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第48章 民情視察?

「わざわざ来るほどの会議ではなかったな」
 宮殿での会議後に、金 鋭峰(じん・るいふぉん)は教導団員と共に、街に出ていた。
「いえ、団長がいるだけで、場が引き締まりますから」
 そう答えたのは、皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)だ。
「ところで、この後の予定だが……」
 金団長はスケジュール帳を見て、眉間に皺を寄せた。
 秘書が書き込んだ今後の彼の予定は、空京で民情視察となっている。
「話は伺っています。本日は一日お供させていただきます。時期が時期ですから、カップルとして。デートの振りが必要です」
 伽羅が教導団員らしく、硬い顔で説明をしていく。
 着替える必要があること、カップルとして違和感を出さないよう、時折腕を組む必要性。カップルが立ち寄る場所にこそ寄らねばならないという作戦について話すと……金団長は腕を組み、軽く唸り声をあげた。
「それは本当に必要なのか?」
「必要です。まずはブティックに行きましょう。礼装では民情視察なんてできませんから」
 硬い表情のまま、伽羅は金団長をブティックへと案内する。
 ……その後、ブティックで着替えた鋭峰と一緒に出てきたキャラは、鋭峰の腕に自分の腕をからませて、きゃぴきゃぴしていた。これも偽装のうちですぅ〜とか言いながら。

「順調のようですな」
 光学迷彩で姿を見えにくくし、鋭峰のパートナー関羽・雲長(かんう・うんちょう)を背に隠しながら、うんちょう タン(うんちょう・たん)は伽羅達の後をつけ、護衛していた。
「一方的に団長の方が引っ張りまわされているようにも見えるが……」
 雲長は険しい顔つきで見守っていたが、恋愛慣れしていない青年を振り回す積極的な女性の姿は、恋人同士にも見えなくもなくて。思わずほっと、息をついた。
「……団長もようやく」
 自分からはまだまだ積極的になれない、というより女性の扱い方を知らない鋭峰だが、最近は近づいてくる女性も多く、春も近いように思え……なくもなかった。
「このまま、何事もなく終わると良いですな」
 うんちょうはそう言いながらも、何か些細な荒事をも期待してしまう。
 久しぶりに、尊敬する関羽の手並みが見れたら最高なのだが。
「今のところ怪しい人物はおりませんな」
 そこまでは望むべきではないだろうと、事前に防げるよう神経を集中していく。

 レストランで食事をすませて、大通りに公園をぶらぶららぶらぶ……いや、巡察して。
 最後に百貨店へと立ち寄った。
「……ん?」
 高級チョコレート売り場の傍で、伽羅は知人の姿を発見した。
 今ばったり会うと面倒なことになるかもしれないが……もしかしたら、何かの役に立つ可能性もあるとも思い。
「すみません〜。ちょっとお手洗いに行ってきますぅ。ここで待っててくださいね」
 腕にすりすりしながらそう言った後、伽羅は硬直した彼をおいて、彼に見えないよう遠回りをしてチョコレート売り場へと入っていった。
「ブラヌさぁ〜ん♪」
 オシャレな服を着てはいるが、その人物はブラヌ・ラスダーに間違いなかった。
「うおっ!」
 ブラヌは背後からの伽羅の出現に、飛び上がって驚いた。
「何してるんですかぁ〜」
「え、えええっと、知り合いがチョコレート見てるから、ここで待ってるんだ」
 ブラヌは軽く赤くなりながらそう答えた。
「ふぅーん……そうですかぁ。戴けるといいですねぇ。で、ちょっとだけお願いなのですが〜。あの方を見ていて欲しいのですぅ」
 伽羅は顎に手を当てて、うろうろとしている鋭峰を指差した。
「誰? キャラさんの彼氏?」
「そう思ってくださっても構いません〜。彼がどこか行ってしまいそうになったら、大声で知らせていただければ結構ですぅ。よろしくお願いします〜、後日分校でサービスしますよぉ」
「了解。見ておくよ。こっちも……か、カノジョが戻ってくるまでだけどなっ」
 軽く赤くなりつつ、ブラヌはそう言った。
「青春ですねぇ〜」
 伽羅はにこにこ笑みを浮かべながら、急いで店員のもとに向かう。
 予約しておいたチョコレートを受け取るために。

 5分以内で用事を済ませて、伽羅は鋭峰の元へ戻った。
「もういいだろう。帰るぞ」
 伽羅に引っ張りまわされた鋭峰は、厳しいながらも困った表情をしていた。
 くっついてみたり、恋愛スポットに立ち止まってみたり、伽羅もいろいろやってみたが、鋭峰は困るばかりで、まともな演技はしてこなかった。
 十分解ってはいることではあるが、ホント奥手だなあと思いながら。
 伽羅は、チョコレートを鋭峰に差し出した。
「……なんだ?」
「チョコレートですぅ。もぉ、当たり前じゃないですかぁ」
 伽羅は照れたふりをして、恥ずかしそうに鋭峰にチョコを押し当てる。
 それはカカオ高濃度の激苦ビターチョコ。
 団長の好みを考え、伽羅が選んだものだった。
「そ、そうか」
 鋭峰はチョコレートを受け取りながら戸惑う。
 それが義理チョコとは思えない豪華な特注思われるチョコレートだったから。
 でも、これも演技なのだろうと思いながら、懐にしまった。

「本日の視察随行、ご苦労であった」
「はっ」
 帰路につきながらの金団長の言葉に、伽羅は教導団員として返事を返した。
「……これは返せばいいか?」
 伽羅を見ずに金団長は懐の中から、チョコレートをのぞかせる。
「いえ、それは団長が召し上がってください」
 団長の為に用意したものだから。こだわりの品だから。
 伽羅は心の中で、そう付け加えた。