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2月14日。

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2月14日。
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リアクション



3


 ヴァイシャリー郊外の、人形工房前。
 工房周りを箒で掃いているクロエの後ろに忍び寄る影。
 そーっと、そーっと、気配を殺して近付いて。
「だーれだっ!」
「きゃあ!」
 日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)は両手でクロエの目を隠した。
「えっと、えっと。ちーちゃん!」
「せーいかーい☆」
 ぱっ、と手を離して、にっこり笑顔。
「ちーちゃんだけ? やしろおにぃちゃんは?」
 クロエがきょろきょろと辺りを見回した。
 いつも一緒の二人の姿が見えず、疑問符を浮かべている。
「やー兄はお出掛け! ちーちゃんも追いかけるから、すぐバイバイしなきゃなのー」
「そうなの? おじかんだいじょうぶ?」
「うん。でもね、クロエちゃんにどうしても渡したいものがあって、来ちゃったー♪」
 これ! と渡したのは、可愛くラッピングされた箱。
「ラミちゃんチョコだよ♪」
 中には望月 寺美(もちづき・てらみ)を象ったチョコが入っている。
 たいせつなひとたちに渡せるようにと、たくさん作ったそれ。
「リンぷーちゃんとふたりで食べてね♪」
 たいせつなひとに渡すこともできたし、
「ありがとう!」
 と言ってくれた笑顔はとびきり嬉しそうだったし。
 千尋まで嬉しくなって、また笑顔。
「じゃあ、やー兄とのお出掛けがあるから、またねー!」
 ぶんぶん手を振って、来た道をぱたぱた走って戻った。


*...***...*


 ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)とのデートは、すれ違いが多かった。
 夏の花火大会から、ハロウィン、そしてクリスマス……ペットレースやカナンの森では一緒に過ごせていたけれど、そういうのとはまた違う。
 今日はバレンタインデー。
 『恋人たちのイベント』である。
「なのにどうして、そうやおにぃちゃんはわたしのところにいるの?」
 クロエの問い掛けはごもっともで、七尾 蒼也(ななお・そうや)は苦笑した。
「なんていうかな……」
 二人きりになりたい反面、間が持たない気もしたのだ。
 そういう理由が合わさって、待ち合わせ場所が人形工房となった次第だ。二人ともこの場を訪れたことがあり、また気兼ねなく来れそうだったから。
 案の定、店主であるリンス・レイス(りんす・れいす)は何も言わない。ただ黙々と、人形作りをしている。
「おとなのじじょー、ってやつなのね?」
 曖昧に笑った蒼也を見て、クロエが言う。
「クロエは頭がいいな。その通りだ」
 そんな彼女の頭を撫でて、
「デートはできたのか?」
 クリスマスの日にした話を思い出して、問い掛けた。
「できたわ! いっぱいたのしんだの。デートって、すてき!」
 それはよかった。そんな思いと、無表情に人形を作る彼が彼女とどんなデートをしたのやら、という少しの好奇心。
 二人を交互に見ていた際に、
「お待たせしました!」
 工房のドアが開かれた。


