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【ニルヴァーナへの道】月軌道上での攻防!

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【ニルヴァーナへの道】月軌道上での攻防!

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第一章 円盤防衛・1

 アルカンシェルから、月面基地目指して円盤が射出される。
 巨大な要塞であるアルカンシェルと、それを護衛するイコン部隊が敵イコン、機晶姫部隊を引き付けて戦闘している間に、小回りの利く円盤で月基地に突入する、という作戦である。
 長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)少佐以下、月面作戦に参加する者の多くが搭乗し、ブライドオブシリーズを持った、空京 たいむちゃん(くうきょう・たいむちゃん)も、それに乗り込んだ。
 ダイヤモンドの騎士が、彼女の姿を見送っていた。
 彼は、一緒には行かない。宙域で戦闘する部隊に加わるのだ。
 扉のところで、振り向いたたいむちゃんが、ダイヤモンドの騎士に手を振った。
 ダイヤモンドの騎士は黙って頷き返し、たいむちゃんは再び前を向いて、円盤の中へ入って行く。
「援護は頼む。出発!」
 長曽禰少佐が、円盤の護衛を担うイコン達にそう言って、円盤は放たれた。



「かっつおぶし君」
 ぺし、と背中を叩きながら、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が声をかける。
 光一郎は彼のことを、もはやダイヤモンドの騎士とは呼ばなかった。
『何か……』
「単刀直入に言うけどね」
 いや俺のは短刀じゃないけどね! というセルフ突っ込みは後である。
 光一郎はにやりと笑った。

「かつおぶし君、俺様、キミの作った味噌汁が飲みたいな」

 ざわっ!
 周囲が一瞬ざわめき、次いで水を打ったように静まり返った。
 ……まさか。
 彼は薔薇学の生徒である。つまり今のセリフは。つまり。
 しかも、微妙に単刀直入でもない。
 ダイヤモンドの騎士もまた、その鎧のように脳内も固まっている。
 はた、と光一郎は気付いた。
「……あ、今の時期だと味噌汁よりもお雑煮か?」
 どっ、と周囲の緊張が解けた。
 何だつまり純粋にかつおぶし君の、出汁の利いた料理が食べたいだけか?
 いや、まだ油断はできない。やはりアレかもしれない。
 2人の間は、ズゴゴゴ……という効果音が立ちのぼりそうな空気に満ちている。

 光一郎の言い分はこうである。

 ダイヤモンドの騎士となったかつおぶし君が、女を捨てて涅槃への道を選んだ(光一郎主観)。
 それを薔薇的に解釈すればつまり、衆道一直線へ転落宣言、となる(光一郎主観)。
 ならば、その気持ちを自分は受け入れてやるしかない(断定)(光一郎主観)。

「てことはやっぱりプロポーズでいいのか?」
「しっ、言うな!」
 折角脳内で必死に誤魔化してたのに! という周囲のひそひそ話はともかくとして。
『いきなり、何のつもりか?』
「どーも、気になるんだよなー。
 例えば、ここは俺に任せて先に行け、みたいな無茶するんじゃないかなー、とかさー」
 硬直の解けたダイヤモンドの騎士の問いに、光一郎は肩を竦めた。

「“盾”を“矛”に変えるようなことをするな」と、以前彼は光一郎に言ったことがあった。
 光一郎のパートナー、ドラゴニュートのオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)は今、それを曲解して、ダイヤモンドの騎士を心配している。
「それはつまり……己の肉体を弾丸に変え、敵に多大なるダメージを与える、そう言うならば肉弾幸!」
 くわっ。
「彼の硬さを以ってすれば、古代戦艦に勝つことも容易に違いない。
 しかしそのような犠牲をみすみす見逃すわけにはゆかぬ。
 アンサラーを貫く速度に達した騎士殿をどうやって減速させる……?
 はっ! というかそれ以前にどうやってその速度に達する?
 彼を人間弾丸に出来るだろうアルカンシェルの砲台は壊れているし……」
 思考の暴投振りが、良く似たコンビである(本人否定)。

『……必要の無い場所では死なない』
 ダイヤモンドの騎士の騎士はそう否定したが、そりゃつまり、必要のある場所だったら死ぬってことっしょ、と光一郎は思う。
「ま、とりあえず、かつおぶし君の背中は俺様が護るってことで」
 にんまりと笑う光一郎に、軽く溜め息を吐いて、そのまま彼等は歩き出した。
『……私は、背後にも気をつけていなければならないのか?』
「あははっ!」
 彼の珍しい冗談に、光一郎は肩を揺らして笑った。



