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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 フィルム式の一眼レフ、この時代なら最新型だが、2022年ならプレミアものの骨董カメラだ。
 この貴重品をたずさえて、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は1946年新宿へ降り立った。服装もすでに変えている。違和感のない程度にオールドファッションで、それでいて活動的な格好だ。当時の女性なのにパンツルックというのは特殊かもしれないが、腕章を巻いて新聞記者という身分を知らしめ、これをエクスキューズにしている。
 優希はごとりとショルダーバッグを置いた。ずっしりとした黒い鉄製だ。当時、カメラマン用のジュラルミンケースはまだ出回っておらず、致し方なくこうした重いケースを彼女は持ち運んでいるのだった。
「晴天だと光が映り込みやすいのよね」
 などと独言しながら、カシャカシャと数枚、優希は街をフィルムに収めた。記者という身分を偽るために必要な行動でもあるが、こうやって、初めて見る『過去』を記録にとどめておきたいという思いもあった。
「あれ……?」
 ところがそのとき、やや場違いのものが目に入ったのである。
「巫女さん……?」
 赤い袴に白衣、それは美しい、一人の巫女の姿であった。
「取材、お願いできますか?」
 ほんのささやかですが謝礼も出します、と言って優希は巫女に近づいた。
 いくらこの時代、和服が珍しくないとはいえ、巫女の扮装が新宿のドヤ街を歩いているというのはなんとも奇妙だ。近場の神社から買い出しだろうか。
「いえ、あの……ボク、取材なんて……」
 巫女はもじもじと身を捩らせた。
 言えない……姫宮 みこと(ひめみや・みこと)は眉を八の字にする。言えるはずないじゃないか。
 自分が本当は男だなんて。
 そもそも、この時代の人間じゃないなんて。
 まあ、まさか「あなた、本当は男の子ですよね。ていうか男の娘?」とか、「この時代の人じゃなさそうですね……?」などと訊いてくる記者はいないだろうが。それでもポロっと口を滑らせる危険性はあった。
 普段の服装(つまり巫女服)でこの時代に来たことが失敗だっただろうか……と、みことは心底困った顔をして救いを求めた。
 救いは来た。すぐに来た。
「はーい、ダメダメ、ノーコメントよ!」
 ぶんぶんと両手を振って、みことの連れ、早乙女 蘭丸(さおとめ・らんまる)が割り込んだのである。
「あなた記者? みこはね、今とっても忙しいの。人捜しという重大な用件があってね。だから新聞記者さん? あなたに構っている暇はないの!」
 こうしたとき、蘭丸はいつも頼りになる。みことは蘭丸の影に隠れるようにして、
「そういうわけなんで……すみません」
 と頭を下げた。まだ1946年に来たばかりなのだ。調べたいことはたくさんある。
「待って、あなたたちは人を探してるって話ですよね? 私もそうなんです」
「え? こっちに訊かれても困るわ。あたしたち、来たばかりなんですもん。この時代、もとい、新宿に」
「今、『この時代』って言いました?」
「言ってない言ってない!」
 蘭丸は、さっと両手を自分の耳に押し当てて左右にシェイクした。
「あーあーあー聞こえなーい!」
 この口ぶり、反応、これはどう見ても……優希は意を決した。声をひそめ、二人にぐっと近づいて言ったのである。
「2022年の方……ですよね?」
「あ……はい。そうです。ボクは百合園女学院の姫宮みことです」
 あっさりと認めたみことに、
「ダメー! 何いきなりばらしてるのみこと! この人、味方って確証もないじゃない!」
 声を思わず大きくしてしまった蘭丸だが、やがて観念したように声を落として告げた。
「まあいいわ。あたしはみことのパートナーで早乙女蘭丸よ。みことが、桜井チヨちゃんを助けるって言ってるから手伝ってるの……」
 実は私もなんです、と言って優希は喜色をあらわにした。
「蒼空学園生にして六本木通信社所属の六本木です。イレイザーの思惑通りにさせたくないし、なによりチヨさんを助けてあげたい……そう思ってます」
「ということは、目的が一致しますね」
「馴染みのない1946年では行動が難しい……よければご一緒しませんか?」
 はい、とみことは二つ返事したのだが、納得できないらしく蘭丸は声を荒げた。
「ちょっとみこと! あたしの意見も聞きなさいよ!」
「あ……ごめんなさい、いい話だな、って思って……。反対?」
「いや、賛成に決まってるけどね」
 蘭丸は悪戯っぽく笑ったのである。

 優希たちとあまり離れていない地点。同時刻。
 ポケットに両手を突っ込んで歩いていた清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)は突然、強い訛のある男に、よりかかるようにして声をかけられている。
「明日の一戦、活躍できるかで組織内でのランク、変わるネ。勝つの当然。でも活躍できないと意味ナイ。元気なって疲れない薬、あるヨ」
 男はにやりと手持ちの鞄を開けて見せた。ガラス製のアンプルがわんさと入っている。
「わしは893(ヤクザ)ちゃうわい! カタギじゃ!」
 青白磁はクワと口を開いて大喝した。アンプルの売人は帽子を吹き飛ばすほど仰天して、尻尾を巻いて退散する。
 売人が見えなくなると、青白磁はしょんぼりと肩を落とした。
「わし、この時代でも893と間違われとるわい、かなしいのう、かなしいのう……」
「まあ、その厳めしい外見では誤解されるのも仕方ないかもしれませんわね。でも落ち込まないでくださいまし、きっとわたくしもヤクザさんの情婦と思われておりますから」
 などと言ってセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)は彼を慰撫する。セルフィーナはしっかりと翼を隠し、派手目の服とメイクで青白磁に連れ添っているのだ。
「ところで、やはり……」
 ぐっと控えめな服装の騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が会話に加わった。青白磁、セルフィーナとともに歩く彼女は、二人の少し後方に位置どって目立たないようにしている。それゆえに、注目を浴びることなく新宿の街を観察することができた。
 暴力団関係者の数が明らかに増えている。それも、この界隈の実質的な支配者である新竜組の直属にとどまらない。他の地域の訛を有する者も珍しくなく、大陸から来たと思われる物騒な連中も増えていた。おまけに、先ほどの者が口にした『明日の一戦』という言葉だ。推理力を働かせるまでもないだろう。
「明日、一大決戦が行われるんですね」
「状況証拠は揃いすぎています。まず、間違いないかと」セルフィーナが静かに応じた。
「石原さんとパラミタを今でも支え続けて限界が近づいてきているアトラスさんとの契約がなければ、2009年の6月にパラミタと地球が邂逅することはなかったんですよね……」
 詩穂の語尾に不安がにじんでいた。
 パラミタとの出会いがなければ詩穂は、その最愛の人と出会うこともなかった。その歴史や記憶を失いたくない。だから、
「だから……今はこの時代で出来ることを精一杯やってみせるよ……」
 詩穂は呟いて、大切なブローチを握りしめるのだった。