校長室
【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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■ 割れた水晶は涙のかけら ■ 「朝斗とルシェンの出会いはどういうものでした?」 唐突にアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)に質問されて、榊 朝斗(さかき・あさと)はどう説明したものかと唸った。 「そうだなぁ……アイビスとちびあさはきっと驚くと思うよ。今の僕らからは想像できないと思うけど、最初は最悪だったんだ」 「相性が悪かった、とかでしょうか?」 「そういうのとは違うんだけど……うん、折角の機会だから見て貰ったほうが早いかな」 自分とルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)の出会いの状況は、口で説明しても上手く伝わらない気がしたから、朝斗はちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)も含めた4人で龍杜神社を訪れ、龍杜 那由他(たつもり・なゆた)の過去見の力を借りてみることにした。 ■ ■ ■ 朝斗が養父榊 流夜に引き取られてから、約2年が経った。 心に深く刻まれた傷は癒えたとはとても言えなかったが、それでも繰り返される日常はようやく朝斗に馴染んできていた。 そんなある日。 「父さん、何買ってきたの?」 家を出るときには持っていなかった荷物に目を留めた朝斗が尋ねると、流夜は照れたように笑った。 「いや、骨董品店の店主に頼まれて……つい譲り受けてしまったんですよ」 少しだけ箱を空けて、流夜は中身を朝斗に見せた。入っていたのはきらきらした透明な石だ。 「水晶?」 「ええ。なんでもこれは、悪鬼を封じた魔石だそうですよ。曰く付きの品物で、これを持っていると女性の、『許さない……忘れない……』という恨みの言葉が聞こえてくるそうで、店主が随分と気味悪がっていたものですから」 それを聞いて、朝斗は思わず後退りした。 どうしてそんな気持ちの悪いものを引き取ってきたんだと思ったけれど、流夜には人の良いところがあるから、こういうのを見かねてしまったんだろう。 「怖がらせてしまったようですね。大丈夫ですよ、すぐにしまってきますから」 朝斗が怖がる様子を見て、流夜はその水晶を自分の部屋に運んでいった。 それから数日後。 朝斗は夢を見た。 ――誰かが泣いている。 大切な人を失ったことを悲しみ、それを奪った多くの人々を、怒り、憎み、怨みながら、冷たい何処かに閉じこめられる。 そして延々と続く女性の怨嗟の声。 「許さない、大切な人を奪った者たちを……忘れない、私たちから幸せを奪った人間たちを……」 夢は1日では終わらなかった。 何日も続く同じ夢は、父が骨董品店から譲り受けてきた水晶の話を思い出させた。 気味が悪くて近寄りたくは無かったけれど、朝斗は流夜の部屋に無断で入って、水晶を調べることにした。 こざっぱりと片づいた父の部屋の棚に、あの水晶が置かれている。 曰くさえなければ綺麗な石だ。 思い切って手に取ってみる……と。 「痛っ……」 薄く尖った部分で手を切った朝斗は、痛みに驚いた拍子に水晶を取り落としてしまった。 水晶が床にぶつかり砕けた瞬間。 眩しい光が溢れ、朝斗は腕で目を庇った。 薄目を開けて光が収まったのを確認してから、朝斗は再び目を開いた。 と、そこにはさっきまでいなかったはずの女性が立っている。 長い青の髪の女性はとても綺麗だったけれど、何処か冷たくて怖い印象を受けた。 「あの……」 「お前があの石を砕いたの?」 朝斗の言葉を遮るように女性は訊いた。 「うん……」 朝斗が正直に答えた途端、頬に衝撃を受けた。思いっきりの平手打ちに壁際まで吹っ飛ばされ、朝斗は痛みよりも混乱で泣きそうになる。何が何だか分からない。 けれど朝斗の涙がこぼれるよりも、女性のほうが早かった。赤い瞳から涙を流し怒りながら言い放つ。 「どうして……どうしてあの石を毀したのよッ!」 その声が聞こえたのだろう。