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春は試練の雪だるま

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春は試練の雪だるま

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第5章


「猫探し……でスノー?」
 と、ウィンターの分身は聞いた。
「ああ、簡単だろ?」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)は答える。ツァンダを訪れていたリリに人助けの手伝いを求めたウィンターは、リリの探偵稼業の手伝いをすることになったのだ。
「思ったよりまともな依頼でスノー。ちゃんと探偵してるでスノー?」
「はっはっは、ウィンターは随分と失礼なのだな。リリはこう見えてもちゃんと探偵なのだよ?」
「だって……最初に会った時に『人助けなら事務所の家賃を2ヶ月滞納しているから払ってくれ』って言ってたでスノー」
「仕方がなかろう、リリが困っていたのは事実なのだ。それに人助けをするのにお金がないとはどういう了見なのだ?」
「理屈がおかしいでスノー」
 そんなことを言い合いながら話す二人に、ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)は突っ込んだ。
「もう、そんなことを言ってないできちんと探しませんと……家賃の滞納も、3ヶ月目は待ってもらえませんよ?」
 そこを突かれるとリリも弱いのだろう、言葉に詰まりつつも真剣に猫探しを始めるのだった。

 猫を探してツァンダの街を右往左往するそんな三人に話しかけたのは、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)である。
 極度の方向オンチである彼女は、パートナーの柊 真司(ひいらぎ・しんじ)からはぐれてしまい、一人で街をさまよっていた。
 彼女の元にもウィンターの分身は訪れていて、道案内を頼みはしたものの、ヴェルリアの説明が要領を得ず、一向に目的地に辿り着けないでいる。
「あの……すみません」
 ヴェルリアは、リリとユリに話かける。
「ん……何なのだ?」
「ちょっと道をお尋ねしたいのですが……海京の空港へはどう行けば……」


 言うまでもないが、ここはツァンダである。


「海京とはまた大きく出たのだな……」
 さすがに開いた口が塞がらないリリ。ユリは、親切にもヴェルリアに教えてあげた。
「あの……ここはツァンダの街ですよ……? 空港から、海京に行かれるのではないのですか……?」
 その言葉を聞いて、驚きの声を上げるヴェルリア。
「えーっ!? ここはツァンダなのですか!? ど、どうしましょう……てっきり海京にいるものだとばかり……」
 その足元で、ウィンターの分身は頭を抱えた。
「ああ……ここを海京だと思っていたのでスノーか……どうりで話が通じないと思ったでスノー……」
 この調子で数時間、街をさまよっていたのだろう。疲れ切った様子でウィンターは嘆くのだった。
 そんな呟きを無視して、ヴェルリアはユリの持っていた写真を見て、ぽつりと呟いた。
「あら……可愛い猫ちゃん……さっき見た子にそっくり……首輪の飾りもおんなじで」

 その一言を聞き逃すリリではない。ウィンターやユリを押しのけてヴェルリアに詰め寄った。
「ど、どこで見たのだ!! 教えるのだ!!」
 だが、ヴェルリアはぼんやりと自分の歩いたルートを思い出そうとするが、そんなものを正確に思い出せる人間はそもそも迷子にならない。

「えーっとですねぇ……赤信号の交差点のコンビニの前で……白いバイクが止まっていて……その荷台に乗っていましたね……その時見た雲がお魚さんみたいだなぁ、と思ったのを憶えています」


「コンビニなど山ほどあるのだッ! バイクは走って行ってしまうのだッ!! 雲など目印にならんのだーッ!!!」


 リリは叫んだ。迷子になりやすい人間の特徴として、目印にしてはいけない物を目印として憶えてしまう、というものがある。
 ヴェルリアの足元でぐったりとするウィンターがそんなリリに向かって言った。
「あー……猫は憶えてないけど、たぶんそのコンビニまでは行けるでスノー……道案内するから、ヴェルリアを空港まで案内してやって欲しいでスノー」
「む……仕方ないのだな、交換条件という奴か……」
 と、商談を成立させたリリとウィンター。よく状況が飲み込めていないヴェルリアに、一人の男が話しかけてきた。


