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【カナン再生記】すべてが砂に埋もれぬうちに

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【カナン再生記】すべてが砂に埋もれぬうちに

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 鰐前の灯
 
 
 
 杖を構えて目を閉じる。
 何が早いのだろう。杖に当たる衝撃か、身にささる鰐の歯の痛みか。
 我が身に訪れる死を覚悟しつつも、エルシャの意識は後ろに放った服へと向いていた。
 やせこけた自分を食べて砂鰐が満足してくれるだろうか。手紙をくるんだ服を食べ物と見て食べてしまわないだろうか。
 ざ、と砂を踏み込む音が間近で聞こえ、エルシャは全身に力をこめて息を止めた――。
 
 
 息をつめたエルシャの前にすべりこむと、無限大吾はタワーシールドを砂鰐のガッと開いた口へと突き出した。
 鰐の上あごがシールドに当たった衝撃が重い振動となって腕に伝わり、ころしきれなかった威力に大吾の身体は弾き飛ばされて砂地を転がる。
「っ……!」
 大吾の巻き上げた砂をかぶり、エルシャがぱっと目を開けた。
「君、大丈夫かい?」
 素速く立ち上がり体勢を整えながら尋ねる大吾に、エルシャは声も出せずに目を見開いた。何が起きているのかまったく理解出来ていない顔で、エルシャは自分が食べられるはずだった鰐へと目をやる。
 そこでは、大吾と同じくエルシャと砂鰐の間に滑り込んだ長原 淳二(ながはら・じゅんじ)がこちらに来ようとする砂鰐を止める為、我が身で攻撃を受けていた。
「ぐう、っ……」
 うめきながらも、妖刀村雨丸を砂鰐の口中へと突き出すのは忘れない。
 ぐはっと吐いた鰐の生臭い息に、淳二の息まで詰まりそうになる。
 エルシャが襲われるのを見て反射的に飛び込んでしまったが、今日はパートナーは同行していない。回復の能力を持たない淳二にとって、砂鰐からの攻撃は重い。
 それでも一般人の女の子が囓られるよりも自分が囓られた方がましだと、淳二は鰐からの攻撃を受ける。
 コントラクターの力を持つ自分ならば、周囲の皆と連携すれば砂鰐とも戦える。けれど一般人が砂鰐に噛まれたら、一撃でおしまいなのだから。
 倒れてでもここで壁となり続ける。
 その意気で淳二は痛みを堪え、砂鰐と対峙した。
 再び砂鰐が鋭い歯の並ぶ口を開け、襲いかかってくる。
 その上あごを四谷大助の左右の拳が連続で殴り飛ばした。
 跳ね上がった顎を、砂鰐はそのまま落とすように叩きつけてくる。
「倒れるものか。俺たちが最終防衛ラインだ!」
 大吾も前に出て、共に壁となる者たちごとディフェンスシフトをかけた。
 後ろに守るべき存在がある以上、砂鰐の攻撃を回避はできない。受け止めて隙を見て反撃するのが基本だ。
「みんなが来るまで、この子を守り抜こう! 絶対に!」
 大吾がここにいるのは、平和を、皆を守るため。
 パラミタの巨大生物と真正面から立ち向かえるようにと誂えた大口径自動拳銃『インフィニットヴァリスタ』から、大吾はゼロ距離爆炎波をぶちかます。
 壁となっていて動けない大吾の代わりにと、アリカが前に出て砂鰐をライトブレードで斬りつけ、セイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)は戦闘時の悪鬼モードを解放した。
「さぁ、死にたいのなら来い化け物! 私が叩き切ってやる! クククッ、アハハハハッ!」
 力任せに剣をふるうセイルをフォローしようと、廿日 千結(はつか・ちゆ)は砂鰐の注意を引くように魔法で攻撃していった。
 目の前でモンスターとの戦いなど見るのはこれがはじめてなのだろう。エルシャは小さく音を立てて息を吸う。
 叫ぶか、と思ったが、吸い込んだ息はあえぐように漏れただけだった。
「……よく、がんばったな」
 大助がそう声をかけても、エルシャはまだ今の状況を把握出来ていないのか、身を固くして立ちすくんでいた。
 そこにレッサーワイバーンに乗ったグリムゲーテと七乃が、やっと大助に追いついてくる。
「来るのが遅いんだよ、グリム」
「勝手に1人で突っ走って……後でお仕置きね、バカ大助」
 憎まれ口を叩きながら、グリムゲーテは皆の傷を回復させた。
「マスター、七乃を忘れないでくださいよー」
 七乃はすぐさま大助の魔鎧となって、その身を守る。