 一人で来ることが多かったヴァイシャリー。
 自分の中に、自分だけの思い出しかないヴァイシャリー。
 だけどそれを、今日、共有することができるから。
 嬉しくて、楽しくて、仕方がなくて。
 精一杯可愛い恰好をしようと、可愛い自分を見てもらおうと、コーディネートに時間をかけた。
 いつもよりちょっとだけお嬢様っぽい洋服で。
 ヴァイシャリーという甘い街に溶け込めるような、ふんわりとした恰好で。
 いつにも増して輝いて見えるヴァイシャリーの街並みを見ながら、軽い足取りで人形工房に向かう。
 この道はハロウィンで通ったなぁ、とか。
 このお店で買ったんだった、とか。
 ここには屋台があって、とか。
 思い出がたくさん、たくさんある。
 それを思い出すたび懐かしさに歩くペースが落ちてしまい、気付いて慌てて早足に。
 何度か繰り返して、工房に着いた。
「お待たせしました……!」
 既に工房に到着していた蒼也にぺこりと頭を下げる。工房には前にも来たが、蒼也が対面している少女には初めて会う。
 コートを脱いで、一息。
「あ、」
「?」
 蒼也が声を上げた。見ているのはジーナの服装である。
「……その、……可愛い、な。チョコレートのようで……」
 裾にフリルのあしらわれた白い半袖パフスリーブは胸のところで切り返しがあり、コルセットを付けているように見える。そのコルセットと、コルセットの後ろについた大きなリボンがチョコレート色。ふんわり広がったフレアスカートが女の子らしい甘さで、彩りを添えるは衿元とヘッドドレスに飾られたピンクのコサージュ。
「……可愛い、ですか?」
 悩みぬいて決めた、今日の服装。
 蒼也に可愛いと言ってもらいたくてしてきた、恰好。
「ああ、とっても」
 可愛いと言ってもらえたことが嬉しくて微笑む。
「……そのままジーナを食べ、……いや、なんでもない。聞かなかったことにしてくれ」
 何か言っていたけれど、聞きとれずに疑問符。
「えっと、食べ物ならこちらを」
 そして手渡すは、ハート型のチョコレート。
 『思い出の菓子職人』の異名を持つ、ヴァイシャリーでも名高いパティシエが作った品である。名前を、『ハートオブヴァイシャリー』という。
「ありがとう! ……とても嬉しい」
 感無量といった様子で、蒼也がチョコを受け取った。胸に抱くのが本当に嬉しそうで、ジーナまで照れくさく、そして嬉しくなる。
「そろそろ、行きましょうか」
 あまり長居しても申し訳ないので、工房を出る。お邪魔しましたと頭を下げると、二人が手を振った。
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃい、おねぇちゃん、おにぃちゃん!」
 行ってきますとはにかんで言って、コートを羽織って蒼也と手を繋ぎ、ヴァイシャリーの街へ。


 夏祭りの時、ジーナが花火を見たという場所で。
 シートを引いて、二人は空を見上げた。
「あの時は一人でしたが……今は、こうして先輩と空を見上げられる。それが、幸せです」
「今年は、一緒に観ような」
「はいっ」
 アイスプロテクトを掛けてはいるが、それでも寒い。
 だから、そう約束をして肩を寄せ合った。幸せなのもあるからだろう、とても暖かい。
「そうだ、ジーナ」
 工房では、人がいたから恥ずかしくて渡せなかったけれど。
「これ、俺から」
 バレンタインのプレゼントを、ジーナの手に握らせた。
「蒼也先輩から?」
「外国式にな」
 箱のラッピングを解き、蓋を開ける。
 そこにあったのは月明かりのように優しく輝くイヤリング。
「ひかえめな美しさが、ジーナにすごく良く合うなって思って」
「嬉しい……いま、つけてもいいですか?」
「もちろん。つけて見せてほしいな」
 耳元で揺れるイヤリングを見て、
「似合ってる」
 微笑み合った。


 帰り道は、工房を出た時と同じように手を繋いで寄り添い合って、街を見て回った。
「ヴァイシャリーがエリュシオンに攻撃された時、ジーナはこの街を守りたいとワイバーンに乗って囮を務めたっけな」
 蒼也はそんなジーナの身を案じたが、一緒に行く事は叶わなかった。
 イコンで戦争に加わりたくはなかったし、かといって竜の乗り手でもない自分が行っても足手まといになるだろうと思ったら、行けなかった。
 その判断が正しかったのかどうか、今でもわからない。
 建物が多少壊れても人さえ無事ならば、と思っていた。
 だけど、この街並みや、郊外にも広がる景色、建物のことを考えると……どうだったのだろう? やはり、わからない。
「蒼也先輩」
「……すまない、暗い顔をしていたかな?」
「あまり気に病まないでくださいね。
 あの時、誰がどういう行動を取ったか……ではなくて、今、こうしてこの街がこの街としてここに在る。人々が、私たちが笑っていられる――それでは、いけませんか?」
「……いや。十分、だよな」
「はい」
「でも俺、頑張るから」
 ジーナが励ましてくれても。
「俺も竜の乗り手として、ジーナと一緒に戦えるように。同じ場所に立てるように、頑張るよ」
「先輩……。
 はい、一緒に行ける日を、楽しみにしています」
 その約束は、去年のように先走り過ぎた将来のことではなくて。
 手が届きそうな、未来の約束。
 今でも変わらない、ずっと一緒に居たいという「気持ち。
 お互いが我慢をすることなく、自然な形でそれが出来るように。
 できるだけの努力をしようと。


