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あなたと未来の話

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あなたと未来の話

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 ――三十歳になる前の、いつかの同窓会。
「……良かった元気そうで。じゃあまたね」
 クラスメイトの懐かしい顔に、彼女は軽やかに手を振る。
 久しぶりの顔を見れば懐かしい思い出が胸に蘇り、さり気ないさよならはまたいつか会えるようにとの願いと共に、離れて過ごす長い日々を想像させた。
 皆、色々あった――たとえば、遠くに見えるイングリットと恋人の姿。彼女たちも久しぶりの再会らしい。
 卒業してもう何年にもなる。離れている間に後輩も卒業したり、起業したり、出世したり、恋人ができていたり、結婚したり、出産したり……。
(みんな変わったなぁ)
 そんな感想を抱いている鳥丘 ヨル(とりおか・よる)はといえば、彼女もまた変わっていた。
 実家でプチ家出を繰り返したあの頃から比べれば、再教育のため入学させられた百合園女学院で、白百合会の副会長まで務めたのは「模範的」だったろう。
 けれどその時もまだヨルは将来を迷っていた。
 しかし今のヨルは、もう道を決めて、進んでいた。
 たとえば――そう。
 ヨルは出席者の中に友人の黒崎 天音(くろさき・あまね)の姿を見つけ、再会を喜んだ。天音のグラスにワインを注ぎながら、会えなかった間の近況を報告し合う。
 天音は面白い旅の話をしてくれたが、ヨルも今していることを詳しく答えられる。
 天音と別れた後、
(アナスタシアいるかな)
 白百合会の会長であり、友人の姿を探して視線を会場に巡らせると、懐かしい長い銀髪はすぐに見付かった。何より彼女の外出着の濃紺のドレスは、スタッフの百合園女学院の制服と比べてボリュームがあって人目を惹く。
「アナスタシア!」
「まあ、ヨルさん」
 声を掛けると、アナスタシア・ヤグディン(あなすたしあ・やぐでぃん)は振り向いてにこやかな笑顔で歩いてきた。学生とは立場が違うからか、年月が自然にそうさせたのか、友人相手にでもその仕草には落ち着きが加わっていた。
「……ヨルさん、お久しぶりですわね。お会いできて嬉しいですわ」
「前に連絡もらった時のは出席できなかったから、今日はすごく楽しみにしてたんだ。アナスタシアは?」
「毎回とはいきませんけれど、毎年……可能な限り参加してますわ。
 百合園は私の大事な母校ですもの。それに交換留学生皆さんのその後の様子も見ておきたくて」
 学生たちの関係もあり、こういったお茶会の機会でなくても、時々百合園に顔を出しているのだという。
「さあ、こちらでお話しましょう。積もる話がありますのよ」
 アナスタシアは彼女の席の隣にヨルを誘った。
 久しぶりの再会に話は弾む。
 卒業後の四月下旬に二人で会ってからというもの、ヨルは多忙でその後の四年間は、ほとんど会えなかった。そして、その後も同じような時間が続いていた。
「結局ボクは家を継いだんだけど、生活拠点はヴァイシャリーに置いたんだ」
「まあ、そうでしたの」
 ヨルが実家の上流意識にうんざりしているというのは、何度か聞いて知っている。継ぎたくないと言っていたけれど、結局継いだのは意外だった。
 それはヨルは意外だと思わせるような表情をしていたからだった。
「四年の間に縁を持った人達と商売で繋がったよ。ボクが仲介になってね。
 どっちも損をしないように、みんなで儲かって幸せになるのを目指してるんだ。トラブルはいっぱいあるけど、やりがいがあるよ」
 嫌々という感じではなかった。微笑んですらいて。充実していて、やるべきことをしている顔だった。
「アナスタシアは家のほうはどうなった?」
「……何とかしていますわ。今の暮らしはとても気に入ってますのよ。
 いずれエリュシオンに帰らなければならないのかしら、と考えていましたけれど、お見合いも煩いですし……。お父さまはまだ諦めていないようですけれど」
 アナスタシアは苦笑した。実際のところ父親はしびれを切らしかけているようだったが、アナスタシアはそれを両国の学生のささやかな橋渡しとなろうとすることで、何とか躱してきていた。
「……それに、今、お付き合いをさせていただいてる方がいますの」
「え、男の人と?」
「ええ」
 ほんの少し頬に薔薇色を差して、アナスタシアは頷いた。
「ヴァイシャリーにお住まいの方で、お仕事でお会いしましたの。最初は『あんた頭大丈夫か?』なんて、すごく失礼な方だと思ってましたけど」
 結構遠慮なくものを言うタイプらしい。
「お仕事熱心な方で、少々そのほかに無頓着なところもありますけれど。一度なんて執務室で倒れてましたし。栄養失調で」
 不摂生なんだろうか。
「『着いて来るな』とかよく言われますけど」
 ……それって本当に付き合ってるのだろうか。
「でも本当はとても優しい方なんですのよ。小説のアドバイスもいただきましたし」
「そうそう、小説家デビューおめでとう。買って読んだよ」
「まあ、とても嬉しいですわ」
 ヨルは、素直に喜ぶアナスタシアを変わらないなと思った。
 前とちっとも変らず妄想癖があって影響されやすくて高飛車で……なんてね。少しは落ち着いているようだけど。
「仕事の方も頑張ってるんだね、今度のシリーズの最新刊も楽しみにしてるよ。
 ――ところでさ、ボクはここに大きなミステリーを見つけたよ」
「何ですの?」
 悪戯っぽくヨルの目が光り、悪戯っぽく言葉が響く。アナスタシアが目を輝かせる。
 ヨルは視線で、近くの席で優雅に談笑を続けているラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)を示すと声を潜めた。
「ラズィーヤさん、年取ったように見えないんだけど。整形? 豊胸? 本人には聞けないよね、怖くて」
「……殺されますわよ」
 しかし、確かに。
 ラズィーヤは殆ど年を取ったように見えない。妖艶さは増しているように見えるが。
 百合園生の一部の噂によると容姿と体型の維持に涙ぐましい努力を続けているとか、貴重な花の蜜を遠方から取り寄せているとか、トマトジュース風呂に入っているとか言われているが真偽は定かではなかった。
 ヨルはくすっと笑うと、元気よく百合園最大の謎にして最も危険な冒険を持ちかける。
「ねえ、一緒にこの謎を解いてみない? 久しぶりに命がけの冒険だよ!」
 その顔は、まるで十年前と同じようで。
 答えるアナスタシアもいつしか十年前に戻っていた。
「……ええ」
 学生時代のように、二人は顔を見合わせてくすくす笑うと、肩を並べてラズィーヤの元へ歩き出した。