「後はオレたちに任せて、下がってろ」
 コントラクターが駆けつけたといっても、エルシャのいるのはまだ砂鰐の目の前だ。大助は後ろ手で下がれとエルシャに合図する。
「私たちみんな女神さまの使いよ。貴方を助けるための、ね。だからもう安心していいわ」
「イナンナ様の……?」
 グリムゲーテの言葉に、やっとエルシャは声を出した。
 その間にも、コントラクターたちは続々と駆けつけてくる。
 下がれと言われても足が動かないエルシャを抱え、エヴァルトは後ろに下がった。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
 エルシャの様子を見ようとし……エヴァルトは途端に慌てて目を逸らす。
「は、早く服を借りて着てくれ、はしたない!」
「え……? あっ!」
 言われてエルシャははじめて自分の姿に気づき、はっと両腕で肩を掴んでしゃがみ込んだ。
 その横に身軽に飛び降りた氷室 カイ(ひむろ・かい)はエルシャの様子を見ると、自分の着ていたブラックコートを脱いでその肩にかけてやった。
 さすがにこのままでは目のやり場に困るし、エルシャも気の毒だ。
「しっかり羽織っていろ。このコートは着ている者の気配を消す。砂鰐にも狙われにくくなるはずだ」
 カイが言い聞かせると、エルシャはしっかりとコートを身に引き寄せた。小柄なエルシャにカイのコートは大きすぎるが、その分すっぽりと身体を隠してくれる。
 それを確認すると、カイは上空から雨宮 渚(あまみや・なぎさ)が伝えてくる砂鰐の情報を元に、ルナ・シュヴァルツ(るな・しゅう゛ぁるつ)と共に砂鰐の撃破にかかった。
「イナンナの話では、サンドワームも動き出しているとのことだ。砂鰐を倒す前にサンドワームまで来たら手がつけられん。迅速な撃破を目指すぞ」
 ヒロイックアサルトで自身を強化すると、カイは蒼色に染まる妖刀を砂鰐へと振り下ろす。
 ルナは相変わらずの無口で、カイに言葉で答えることはしなかったが、明確に態度でそれに応え、バスタードソードで音速を超えた一撃を砂鰐へと食らわせた。
 砂鰐の身体が跳ね上がる。大きく身震いしたがそれを最後に砂鰐は息絶えてぐったりと砂漠に伸びた。
 が、その頃にはもう新たな砂鰐が現れている。
 エヴァルトは可能な限りエルシャのコート一枚の姿に視線をやらないようにしながら、クリスタル状の物体を掴んだ手を顔の前に突き出した。
「ティールセッター!」
 かけ声と共に蒼空の騎士パラミティール・ネクサーへと変身する。
「破廉恥なる獣ども! 無辜の民をいたぶることは、シャンバラより馳せ参じたこの蒼空の騎士が許さん!」
 テンション高く名乗ると、エヴァルトは空へと飛び上がった。落下の速度をのせて、両手に持ったティールランサーで挟むように斬りつける。
「砂中を這い回る化け物め、龍の牙にかかって散るがいい!」
 そんなエヴァルトの様子をアドルフィーネは満足そうに見やった。
「うん、上出来。あの女の子、ファンになっちゃったりしてね」
「一般人に、シャンバラからの勇者たちの活躍を見せれば励みにもなるでしょう」
 そろそろカナンでのヒーロー活動を開始しようというエヴァルトの為に、ローランダーはしっかりとメモリーに砂鰐との戦いの様子を記録する。
 ユニコーンで急行してきたサトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)は場に到着すると、ざっと周囲を見渡した。
 周囲はなだらかな起伏のある砂漠。
 視界を遮るものは無いが、砂に生きるものたちにとっては、砂そのものが隠れ場所になる。
 地形で見れば敵有利。だが多くのコントラクターが駆けつけつつある今、戦力として引けを取るとも思えない。
 エルシャを守りやすい位置を見計らって下りると、サトゥルヌスは段幕で砂鰐と戦う者たちを援護しにかかった。
 ずいぶんと大型の砂鰐だったけれど、さすがに動きは弱ってきている。
 あと一息か、と思いきや。
「また新手だ。誰か今のうちにその子を頼む!」
 砂の中から現れた砂鰐に、位置取りを修正しながら淳二が叫んだ。
 壁になるにしても、相手の数が増えればエルシャを守り続ける難易度があがる。
 一体でも先に倒しておかなければと、大助は限界まで強化した身体で砂鰐へと突っ込んでいった。我が身の怪我も顧みず、砂鰐に拳を叩き込み、淳二がつけた刀傷に手をかけると、そこから砂鰐の皮膚を引き裂く。
 コントラクターの攻撃を畳みかけられた砂鰐は、耳障りな叫びをあげると、どうと砂上に倒れた。