 無重力という初めての感覚に、桜葉 忍(さくらば・しのぶ)のパートナー、英霊の織田 信長(おだ・のぶなが)は半ばはしゃいでいた。
「おお、これが宇宙か!
 何とも不思議な感覚じゃな、忍!」
 信長はワクワクと喜ぶが、喜んでばかりはいられない。
「何だか違和感があるな」
 無重力での戦い、というものは初めてだった。
「まあ皆そうだろうけどさ」
「何事も慣れよ。怯えていても始まらぬ」
 怯えてるわけじゃない、と忍は答える。
「ただ、宇宙だと、全方位での戦闘になるわけだろ。
 気をつけて戦わないとと思っただけだ」
「うむ。円盤を無事に月面に送り届けねばな」信長もそう頷いた。



 黒崎 天音(くろさき・あまね)の『勇気の歌』が、味方の士気を上げる。
 奇しくもそれが、開戦の合図となった。


 最初の血路を、ダイヤモンドの騎士が開く。
 可能な限り戦域を迂回しつつも、一刻も早く月基地に到達できるよう、定めたルートのその発端の場所に、ダイヤモンドの騎士は飛び込んで行った。
 彼の乗る金剛龍は、異界での活動が可能な上、その鱗は、ビームやレーザー類を拡散する能力を持つ。
 その体の強度も、名前に劣らない、防御特化型だ。
 勿論、それに乗るダイヤモンドの騎士は、呼吸はできないので、酸素ボンベを装着する必要がある為、予備のボンベを幾つも積んである。
 そうして、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)紫月 唯斗(しづき・ゆいと)らのイコンと共に、円盤の前方に位置し、主に敵の攻撃の盾となる。

 ハーティオンのパートナー、魔鎧の龍心機 ドラゴランダー(りゅうじんき・どらごらんだー)が嘶いた。
 初めての宇宙空間に、些か興奮している。
(これが宇宙空間か……。中々面白いものだな!)
と、ハーティオンにだけはその意志が伝わった。
「浮かれている場合ではないぞ」
(解っている。
 いかなる敵相手でも遅れは取らん! 全力で砕き進むぞ、ハーティオン!)



「鏖殺寺院相手、かぁ。またたいちょ〜が暴走しないといいけど〜」
 パートナーの魔鎧、ドール・ゴールド(どーる・ごーるど)をパイロットスーツ代わりに身にまとい、シルフィードの操縦席で、鳴神 裁(なるかみ・さい)は軽く溜め息をついた。
「釘刺しとけばぁ?」
 パートナーの吸血鬼、アリス・セカンドカラー(ありす・せかんどからー)がくすくすと笑う。
「もー、面白がらないでっ」
 裁は言いつつも、彼女のたいちょー、松平 岩造(まつだいら・がんぞう)龍皇二式に個人通信を入れた。
「たいちょ〜、くーるにすまーとにですよー。
 くれぐれも初撃から全弾発射とかはしないよーに☆」
「そうそう、うっかり射撃の反動の慣性でどっか飛んでっちゃダメよ?」
 アリスも通信に割り込む。
『余計な心配をするな!』
「焦ってる焦ってる」
 返答に、アリスはくくくと笑った。
 それでも、他人にこうして突っ込まれることで、アドレナリン全開状態の頭も、少しは冷静になるだろう。
「全くもう、一度失った信用を取り戻すのは難しいんだから」
 通信を切っても、裁はぶつぶつと文句を言っている。
 だから、毎回でもこうして釘を刺していくつもりなのだ。
「それにしても、スペースデブリがうようよしてるね、裁ねぇさん」
「うん」
 アリスの言葉に、裁は頷く。
「ずうーっと昔の戦闘跡ですね〜?」
 ドールが言った。
 かつて、ニルヴァーナとシャンバラで繰り広げられた戦争の名残が、残骸として残っている。
「邪魔にならないといいんだけどなぁ」
 そこまで充満しているわけではないが、裁達のイコンは、機動性が武器だ。
 ヒットアンドアウェイの攻撃が基本となり、宙域を飛び回ることとなる。
 注意しておくにこしたことはなかった。
「さあ、行くよっ!」
 円盤の前方に回り込もうとする敵イコンがある。プラヴァーだ。
「機動力なら負けないよ!」
 裁達は、敵プラヴァーに向かって突撃する。
 プラヴァーがビームアサルトライフルを連射して来た。
 裁機はそれを躱して回り込む。
 プラヴァーが反応するよりも早く、その死角をとった。
「穿風(うがち)!」
 飛び込む勢いをも利用した、機神掌の一撃に、プラヴァーはぐらりと傾ぐ。
「旋風(つむじ)!」
 そこへ、旋風回し蹴りをかますと、蹴り飛ばされたプラヴァーは、そのまま惰性で漂い離れて行く。
「とどめは刺さないんですね〜?」
 ドールが訊ねた。
「うん。進路の確保ができればいーよ。デブリとか怖いしね〜」
 さあ、次! と言う裁に、アリスはレーダーで最寄りの敵を検索した。



