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国境の防衛戦

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国境の防衛戦

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 1・集う者達
 
 
 深く、広大なジャタの森。
 密林のようなその森の東の果てに、山岳地帯を思わせる岩肌の剥き出した一角がある。
 高く聳え立つわけではなく、半ば森に埋もれてはいるが、角度の深い絶壁や、切り立った断崖が剥き出し、人の足で歩き回ることは困難だ。
 加えて、地中には洞窟が巡り、数年前にここを発見した教導団は、ここを国境の砦とすることを決め、周辺の獣人の村に協力を仰いで、内外の改装、補修、強化を進めた。
 それは着手進行の規模から見ても、たかが数年で完成するようなものではなかったのだが、数年かけて、段々と要塞らしくなりかけてきたところだった。

 そんな折の、敵襲の情報である。

 しかもよりにもよって、相手は龍騎士だという。

 何分にも、人手が足りない。
 相手がとんでもなさすぎる。
 戦力の差がありすぎた。
 故に、教導団は敢えてこの情報を隠蔽せずに公開した。
 救援を求めることは沽券に関わるが、シャンバラ中から義勇の生徒達が集ってくれることに賭けたのだ。

 だが、それは勿論、諸刃の刃でもあった。



◇ ◇ ◇



「ここに陣を敷く」
 適当な地形を見付けて、カサンドロスは部下達に命じた。
 一気に攻め入る選択もあったし、上空から岩肌の剥き出す自然の基地は目立つ。
 ジャタの森の地形は様々な為、その基地のような地形がそこだけというわけではないが、とりあえず国境付近に目立つ天然の要塞はそこだけだ。
 長旅に龍が疲れているとも思えないが、やはり奇襲を仕掛けるよりは、拠点を構えた方がいいだろうと部下の進言に従った。
 ここは不意打ちのようなやり方ではなく、正面から叩き伏せてこそ、意味があるのだ。
「カサンドロス様が行かれれば、無論決着は簡単につくでしょうが、お出ましになることもありますまい」
 我々で充分です、と、龍騎士の一人、テオフィロスが申し出て、彼と従龍騎士達が先行することになった。
「では、我々が後詰めに付く。
 将は動かぬもの。カサンドロス様は拠点にてお控えください。三つ子はカサンドロス様につけ」
 別の龍騎士、ファルヴァルディンが言って、
「心得ました」
と、同じ顔をした3人が頷く。
「朗報を待つ。
 必ずかの要塞を落として来い」
 カサンドロスの言葉に、テオフィロスは礼をした。
「お任せください」


「カサンドロス殿はこちらかしら」
 3人の龍騎士が、その声に身構えた。
 カサンドロスは、横たわる龍を背もたれ代わりにして、簡易椅子に腰を下ろしたまま動かない。
「怪しい者ではないわ。いえ、怪しい者なのかしら。
 カサンドロス殿にお会いしたいのだけど」
 パートナー2人を従えた、メニエス・レイン(めにえす・れいん)が現れる。

 来る方向が解っていて、注意を凝らしていれば、居場所を探るのは難しいことではない。
 今後自らがエリュシオンへ進出する時のことを考えて、エリュシオンに戻る可能性もある龍騎士達に、顔を売っておきたいとメニエスは考えたのだ。
 龍騎士達は、注意深くメニエス達を見ていたが、敵意とはまた別のものを向けている。
 メニエスの実力を、正確に測っているのだろう、龍騎士に匹敵するほどの強さを持つ相手に対し、一目置いている風だ。「何の用だ」
 口を開いたカサンドロスに、メニエスは身体を向けた。
 まあ、位置関係から最初から解ってはいたのだが。
 なーんだ、こんなごついおっさんかよー、と、後方でひっそりパートナーのアリス、ロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)が思っていたことは、面倒なことになりかねないので秘密にする。
「別に、手を組みたいとか協力するとか、そういうのじゃないのよ。
 ただ、連中に敵対する私達がいることを、一応、知っておいて貰おうと思って」
「……ほう」
 特に興味を抱いた様子もなく、カサンドロスは答える。
 手柄や報酬を要求するつもりの交渉ではない。
「あたし達のことは、忘れてくれてもいいわ。
 ただ、ここにあるあたし達と、その他にも数人。
 あなた達の襲撃に乗じさせてもらうわね。
 勿論、基地が落ちた暁にも、あたし達のことは思い出さなくていいわ」
「ふん」
 カサンドロスはつまらなそうな鼻を鳴らし、メニエスは小さく肩を竦めた。
「それだけよ」
 じゃあね、と踵を返し、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)とロザリアスもそれに続く。
「……カサンドロス様」
 よろしいのですか、と問われ、「捨ておけ」カサンドロスは言った。