「これはまた、派手なことですね」
 サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)が周囲の者の傷を回復させてゆくうちにも、次の砂鰐が襲いかかってくる。
「ワニは何に反応するんだ?」
 前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)の呟きに、マエダ ナギ(まえだ・なぎ)はさあと首を傾げた。
「普通のワニと同じかどうかも分からないし」
「だな。ならやれることをやるだけか」
 風次郎は声を張り上げ、大きな動作をし、足を踏みならし、と思いつく限り砂鰐を挑発できそうな行動を取ってみた。
「来るよっ……」
 砂鰐の動きを察知したナギが言い終えないうちに、横ざまに砂鰐が襲いかかってくる。
 その顎を、風次郎は六花の刀身で受け流した。
 受け流された鰐の歯が肩をかすめたが風次郎は構わず、素速く返した六花で力任せに反撃する。
 飲み込むには危険なものだと判断したのだろう。ぐあ、とくぐもった声をあげると砂鰐は顎を引いた。
「砂ワニさんはあごが恐くて力持ちなので気を付けるのです!」
 力任せに噛み合わされる鰐の顎の破壊力は侮れない。そしてまた、噛んだ獲物を振り回して引き裂くその力もまた脅威だ。
 その力を少しでも弱めようとナイト・フェイクドール(ないと・ふぇいくどーる)は鬼のような眼で砂鰐を睨みつけた。鰐がひるんでいるうちに鰐の横手に回り込み、硬い鱗板に刀でざくりと斬りこむ。
「さすがにワニさんの皮は硬いのです!」
「ナイトこそ、油断してたらガブリというのはやめてよね」
 サトゥルヌスは銃でナイトを援護し、砂鰐がそちらに意識を向けぬようにと心がけた。
 砂鰐は苛立った様子で身をよじり、尾を振り回した。
 尾にかき回された砂がざっと風に巻き上がり、コントラクターたちの視界を阻害する。
 その間に砂鰐は、一番簡単に食料と出来そうな者に目をつけ、エルシャへと向かう。
 けれどその砂鰐の目の前に、青い薔薇が投げつけられた。
 砂鰐の意識が他に逸れている隙に、青薔薇の主エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は腕を伸ばしてエルシャを抱き上げ、自分の乗るワイルドペガサスの前に座らせる。
 エメは白いスーツに白い手袋。砂漠用にと履いてきたブーツもまた白い。日焼けを防ぐ為にマントのフードを目深に被り、サングラスをした上に口元はスカーフで覆っている。
 顔の確認できない相手に、エルシャは逃げるべきか任せるべきか、迷うように周囲に視線をやった。
「ここにいては危険です。まずはこの場を離れましょう」
 身を固くしているエルシャに優しく声をかけると、エメはペガサスを走らせた。速度は出していないのだが、エルシャは怖がってペガサスの首にしがみつく。
「大丈夫です。この子は温厚な牡馬ですから」
 そう言ってみたが、エルシャは目を閉じて腕に力を入れたままだった。迷惑そうなペガサスを宥めながら、エメは砂鰐から離れる方向へと軽く走らせる。
「ここは頼めるか? 俺たちは護衛につく」
「ああ。出来るだけ食い止める」
 大吾は淳二にそう頼むと、パートナーと共にエメとエルシャを追いかけた。
「俺も後ろをついてくぜー」
 女の子のお尻を追いかけるのは少年のロマンとばかりに、周も駿馬でその後を追って走り出す。
 一斉に場を離れてゆく一群の動きにつられ、砂鰐もそちらへと進路を変えた。
「何だてめぇ、ワニのくせして女の子のお尻を追いかけたいってか?」
 気づいた周は馬を返した。
 進路をふさがれた砂鰐が方向転換をする。
 コントラクターならば砂鰐と対することは可能でも、馬はそうはいかない。走りにくい砂地を駆けていた馬は、脚を鰐の尾で払われて吹っ飛んだ。
 はずみで跳ね飛ばされながらも周は刃渡り1.5mの両手剣を握りしめ、落馬の勢いをのせて砂鰐へと全力の一撃を叩き込む。
「女の子いじめてんじゃ……ねぇよっ!」
 きまった、とばかりに周はエルシャを振り返った。
「いえーい、俺の活躍見てくれた? どう、どう?」
 一目見れば惚れてしまうこと間違い無しの勇姿。だが、ペガサスに必死でしがみついているエルシャにこちらを見ている余裕はないようだ。
「そんなぁ〜」
 がっくり、としている間に、今度はサンドワームが姿を現す。
「上等だ、かかってきやがれ!」
 こうなったらヤケだとばかりに、周は大剣を振り上げた。