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そして、物語は終焉を迎える

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そして、物語は終焉を迎える

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「ソラと、唯斗さんが聞いたって言う『すべての契約者の抹殺』とやら、現実的に可能なのか?」
 少しの間を置いてハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)が尋ねるが、答えるものはいない。
「あの場で、冗談を言ったようには思えませんからねぇ。それが突拍子もないことでも、最終的な目的は、そこにいくつくと思うんすよ」
 壁に寄りかかったまま、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が答える。
「どちらにせよ、私たちにはわからないことが山ほどある。……まあ、今までのアーシャルの行動から察するに、随分刹那的な性分とお見受けするけどね」
「そうでしょうか」
 長曽禰 ジェライザ・ローズ(ながそね・じぇらいざろーず)が言うが、その言葉にすぐさま反応したのが衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)だ。視線が彼女に集まる。
「んー、れおっちはなにか思うところがあるのでありますか?」
 隣に立っていた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が尋ねる。
「『契約者の抹殺』の真意が、『契約の白紙化』ということなら、『バラミタと地球の繋がりを消す』ということなんじゃないかな、って思うのよ」
 玲央那は言う。
「つまりそれは、どういうことでしょうか」
 アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が尋ねた。玲央那は少しだけ難しい表情をし、
「地球とバラミタは、繋がりすぎている気がするの。多くの人が行き来して、さまざまな目的でここには人が来ている。ここはもう、地球と地続きと言っても過言ではないわ」
 皆は黙って玲央那の言葉を聞く。
「なんとなく、なんだけど、地球とバラミタが、別々の道を歩むべき頃合なんじゃないかな、って思うことがあるの。もし……彼女もそう思っているんだとしたら、」
 言葉はそこで途切れた。集まったメンバーたちもなにも言えず、ただ、口をつぐんでいる。
「確かにまあ、そういう説を唱える学者もいるよな」
 沈黙を破ったのは酒杜 陽一(さかもり・よういち)だ。
「繋がりが強ければ強いほど、多くの問題が生じる、ってことだろ。契約者だってそうだし、男女の関係とかだって、そう言えなくもないよな」
「お兄ちゃん、それは遠まわしなノロケなの?」
 酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)の言葉に「いや違うよ……」と小さく答え、
「不安になる気持ちはわかる。でもそれは、誰かに強制されるものじゃない。増して、そんな理由で契約者の抹殺を考えているなら、それこそ短絡的で一方的な考えだ。そんなのは止めなきゃ」
 陽一は強い口調で言う。
「どっちにしても……直接話を聞くべきよね」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は言う。
「そうしないと、わからないことだらけでありますね」
 吹雪もそう言って、頷いた。
「っと、ちょうどいいわ。ヘイリーから連絡。洞窟の周辺は、完全にマークしたそうよ」
 リネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ)が耳元に手をやってそう言った。
「これで、逃げようと思っても逃げられないな」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)は口にし、
「そいじゃまあ、隠れ家にお邪魔しようとしますか」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が軽く拳を鳴らす。
「ええ」
 ゆかりが再び皆の顔を見回して、
「行きましょう」
 最後にそう、力強く口にした。





5、彼女の欲した世界




「……待たせたな」
 最深部の手前で待っていた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)たちの元に、ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)が合流した。
「無事でしたか、ジェイコブ」
「当然ですよ」
 ゆかりの言葉に頷くが、さすがに疲れているらしく息は荒い。フィリシアも少し呼吸を整えようとしていた。
「この先だ。この先が、例の、玉座だ」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)は言う。洞窟の奥だというのに、開けた空間がその先にはあった。まるで、地下に作られた野球場かなにかが、目の前に広がっているかのような広い空間。そして、その奥に、一本の柱のような石が立っている。
「玉座……か。なるほど、ぴったりな表現ね」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はそう言った。




