支離滅裂な事になっているだろう。到着して送信画面を見直して初めてそう気付いたジゼルは、あの酷い文章でもなお[今空京に居るよ]と返してくれた椎名 真(しいな・まこと)に改めて電話を掛けた。
 スヴェトラーナにも聞こえるようにスピーカーモードに切り替えると、真の貼りのある誠実な声が響く。残念ながら雑談を交わしている暇も無く、何処に居るかという話題が先になった。
[――うん、そう。メンテに出してたタイムウォーカーの受け取りの為にきてたんだ。
 大学にも近いけど、先にトゥリンさんに連絡して探してみるね。その方がいいと思う]
「そうしてくれる?
 爆発が起こっちゃったら、どうにか出来るの、トゥリンだけだもの」
[丁度タイムウォーカーが有るし、絶叫マシンは苦手だけど、これなら任せて!
 ……でもアレクさんに似たハムか……すごく見てみたい気も――]
「そうよね!!」
 即答するジゼルの声に電話越しに笑う声が聞こえて、ジゼルは失言に赤くなりながら会話を終わらせた。真がトゥリン・ユンサル(とぅりん・ゆんさる)を見つけてくれれば、最悪の状況になっても対応する事が出来るだろうと一息ついて、休んでいる場合では無いのだと二人は小走りに空京大学の門を潜って行った。