荒々しい足音がして、部屋に流夜、養祖父の榊 重三、組員らが相次いで飛び込んできた。 「そやつを取り押さえるのじゃ!」 組員に命じながら重三は常に持ち歩いている杖を構え、朝斗を背に庇いながら部屋から脱出させた。 その後朝斗は自分の部屋に戻され、向こうに行ってはならないと厳命された。 ■ ■ ■ ……今思えば朝斗が見ていた夢は、水晶に封印される前のルシェンの過去の記憶だったのだろう。 だけど、あの張り手は本当に痛かった。 子供だった朝斗にとっては、本当に……。 ■ ■ ■ 朝斗の家族に抑えられたルシェンは、その後種々なことを問いかけられた。 その過程で、ルシェンは自分が封印されてから200年以上もの時が経っていたこと、『あの人』が言っていたパラミタ大陸が3年ほど前に現れたこと、を知った。 「これからどうするつもりですか?」 ルシェンから封印された理由等を訊いた流夜がそう問いかけたが、封印されている間に世界は様変わりしてしまい、ルシェンにはもう行く当てもない。黙っていると、流夜は突拍子もないことを言い出した。 「ではこの家に居てはどうですか?」 「流夜」 その問いかけに答えたのは、重三の咎めるような目つきだった。 「こやつは朝斗を襲ったのじゃぞ」 「それはあの子が水晶を毀してしまったからでしょう?」 流夜に言われ、ルシェンは挑戦的にその顔を見返す。 「私は吸血鬼だと言ったはずよ。その私を家に置くと言うの?」 「はい。あ、もちろん無闇に血を吸うのはやめて下さいね」 どこまで本気か冗談かつかめない表情で流夜は答えた。 その後、押し切られる形で重三もしぶしぶ頷き、ルシェンも断る理由を考えつかず、結局は流夜の提案通り、ルシェンはこの家に居ることになった。 といっても、ここに住まうことを了承しただけで、ルシェンに馴れ合う気は微塵もない。 流夜が設けてくれた部屋で、ルシェンは日がな何をするでもなく壁を見つめていた。 今のルシェンには生きる意味も理由もない。たった1人、知る人の無いこの世界で過ごすことは苦痛だった。 その上、夜が来るたび、全てが奪われたあの日の記憶がルシェンを襲う。 あのまま封印されているか、いっそ死んだほうがどれだけましだろうと思い始めた頃、部屋に思わぬ訪問者があった。 うつむきがちに入ってきたのは、あの子供……朝斗だった。 言い訳かあるいは文句でも言いに来たのかと思ったが、思い切って顔を上げた朝斗が口にしたのは、ただ一言だった。 「……御免なさい」 それだけを言って、朝斗は帰っていった。肩を落としたその後ろ姿に、ルシェンの胸はわずかに痛む。その背中は今にも泣き出しそうに見えたから。 それから数日経った夜のこと。 ルシェンはまた封印された時の夢を見ていた。 大切な人を奪われ、あの冷たい場所に閉じこめられた日を。 このままずっとルシェンは封じ続けられる。冷え切ったあの場所に……。 けれど、いつもと違い、ルシェンの傍らには温かい『何か』があった。 悲しかった感情も、怨みすらも薄れていく、じんわりと染みこむ優しい温かさだ。 こんな温もりがあることを、ルシェンはずっと忘れていた……。 目を覚まして温もりを確かめれば、朝斗がルシェンの手を握りながら隣に座っていた。 「お前、なんでここにいる?」 心から不思議でルシェンが問いかけると、朝斗は涙を溜めた目で答えた。 「苦しんでたから。――そういう人には手を握ってあげると少し落ち着くんだよ」 それを聞いて、ルシェンはかつて同じ言葉を言ってくれた『あの人』のことを思い出した。 「苦しいのは水晶を毀しちゃったから……? 水晶を毀して本当に御免なさい。……本当に御免なさい」 涙を流しながら手を握ってくれている朝斗に、ルシェンの心に申し訳なさが湧いてくる。 (私はこの子に酷いことをしてしまったのに、この子はそれを責めようともせず、ただ私のことを思って泣いてくれている……) それはあの出来事以来忘れてしまっていた、他人を思いやる優しさを思い出させてくれた。 泣いている朝斗を、ルシェンも泣きながら抱きしめる。 「……御免ね、あの時に殴って。そして……ありがとう、心配してくれて」 ルシェンは小声でお礼を言った。 御免ね、ありがとう、と言える自分を取り戻させてくれた優しい子供の温もりを、腕の中にしっかりと感じながら――。