「あ、みんないたー!」
 そこにヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)がぱたぱたと手を振ってやってくる。その少し後ろには涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)、さらに酒杜 陽一(さかもり・よういち)酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)一行と、ウィル・クリストファー(うぃる・くりすとふぁー)一行、そして、長曽禰 ジェライザ・ローズ(ながそね・じぇらいざろーず)
「さゆみにアデリーヌ。無事でよかった」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)の姿を確認し、武神 雅(たけがみ・みやび)が声を上げる。
「心配をおかけしました」
 アデリーヌは答えた。
「……なんでドクター・ハデスがいるの?」
 ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)は少し後ろを歩くドクター・ハデス(どくたー・はです)を見て尋ねる。
「フハハハハ。アーシャルとやらに用があるのは、貴様らだけではないということだ!」
「なんか知らないけど、ついてきたんだよ……」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は言った。
「ちょうどそろったね、カーリー」
「ええ」
 マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)の言葉に、ゆかりは頷いた。
「行きましょう」
 そして、彼女が先頭になって歩きだす。
 大きく開けた空間は、洞窟内とはまるで、空気が違っていた。
 澄んでいるような、透き通った感じする空気。洞窟内の、じめっとした感じの埃っぽい空気とはまた違う。
「なんというか……体が重く感じますわ」
「ええ。まるで、ここがなにか別の空間みたい」
 ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)の呟きにニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)が答える。
「……いるな」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は言った。
 玉座と呼ばれる石の部分に人がいる。そして、その少し横に、蜃気楼がいるのは、歩いているうちに見えてきていた。
 蜃気楼は剣を地面に突き立て、柄に両手のひらを置いてまっすぐこちらを見つめている。
「となると……あの人が、アーシャル・ハンターズ」
 ルナ・リベルタス(るな・りべるたす)はぼそりと言う。
 玉座と呼ばれるその場所で、こちらに背を向けていた人物は……皆がその近くまで歩いていき足を止めると、ゆっくりと振り返った。
「また、会いましたね」
 ゆかりが声を上げる。
 こちらを向いた女性に表情はなかったが、集まったメンバーを眺めて、怪しげな笑みを浮かべた。


「アーシャル・ハンターズ」


 ゆかりが彼女の名を呼ぶ。女性は――アーシャルは、こくりと頷いた。
「よく……ここまで来れたわね」
 アーシャルはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「アーシャル・ハンターズ。あなたが起こしてきた数多くの蛮行、決して許されることではない。あなたは、裁かれるべき」
 ゆかりは語る。
「でも……その前に教えて欲しい。なぜ、そんなことをしたのか。なぜ、契約者の抹殺を考えたのか。あなたの抱えるもの、あなたが持っている毒を」
「その通りです!」
 遠野 歌菜(とおの・かな)が前へ出た。
「私も契約者です。すべての契約者を、抹殺する事が目的なら、どうしてですか? 教えてください。その理由を」
 その言葉は、その重い空気の中に、強く、強く響いた。
「私には大切な人が居ます。その人の為に、私は生きたい。だから……貴方が命を奪うというなら、戦うしかない。それでも、綺麗事でも、なんでも、戦わない道があるなら、私はそれを目指したい! 教えてください。あなたはどうして、そんなことを……すべての契約者の抹殺なんていうことを、考えたのですか!?」
 誰も、なにも言わなかった。ただ、その、歌菜の口にした想いを、心を、噛み締めていた。


