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「……未来の自分に向けての手紙か……三年後くらいにするか。ツェツェはどうする?」
 緒方 太壱(おがた・たいち)は便箋を一度見た後、手紙書きに誘ったセシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)に訊ねた。
「……わたしも三年後にする。でも……」
 セシリアは未来という言葉に暗い反応を示し、何事かを口にしようとするが、
「とにかく、書いてみようぜ」
 太壱の言葉に遮られてしまい
「そうね」
 セシリアは言葉の続きを口にするのをやめた。
 そして、二人は3年後の自分に宛てた手紙を書き始めた。

 少し時間経過後。
「まずは……拝啓、俺、元気ですかって、あー!! ダメだ。書けねぇ。こんなのガラにもねぇ!! ツェツェは書けたか?」
 挨拶文を書いた所で太壱はペンを置いた。書きたい事は多くあれど文字に出来ずにギブアップ寸前のためセシリアの進み具合を訊ねた。
「……少しだけ」
 セシリアはそう言って手に持っていたペンをテーブルに置いた。
 太壱はセシリアが何を書いたのか気になり遠慮無しに覗き見て
「早いな……何々、3年後のわたし、生きてますか? って、ツェツェ?」
 書かれてあったたった一文を読み上げた。
「……パパーイ達がわたしを治すきっかけを見付けたって聞いたけど、一番に思いついた事はこの事で、それに怖くてこれ以上書けなくて……」
 セシリアは文面に目を落とし、辛い胸中を口にした。
 パートナーロストに近い症状を見せる遺伝疾患を生まれながらに多数抱えるセシリアは現在治療中。何とか治療のきっかけは発見されたが、何事もこれからで不安は消えない。
「………大丈夫だよ、きっと未来にはいい事あるさ。ツェツェ、想像しろ。明るい未来を治って元気にしてる姿を。それから続きを書く」
 太壱は暗い手紙を手に取りセシリアに押しつけながら底抜けに明るく言った。なぜならセシリアの心を上向きにする事が一番の目的だから。その次に自分の事だ。
「……想像……治るならタイチと一緒にこの大地を冒険したい」
 太壱に励まされたセシリアは押しつけられた便箋を手に持ち、見つめ想像する。
「そりゃ、いいな」
 太壱も便乗して同じ事を想像し始めた。
 そんな二人は便箋に染み込んだ匂いを楽しみ頭に浮かんだ想像を鮮やかにしていった。

■■■

 3年後、パラミタのどこか。

「ツェツェ、ツェツェ、どうしたんだよ!!」
 二人で気ままに浮遊大陸探検中の太壱は突然倒れたセシリアに驚き、おろおろ。
「も、もしかして……とにかく親父の所に連れてかねぇと!」
 完治したはずの病が再発したのではと嫌な予感が脳裏に浮かぶもすぐに追い払い、倒れたセシリアを抱き抱え、緒方 章(おがた・あきら)の診療所へ向かった。

 葦原長屋、章の診療所。

「親父!!」
 セシリアを抱えた太壱は診療を終えて一息ついている章達の元に駆け込んだ。
「どうした、太壱、息せき切って入ってきて?」
「騒々しいですね。何かありましたか?」
 診療所の手伝いをする緒方 樹(おがた・いつき)と章がのんびりと太壱達を迎えた。
「ツェツェが、ツェツェが倒れた! 親父とツェツェのとーちゃんの力で治ったはずなんだろ? 早く診てくれよ! このままツェツェが死んだら」
 太壱は血相を変え、必死に助けを求める。この世の終わりと言わんばかりに。
 そんな騒々しい太壱の声で気を失っていたセシリアは目を覚まし
「……ん……ここは……って、何でわたし、タイチにお姫様だっこされてるの!?」
 自分の状況に仰天した。
「ツェツェ!! 大丈夫か? 突然倒れたんだぞ。覚えてるか?」
 目を覚ましたセシリアの様子にひとまず安堵した太壱は倒れた時の事を訊ねた。
「……倒れ……そう言えば何か気が遠くなって……(それにこの気持ち悪いの……もしかして)」
 まだ少しぼんやりする頭をフル回転させ倒れる間際の事を思い出すと同時に心当たりのある気持ち悪さに襲われ、口元に手を当てた。
 そんなセシリアの様子に
「疲れのせいかもしれないね。二人共あちこち駆け回ってるんでしょ。とりあえず、樹ちゃん、念のためにセシリア君を検査して頂戴♪」
「ああ、了解した。小娘、こちらに来てはくれんか?」
 章と樹はある事を察し、ますます呑気さを増した。
「あ、はい」
 セシリアは大人しく樹と共に処置室へ行った。

