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【託 対 アレク】


 フィールドは特に何の飾り気も無い、だだっ広い空間だった。
「強いのはよく知ってるけれど、一度は直接やってみたくてねぇ」
 南條 託(なんじょう・たく)が何時もの調子で笑うと、アレクはちょいちょいと手招きする。
「Bring it on!(*かかってこいよ)」
 戦いの前の挨拶らしい挨拶はその程度で済み、早々に訓練試合は開始された。

 高速で移動する事で、分身する。
 これはあくまでも残像に過ぎないが、この二体と実体で敵を翻弄する事は可能だ。
 アレクの方は下手に動こうとはしないので、託は一瞬の隙を見て蒼いチャクラムを飛ばし先制攻撃を仕掛ける。
 それは星が瞬く様な早さで、流石のアレクも全て見切れなかったのか、避ける際に腕に僅かに傷をつけた。
 予め括り付けておいた紐でチャクラムを手の中に戻しそうとすると、即座にアレクはそこを切り上げにきたが、決して断たれる事が無いと言われる不思議な紐は、その言われに違う事無く託のもとへ無事に戻ってきた。
「何それズルい」
 アレクが笑うのに、託も笑って返しながらスピードを更に底上げする。小型飛空艇の3倍のスピードで飛ぶ事ができる翼を付けているのだ。速さだけならアレクを上回っていると信じて託は動き続けた。
 ――どんな攻撃も当たらなければ。の精神である。
(まともに攻撃食らったら、その時点で終わるだろうしねぇ)
 先の戦いを見ていて分かった事を思いながら、託はアレクから一定の距離を置いていた。
 チャクラムに括り付けた紐で軌道を変えるやり方は、手のうちがバレてしまうと不意打ちだろうと中々当たらないもので、アレクはそれを器用に避けてしまう。
 託は、動きの中で、トラップを地面に仕掛けていった。
 これは踏めば魔術ダメージが返る。そういうものだったが、幾ら見えないとは言っても、トラップを仕掛ける際に動きは変わる。
 アレクはトンと地面を踏み魔方陣を作り出すと、地表をトラップごと氷結させた。 
(やっぱり簡単にはやらせてくれないかぁ。
 でもどれだけ強くてもやりようがあるってところは見せたいよねぇ)
 そうだ、がっかりしている暇は無い。託は気持ちをすぐに切り替えた。
(うん、負けるつもりはないからねぇ)
 チャクラムでの攻撃が決め手にならないと分かると、託は『イーダフェルトソード』と言う剣を構えた。
 これは未知の技術で出来ているようで、普段の刀身は1メートル程度だが、最大で2メートル程度まで伸ばし、曲げることが可能な特殊な剣である。
 そしてアレクがトラップを氷結させる僅かな隙に、刀身を伸ばして襲った。
 が、伸びた剣先がアレクを捉えるよりも速く、アレクは託の目の前に迫っていた。
 大太刀という武器、そしてアレクの身長を考えれば通常の間合いは――一足は7メートル程度だろうか。
 アレクの技術を考えるとそこに3メートルプラスしてもお釣りはくるだろう。
 剣を伸ばすという事は、託自身が動けなくなると言う事である。
 結果その10メートル程剣を伸ばす時間で託の居場所をアレクに知らせてしまった為、一足で此処迄踏み込まれてしまったのだ。

「惜しかったなぁ。
 いや武器の力を信じるよりも、あんた自身の力っつーかスピードを信じて、踏み込んじまった方が良かったんじゃねえかな。
 そんくらい凄かったよ、あんたの速さは」
 ヤンに背中をバシンと叩かれて、託は前につんのめりながら苦笑するのだった。



【武尊 対 スヴェトラーナ】


 国頭 武尊(くにがみ・たける)がスヴェトラーナと対峙するのを、キアラはむすっとした顔で見学席から見ていた。
 常に彼女のぱんつを狙う武尊だ。
 てっきり今回も「オレが勝ったらキアラ嬢のぱんつをくれ!」と言い出すと思っていたのに、拍子抜けというか何と言うか……。
 そう考えると自分が妙に意識しているようで、それも腹が立つ。
「「訓練ってのは課題を設定しないと意味が無い。
 だから、今回はスヴェトラーナ嬢を指名して対羅刹の勉強をする」キリッ! 
 なんて似合わない事言っちゃって! もう! もう!!」
 
 そんな彼女の小さな嫉妬心は置いておいて、二人の訓練試合だ。
 武尊の戦い方は、如意棒で羅刹であるスヴェトラーナの間合いに近付きすぎないよう攻撃をするスタイルだった。
 突きや払いなど一般的に伝わる棒術の攻撃動作を、単調にならないように繰り返す。というものである。
「打たば太刀 払えば長刀 突かば槍ってな」
 武尊は先日、スヴェトラーナと対決する機会を得ていた。
 あの時スヴェトラーナはまともな精神状態では無かったが、それでも彼女は武尊の攻撃を避けていた。
 ――それも余裕で。と、武尊は感じていた。
(だから今回も通用しないだろう)
 けろりとそう思っていられるのは、武尊にまだ手があるからだ。
 如意棒は念じる事で自在に伸縮する。
 つまり、スヴェトラーナの間合いは一定でも、武尊の間合いはその度変化し、計り辛いという事だ。
(これでも全て避けられるのかな?)
 サングラスの下の瞳が不敵に歪んだ。
 案の定スヴェトラーナが何時ものように、身体の柔らかさを生かして寸でで攻撃を避けたのに、武尊は強烈な打撃を喰らわせて、遠慮なく彼女の失敗を指摘する。
「最小限の動き、所謂紙一重の回避が身についちまってたり、
 相手の武器の間合いを読むのに長けていたりすると、
 微妙な間合いの変化に対応できない事もあるから要注意だぜ」
「ご指摘有り難う御座いますッ!」
 如意棒の突きを左の刃の背で流したスヴェトラーナが、右の刃を横薙ぎに滑らせる。
「ッぶね!」
 チリッと腹部に痛みが走った。
 スヴェトラーナの得物は二つとも刀であるが、利き手の本差(ほんさし)は2尺3寸、左の脇差しは1尺8寸と長さが違う。
 武尊は片方の間合いに集中して、踏み込み過ぎたのだ。
「あなたの間合いと同じ様に、こっちも右と左で微妙に違うんですよ。
 注意して下さいね」
 ニッと笑ったスヴェトラーナは、直後激しい連撃を叩き込んでくる。
 此処からは消耗試合だ。
 どちらが先に潰れるかというところで、武尊は契約者の能力を一時的に封じる道具を使用した。
 これでスヴェトラーナはスキルを使用する事が出来なくなる。
 この機に武尊は一気に勝負に出た。
 『ポイントシフト』から低空でスヴェトラーナに飛びついて組倒し、掴んだ相手のエネルギーを吸い取る手袋で彼女を襲おうと考えたのだ。
 しかしタックルは相手に背中を晒す必要が有り、上手くいかない場合、逆に命取りになりかねない危険な攻撃だ。
 スヴェトラーナの方も低空できた武尊にギリギリで反応し、身体を横に避けながら上から潰そうと肘落としを試みる。
 スヴェトラーナの肘は武尊の背骨に入り、武尊のアブソービンググラブはスヴェトラーナの足を掴んだ。
 尤も掴んでいられたのは武尊が落ちる迄のほんの数秒にも満たない時間だったが、それでも消耗しきっていたスヴェトラーナにはこれが効き、二人はほとんど同時に気を失った。