「ふ……ふふ……あははははは!」


 しかし、帰ってきたのは笑い声だった。アーシャルの笑い声が、沈んだ空気の中に響き渡った。
「契約……それは、なんだと思うの、遠野歌菜」
「え……?」
 続けて質問だ。歌菜は少し困惑した表情を浮かべたが、すぐさま表情を真剣な表情に戻し、
「絆です!」
 答えた。
「仲間の……家族の、友人の、大切な人との、絆です」
 その答えに、アーシャルは表情を変えなかった。
「契約……それは、人間のエゴ、そのものだよ」
 アーシャルは低い声音で、口を開く。
「人は契約することで、今までとは違う、信じられないような力を手にしてきた。運動能力、知識の共有、魔法……今まで幻想の世界でしか語られなかったすべてが、契約をすることで簡単に手に入る」
 手のひらを上に向け、静かに拳を握る。彼女の口元が、わずかに歪んだ。
「『契約』という手段を用い、人間はまさに奇跡とも呼べる力を手にした。大地を汚し、多くの命を犠牲にしただけでは飽き足らず、この大陸ですらをも、人間は自分勝手な欲求で支配しようとしている。それを……エゴと呼ばず、なんと言う?」
「それはっ!」
 歌菜は反論しようとするが、言葉が出てこない。
「命を粗末にしているのはてめえじゃねえか!」
 ハイコドが叫んだ。
「わずかな人間の命がなんだというの? 人間は、自らのエゴですべてを滅ぼそうとしている。すべての命を、命の源を、この大地ですら手中に納めようとしている。違う!?」
「違う、それは違う!」
 涼介が叫ぶ。
「人が力をつけてきたのは、その大地を救うためだろう!?」
 彼も叫ぶが、
「人間の重ねてきた歴史を見て、本当にそのことが言える!?」
 その言葉に、帰ってくる言葉はない。
「差別、戦争、紛争、飢餓……いつだって力を持つものが世界を支配し、その結果、力なき者たちは虐げられてきた。そして、人はまた、『契約』という手段を用いて強大な力を得ようとしている。その結果が示すものはなに? 圧倒的な力を一部の人間が持ち、それを行使する……それがなにを生む!」
 アーシャルが手を広げ、平手を払う。
「あなたたちが手にしているものはなに!? その武器で私を殺す? 『契約』による、圧倒的な力で!」
 皆が手にする武器を見据え、彼女は口にした。
「『契約』は、『契約者』は、そうやって、人間が、自分の力を誇示するための手段でしかない。利用しているのよ。あなたたちは、『契約』も、『契約相手』も!」
 そこまで言って、彼女はまた、手を握った。
「だからこそ私は、契約という行為そのものを滅ぼす。すべての契約者を……滅ぼす」
 違う。誰もがそう思った。
 それは違う。叫びたかった。
 でも、なにを否定すればいいのか、なにから否定すればいいのか、どんな言葉で否定すればいいのかの選択が、彼らの……彼女らの口を閉ざしていた。どんな言葉も、どんな台詞も、彼らの口からは出てこなかった。


「ふん、そんな理由か。くだらん」


 だからこそ、そんな声が後方から聞こえたとき、皆はその言葉をとても心強く感じた。そして皆がそちらを向く。口を開いたドクター・ハデスは、静かにメガネを持ち上げ、アーシャルを正面に見据えた。
「俺たちは確かに、『契約』という手段によって、大きな力を得ている。が、それがなんだ? 確かにそれによって俺たちにしかできないようなこともあるが、そんなちっぽけな力がどうなるというのだ?」
 ハデスは笑い、言葉を続けた。
「社会、犯罪、人間関係。どれだけ力を誇示しようが、どれだけの力を持とうが、解決できない問題はある。力が社会を支配してきたのは本当だろう。それにより、虐げられてきた人がいることも事実。だがな、それこそ力を持つ人間にしか解決などできん問題だ。力を持つことそれそのものを否定することなど、力によって虐げられてきたものに対し見て見ぬ振りをする行動だ。違うか?」
 その答えはない。構わず、ハデスは続けた。
「それと肝心なことを忘れている。……遠野歌菜は正しい」
「へっ!?」
 突然名前が挙がった歌菜は驚きの声を上げる。
「契約は絆だ。人と人との繋がりだ。俺たち契約者は、自分だけの力ですべてが出来るわけではない。相手がいる。契約相手がいて、かつ成り立つ」
「ハデス先生……」
 ペルセポネがハデスを見上げる。
「利用するだけで作り上げられたひとつの力など、絆で作られた二つの力に敵うはずもあるまい。簡単な話だ。力を悪しき物に使おうとする輩がいるなら、それ以上の二つの力を使えばいいだけだ」
 ハデスはメガネから指をはずし、先ほどアーシャルがやったように手を払う。
「契約は絆だ。契約相手は友人だ。仲間だ、家族だ。世を支配する力が間違っているというのなら、正しい心の持ち主が、力をつければいい。それだけのことだ」
 そこまで言って、ハデスは再びメガネを治す。


