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ロシアンティーを片手に

 2033年1月29日。
 天御柱学院や姉妹校で学んでいた富永 佐那(とみなが・さな)は、現在叔父の経営するロシア随一の巨大企業『ДВEГ(ダルニヴァストーク・エネルギヤ・グルーパ)』の技術者として、イコンの開発を行っていた。
 英語ではイースト・エネルギー・グループとも呼ばれるこの企業に、特にコネを用いることもなく、2年前に受付嬢としてキャリアをスタートさせてから、技術部門へと転籍したのだ。
 その日の夕方。
 佐那は休憩室で、お茶を飲みながらデータを見ていた。
「悪くない結果ですね」
 ロシアンティーを片手に、佐那はふうと息をついた。
「但し、加速の際の振動値が大きすぎるのは問題です」
 今日は新型エンジンのテストが行われた。
「まずまずということろでしょうか」
 結果は良いとまでは言えないが、悪くはなかった。
 佐那が携わっているプロジェクトは、主に旧式化した機体のアップデート。
 他にもクェイルやアンズーといったイコンの機体の重機化なども担当していた。
「今日のエンジンはジェファルコンにセラフィムを上回る最高速度を付与するものと見積もらせていましたが、振動がアレでは標準も満足に付けられませんね……」
 カップを置いて、佐那は軽く眉を寄せて、難しげな表情でテストデーターをめくっていく。
「……さて、此処からが腕の見せ所です」
 モニターに表示した設計図を睨むように見て、振動を減らすための方法を練っていく。
「おや、電話が……」
 休憩室に設置されている電話が鳴った。
 佐那は立ち上がって、受話器を取った。
「はい、休憩室、富永佐那です」
「……様より、外線電話が入っております。出られますでしょうか?」
「大丈夫です。繋いでください」
 名前はよく聞き取れなかったが、仕事の関係者だろうと佐那は交換手にそう告げた。
「畏まりました」
 ぷつっと音がして、外線に繋がる。
「お待たせいたしました、富永佐那です」
『佐那? ホント佐那の声だ。久しぶり〜っ!』
 電話の先から、とても明るい声、懐かしい声が響いてきた。
「あら? もしかして……。久しぶりです。お元気でしたか?」
 名前がすぐに出てこない。だけれど、学生時代のクラスメイトだということはすぐにわかった。
『うん、元気。佐那さ、携帯電話の番号変えた? 何度電話しても出ないんだもん』
「変えてませんが、ごめんなさい。仕事上、私物は持ち込めないんです。最近ちょっと研究室にこもりっきりでしたから……それで、どうかしましたか?」
『今度同期生の同窓会やることになったの。佐那もこれるかな?」
「えっ?」
『みんないろんなところに就職してるから、有益な話、聞けるかもよ。今、何かで煮詰まってない?」
「ええ……。そうですね。日時が決まったら教えてください。出来るだけ都合付けます」
 そう話して、懐かしい同級生からの電話を切った。
「卒業してからもう、随分と経つんですね……」
 学生の頃の思い出が、佐那の脳裏に浮かんでいく。
「……確かに、彼等に会えたら、何か良いアイディアが浮かぶかもしれません」
 今より少し若かった頃。
 共に過ごした仲間達。がむしゃらに生きてきた仲間達の姿を思い浮かべながら、佐那は再び、ロシアンティーを片手にモニターに目を移す。
 未だ操縦者として現場で活躍している者もいる。
 もっと良いテスト結果を、彼らに報告できたのなら――きっと、とても喜んでくれるだろう。