 後できっと、必要となる時が来るだろう。
 そう考え、風祭 隼人(かざまつり・はやと)は、今回の防衛戦の記録を撮ることにした。
 今後何かがあった時、不利なことならないよう、証拠として映像を残しておこうと思ったのだ。
「もし、あの龍騎士の行動がエリュシオンで今後正規の活動と認められたら、侵略、ってことになるわけだしな」
 政治的な問題に発展する可能性もある。
 その時に上手く立ち回れるように、という判断だ。
「それに、よく知らないけど、多分龍なんかは、龍騎士団から支給されてるものなんじゃないのか?
 その龍に乗ってきて、騎士団を辞めてるも何もないよな。
 最低でも兵器の管理責任を問えるんじゃないのか」
「うーん、まあ、予測で断言はできませんけど」
 あくまで、客観的な記録でなくてはならない。
 パートナーの士元はデジタルカメラを手にする隼人の横で、自分も撮影機材を抱える。
「隼人君はむしろ、動画撮影中の私を護衛してほしいんですけど」
 撮影中は無防備になってしまうことですし、と言われ、隼人は
「そうだっけな」
と答え、デジタルカメラを仕舞って、撮影の続きに入る士元の護衛に回った。


「まさかここが本当に砦として働く日が来ることになるたぁ思わなかったぜ……」
 三十代半ばとは思えない枯れた雰囲気を漂わせ、都築少佐が乾いた笑いを漏らしながらぼやいた。
「情けねーこと言ってんなよなー、おっさん」
 けらけらと笑いながらそう言ったのは、鈴木 周(すずき・しゅう)だ。
「政治とかの細かいことはよく知らねーけど、困ってるなら助けに来てやったぜ!」
と現れた彼は、都築少佐を見て
「面白いおっさん」
と彼の直衛を引き受けることにしたのだ。
 司令官という立場の都築少佐の周囲を余所者だけにするわけにも行かないし、勿論、元からの護衛もいるのはいるが、元からこの砦を護る教導団兵達は、俄かに騒がしくなった砦内で、新人達を案内するのに大忙しだ。
 龍騎士による敵襲の前に、内部を把握させなくてはならない。
 誰かが洞窟内で遭難した、という話になって厄介事が増えては大変だからだ。
「一週間、ケンカさしてもらうけえ。よろしく頼むわ」
 都築少佐にそう挨拶し、案内はいらない、と光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)は外に出る。
 一週間、敵を砦の中に入れるつもりなど無い。
 だから中の地形など、寝る場所さえ解っていれば、それでいいのだ。
「おう、そうじゃ」
 むしろ知るべきは外の地形だと、出て行こうとして思い出す。
「ちょっくら」
と、都築少佐に、『禁猟区』の魔法を施した。
「この部屋までの道順だけは、しっかり憶えておくけえ」
「それはこっちに任せてくれよ」
 周が言う。
「ま、おっさんのことは俺が護るぜ。
 それにしても龍騎士とはなー。
 弱い者いじめだよな、これって」
「もー、周くんは!
 基地の偉い人をおっさん呼ばわりしちゃ駄目でしょ!
 てゆーかもう、失礼だから! 弱い者いじめとか何言ってるの――!!」
 傍若無人な周の様子に、パートナーの剣の花嫁、レミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)が窘めた。
「いや、肩書きに惑わされぬ姿はまさしく器の大きさよ」
 同じくパートナーの魔鎧、カール・フラウファンゲン(かーる・ふらうふぁんげん)がぽつりと言って、レミは猛然と振り向いた。
「いい加減なこと言わないの!
 こういうのは器が大きいって言わないんだよ!
 このバカをいい気にさせたり見習ったりなんてしたらダメなんだから!」
 周が何か失礼なことをする度にフォローに回る羽目になっているレミの剣幕に、たじ、とカールは身を引く。
「レミ殿、相変わらず主には手厳しいな。
 ……というか、その、一応レミ殿より我の方が遥かに年上であるのだが……」
 その子供を叱り付けるような口調は如何なものか、と言いかけて、ぎろりと睨まれ、カールは何でもありませんと口を納めた。
「別にかしこまらなくてもいいぜ。
 どうせトバされて来た閑職司令官だしなあ」
 3人の漫才のようなやり取りに、くつくつと笑いながら、都築少佐が言う。
 ですよね、と、隣りの護衛も頷いた。
 その上司に対する態度からして、どうやらここは、随分と規律が緩いらしい。
「トバされた? 何で」
「二日酔いでぐでんぐでんで演習に出たんですよ、この人」
 苦笑する本人に代わって、護衛が説明した。
「ばらすなよ、藤堂」
 護衛はしれっとした顔で目を逸らす。
「……まあこんな感じで部下にもなめられてる有様」
 肩を竦める都築少佐に、別になめていませんよ、と藤堂は呟いた。
「お前等を頼りにしてるんで、頼むぜ」
「おー、任せとけ。大船に乗ったつもりでいろよ」
 どんと胸を叩いた周は
「でも敵がもし女の子だったら、おっさん連れて逃げの方向で行くんでよろしくな!」
と付け足して、レミに怒鳴られ、都築少佐に爆笑されたのだった。


