校長室
秋はすぐそこ
リアクション公開中!
Episode20.幸せが溢れてる 聖エカテリーナアカデミー。 ジナイーダ・パラーノワこと富永 佐那(とみなが・さな)と、エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)が愛機を整備しているイコン格納庫に、ソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)が、ポットとカップの乗ったトレイを手に現れた。 「あら、ソフィーチカ」 ハッチが開放された操縦席に半ば乗り入れながら、エレナが気付いて軽く手を振る。 「休憩にしませんか? ジナマーマも、マーツィも、根を詰めすぎては明日に響いてしまうのです」 「そうだね、休憩にしようか。ここだけやってしまうから、エレナ先に行ってて」 「お茶が冷めない内にいらしてくださいませ、ジーナ」 ジナイーダにそう言い置いて、エレナが操縦席から降りて行く。 格納庫隅のベンチとテーブルで、カップにロシアンティーを注ぐソフィアに、エレナはお茶の付け合せのジャムを見て、微笑んだ。 「あら――このジャムの香りは、アランチャ・ロッサですわね? とてもい香りですわ」 「今日のジャムは、手作りなのです」 嬉しそうに笑って、ソフィアは二人にカップを渡す。 ソフィアの淹れたお茶を飲んで一息つきながら、エレナは横に座ったソフィアを見た。 「此処での生活は慣れましたか、ソフィーチカ? 次のお休みには、また何処かへ出掛けましょう。行きたいところを考えておいてくださいね」 言いながら、一方で、それは何時のことになるのだろうかと考える。 休日には可能な限り、色々な場所に連れて行ってあげているが、中々その時間が取れない現状でもある。 寂しい思いをさせていないか、それが心配だ。 「はい。楽しみにしています」 ソフィアは嬉しそうに微笑んだ。 「毎日、充実しているのです。 昔の作家さん曰く『あなたの生活の方向さえ変えれば、すべてが変わる』なのですよ♪」 大好きな作家の言葉になぞらえて、今の生活に満足していることに感謝を込める。 自分の心配など、彼女は解っているのだろう、エレナは思わずソフィアを抱きしめる。 (わたくし達には、過ぎたる娘ですわね、本当に……) 「お待たせ。 ソフィア、お茶ありがとう。 そうそう、こないだの写真、良く撮れているので現像してもらったんだ。はい」 そう言って渡された写真を見て、ソフィアは少し気恥ずかしそうに微笑んだ。 「あら。これは先日のスペイン広場での写真ですわね。本当、よく撮れていますわ」 エレナが横から覗き込む。 ジナイーダに肩を抱かれて、少しだけ緊張した様子のソフィアの表情は、けれど幸せそうだ。 「ちょっと、この時は恥ずかしかったのです」 写真を見て、ソフィアが恥ずかしそうに言いながら、その時のことを思い出す。 「その……、あんなにいっぱいの人の中で写真を撮るのは、まだ慣れないです。 でも、それもいっしょに……ぜんぶ、とってもいい思い出になっているのですよ。 ジナマーマ、マーツィ、だいすき、なのです」 この幸せを、感謝を、素直に口にし、伝える。 少し恥ずかしい、けれど大切で嬉しい思い出の一枚。 並んで一枚の写真を覗き込む二人を、ジナイーダは微笑ましく見つめた。 幾度となく、進むべき道や目的を見失いかけた自分。 けれど、最後にこの場所に辿り着くことができた。 (私の人生は、結構、幸運な巡り合わせと言うべきなんだろうね……) 胸の中にあるこの暖かい幸せを、大切にしたいと、そう思う。