*...***...*


 日下部 社(くさかべ・やしろ)は葦原島映画館前に立っていた。
 巷で噂になっている映画――『ロースト・ニューポークの霜降り』のチケットを持って、デート相手である七瀬 歩(ななせ・あゆむ)を待っている。
 映画のことはちょっとB級臭いと思うけれど、流行に乗っておいて損ということもないだろうし。
 それに、誘った時歩が喜んでくれていたし、それで十分。
「好きな人を待つ時間っちゅーのもええもんやなあ……♪」
 寒さも気にならないくらいである。
「やっしーさーん!」
「お、あゆむん! おはようさん♪」
 社の姿を見付け、走ってきた歩に社は手を振った。
「お待たせしました、寒かったですよね?」
「んーん、そんなに待っとらへんし、大丈夫やで。それより、」
 ――今日の恰好も、かわええなぁ……!
 青いワンピースに白のカーディガン、それに白の羽根付きハットという服装の歩は、すごく、すごく可愛い。
「? それより?」
「な、なんでもあらへんよ」
 でも口にするのがなんだか恥ずかしくて、目を逸らした。
 逸らした先に居たのは、
「やっほー社にーちゃん!」
「め、巡ちゃん!?」
 七瀬 巡(ななせ・めぐる)だった。
「社にーちゃんオススメの映画なんでしょー? ばーんって悪い奴やっつけるのだったらいいなぁ」
「観たいって言って、着いてきちゃったんですよ〜。巡が一緒でも、いいかなぁ?」
 もちろん、社としては二人きりが良かったけれど。
 ついてきてしまったものはしょうがない。むしろちみっこの一人や二人がなんだ。妹たちも楽しませるくらいの気概で居るべきだ。
「もっちろんOKやでー♪ 巡ちゃんも楽しもうな♪」
「ちーちゃんもー!」
「おぅっ!?」
 そこで後ろから突撃された。聞き慣れた声と一人称である。振り返ると、案の定千尋が居た。
「ちーちゃんもやー兄とあゆむんお姉ちゃんとお出かけするのー!」
 クロエとリンスにチョコを届けると言っていたから、てっきりそのまま工房に居るのかと思ったら。
 千尋も一緒に楽しみたかったらしい。
 デートのつもりが、妹二人もやってきて。
「よーし、みんなで一緒に観ような♪まずはチケット買うたらな」
「ちーちゃん自分で買うー!」
「千尋が買いに行けるならボクだって買いに行けるもんね。千尋ー買いに行こー!」
 初めましてであろう二人は、挨拶がなくてもすっかり意気投合。
「仲良くなれそうで、良かったです」
「せやなぁ、ちーたちが楽しそうで、俺も嬉しいわ♪」
 そして二人がチケットを「ちゃんと買えた!」と掲げて戻ってきたら、いざ入らん映画館。