「……ツェツェ」
 何も察していない太壱は不安そうにセシリアが出て行った入り口を見てそわそわと心配するばかり。
「太壱君はそわそわせず、落ち着いてそこに座りなさい。鈍感と言われますよ」
 章は突っ立ったままの太壱に声をかけた。
「鈍感? 何で俺が?」
 章に振り向いた太壱は眉を寄せ、さっぱり分かっていない。
 それには答えず章は
「……ほら、まずは食事を取りなさい」
 太壱のためにカツ丼を用意した。
「あ? わかった、飯は喰う……いただきまっす」
 丁度空腹であった太壱はためらわずにカツ丼に食らいついた。

 その間の処置室。

「……検査は終了だ。結果が出るまでここで休んでいたらいい。疲れも随分溜まっているようだしな」
 樹による検査はすっかり終了していた。
「……はい。タイチのお母さん……わたし、見当つきます……確定ですよね?」
 セシリアは自分のお腹に目を落としながらゆっくりと訊ねた。
「おそらく間違い無いだろう」
 樹は笑いながら言った。
「やっぱり。なのにタイチったら、思いっきり勘違いして……わたしの身体はもう何ともないのに」
 セシリアは呆れたように溜息を吐き出した。
「太壱だけでなく、知識のある章だって、私が身ごもったときに相当うろたえていたんだ。太壱なら、ああなるのも仕方があるまい。得てして、男性とはそう言うものかもしれん」
 樹は苦笑しつつ太壱のために弁解してからようやく出た検査結果をセシリアに報告し体調が安定するまでここで寝泊まりするように言ってから章達に報告しに行った。

 残されたセシリアは
「……太壱ったらどうして気付かないのよ、本当に鈍感なんだから」
 深い溜息を吐いていた。

 樹が報告に来る少し前の診察室。

「…で、セシリア君とは週にどの程度イタしていたんですか?」
 カツ丼をかき込む息子に唐突に訊ねる章。
「ぐほぉ!!!」
 まさかの質問に太壱は大打撃を受け、かき込んでいた御飯粒を盛大に飛ばした。
「鼻からご飯粒を飛ばさないで下さい、汚いですよ」
 章は飛んできた米粒を取り除きながら何事も無いように行儀の悪い息子に注意をした。
「な、何をいきなり言うんだクソ親父!」
 気が動転しまくる太壱。
「ストレートでもあからさまでもありません……要は、そう言うことですよ。検査結果はまだですが」
「そう言う事って……まさか!」
 さすがの太壱も章の言わんとしている事を理解し、はっとした。
 その時、
「結果が出たぞ。予想通り確定だ」
 検査結果の報告に樹が現れた。
「そうですか。樹ちゃん、検査してくれてありがとう……やはりというか何というか僕達はお祖父ちゃんとお祖母ちゃんになってしまいますか、この年齢で……ついでに『彼』に電話連絡もお願いします」
 予想通りの結果に複雑な章はセシリアの父親への連絡を樹に託した。言葉にも表れているとおり章とアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)は不仲である。それ故、太壱とセシリアはその二人から勘当状態なのだ。
「分かった、連絡しておこう」
 樹はアルテッツァとは仲が悪くないため繋ぎ役として動く事に。
 樹は再びセシリアの元に戻った。

 樹が行った後。
「さてと僕は セシリア君の様子でも見に行こうかな。栄養面で心配だから念のために点滴でも」
 章も医者として動いた。

 取り残された太壱は
「……マジで……俺が父親に……」
 すっかり食事中という事が頭から吹っ飛び、じわじわとくる驚きと幸せの実感に満たされていく。
 とうとう
「ツェツェ!!」
 我慢出来ず太壱は食べかけのカツ丼を机に置いてセシリアの元に駆けつけた。

