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リアクション
10
「私、料理とかそういうのできないから買ってきちゃった」
東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)はそう言って箱をシートの上に置いた。『Sweet Illusion』のロゴが踊る、白い長方形の箱である。
「フィル店長さんとこのケーキだよ!」
箱の中身は桜のモンブランと桜のシフォン。共に春季限定メニューである。桜と名のつくケーキを、桜を見ながら食べたらもっと美味しくなるのではないかと思って買ってきたのだ。
「店長さんとこのケーキ、すごく美味しいからね! 私常連だし! 常連の私が言うから間違いないし!
さ、食べて食べて〜♪」
「いただきますです♪」
「いただきまーす♪」
ヴァーナーやクロエの手が伸びて、ケーキとフォークを持っていく。二人を見て、秋日子はほうっと息を吐いた。
「そういえば、二人はお弁当作ってきたんだよね。すごいなぁ……」
「すごいですか?」
きょとん、とヴァーナーが首を傾げた。隣のクロエも同じように首を傾げている。
「すごいよー……私もいつかちゃんと、作れるようにならなきゃ」
「じゃあじゃあ、つぎのきかいはいっしょにつくりましょう?」
「えっ、いいの?」
「つくるのだって、とっても楽しいですよ♪ みんなでつくれば、もっともーっと楽しいです♪」
そうなのだろうか。でも、ヴァーナーも、クロエも、とっても楽しそうだ。
「じゃあ、次。一緒に作ろうね」
だから、そう約束して。
皆で楽しく作れば、美味しい物もできるかな? と少し期待した。
満開の桜の木の下で、五月葉 終夏(さつきば・おりが)はヴァイオリンを奏でていた。
誰かに笑ってもらうためにできること。終夏にとってその手段は音楽以外にあり得ない。
ニコラやブランローゼからは「やっぱりか」というような目で見られたけれど。
だって、それが一番好きで、そして誰かを笑顔にできる素敵なものだもの。
周りの人の邪魔にならないように、それから場の雰囲気を壊さないようにと音量や選曲にも気をつけて。
音を奏でていく。
明るく楽しい曲を、自らも楽しみながら。
会話にも耳を向けていた。
話題が途切れることはないと思っているが、もしも途切れるようなことになるのなら皆が知っている曲を弾こうとして。
気を遣いすぎだと言われるかもしれないけれど。
――でも、やっぱり、私は。
音楽で人を幸せにしたい。
そのためだったら、いくらでも努力する。
手を休めることなく弾き続ける終夏の鼻先に、花びらが舞い降りた。さすがに手を止めて、それを摘む。
そのまま静かに視線を上げて、桜の木を見た。それから周りも見渡す。
改めて、すごいな、と思う。
見事に咲く、桜の木もそうだけど。
皆がただ静かに、同じ花を見ていることも。
そしてこの時間を、とても愛しく思う。
誰かと同じ気持ちを共有している。同じことを考えている。
素敵な素敵な、穏やかな時間。
「もう弾かないんスか?」
不意に声をかけられて、見上げていた視線を声の主に向けた。
「紺侍君」
「あ。でも花見っスもんね。そりゃ桜も見るよなァ」
「うん、でもまた弾くよ。何か希望ある?」
「オレ、クラシック疎いんスけど。メヌエットとかカノンしか知らないっス」
「あはは。じゃあメヌエット弾こうか」
言いながらヴァイオリンを左肩に乗せる。顎で支えて、弓を弦に宛がった。
「さっきね、この時間を愛しいって思ったの。それで思い出したんだ。チャリティイベントのこと」
奏でる前に言っておこうと思って、呟く。
たくさんの子供たちが笑ってくれた。楽しんでくれた。その笑顔がすごく愛しくて、その時間がすごく楽しくて。
「また行きたいな。行ってもいいかな」
「もちろん。ウォーターベルやったって聞きましたよ。楽しかったーって」
その場に居なかった紺侍にも伝わっているくらい、喜んでくれたということだろうか。嬉しい。
「あの子たちとも、こうやってお花見したいね」
「あ。それイイっスね。また週末とか企画してみようかな。そしたら終夏さん、来てくれます?」
「うん。行くよ」
「じゃあまた連絡しますね」
「待ってるね」
会話が途切れたところで、弓を引く。
ヴァイオリンの音色が溶け込んでいった。
皆でお花見をするという話を聞いたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)も、花見に参加させてもらうことになり。
お手製のお弁当を持って、会場までやってきた。
「あっ! あそこだ〜!」
すでにわいわいと騒いでいる面々を見つけ、駆け寄って行く。
「こんにちはっ! お酒やおつまみやお弁当、持ってきたよー! 好きに飲んで食べてね♪」
持参したものをシートの上に広げていく。焼き鳥や鶏肉の燻製、卵焼きの入ったお重や、スルメ、サキイカ、ミックスナッツなどのおつまみ類。隣に置かれるお酒の瓶。
持ってきたものが少し偏っているかもしれないが、まあ宴の席の料理ならこんなものかと多少の妥協。
とはいえ花見なので、と趣向を凝らして桜花料理も用意した。桜のリキュールを入れたゼリーに桜のつぼみの塩漬けを乗せた桜寒天だ。軽く開いたつぼみなど、目にも楽しい。
