校長室
【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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■ 私の青い鳥 ■ 「おいモリー、こっちも運んでおいてくれ」 「はーい」 本日のメメント モリー(めめんと・もりー)の仕事は、地元の遊園地でのショーだ。といっても出演するほうではなく、モリーの担当は裏方作業だ。 「まったく、ゆる族使いが荒いんだからー」 翼と丸っこいお腹は荷物運びには不向きなのに、とぼやきつつも、モリーはよっこらしょと言われた通りに段ボール箱を運んでいった。 数年前までは、モリーはこの地方で大人気のゆるキャラだった。 鳥っぽい、可愛い外見なのにもかかわらず、言動が達観しているギャップがモリーの売りだ。 地方TVの番組の間に、渋い緑茶をすすって『う〜ん、ワビサビ』とか、『人生、なるようになるのさ』だとかの一言を発するコーナーが設けられ、それを子供たちが真似している様子もよく見られたものだ。 けれど人の興味など無情なもの。 次から次へと新しく現れるゆるキャラたちに押されて、モリーの人気は落ちる一方。ショーの出演も、花形だったのが徐々に脇に押しやられ、そして今は減った分のギャラを裏方仕事で補っている状態だ。 そろそろゆるキャラとしての賞味期限が来ている、ということなのだろう。 「パラミタに帰ろうかなぁ……」 地球とパラミタが繋がってまもなく、モリーは出稼ぎの為にジャッパンクリフから落下し、地球にやってきたのだ。 人気が下がり、仕事が無くなってきたのなら出稼ぎに来ている意味がない。 モリーの両親は、空京開発の際、ゆるヶ縁村から大人しく立ち退いたために、立ち退き料でそれなりの暮らしをしている。ここはやはり帰郷して、空京郊外に住む両親のもとに身を寄せようか。 「はふ……」 考えていたら何だか眠くなってきた。 もうこれで運ぶものもないみたいだから、ちょっとここで一休みしても良いだろう。 パラミタにいる母親が常日頃、『ゆる族の商売道具だからいつも綺麗にしておかないとね』と言っていたから、モリーは裏方作業で着ぐるみについた埃をきれいに払った後、ベンチの背もたれに寄りかかった。 「ZZZZZZZZZ………………」 ■ ■ こんなにこの家は広かったかしら。 妙にがらんとして感じられる家で、早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)はため息をついた。 2019年夏。 春まではこの家には高校教師の夫とあゆみ、そして養子として迎えた男の子と、その男の子が連れて帰ってきたドラゴニュートが一緒に暮らしていた。男の子はあまり喋るほうではなかったけれど、ドラゴニュートがその分賑やかしてくれたし、何よりも一緒に暮らしている家族が多いと、家は活気づくものだ。 この春、その子とドラゴニュートが契約し、パラミタの学校に進学したことによって、この家の住人は夫とあゆみとの2人に戻った。 元に戻っただけ……のはずなのに、一度知ってしまった4人での暮らしが恋しくて仕方がない。 「あの頃は賑やかで楽しかったわねぇ……」 2人で住むには2階建ての一軒家は広すぎて寂しさが増す。 「また犬を飼おうかしら……」 天寿を全うしてしまった愛犬のラブラドールを思い出しながら、また1つ息をついた時、玄関のチャイムが鳴った。 「はーい」 返事をして小走りに玄関に行くと、訪問者は大きな荷物を持った宅配便の配達員だった。 荷受け人の名前はあゆみになっている。誰から来たのかと差出人を見ると、夫の名前が書いてあった。 「孝則さんから? 一体何かしら」 品名はぬいぐるみ。それにしては箱が異様に大きいけれど。 「随分重いので気をつけて下さいね」 配達員は玄関の中に箱を運んでくれて、ありがとうございましたと帰っていった。 部屋に運ぼうかと思ったけれど、箱は重すぎてあゆみの手に負えなかった。仕方なくあゆみは玄関先で開封する。 