「場合によっては、ここを破棄することも視野に入れたらどうだ?」
 じろっと藤堂に睨まれて、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)
「……どうですか?」
と口調を変えた。
 いくら緩くても、上司に対するタメ口は見逃せなかったのだろう。
 実はヴァルは、イルミンスール生の素性を隠して、教導団制服を着ている。
 円滑に物事を進める為で他に他意はなかったのだが、余所者が対等に接しようとするのは許せても、同じ教導団生がそんな態度を取るのは見過ごせない。
 ちょっと失敗したかな、とヴァルは内心で思った。
「すみません、部外者が偉そうに」
 パートナーのキリカ・キリルク(きりか・きりるく)がフォローする。
 気を悪くさせたいわけではない。
 ヴァルの性格が性格だけに、防衛側の連携を崩すようなことにならないよう、自分が気を回さなくてはとキリカは注意していたが、都築少佐は特にヴァルの態度に関しては気を払っていないようだ。
「は? 何でそんなことしなきゃならないんだ」
 呆れる都築少佐に、ヴァルは持論を説明する。
「基地が要塞でなきゃ、という決まりはない。
 国境付近にあれば、プレハブだって基地は基地だろ。……でしょう」
 要はそれが、国の認可を受けていれば良いのだ。
「……あのなあ」
「こじつけなのは解って……ます。こじつけ上等です。
 奴等に手柄なんか取らせませんよ」
 うーん、と呟いて、都築少佐は溜め息を吐いた。
「言ってることは解るし、気合いも理解できるんだがなあ」
 がりがりと頬を掻いて、
「あのな」
と言う。
「背負ってるものを何も持たない自由な個人ならそれもアリだろうが、国や軍隊にははっきり言って、ハッタリってやつも必要だ」
「は?」
「例えば、一国の王が、ぼろを着てほったて小屋に住んでても、国民に尊敬なんてされないぜ。
 そういう王も稀にはあるだろうが、王は立派ないでたちで立派な城に居座っていてこそ、威厳のある王と思われる。
 はったりだが、単純なテだ」
 お前が、プレハブは例えで言ってるのも解ってるんだが、と都築少佐は苦笑した。
「砦に必要なのも似たようなものだ。
『絶対にここは落ちない』って思わせる、国の盾としての箔も必要なんだ。
 簡単に放棄するとか、プレハブとかじゃ駄目なんだよ。
 お前も教導団の制服着てるなら、そんな情けないこと言うな」
 教導団生徒である以上は、教導団を背負っているということなのだ。
 逃げるなんて制服が許さない。
 そう言った都築少佐に、鈴木周と並んで話を聞いていた藤堂が溜め息を吐く。
「偉そうに言えたことかと思いますが」
「お前いちいち突っ込みがちくちく痛いぜ」
「近所の獣人の村へのお中元のビールを自分が飲み干して、代わりにノンアルコールビール贈る人が言っても説得力ないです」
「うるせー、シャンバラじゃあむしろノンアルコールビールの方が稀少価値あるのによ! あいつら解ってないぜ!」
「地球人の稀少価値が通用するわけないでしょう」
「しまらねえなあ」
 折角最初はかっこいいこと言ってたのに、と周が苦笑する。
 本当に面白いおっさんだ。
 うまく言い返す言葉もなかったので、ヴァルは仕方なく引き下がった。
「仕方ないな」
 呟いて、踵を返して、出て行く。
 ぺこりとキリカが頭を下げて、それに続いた。
「……何か、誰かに似てるな、アレ」
 パートナーの片割れが、もう片割れのフォローをしている。
「何で俺を見るんだよ」
 周が口を尖らせて、藤堂が笑う。
「類は友を呼ぶんじゃないですか」
「類は俺かよ?」
 心底不思議そうに言う都築少佐に、うっかり苦笑してしまったレミが慌てて顔を逸らした。


「仕方ない、基地は最後まで死守が前提として」
「次の作戦っスね!」
 ヴァルの言葉に、楽しそうに毛並みの良い金色の尻尾を揺らめかせて、もう一人のパートナー、シグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)が不敵に笑った。
 もぐもぐ、と会話とは別に口が動いている。
 その手には、バナナが握られていた。
「龍騎士と言えど、こっちと戦う時は、龍を降りるに決まっているからな」
 ヴァルは頷く。
「こんな恐ろしい罠に掛からない龍騎士なんているワケないっス!」
 ぽい、と、食べ終わったバナナの皮を投げ捨てる。
 その辺の地面はバナナの皮で敷き詰められていた。
「くくっ……この間抜けな罠に掛かった龍騎士の動画を、全世界公開してやるぜ」
 例え力で叶わない相手でも、俺達を相手にしたことを死ぬほど後悔させてやろう。
 その為の、あえて選んだバナナトラップである。
「しかも、バナナで滑った後は、何故かそこにあった壁に頭を激突するというオチだぜ!」
 ちなみにその壁は光学迷彩で隠しておくのだ。
「最高の作戦っス!」
 イグゼーベンのテンションは上がりまくりである。
 そんな2人を見て、戦闘になった暁には、自分がしっかりフォローをしなくては、とキリカは心に誓った。