 映画を観終わり、大通りにあった喫茶店にて。
「うぅ……主人公の豚ちゃん、すごく健気。恋人がローストポークにされそうなところも、言葉が通じないのにすごく頑張ってたなぁ……」
 歩はハンカチで目元を押さえた。
「最後は恋人の幸せのために自分の身を引いたりとか、カッコよすぎるよ……」
「せやなぁ……俺も将来はあんな漢になりたいもんやで……!」
 同じく、目を赤くした社が千尋に借り受けたハンカチをぎゅっと握って力強く頷く。
「社にーちゃん、豚になりたいのー?」
 開演早々、眠りの世界に引きずられて行った巡がきょとんとした顔で社に問い、
「ちゃうわ、男気ってゆーんかな? あの、死んでもなお愛を貫く姿勢とゆーかな、そういうのにえらい心を打たれたんよ」
 社が力説する。
「でも豚だよー? 幽霊だよー?」
「見た目やないねん、心意気やねん」
「ふーん? ボクよくわかんない。千尋わかるー?」
「んーとね、ちーちゃんもあんな恋がしたいなって思ったよー」
 ちみっこ二人は、そんな社の想いとは少しずれたところに居るらしい。
 そんな会話にくすくす、笑う。
「……俺、なんや変なこと言うたかなぁ?」
「そんなことないですよ。
 やっしーさんも、豚ちゃんのような男の中の男! って感じになっていくんですかねー?」
「ん、任しとけ! あゆむんの事は俺が守ったるさかい! 任せてや♪」
「ありがとうございます♪ でも、無理はしないでくださいね」
 言ったところで、頼んでいたメニューが来た。
 歩はキャラメルマキアート、巡は千尋と一緒に大きなパフェ、社はコーヒーである。
「映画、すっごく面白かったです。やっしーさん、今日は誘ってくれてありがとうございます」
 お礼を言うのが遅くなってしまったけれど、ぺこりと頭を下げた。
「いやいや! 今日は久しぶりにあゆむんと一緒出来て嬉しかったわ♪」
 社は照れたように笑って言い、「ちーも巡ちゃんと遊べて良かったもんなー♪」ジャンボ抹茶パフェに挑む二人に声をかける。
「うん、楽しかったよー! ……あ! 巡ちゃんとあゆむんお姉ちゃんにもこれ、あげるー!」
 千尋が思い出したように鞄からラッピングされた箱を出し、巡に、それから歩に渡す。なんだろう、と疑問符を浮かべて千尋を見ると、「ラミちゃんチョコだよ! ちーちゃんお手製なの!」胸を張って答えた。
「やー兄にはこっちー♪」
 そして、大好きな兄だからだろう、社には二人とは異なるラッピングのものを渡し。
「おおー♪ ちー、ありがとな♪」
 ――今なら、渡せるかな?
 思って、鞄に手を伸ばした。けど、千尋と兄妹水入らずな雰囲気でにこにこしているところにそれを渡すのは気が引けるし。
「巡、チョコもらってよかったねー」
「うん! 千尋、ありがとー!」
 話の流れに乗せてみる。
 その後は、話が戻って映画の感想。
 考察から愛の定義、
「豚はペットとしてアリやと思うんよ。あゆむんはどう思う?」
「あたしペットは猫かウサギかペンギンかって感じだったんですけど、この映画みたいにキュートな豚さんだったら飼っても良いかも」
「せやな、うん、この映画はペット界に震撼を齎すでぇ……!」
「でも、豚肉はしばらく食べられなくなりそうですね……」
 そんな映画とは関係のないところまで語り合い。
 パフェの中身がからっぽになり、コーヒーカップの中身も乾くくらいの時間が経った。
 どちらともなくそろそろ帰ろうという話になって、店を出て。
「ほんまなら家まで送ったほうがええんやろうけど……」
「お気になさらずですよー。
 そうだ。これ、お礼というわけではないのですが」
 すすっと差し出したのは、可愛い袋。中にはラッピングされたチョコが多種多様に入っている。
「ちょっと作りすぎちゃったので。寺美さんや千尋ちゃんと一緒に食べてくださいね」
「お、おお……!?」
 チョコ!? と喜び挙動不審になっている社を見て、くすりと笑い。
「今日は本当にありがとうございました。また今年もよろしくお願いしますね」
 手を振って、歩き出した。
「歩ねーちゃん、ボクにはー?」
「巡には帰ってからね!」
 そんな会話をしながら。

 
 感動して声も出せないでいたら、その間に歩は帰って行ってしまった。
 ――て、手作りなんやろか!? ていうかこれ、現実か!?
 頬を抓って確認。
 ――夢やない! 現実や!!
 ――うわあ、うわあ! あかん、やばいめっちゃ嬉しい!!
 ――はよ帰って食べよ! うわぁぁ、めっちゃ嬉しいわ……!
 もしかしたら、と期待はしていたけれど。
 まさかな、という思いもあったし。
 だから受け取れたことが嬉しくて。
「今日は最高の一日や〜!!」
 街中にも関わらず、そう叫んだのだった。
 千尋がいつもとはちょっと違う笑みを浮かべていたのは、ほんの一瞬だけだったので、社が気付くことはなかった。