緩衝材を隙間にびっちりと詰められた箱の中にあるのは、青い鳥っぽいぬいぐるみだ。 「モリーだわ」 思わずあゆみは顔をほころばせる。ゆるキャラのモリーはあゆみが好きなキャラクターで、鞄や鍵にもモリーのキーホルダーをつけているくらいだ。きっと夫があゆみの為にプレゼントしてくれたに違いない。 最近元気が無いところを見せてしまったかと、反省していると……がさっ、と箱の中身が動いた。 「え、っ?」 箱に詰まっていた緩衝材がぶわっと舞い上がる。 そして、 「ぷはーっ。死ぬかと思った」 箱から飛び出したモリーのぬいぐるみが、床に手を突いてぜいぜいと肩で息をした……。 呆気にとられたあゆみだったが、すぐに我に返って周囲の緩衝材をどけ、ふぅふぅいっているモリーをうちわで扇いだり、水を持ってきたりして介抱した。 モリーが落ち着くと、居間に移動してお茶を出す。 「一体何事かと思ったわ」 「それはボクも同じだよ。ちょっとうたた寝してるうちに、梱包されるだなんて思わなかったよ」 モリーは緩衝材の中で身動きも取れず、運ばれていく恐怖を思い出して身震いした。 「大変だったわね。私は本物のモリーに会えて、ちょっと得しちゃったけど」 「ボクのこと知ってるんだ」 「実はファンなのよ」 そう言って笑うと、あゆみはモリーのキーホルダーを見せた。 あゆみがモリーを知ったのは、自然の森公園のイベントを見に行った時だった。 「その頃の私はちょっと精神的に疲れてて、それを心配した孝則さんが気晴らしにって連れて行ってくれたイベントに、モリーが出演していたのよ」 その時期はあゆみにとって辛い時期だった。 音大を出てから小学校の教師をしていたのだが、あの時期にはそれもやめて、1つの目的の為だけに頑張っていた。 「一生懸命だったとは思うの……でも、期待が大きい分、ダメだった時の落胆も大きくて。他の人がちょっと羨ましくなっちゃったり……色々あったの」 けれど、モリーのステージを見て、あゆみは彼の姿や言葉に励まされた。 こんなに気を張ってキリキリしていなくてもいいんじゃないか。そう思ったら、久しぶりに笑うことが出来た。 「家の鍵についてるこれが、その時に買った一番最初のモリーグッズよ」 お茶をすすっているモリーのキーホルダーをあゆみは大切そうに握りしめた。 「――私はずっと前から、あなたを見てた。あなたの言葉に、姿に。いつも励まされていたのよ」 「そう言って貰えると嬉しいな。だからボクのぬいぐるみを買ってくれたの?」 「そういう訳じゃなくて……最近私が元気ないから、孝則さんが心配して贈ってくれたんだと思うわ」 打ち明けついでに、とあゆみは最近のことも話した。 今年の春にあゆみの養子がパラミタの学校に、それも空京から遠いから危ないんじゃないかと思う学校に進学したのがとても心配だし、寂しいのだと。 「私はパラミタに入れないから、何かあっても駆けつけてあげることも出来ないわ。ちゃんとしてるように見えても、子供には親が必要なときって絶対にあると思うのよね……」 今頃どうしてるかしらと気を揉むあゆみに、モリーはあっさりと言った。 「じゃあボクと契約してパラミタに行けばいいよ」 「えっ?」 「あゆみんは先生してたんだから資格があるんだよね? 契約者の先生は貴重なんだから、きっと歓迎されるよ」 信じられない思いであゆみはモリーの申し出を聞いた。 今も音楽関係の知り合いの伝手で、公民館や児童館で子供向けのピアノ教室の先生をしているくらい、あゆみは子供に何かを教えることが好きだ。 一度は断念した教師に戻れるかも知れない。 あの子たちのいるパラミタ大陸に行ける。 それはあゆみにとって、何よりのことだった。 「私と契約してくれるの?」 「うん。でもパラミタには危ないところもあるけど大丈夫?」 そう聞きながらもモリーの口調は軽いから、あゆみも考えこまずに即答できる。 「ええ、大丈夫よ」 「じゃ、契約しようよ。ボクもそろそろ里帰りしたかったしね」 こうして2人は契約した。 ――帰宅したあゆみの夫が、腰を抜かすほど驚いたのは言うまでもない。