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■ VS ポッキー・ハウリング再戦 ……そして ■



 なんか、気持ち悪い。
 寒気がして、鳥肌が立つ。
 悪寒と吐き気に襲われるポッキーの視界の隅で、ちょこまかと動く影があった。
 ちょこまかちょこまかと、小柄なリス……香辛料をお見舞いされたのとは違うぬいぐるみが自分の周りを忙しく動きまわっていた。
「なんだこいつ?」
 疑問の声には警戒の色が滲んでいる。
「鬱陶しいなッ」
 手にはなにも持ってなさそうだが、いつまた唐辛子塗れにされるかわかったものではない。

 苛々が募る。

 苛々する。
 本当に、苛々する。
 視界の周りをうろちょろちろちょろされて小柄なリスのぬいぐるみ――綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)にポッキーの理性は破綻寸前だ。
 どれだけ破綻寸前かというと、
「やーいやーい」
「うっせーよ!!」
 太い尾を揺らして、さゆみの小学生並みの挑発に、全力で怒鳴り返してしまうくらいには、判断力を失っていた。
(逃げ切れると思わないでよ)
 盛大な舌打ちを耳にして、さゆみはちらりと横を一瞥する。視線を流した先ではハムスターのぬいぐるみになったアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が懸命にさゆみを追いかけていた。
 さゆみと二人街中を歩いていての突然に降りかかった災難。
 気がついたらハムスターにされていて、周りがメルヘンだろうがファンシーだろうが、あまりの事にパニックを引き起こし、さゆみに宥められていなければ、ずっと身を縮め震えていただろう。
 意思すら奪おうとする笛の音が聞こえてくるが、アデリーヌは耐える。
 負けたくなかった。
 弱者に対してだけ強気に出るような、気の弱そうな雰囲気を纏うポッキーにだけは負けたくなかった。
 リスのぬいぐるみにおちょくられて血管ブチ切れそうになっている器の小さな男に呪われた事実のほうが、余程耐えられない。



 さぁ、ぬいぐるみたちのパレードが君たちを楽しませようとやってきたよ!

 なんて、運良くぬいぐるみにされずに済んだ通行人に向かってポースを決めたのはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だった。
 白黒ハチワレタキシード柄のニャンコ。
 その姿のなんて愛らしい事か!
 見るからに、ほわほわして雰囲気は優しく砂糖菓子のような甘い匂いが今にも漂ってきそうだ。
 元々持っていた素質か、術者の趣向か、そういう魔法なのか、兎に角、可愛いのだ。
 自分の事だとわかっていても、鏡に写った姿にうっとりしてしまうキュートさである。
「おはにゃう☆」
「かーわーいーいー!」
 紳士な出で立ちのニャンコに、にこっと笑われて、大量のぬいぐるみに圧倒されていたお子様のテンションがいきなり天頂を突き抜ける。
「インコさんも居るー」
 男の子に発見されて、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、頭が痛い。
「呪い魔法で動物に、なんて嫌な事を思い出すじゃないか。
 しかも、またヨウムの姿ってどういう事なのだね。黄色と若草色で、お子様達には大きなインコにしか見えないじゃないか」
 インコに間違われやすいヨウム。
 思い出した過去の騒動と共にどうして自分はこの姿なのかと嘆くメシエに、背に一対の翼の柄が入ったパステルピンクのお馬さんが近づく。
「でも楽しいじゃない?」
 まるでペガサスみたいだと子供にきゃっきゃされているリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)は上機嫌で、メシエはどう答えたものかと口を閉ざした。
 名札付きだなんてどこかの、ゆるいキャラクター、かというエースの突っ込みに、それもそうね、とリリアはむしろ楽しげだった。
 ぬいぐるみの大行進に更なる混乱を招くのは良くないとエースは冷静に状況を判断していた。
 イベントだと言ってしまえば、誤魔化しも出来るだろう。
 メシエ、リリアが不自由を強いられているのはエースも知っていたが、愛嬌を振りまく二人にはその気配は欠片も感じさせてはくれない。
 行進の列から少しずつ外れていく三人は、さゆみに翻弄されて目的を失って元来た道を戻らされているポッキーを発見した。



