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神楽崎春のパン…まつり

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神楽崎春のパン…まつり
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第3章 パン…パーティ!

 神楽崎優子主催の、お礼のささやかなパーティは宿舎の食堂を借りて行われることになった。
 引越しの手伝いを終えた学生達が、次々に食堂に顔を出し、準備を手伝いながら開始を待っている。
「部屋にも出たっていうし、もしかしたらこの中にも……疑いたくはないけど」
 若葉分校生と共に訪れた和原 樹(なぎはら・いつき)は、少し不安気に食堂の中を見回す。
「運搬は手伝えなかった分、こっちの準備は頑張らないとね」
 変態に遭遇したら、樹は多分……いや確実に、荷物よりパートナーのショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)を守るから。
 以前彼女が攫われそうになった時のようなことは、絶対にないように、油断はしたくないから。
 あえて運搬には参加しなかった。
「確かに……反射的にどちらを守るかと言われれば、他人の引っ越し荷物よりショコラッテの方だろうからな」
 フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)も、樹と同じ行動に出るだろうと、運搬には協力しなかった。
 二人の想いに、ショコラッテはくすっと笑みを浮かべる。
(その時は私が荷物を守るから大丈夫なのに……)
 そう思いながらも、2人の気持ちが嬉しくて。だから何も言わずに、2人に守られて宿舎に直行したのだ。
「ここは終わり」
「それじゃ、スープ皿並べるね」
 ショコラッテが拭き終えたテーブルに、樹が皿を並べていく。
「まあ、今回は樹が狙われることはなさそうだが……」
 フォルクスは2人を時々手伝いながら、周囲に注意を払っていた。
「もし変態さんが乱入してきても、ショコラちゃんはしっかり守るからな。アリスのドロワーズは渡さない!」
「え……?」
 樹の言葉に、ショコラッテが軽く驚く。
「あ……いや、変な意味じゃなくて。女の子の服を狙ってるって話だし、婚約の証に贈るようなものを他人に取られたら大変だろ」
「樹、お前も契約の時に……」
「そういうツッコミはなしで! そこはほら、繊細な問題なんだよ」
 フォルクスの言葉を遮った樹だが。
「……繊細な問題なのか? それほど妙な風習でもないだろう。まぁショコラッテに関して言えば、むしろ我らの方が下着を渡しているわけだが」
「えっ!?」
 一瞬驚いた樹だが、直ぐに洗濯のことを言っているのだと気づき、ほっと息をついてうなづいた。
「それが私の仕事なの」
「ありがとうショコラちゃん。けど最近は家事全般を頼りきりで悪いな。たまには手伝うよ」
「ん、ありがとう。時々脱いだままになってるから、ちゃんと籠に入れてね」
「う゛……ごめん、気をつける」
 本当の妹のような小さな娘なのに、母親のようなこともしてくれていて。
 やっぱり、事件が起きた際には荷物より、食事より、彼女を一番に守りたいと樹は強く思う。
「そうそう、俺もパン作ってみたんだ。ショコラちゃんはいちごとかぼちゃ、どっちがいい?」
 樹が作ってきたパンは、イチゴジャムを混ぜた甘い蒸しパンと、ほくほくの南瓜を入れた蒸しパン。
 ショコラッテは少し迷った後……。
「半分ずつ、食べてもいいかしら?」
 そう尋ねた。
「もちろんだよ。それじゃ、包丁借りていくつかに切ろう」
 樹がそう答えると、ショコラッテは微笑みを浮かべて、こくんと首を縦に振った。
 樹とフォルクスの顔にも淡い笑みが浮かぶ。

「いいか、有名人の持ち物ってのはある種のブランドってのがつくもんなんだ」
 匿名 某(とくな・なにがし)は、アレナを案じている大谷地 康之(おおやち・やすゆき)に、彼女が狙われている理由について説明をしてあげていた。
「それが本人が身に着けていたモノ……例えば服やら下着やらになったらそりゃレアリティとかコレクション価値も高まるわけで……。特に下着は、バザーや古着屋に出すことも考えられないし、簡単に手に入るモンじゃない。見たくても見ることは出来ない、触りたくても触ることが出来ない、男達の憧れが……」
 力説していた某は、突如「きしゃー」という奇声を耳にした。
「いきなり何を言い出すんですか!」
 恋人の結崎 綾耶(ゆうざき・あや)が顔を真っ赤にして怒っている。
「ブランドとかレアリティとか、女の子の持ち物をそんなどこかのトレカみたいに扱わないでください!」
「いや、あのな、そういう意味じゃなくてな。寧ろ、ブランドとかトレカなんて俺言ってな……」
「そういう言い訳は受けつけませーん! きしゃー!」
 再び奇声を上げると、綾耶は調理室の方へ走っていってしまった。
「綾耶、待って!」
 某も綾耶を追って駆けていく。
「んー、やっぱわかんね」
 康之は某の説明を受けても、アレナの下着を狙う者達の心理を理解することは出来なかった。
「アレナ、大丈夫だろうか……」
 ただ、アレナのことを案じて、準備を手伝いながら開始を待つことにした。