 太壱が駆けつける前。
「どうでしたか? タイチは?」
 セシリアは大方の予想はつきつつも太壱の反応を聞いてみる。
「あぁ、驚いていた。アキラからアルトに電話連絡するように言われたんだが、まだしていないよな?」
 樹は軽く吹き出しながら言ってからセシリアにアルテッツァへの報告について確認を入れた。
「はい、まだ。やっぱり、電話した方がいいですよね」
 セシリアはゆっくりと上半身を起こし、複雑そうな声で答えた。
「そうだ。二人だけの問題では無いからな」
 セシリアが報告し難そうな理由を知る樹に促され
「……そうですね」
 セシリアはアルテッツァに連絡を入れた。新しい家族の誕生は二人だけでなく二人の両親にも関わる事。
「オッラ、パパーイ。わたし、セシリアだけど」
 電話してすぐに父親と繋がりまずは挨拶をする。
『どうしたんですか、シシィ。久しぶりですね、元気にしていましたか?』
 娘からの突然の電話に驚きながらも嬉しさを見せるアルテッツァ。
「その……ちょっと倒れちゃって今、タイチのお母さんの所にいるの」
『え? 倒れた? どうしてですか? キミの身体はボクとボクの信頼するパートナーが治療したので副作用などは起こりえないはずですが……しかもよりによってそんな所で……』
 章と父親が不仲と知るセシリアは言い難そうに今いる場所を教えるとアルテッツァは、セシリアの身を案じつつも少し忌々しそうにしていた。
「心配しなくても病気じゃないから……そうじゃなくて……」
『では、何が起きたのですか?』
 おめでたいはずが最上級に言い難く、言葉が濁ってしまうセシリアにまさかな事が起きているとは露知らぬアルテッツァは普通に娘の身を案じるばかり。
 意を決したセシリアは
「あのね、……パパーイ、アヴォになるの」
 恐る恐るおめでたを伝えるのだった。
『……アヴォ? それって祖父ですよね。近くにイツキはいますか? 話を替わっていただきたいのですが』
 まさかの報告に一瞬だけアルテッツァは理解が遅れるもすぐさま飲み込み、詳細を知りたく樹を求めた。
 セシリアから樹に交代。
「もしもし、アルト、私だ、樹だ」
『どういうことなのか説明していただけますか?』
 樹が電話に出るなりアルテッツァはすぐさま説明を求めた。
「説明も何もお前の娘は身ごもってお前はお祖父ちゃんになるという事だ」
 樹は単純明快に説明してのけた。
『それはシシィから聞いたので分かっています。そういう事ではなく、その子供の事ですよ。どう考えても彼との子供ですよね?』
 アルテッツァが知りたいのは別の事。
「あぁ、その通りだ。私の息子の子供だ。何か問題でもあるか?」
『えぇ、ボクが一番避けて通りたかった事実に突き当たるという問題が』
 樹の返答にアルテッツァは苦虫かみつぶしたような声で忌々しげに言った。
「……アキラと血縁が繋がるということを懸念しているんだな?」
『当然でしょう。あんな男に育てて貰いたくありませんので娘は引き取ります』
 樹とアルテッツァは子供達以前のやり取りをする。
「おいおい、いい加減諦めろ、お前の娘が好きな輩は『私の息子』だ。それでも信用ならないというのか?」
 ゲラゲラ笑う樹はいつの間にか章に点滴を受けるセシリアに寄り添い手を握る太壱を優しく見ていた。絶対にセシリアを太壱と別れさせてはいけないと思いながら。
『それは……』
 電話向こうのアルテッツァは返答に困り、言葉を濁らせていた。

■■■

 想像から帰還後。
「……」
 視線を合わせ、同じ事を想像したと確信する二人。
 セシリアは想像した未来に恥ずかしそうに黙々と手紙を書き始めたが、
「ツェツェ、俺達、すげぇ、幸せになってたよな!! 病気も治ってさ!!」
 太壱は興奮気味に感想を大声で言い出す。
「……タイチ、そんな大声で言わないで……周りに聞こえるでしょ」
 何事かと自分達を見る周りの視線にますます恥ずかしくなるセシリアは急いで太壱の口を閉じさせようとする。
 しかし
「そう、照れるなってツェツェ。俺が護ってやるから、心配するな!」
 太壱はケラケラ笑ってセシリアの注意なんぞどこ吹く風だが、セシリアを想う気持ちは真摯である。
「……タイチ、さっさと手紙書いたら?」
 太壱の気持ちは嬉しいが、セシリアとしては落ち着いて手紙を書いて欲しい。
「おう、しっかり書いてやるぜ!(俺にとってあれは想像じゃねえ、絶対に叶える目標だ)」
 手紙の事をようやく思い出した太壱は立派な目標を抱えて書き始めた。
「……わたしも続きを書かないと(治療方法も見つかって……タイチもいる……もしかしたら想像したような幸せな未来がわたしにも)」
 セシリアは手紙を書きながら時々、必死にペンを進める太壱の様子を盗み見ては幸せそうな笑みをこぼしていた。