「そろそろ元に戻して貰わないと、ね!」
 ポッキー自身がこちらに向かって走ってくるなら好都合とエースはメシエ、リリアに視線を流し、拍手している子供に向かってポーズを決めた。
「またあそぼうにゃん☆」
「うん!」
 小柄故かさゆみの姿は視認しづらく、血走った赤い目に涙と鼻水だらけの顔をしたポッキーが一人奇声をあげているみたいで、どう見ても犯罪者です本当にありがとうございました状態なので、子供がぬいぐるみにバイバイと別れを告げるのをこれ幸いにと両親がその場を離れていく。
 それを見送って、エース達は走りだした。
「自分の欲望優先で女性の話を聞きもしない奴はただのケダモノ、女の敵よ!」
 一馬身先んじたリリアがそのフェルト蹄を振り上げる。
「奇蹄目からのお仕置ききーーーっく!」
 けりけりけりけりーの、けりー☆
 お怒りなさったお馬さんから、雨のような蹴りアンド蹴っ飛ばし攻撃。
 その隙に死角になっている足元に駆け寄ったエースはエバーグリーンで成長させた一本の草をポッキーの右足に絡めさせて逃亡阻止を図る。
「おめぇ、何すんだ!」
 あーもーリスうるさい、馬うるさい、こんなはずじゃないと喚きリリアやさゆみに、ぶんぶんと腕を振っていたポッキーはそんなエースに気づき、カッと目を見開くと蹴り飛ばそうと左足を振り上げる。
「させませんわ!」
「がっ」
「ぬいぐるみになったからといって、舐められては困りますわ」
 アデリーヌが果敢にもポッキーの顔に跳び上がり、ひしと張り付いた。
「大人しくしてくれたまえよ」
 なんでぬいぐるみにこんな目に遭わされるんだと騒ぐポッキーにメシエは肩を竦め、鼻歌を歌い出した。
 メシエにとってはただの鼻歌だが、ポッキーの耳に届く旋律は死霊の囁きの様で、先の呪詛と相まって肌を粟立たせる悪寒は当社比三倍である。
「とっとと呪いを解きなさいよ!」
「解くまで離れませんわ!」
「そうよ、それに、女の敵は許すまじよ!」
 男二人が逃亡阻止に務める中、さゆみ、アデリーヌ、リリアがポッキーの襟首掴むかの如く勢いで迫った。
 女三人集まれば姦しい。
 例えぬいぐるみでも男を責める姿勢は傍から見れば恐ろしい光景かもしれない。
 感情を優先しがちな女性は、話がループしやすい。
 つまり、永遠と責められるのだ。
「あーもー、なんだよ。なんだってんだよー」
 こんなはずではなかったのだ。
 今までこんな反撃に遭ったことは無かった。
 メシエの精神攻撃に、女性陣からの捲し立て、
 あれ、おかしいな。こんなはずじゃなかったのに、
 もう駄目、とポッキーは、泣きだした。