「おお……!? お重や! 本格的や!」
お重に社が反応して、それから数人が寄ってきた。少し照れながらミルディアは笑い、
「やりすぎちゃったかな?」
注目されているお重を見た。何せ六段重ねだ。注目もされる。
「でもまあ、いっぱい人、いるもんね! 多くて悪いこともないよね」
そう言って、お酒を手にした。桜を見ながら口に含む。
――お花見、かぁ。
見上げた桜はとても綺麗で、周りの雰囲気は楽しくて。
――料理に桜にお酒に……争いなんて無しに、こうやって楽しく生活できればいいんだけどなぁ。
口に出さずに胸に留めて、また一口お酒を飲む。
ほわりと温かくなってきて、ふわふわした気分になりながら思うことは。
「また来年も、お花見できるといいね……」
ちょっと切ない、願い事。
「ねぇ、どうして桜の木がこんなに綺麗なお花を咲かせるか知ってる?」
千尋やヴァーナー、クロエがブランローゼとお花見をしているところに、響 未来(ひびき・みらい)が遊びに来て言った。
「クロエちゃん、知ってる?」
「しらないわ」
「さくらさんも楽しいからですか〜?」
ブランローゼは、にまりと悪戯っぽい笑みを浮かべている未来が何を話したいのか悟ったらしく、あらあらと口元を押さえにこにこと笑うだけ。
空気を読んでくれたブランローゼに感謝しつつ、未来は言葉を続ける。
「それはねー。桜の木の下に死んじゃった人が埋まってるからなのよ〜?」
「う、嘘だぁ。ちーちゃん、そんなことないって知ってるもん!」
「ね! きっと、うそよ! ……じょうだんよね?」
「だいじょーぶです! さくらさんはそんなわるい子じゃないです!」
千尋とクロエとヴァーナーは手を取り合い、未来に反論した。同じ意見の子が居たことで安心したらしく、ちょっと強気である。
やっぱり騙されてはくれないかー、と悪戯をやめようとしたところで、
「本当だぞ?」
祐司が乱入した。
「「「……え?」」」
三人の顔色が、判り易く変わった。嘘だと思っていたのに肯定する人物が現れたことで混乱しているようだ。
「桜の木の下には死体が埋まっているんだ。桜は吸血鬼顔負けな程に血が大好物でな、血を吸ってピンクの花弁を開かせ……」
おどろおどろしい語り口に、子供たちはすっかり怯えてしまっていた。
自分が引き金ということもあって、未来は少しだけ焦る。けど、
――信じる子たち、可愛いわね……♪
心の奥底では、楽しんでいたり。
そして、なおも話を続けようとする祐司には。
「こンの、馬鹿祐司!!」
「ふぐっ!?」
美咲の鉄拳制裁が待っているわけだが。
グーで殴って言葉を封じて、その後ジャイアントフルスイングでこの場から退場、というコンボを叩きこんだ美咲は、
「大丈夫。桜の木の下に死体は埋まっていません」
子供たちを安心させるように、嘘を訂正していく。
「ちがこうぶつっていうのは?」
「それも嘘よ。安心して」
「ミクちゃん、ほんと?」
「うん、嘘だったの。ごめんね?」
「ボク、ちょっと信じちゃいました。そんなことなくてよかったです〜……」
安堵の空気が流れ、笑顔も零れたので一安心。
――すんなり騙される純粋な彼女たちも可愛いけれど、無邪気に笑う姿の方がやっぱり可愛いわね。
そんなことを思いながら、未来は桜の花を見上げた。
「おっ花見ー♪ お花見ー♪」
クッキーやチョコ、ケーキなどの甘い物を作ってきた岩沢 美雪(いわさわ・みゆき)は、それらを入れたバスケットを手に配り歩いていた。
花を見ながら、楽しむ人にお菓子を渡し、お酒を飲む人にはお酌もして、気を配り。
「みんなで笑顔がいいね♪」
ね、と笑いかけた相手はクロエだ。
「クロエちゃんにもあげるね」
「ありがとう、みゆきおねぇちゃん!」
ラッピングされたお菓子を渡し、微笑みかける。それからシートに座った。クロエの隣だ。
「いっしょにたべよう?」
「うん! 桜、綺麗だねぇ♪」
ほのぼのと見ていると、浮かない顔をした美咲を見付けた。
美咲が見ている先に居るのは、リンスだ。
「美咲お姉ちゃんたち、何かあったのかなあ……」
「リンスはいつもどおりよ」
クロエが言うように、リンスはいつも通りだ。二人とも、小さく笑ったりして楽しんではいるようだけど。
「しんぱい?」
「ちょっとだけ。美咲お姉ちゃん、話してくれないから」
だから、話してくれた時にはきっと力になろう。
「そうだ! クロエちゃん、お守り大丈夫? 禁猟区、かける?」
「おねがいするわ!」
自分にできることを精一杯やろうと、美雪はお守りを作った。
美咲の態度が違うということは、岩沢 美月(いわさわ・みつき)にとっても面白くないことだ。
冷静で居ようとしているのか、普段より元気がなく見える。
――それがわかったからって、あたしに何ができるわけでもないですけど。
出来ることと言えば。
――あのアホが働かない分、あたしが働くくらいですけど。
花見の席のすぐ近くで、屋台を開くことくらい。
春、そして花見らしく三色団子を作って売っている。
休むつもりはさらさらない。誘われたら顔出しくらいはしてもいいか、程度である。
「いらっしゃいませー」
声を上げて商売に精を出していると、
「そろそろええ時間やな!」
社のそんな声が、聴こえた。
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