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パラミタ・イヤー・ゼロ ~愛音羽編~ 

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パラミタ・イヤー・ゼロ ~愛音羽編~ 
パラミタ・イヤー・ゼロ ~愛音羽編~  パラミタ・イヤー・ゼロ ~愛音羽編~ 

リアクション

 五階・生玉(いくたま)の間

 発電所の中程まで到達した契約者たち。
 五階に待ち受けていたのは、八紘零の姿をした魔道書――レイゲノムである。彼の周りには、魔術によって作りだされた赤色と青色の鎖が絡まり合っていた。
「……え、何これ? 結界?」
 川村 詩亜(かわむら・しあ)が張り巡らされた鎖に触れる。彼を取り囲む二重らせんは魔術結界になっており、レイゲノムだけではなく、最上階にも効果を及ぼしているようだ。
「えぇと……。とにかく、この結界を解呪すれば良いんだね。できる限り頑張ってみるよ!」
【生物学】を得意とするメイガスの詩亜が、さっそく解除を試みる。

「俺たちもここに残るぜ」
 神崎 荒神(かんざき・こうじん)もまた、レイゲノムに向き合った。
 パートナーと共に八紘零の秘密を追求しつづけた荒神。真相究明まであと一歩のところまできているが、おそらくはこれがラストチャンスになるだろう。この機会を逃せば零の計画を掴み損ねてしまう。
 荒神は気合を入れなおす。最上階で行われている赫空の儀式を防ぐだけでは駄目だ。真相を徹底的に突き止め、零の起こした忌まわしい事件を二度と繰り返させないことが、俺たちの最終目標なのだから。

 他の契約者たちは、技術も知識もじゅうぶんな彼らにこの場を託すと、次の階へ向けて駆け出していった。


「わぁ……これが原発さんの中なんだぁ」
 奈落人の川村 玲亜(かわむら・れあ)が、好奇心に満ちた瞳をキョロキョロと動かしている。
(うぅっ、確かに迷子さんになったらダメなのはわかるけど……。私も原発さんの中、探検してみたかったなぁ……)
 憑依された川村 玲亜(かわむら・れあ)が心のなかで呟く。彼女は致命的な方向音痴なので、原発という危険地帯を自由に歩き回らせるわけにもいかず、今回は奈落人の玲亜にバトンタッチ。心の裏側でおとなしく待機していた。
「でも、探検の前に儀式さん止めなきゃいけないんだよね。……ところで儀式さんって、何なの?」
「えぇとね……。私にもよくわからないわ」
 詩亜と玲亜は、見つめ合いながら首を傾げる。ふたりは零の企みをよく理解していなかった。
 とはいえ、空を血に染める儀式が善いことであるわけがない。
 いまは儀式の防止が再優先だ。詩亜は、レイゲノムの発する塩基配列を読み解いていく。

「私もお手伝いするわ」
 ロザルバ・フランカルディ(ろざるば・ふらんかるでぃ)が、詩亜のとなりに立った。彼女もまたメイガスであり、とくに結界魔法を得意としている。遺伝子工学を基礎においたレイゲノムの結界は独特だが、基本の仕組みに大差はないはず。詩亜が読み取った塩基配列をもとにして、暗号化されたバリアの解除に勤しんだ。

「レイゲノム……ワシはしつこいで?」
 及川 猛(おいかわ・たける)がサングラスの奥で、零を模した魔道書を睨みつける。
 荒神たちはこれまで八紘零の足取りを追いかけてきた。その中でも、及川の働きは群を抜いて秀でている。
 拷問島を発見し、レイゲノムのレプリカ入手し、更にはZERO細胞の存在を突き止めた。
 まったく足取りがわからなかった八紘零に輪郭が見えてきたのも、及川の執念深い追跡が大いに影響している。
「さーて、及川の旦那。俺たちの執念の結果、見せてやりましょうぜ?」
 ケイン・マルバス(けいん・まるばす)もまた、事件の幕開けとなった蠱毒計画から真相を追い続けた。
 その首謀者の姿をした魔道書が、いま目の前にいる。
 否が応でも気分は昂ぶり、ケインはこみ上げてくる興奮を堪えきれなかった。口元に浮かぶのは獲物へ忍び寄る狡猾な獣の笑み。知性と野生がいりまじる微笑で、彼は端整な顔立ちを静かに崩した。
 零の遺伝情報が書き込まれ、かつ計画の全貌を知るレイゲノム。情報源としては申し分のない逸材だ。
 絶対に逃しはしない。
 ケインは医学、生物学、さらにはパートナーのテレサと共同研究したレイトウモロコシのデータを駆使して、レイゲノムの特徴を明らかにする。
「――結界の基本構造はDNAとほぼ同じ、4つの塩基から成り立っている。情報量に惑わされるなよ。組み合わせのパターンさえ分かれば、解除するのは難しくないはずだ」

 しかし、レイゲノムもじっとしてはいない。
 赤い鎖の結界を一時的に解除すると、右手に握りしめ、そのまま振り下ろしたのだ。攻撃に転化された緋色のチェーンが、詩亜を目がけて撓(しな)る。
「危ない、お姉ちゃん!」
 間髪入れずに玲亜が【サンダーブラスト】を放った。降り注ぐ稲妻。響き渡る雷鳴。赤い鎖が弾き返される。
 原子力発電所というデリケートな場所で、激しい電撃がいかなる被害をだすのかは定かではないが、玲亜にしてみればそんなことどうでもよかった。今は詩亜を守ることしか頭にない。
「お姉ちゃんの邪魔するなら……容赦しないんだからぁっ!」
 ひたむきな想いを込めて、玲亜がふたたびサンダーブラスト。
 レイゲノムは防戦を余儀なくされ、すかさず赤い鎖を結界に戻す。稲光は二本の鎖にぶつかって霧消した。
 堅固な二重らせんを再形成し、レイゲノムはひとまず玲亜の迎撃から身を守る。

 赤と青の鎖に囲まれたレイゲノムをちょくせつ攻撃するのは難しい。だが、最上階で零を守る結界であれば、いずれ解呪することができるだろう。
(……あとは時間との勝負だな)
 荒神が、思わず天井を見上げた。その先に広がるはずの蒼い空は、徐々に赫い血で浸されている。