…※…※…※…




 無事、呪いが解けて人の姿に戻ることができた淳二は、ビニール紐でぐるぐる巻きにされて地面に転がっているハウリング三兄弟を見下ろした。
 呪いを解呪しろと迫られ、元に戻ってからも数人の契約者に殴られた三人は、淳二が拳を振り上げるほどの価値も無いように見えた。
 自分やパートナーをぬいぐるみにされた理不尽さなどを込めてと思ったが思い直す。
「ミーナ」
「はい、マスター」
 呼ばれて来たミーナに異変がないか確かめて、淳二達二人は、次はどこの店に行こうかと話題を変える。
「ペンギンだったわね」
 二人仲良く同じ種類だったことにセレアナは薄く笑った。セレンフィリティが、うーん、と伸びをする。
「一緒だったのはちょっと驚いたかなー。なんて。
 ペンギンかー。なんか泳ぎたくなっちゃうわー」
 連想に何気なく言葉を口にしたセレンフィリティにセレアナは首を傾げてみせる。
「じゃぁ、泳ぎに行く?」
「え?」
 二人はデートに空京に来ていた。今後の予定がぬいぐるみ騒動で潰れたから、口直しにどうかとセレアナは恋人に提案したのだった。
「大丈夫? アディ」
「さゆみも大丈夫ですの?」
 休憩用のベンチに座り、二人安否を確認し合うさゆみとアデリーヌ。二人は互いに互いの身が心配であった。優しく自分の手を取って優しく包むさゆみにアデリーヌは知らず微笑んでいた。
「さゆみは勇敢ですのね」
「アディも凄かったじゃない」
 暴力を振るわれることを厭わず逆に翻弄させてやれと動いたさゆみと、不自由な身のまま誘いの音に必死に堪え反撃さえしたアデリーヌ。称えるべき言葉を口にして、突然の災難(トラブル)を笑い話へと転換させていた。
「おや? 元に戻ったんですね」
 揶揄ではなく素直な感想だったが、知らぬ者が聞いたら少々無遠慮な印象を受けるのは纏う雰囲気のせいか。
 問う狐樹廊にリカインは、その言葉で落ち着きを取り戻していた。
「ええ」
 あまりに苛烈な憎悪に脳が焼かれ、防御本能のひとつである忘却が上手く機能してくれない。名前を聞くだけでも反応してしまい、その結果が今回の制裁であった。見えない所で何があったかは別の話になるだろうか。
 ムーンはぬいぐるみから元に戻りリカインと合流して、速攻でパートナーの頭上へと居場所を確保していた。いつもより密着度が高いが、その僅かな違いがわかるのはリカインくらいだろう。
 自分の仕事は終わったとばかり気絶した現行犯を引きずって妻の元に急いだジェイコブは、同じく人の姿を取り戻したフィリシアの姿を目にし、男を他の者に任せ、自分は彼女の方へと歩き出した。
 フィリシアも自分の方に歩いてくるジェイコブに気づく。
 知っている姿が、知っているままに其処に在った。
 フィリシアがジェイコブに向かって柔らかに微笑んだ。
 雑踏の生活音に意識が現実へと引き戻されていく。
「あーもー、全く、嫌な目にあったわ」
「そうだな」
 見張りよろしく犯人たちを囲む者の一人であるハイコドは、ソランに気持ちは同じと頷いた。
「そーだけどー」
 あーもう!
 と、苛立ちに立ち上がったソランは拘束された三人の前に仁王立ちになった。
「この短小ッ」
 第一声がそれなのか。とハイコドはソランを見た。
 続く言葉も自主規制音が鳴りっぱなしな内容で、ハイコドは既に呆れている。
「いーい? 次やったら地獄の快楽と苦痛で堕としてやるから覚悟しなさい!」
 高らかに宣言されて、長男が反応した。彼の人生はある意味今日で終わったのかもしれない。
「巻き込まれるっていうのは疲れるわね」
 ゆかりの呟きに、マリエッタは三発ほど誘拐犯達を殴った自分の手を見下ろした。
 あの時はハラハラして最終的にはゆかりを信じることしか出来なかった自分を思い出して、気づけば拳からゆかりへと視線を流し、彼女の横顔を見ていた。
「帰る前にどこかに寄りましょう」
 そんなマリエッタにゆかりは顔だけ向け笑った。
 良い気分で一日を終えられるように気分転換をしよう、と誘う。
「シェリー達も無事みたいね」
 一時はどうなることかと思ったが大事にならなくてよかったとリリアは軽く微笑み、メシエがそれに頷いた。
 紳士たるもの、ぬいぬいになっても慌てず動じず冷静に事にあたって対処していたエースは首を傾げる。
「あれ、破名がいない?」
 最後に見たのはキリンになってくったりとしていた。
 騒ぎに紛れてどこかへと行ってしまったのか、気になり三人は終始驚きっぱなしのシェリーがいる方へと歩き出す。