 やはり、鏖殺寺院のイコン達も、月へと向かう円盤を主に狙ってきた。
 30機のシュメッターリンクを従えたプラヴァーが円盤を追い、そして、その間隙に、武装コンテナを装備した機晶姫がいる。
『P−ブラヴォーがやられた!』
『馬鹿が、最新鋭機を貰って舐めてかかって飛び出すからだ!
 敵は熟練揃いだ、油断するな。
 数はこっちが勝ってるんだ、チャーリー、デルタは右舷から、エコーは当機と左舷から囲んで火器を浴びせて行け。
 S機は上下と前方に、機晶姫達は隙をついて円盤に張り付け!』
『了解!』
 指揮官らしきイコンと、他のイコンとの通信が交わされる。
 


「プラヴァー5機、シュメッターリンク30機が円盤の襲撃に向かっています。
 その他、シュバルツ・フリーゲ3機、クルキアータ2機、鋼竜と焔虎が5機ずつを確認しました。
 現在アルカンシェル第一戦闘宙域内にいるイコンは、シュバルツ・フリーゲが2機、焔虎5機です。
 機晶姫の半数以上は、アルカンシェル狙いのようです」
 アルカンシェルのオペレーター席で、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)が、状況を各イコンに伝える。
 円盤は撃墜し、巨大なアルカンシェルは内部から攻める、という作戦なのだろう。
「円盤には、ブライドオブシリーズを乗せているのに……」
 アリーセは、敵の布陣に苦々しく思う。
 円盤を破壊してしまえば、“鍵”が四散し、向こうにとっても都合が悪いはずだが。
 それとも、撃墜まではするつもりがないのだろうか。
「それとも、より時間を稼ぐ為……?」
 円盤との回線も開いてあるが、今のところ、有益な情報は入ってこない。
『クルキアータは何処だ!?』
 指揮官狙いの白砂 司(しらすな・つかさ)から通信が入った。
 敵のイコンのラインナップを見れば、クルキアータに乗っているのが、指揮官、もしくはエースだろう。
「敵艦の周囲で様子見のようです」
 アリーセは確認して答える。
 後詰めということは、乗っているのは指揮官の方か。
「第1エリア、第6エリアから機晶姫の侵入を確認、迎撃に向かってください!」
 別のオペレータ席からアルカンシェル内部への指示が飛び、アリーセは再び艦の周囲を確認した。



 レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)と、パートナーの剣の花嫁、ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)は、松平岩造のパートナー、武蔵坊 弁慶(むさしぼう・べんけい)と共に、パワードスーツで戦闘に臨んだ。
 飛空艇フェリファルテにブースターパックを取り付け、宇宙での使用も可能にする。
 箒に乗るハイラルは、速さでレリウスに追い付けないが、後方に位置して彼を援護する。
「500機かぁ。シャレにならねえ数だよな」
 やれやれとハイラルは独りごちた。
 それでも、レリウスは絶対引かないのだろう、と、聞かなくても解る。
「ハイラル、援護は頼んだ」
「おうよ」
 無茶をするな、と、言っても無理な話なのだろう。
 ならば、とハイラルは思う。それでも、言っておかなくては。
「絶対にやられんじゃねーぞ。
 万一負傷したら、ちゃんと戻って来い。俺が治してやる」
 レリウスは振り返った。
 スーツの下で、顔は見えないが。
「解っている」
 その言葉に乗せた口調に、ハイラルは、レリウスの表情が見えた気がした。

「イコンの隙をつくのは、やはり無理そうだな……」
 機晶姫を相手取って戦いながら、レリウスは状況を判断して思う。
 できれば、小柄であることを生かして、敵イコンの懐に潜り込み、爆弾を仕掛けて破壊したいところだったが、やはり、近付けない感じだ。
「機晶姫に狙いを集中した方がいいぜ!」
 ハイラルからの通信を耳にしつつ、レリウスは、視認した機晶姫に向かって行く。
「くそっ! やっぱり突っ込んで行くよな!」
 そもそもレリウスの持つ武器、逵龍丸は、接近戦用のレーザーナギナタである。
 ハイラルはパワードレーザーで援護しながら、それを追う。
「ぐっ!」
 背後からの衝撃に、ハイラルは激痛を感じつつ、体勢を崩してうっかり箒を手放した。
「……やべっ……」
 背中に焼けるような痛みを感じる。撃墜されたのだ。
 相手は確認できず、ニ弾目もない。
 撃ち落としたと思って先に進んだか。見失われたのかもしれない。
「オレが撃たれるとは……ザマぁねえ……」
 とにかくも、一旦引く。
 戻るまで、やられるなよ、と、レリウスの居る方を見ながら、祈るように思った。