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 あの瞬間があって、今の俺達がある

 大切な想い出へ時間旅行――
 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は、妻である御神楽 環菜(みかぐら・かんな)へ詳細は告げずに双子の魔道書と共に過去を訪れる旅に誘った。
「ねえ陽太、どこにいくの?」
「えっと……今はまだ言えないんです。でも環菜と、どうしても一緒に行きたくて……陽菜はエリシア達が見てくれていますから」
「ん……それは心配ないと思うけど、行き先気になるわ」

 そうして降り立った場所は2019年の夏祭りの日。環菜も見覚えのある光景に改めて陽太を見つめた。
「陽太、ここって……」
「はい……俺が環菜に初めて声をかけて誘った日です」
 ツァンダの夏祭りに1人で行った当時の陽太は、臆病で地味な少年でした。屋台で遊ぶのも食べるのも、夏祭りの踊り、花火を眺めるのも1人でこなして帰ろうとしていた。その時の彼も心の底では、そんな自分に変化を求めていたのかもしれない、あの頃――
「あ、隠れる場所がどこでもあるとは限りませんから……念のため『光学モザイク』と『華麗なるモザイク』を装備して隠身しておきましょう」
 陽太と環菜は周囲に溶け込むようにその姿をくらませて、夏祭り当時の自分達の姿を追ったのだった。


 ◇   ◇   ◇


「…………兵卒? 兵卒が私に声をかけるなんて、身の程知らずもいい事ね」
 いきなり環菜の冷たい反応が飛び込んできた。物陰から見ていた彼女はバツの悪そうな顔をするものの、陽太にはそれも懐かしいものであったらしい。
「私、あんなキツイ物言いしてたのね……」
「いえ……その前に俺の誘い方がそもそもカッコ悪すぎました……それに、俺M気質だからあまり気にしなかったですし……」
 当時の陽太にとっては高嶺の花であった環菜への想いは、奇跡でも起こらない限り届くものではない――だからこそ、勇気を振り絞っての誘いは変化の一歩でもあった。

 夏祭りという賑わいに乗じてなのか、喧嘩祭りに発展した(させた)パラ実のOBであるスリ集団【鎌童魔(カマドウマ)】に挑んだ陽太は敢え無く撃沈させられてしまった。その姿を目撃していた環菜の姿もある。
「……私、あの時に陽太を真正面から見た……そんな気がするわ。夏祭りの奇跡は、何も陽太だけに起きたんじゃないのかもしれないわね」
「環菜にも……奇跡だった?」
 それに対して環菜の答えは無かったが、その答えの代わりというように環菜は陽太の手をそっと握った。今、互いに傍にいるという奇跡を再確認するかのように――
「環菜……」
「私はね、奇跡が全てを齎してくれたとは思わないわ……それじゃあ、陽太が何の努力もしなかったみたいでしょう?」
 一瞬、時間が止まったかのように陽太は環菜を見つめていた。想いのきっかけとなったこの夏祭りの夜を2人で見守り、当時、環菜に伝える余裕のなかった言葉を伝えようとしていた陽太――

 その時、夏祭りでの環菜が陽太へ最後の言葉を向けた。
「英雄の味を知りたくば英雄になりなさい。臆病な者ほどその道を知っているのよ……」
「……そう、臆病なりに俺はこの夜に決めました……環菜に見合う男になろうと真剣に頑張り始めました。それが出来たのは、環菜のおかげなんです……ありがとうございます」
 

 伝えたかった言葉――

 本気で恋した人に見合う男になってみせようと決心した夜、きっとどんなに時間(とき)が過ぎても決して色褪せない。
「でも、環菜に見合う男になる努力は……今も続けていますよ」
「じゃあ……私は陽太に見合う奥さんになる努力も、止めてはダメね」
 環菜は握っていた陽太の手を両手で包んだ。大事な想い出を2人で見守り、2人で育む為に――
「そろそろ、帰りましょうか……陽太、家族が待っているわ」
「うん……そうですね」
 イーシャンとシルヴァニーへ現代に帰ると告げ、陽太と環菜は魔道書達へ時間旅行の礼を告げると帰りを待つ家族の元へ向かう。


 互いに握った手は離れないまま、夫婦仲睦まじく大切な想い出を胸の内に秘めて陽太と環菜の時間はこれからも紡がれるのでした。