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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:後編

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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:後編

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第9章 地中の闇


 丘の中の地上階の有様は、ファラの雷で右往左往するコクビャク兵たちの隙を突き、【縮界】を駆使して正面突破で丘に入った唯斗をも驚かせたが、とにかく最深部を目指す彼の足を止める理由にはならなかった。
 縮界の効果で、卯雪たちを阻んだ、地階への階段を閉ざした樹の根をすり抜けることも出来た。そこを抜けると、しばらくは、障害物も敵も見当たらなかった。敢えて邪魔者はといえば、ところどころから土を破って突き出てうねっている樹の根だ。気を付けていないと躓く。
「ま、それでこけるようじゃマスターニンジャは名乗れねぇよな」
 知覚不能の速度からすべてをひっくり返す。
 地の底は暗かったが、唯斗は怯みもなく、落ちるかのような速さで突き進んでいく。



「どうしてこんなに暗くなったの……?」
 さゆみとアデリーヌは、その暗さに驚いていた。
 根に沿った穴は極端に狭くなっていたり、場所によっては土が脆くて足が取られそうな所もあったりしたので、こちらにシフトチェンジした方がいいだろうと話し合い、今はこの階段を下っている2人である。敵も通ったはずの階段であるだけに、慎重に、気配を消しながら進んでいた。
 そもそも設置されていた階段だけあって、途中には照明があり、途中で段を踏み外さずに済む程度の視界の明るさは保たれていた。それが、ある時点からいきなり消えたのだ。今は真っ暗な階段を、手探りで下っている状態である。
「まさか、コクビャクが追跡に気付いて、追いにくくするために照明を消したのかしら」
「分からないけど、足元に気を付けて」
 ほぼ一本道になっている今も、アデリーヌが先に立ち、さゆみの手を引いている。
 いざとなれば【神の目】で周囲を隅々まで見ることも出来るが、暗闇では目に立つ。周囲に敵が潜んでいるところで大っぴらにスキルを使ってバレる、というのは避けたい。
「! 足音がっ」
 こつ、こつ、と、下から上へと昇ってくる足音が聞こえて、2人は身を固くする。しかも結構早足だ。
(1人だわ)
 大人数だったら厄介なところだったが、足音から察するに1人だ。
 向こうはこちらに気付いているのか、いないのか。どう判断できるかと考えているところに、
「本当に地上まで上がらせる気か? 冗談じゃないぞ、何で俺ばかり、こんな警備員じみたことばかり……」
 ぶつくさと不平を漏らす声が、足音ともに上がってくるのに気付いた。
 暗闇の中で、さゆみとアデリーヌは顔を見合わせ、頷いた。

「……?」
 コクビャク幹部の一人は、階段の隅の闇だまりから、低く歌う声を聞いた。ハッとするより早く、その歌声――さゆみの【恐れの歌】がその精神を侵食する。同時に【嫌悪の歌】が暗闇に広がり、アデリーヌの【我は射す光の閃刃】がそこから湧いて出た閃光のように幹部を襲った。
「っ!!」
 それは深手とはならないが、相手の意表を突き、また尻込みさせるには十分だった。後ずさった拍子に体勢を崩して何段かずり落ちてひっくり返ったその魔族の男の姿を、神の目の光が捕え、次の瞬間にはさゆみが男を床に押さえつけ抵抗を封じていた。
「貴様……」
「油断していたようね。さぁ、全部喋ってもらいましょうか」

 2人がかりで完全に拘束して逃げられないことを悟らせ、口を割らせた。

 情報は――この『丘』の内部構造についての情報は、大したものではなかった。
 そもそも『丘』自体が、それほど複雑な構造になっていないからである。
 丘の地上階から下る階段を、ひたすらひたすら下っていく。途中に分岐はない。丘として盛り上がった土の、深い深い真下にのみ、重要な「装置」が鎮座しているのだ。そこまでの間に、他の設備や部屋などは一切ないという。複雑ではない、というより、はっきり「シンプル」といえる構造だった。
 そこに下った幹部は、彼も入れて9人。だから今最深部にいるのは8人。
 その部屋にあるのは、部屋全体を占める大きさの、文字通りの『大転移装置』だけ。

 だが、奇妙な情報もあった。
 幹部達はまだ、装置を起動させることができていないという。

「装置には――“守護者”がいやがった」
「守護者?」
「そうとしか呼べん。得体のしれない、何の種族かもわからん……単なるエネルギー体だ。
 それが装置の制御システム部に取り憑き、我らが寄ろうとすると拒絶して近付けさせんのだ。
 こちらの言葉にも応じず、何者か、何故機械に取り憑いているのかも語らない。意思があるのかどうかも分からん。
 それを退けることができず、未だ機械に近付けない有様だ」
 彼自身は、地上の戦況が天使たちに圧されていて灰も脅威を失いつつあるという連絡が入り、ゼクセス司令官が様子を見てくるよう指示したので、地上へと上がる途中だったという。