「そうとも……オリュンポスによる支配こそ、正しい道なのだ!」


 数人が倒れこんだ。

「最後がなければ完璧だけど……ハデスの言う通りよ!」
 セレンが声を上げる。
「あたしたちは力を持っている。でも、この力だけで世界を動かせるわけじゃない! その力が世界を滅ぼすとか、そんなの、思い上がりもいいところよ!」
「そうだよ……私たちは、道を選ぶことだって出来る! 間違った道を選んだ人に対して、助言をしたり、止めたりすることだって出来る! そのすべてを否定してすべてを消し去ろうとするなんて、おかしいよ!」
 ルカルカが声を上げ、
「契約は利用なんかじゃない。歌菜さんの言うとおり、かけがえのない絆だ!」
 ウィルが拳を作り、
「正しい力を持とうとして、俺は努力してきた……正義の心……人には、そういう心があるはずだ!」
 牙竜が声を上げ、
「利用など……そのような言葉で、マスターとの繋がりを表現して欲しくないです!」
 フレンディスが叫び、
「人と人との絆……繋がるべき心、アーシャル、あなたはそれを感じたことがないのか!?」
 ロゼが声を上げた。


 皆の声が、皆の思いが、この上ない武器となってアーシャルに届く。アーシャルは言葉に反論することも出来ず、ただ悔しそうに唇を噛み、発言をした人間をにらみつけることしかできなかった。
「アーシャル・ハンターズ……人は、人間は、契約者という存在から離れ、この大陸からも離れるべきなんじゃないか、って、思うときがあります。でも、あなたの考えは違う。間違っている。離れるべき理由は、そんな短絡的なものじゃない!」
 衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)が最後にそう言った。
「だ、そうだぜ、アーシャルさんよ」
 ひとしきり皆が思いを叫んでから、唯斗が口を開く。
「そう思うようになった理由なんて知らねぇ。なにを経験してきたのかも解らねぇ。知っても同情しかできねぇかもしれん。だがよ、一つだけ断言するぜ」
 ふう、と小さく息を吐いて唯斗は一歩前に出、鋭い視線でアーシャルを見据える。
「あんたは間違ってる」
 唯斗の言葉に、皆が身構えた。
「俺たちが絶対正しいなんていわねえ。でもな、あんたが間違ってるってことだけはわかる。……だから、止める。……止めてやる」
 小さな笑い声が響く。
「わかってもらおうなどと思わない。私もあなたたちと同じよ。ただ、やるだけ……進むだけ。蜃気楼!」


 アーシャルが叫び、横で控えていた蜃気楼が剣を引き抜く。そして、大きな音を立てて一歩、二歩と前に出る。
「っと、二体目もいるか!」
 ダリルは口にした。玉座の裏から、もう一体の蜃気楼が姿を現す。
「え、ウソ、二体目?」
 リネンの妙な声が響く。その声に反応し、皆の視線が動いた。
「おい、嘘だろ……」
「どういうことだ!」
 陽一、ジェイコブが声を上げる。
「こっちも!」
「向こうにもいるであります!」
 さゆみ、吹雪も同じく声を上げた。
「……なるほど。二体だけでは、なかったのね」
 ゆかりが息を吐いた。

 
 そして、辺りを取り囲む10体の蜃気楼に、それぞれが得物を持って、身構えた。