「爆発オチが必要ですか?」
 突然。
 本当に唐突に、牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が、食堂にパンを運んできた優子に問いかけた。
「バクハツオチ?」
「ナコるんにいわれて『きゅーこくのえーゆー』になりにきました」
 アルコリアは手に、白ラン姿の樂紗坂 眞綾(らくしゃさか・まあや)をぷらーんぷらんと下げている。
「なんだか解らないが、料理なら提供してくれるとありがたい」
「料理じゃないです、スパイスともいいます」
「そうか? 必要そうな人がいたら、分けてやってくれ」
「わかりました」
 微笑みながら、アルコリアは花を飾っているアレナに目を向ける。
「アレナさん、爆発オチは必要ですか?」
「え……?」
「お〜! かくごはいいぞ〜、よろしく〜」
 変わらず、眞綾はアルコリアに掴まれて、ぷらーんぷらんしている。
「えっと、特に必要なものはないです」
 アレナもよくわからなくて、訝しげにそう答えた。
「そうですか。でもきっと爆発オチが必要になると思うので、必要になったら呼んでください!」
 アルコリアは胸の前できゅっと拳を握り締めて、目をキラキラさせている。
「は、はい……?」
 アレナは優子に目を向けるが、優子も訳がわからないというように、首を傾げた。
「アル……」
 少し離れた位置から、アルコリア達の様子を見たシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)は首をぶんぶん左右に振った。
「アル達とは他人他人、ボクは白百合団員。真面目に仕事仕事……」
 シーマは会場の警備を担当することに。
「アル達以外も灰汁の強い連中がいるしな、頭が痛い」
 訪れる学生達の中には、パラ実生の姿も多く見られる。
「何事も起きない……はずはない、か」
 再びアルコリアをちらりと見る。
 反対側の壁の側でひっそり佇んでいるアルコリアのパートナーナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)の姿にも、恐怖を感じる。にこにこ笑みを浮かべながら、ナコトは時を待っていた。
「……誰か一人でも護れれ……ると、いいな」
 シーマは弱気にそう呟いた……。

 堅苦しい挨拶などはなく、ホームパーティのように和気藹々とパンパーティは始まった。
「さあ、これこそ焼きたて出来たて、熱々だぜ〜」
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)は、パン焼き結界でパフォーマンス。
 学生達の目を惹き付けていた。
 焼きあがったパンや、ドリンクを貰って、各々知り合いと好きなテーブルについていく。
「あ、あのな綾耶。あれは康之に説明するために言っただけであって、別に俺がそういうのに興味あるわけってことじゃないからな?」
 某は綾耶の隣に座って、誤解を解こうとしているが、綾耶の機嫌は直らず、目も合わせてくれない。
「被害のない男の人はそれでいいですけど、女の子にとってはものすごく怖いことなんですから!」
 焼きたてパンをやけ食いの如く、口に突っ込みながら綾耶は不満を漏らしている。
「某さんだって、自分の持ち物が【男の人】に買われてるなんて聞いたら気分いやじゃないですかぁ!」
「う……ッ、確かにそれはそうだけど。そっちは理解もできないな……」
「女の子の下着に関しては、理解は出来るんですね、憧れてるんですね! きしゃーっ!!」
「いやっ、そういう考えを持っているヤツがいることの理解は出来るが、俺がそういう考えを持っているわけじゃないってば……っ」
「きしゃーっ」
 聞く耳持たず、綾耶は某から椅子を離していく。
「何言ってんだか……おっ、アレナ、こっちこっち!」
 康之が、どこに行こうか迷っているアレナを、手を振って呼んだ。
「運搬、大丈夫だったか?」
「皆さんが助けてくださったので、私は大丈夫です。大丈夫じゃなかったのは……マスクを被った人達の方です……悪いことはダメですよね」
「そうだなあ……。今回の事件以外も何か変な事とかされてねえか?」
 康之が尋ねるとアレナはちょっと考えてこう答える。
「優子さんと一緒の時は大丈夫なんですけれど……。一人の時には、ぺたぺた触られたりします。星剣見せてとかも言われて……ちょっと困ることもあります。握手とか、サインとか欲しいって言われることもあり、ます。……私、そんなに立派なこと、考えてたわけじゃなくて……。仕方なく、だったから」
 アレナの声は次第に小さくなっていく。
「でも、皆を守りたいと思っていたことは本当だし。俺もアレナのこと凄いと思ってるぜ! もし、何かあったら遠慮なく言ってくれよ? そしたら俺はパラミタの端にいようと、全速力ですっ飛んでくるからよ!」
「康之さん……」
「アレナ困ってたり悲しんでる顔ってのは一番見たくないからな、それを笑顔にするためなら頑張る!」
 康之の言葉に、アレナは淡い笑みを浮かべて、ありがとうございますと頷く。
「てことで、まずは優子さん達が作ったっていう美味いパン食べて元気になろうぜ!」
 言って、康之はトングをとって、パンを選んでいく。
「この餡パン、色々種類があるみたいだな。アレナはどれにする?」
「えっと……鶯餡がいいです」
「了解。俺も同じのと、栗も食いたいなー」
 康之はまず、一口サイズの鶯餡のパンを、アレナと自分の皿の上に乗せた。
「ところで、アレナはパンとか作ったのか?」
「私は荷物運びの方をしていたので……料理は作ってないです。えっと……お茶、淹れますね」
 アレナは席を離れて、ティーポットを持ってきて、康之のカップに紅茶を淹れた。
「おっ、サンキュー」
「ミルクとお砂糖はどうします? レモン持ってきましょうか?」
「んー、今日は何もいらない。アレナの淹れてくれた茶を、このまま楽しみたいからな!」
「……はい」
 アレナはにっこり笑みを浮かべて、ぺこりと頭を下げた。
 それから「また後で」と言い、手伝ってくれた皆へも茶を注ぎに回っていく。