 さゆみとアデリーヌは、警察陣営に連絡を入れて、それらを報告した。




 地上では。
「あまり前に出過ぎるなよ、ナオ」
「はいっ」
 かつみとナオが、丘の扉近くで、コクビャク兵と対峙している。
 『奉神の宝刀』を手にかつみが敵と切り結ぶのを、ナオは彼の指示をきちんと聞き入れて、少し下がったところで彼の戦うさまを見ていた。
 一歩引いたおかげで、かつみの死角から別の兵が長槍で襲いかかるのが見え、かつみが反応するより少し早く、【真空波】で撃退することができた。
(やった!)
 自分も仕事ができた、と、心の中で喜んでいると、かつみが振り返ったので、ちょっとどきっとしたが。
「……ありがとな。でも、この後も油断はするなよ」
 と、小さく呟いてすぐに前を向き直った。
(役に立てたんだ)
 役に立ちたくて頑張るナオには、それが何よりの喜びだった。

「万が一灰が使われた時のことを考えると、魔族の私が少し前に出た方がいいね」
 そう言って、先に立ったのはエドゥアルトである。もし使われたら、【キャスリング】を使ってでも味方を庇うつもりだった。
 まだその気配は見えない。扉のある方を彼の視界から隠そうというかのように押し寄せるコクビャク兵の波に【ファイアストーム】をぶつける。
(!?)
 コクビャク兵の陣列が崩れて、その向こうに丘が見えた時。
 エドゥアルトの目には、その、短い草を生やした緑の土肌が、わずかに動いたように見えた。




(あれだな)
 コクビャク兵の波を割って斬り込んできた陽一の目に、エルデルド副官が映る。さらに上位の人物が丘の内部にいるだろうが、この戦場での指揮官は彼であろうことは、兵の波の奥、丘の扉の前にいる彼のその佇まいで何となく察せられる。通信機器のようなものを持って苛立った表情で立っていたが、間近に迫った陽一の姿を見るとハッとなり、近くにあった奇妙な、小さな箱型の機械を引き寄せた。
「それ以上近付くなら、貴様は灰の餌食だ」
 どうやらそれが、簡易型の『灰』の噴霧器のようだ。ポンプのような噴霧口がついているのが見える。
「どちらが速いか、試してみればいい」
 陽一は退かなかった。真っ向からエルデルドを睨みつけ、じりじりと詰め寄る。
 機械を動かすより一瞬早く、巨大光剣で相手を弾く自信はあった。
 陽一の眼光に気圧されるように、エルデルドはじりじりと下がっていく。と、突然身を翻して、小型機械を手に、半分開いた扉の中に逃げ込んだ。突入しようにも、扉は狭く、巨大光剣をかざしたままツッコむには窮屈な幅だ。それに一瞬躊躇した隙に、エルデルドは再びくるりとこちらを向いた。間合いを取り、無人の室内を背にしたことで余裕を取り戻したのか、エルデルドはにやりと笑って、機械を持ち上げて噴霧口を扉の外――真正面に相対する陽一に向けた。

 ゴオォォォォ……

 地鳴りがした。
「!?」
 エルデルドの噴霧器ではない。地鳴りは丘から聞こえていた。陽一がハッとした次の瞬間、丘の上の大樹が揺らり、と大きく揺れた。
 エルデルドにはそれが見えない。だが、室内の壁が揺れたのが分かった。噴霧器は動かされる前に取り落とされた。天井の土が――崩れて、降ってきた!

「!!」
 愕然としたエルデルドの手が引かれた。陽一に引っ張り出されたのだ。次の瞬間には、エルデルドが立っていたところは、土で埋まっていた。丘の地上階全体が、崩れた丘の土壌によってぐちゃぐちゃに潰れていた。
 いきなり引き出されたエルデルドは、その勢いでよろめき、うつぶせに倒れた。頭を上げようとした彼の目に、ずざっと音を立てて、ソード・オブ・リコの刃が突き立てられた。
「――全部下に投降を呼びかけてもらおう」
 倒れた副官の背を跨いで立ち、剣を突き立て、もう片方の手で【アイアンフィスト】の力でその腕を後ろ手に捕まえながら、陽一が厳然と言い放った。
 彼の【クライ・ハヴォック】の咆哮が、戦場のコクビャク兵たちに戦いの終わりをサイレンのように告げた。



 丘の土が崩れてみると、大樹の根の異様なまでの繁茂ぶりがさらけ出された。
 もはや、幹と同等くらいの太さの枝が、何本も丘を貫いてその下の土に刺さっているのだ。
 そして、その異常なバランスの上で、大樹は傾きながらも倒れず、枝葉を風に揺られていた。


 連合軍は地上の全コクビャク兵を拘束すると同時に、動かせる人員を総動員して丘の土を運び出し、地下階に通じる穴と階段の入口を再開させる作業に入った。