「お……お嬢さん……! 服の裾が……ほつれていますよッッッ!!!」


「はい……ってキャーーーッ!?」
 木崎 宗次郎(きざき・そうじろう)であった。
 話かけられただけで悲鳴をあげるのも良く考えれば失礼な話ではあるが、今回ばかりはヴェルリアに罪はないと言えるであろう。
 何しろ、宗次郎は外見で言うと鋭い眼光に黒づくめの服装、目の下の隈は濃く、常に不機嫌そうで無口な風貌からは、『ヤクザ』の三文字しか浮かんで来ない。
「な、何だ!! 今日はまだヤクザに絡まれるようなことはしていないのだぞ!!」
 思わずリリも叫ぶが、いつもは何かしてるということなのだろうか。
「ま、待って下さい皆さん、まだこの方が悪人と決まったわけでは!!」
 基本的に人がいいユリは懸命に宗次郎を擁護するが、それを聞いた宗次郎はユリの方を向き、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「うぅ〜ん……」
 そのあまりの眼光の鋭さに、ユリはリリの背後に隠れてしまう。
 宗次郎の目つきはまさに人斬りのものであった。

「……ところで、さっき服の裾がどうとか言ってなかったでスノー?」

「なに?」
「あれ?」
「はい?」

 一人冷静なウィンターは、最初に宗次郎が話しかけた内容に突っ込んだ。
 確かに見れば、ヴェルリアの着ていたスカートの裾が少しほつれている。散々迷子になっているうちに、どこかに引っ掛けたのだろうか。
「あ……ほんとだ」
 ヴェルリアは自分のスカートを確認したが、ソーイングセットなど持ち歩いてはいない。
「……私も持ってないのだ」
 と、リリは首を振る。どうやらユリも同様のようだ。

「だ……大丈夫ッッッ!! ぼ……僕が、持っていますからッッッ!!!」
 そこに、震える手で宗次郎がソーイングセットを取り出したのが見える。
「ひぃっ!?」
 どうやら悪気はないらしいと悟ったヴェルリアだが、やはり宗次郎の顔の怖さには慣れないようだ。
 ガタガタと震える様子を見て、宗次郎は続けた。

「だ、大丈夫ッ、動かないで!!!」
 力みすぎて勝手に封印解凍!!
「ぼ、僕、元は家庭科の教師だったんだ!!!」
 気合が入りすぎて勝手に紅の魔眼!!
「こ、こう見えても縫うのとか得意だからッッッ!!!」
 相手が震えたままだと危ないので奈落の鉄鎖!!
「ま、まかせて下さいッッッ!!!」
 そして全身から噴き出てしまう冥府の瘴気!!

「ひ、ひいいいぃぃぃっ!!?」


 ちくちくちくちく。


「あ……本当に上手……」
 宗次郎が動きを封じた状態でヴェルリアのスカートのほころびを縫っていくと、その腕前は本当に確かなもので、あっという間に完成してしてしまった。
 実は宗次郎は外見こそ怖いものの、内面的には心優しい無口な男なのだ。
 ついでに言えば対人恐怖症で、社会不安症で、生まれつき目つきが悪いだけのおっさんなのだ。
 ただそれらの症状のせいで他人の目を見て話せない、まともに話かけることもできない、というだけで。
 しかし、このままではいけないということは本人が一番良く分かっている。常日頃からできることなら何とかしたいと思っているのだ。
 そして、先日偶然にも『ブラック・ハート団』の一員として誤解され、無理矢理ではあったが手錠を配る手伝いをさせられたことで、少しだけ他人に話しかけることに自信がついた宗次郎は、ウィンターの分身に人助けを頼まれたことを機に、勇気を振り絞って街へと出かけたのである。

「へぇ……人は見かけによらないと言うが、本当なのだな」
 リリは目を丸くして驚いた。まあ、外見が怖いだけで中身が安全だと分かれば、普段から外見も中身も怖い人の相手をしなければならいない探偵稼業のリリにはどうということもない。
「す、すごいですね……でも、人と話せないんじゃ家庭科の先生も大変だったんじゃ……?」
 まだ宗次郎の外見に慣れないのか、ユリはリリの後ろから聞いてみた。
「……ば、板書を完璧に……して、おいたから……大丈夫……」
 当時は完璧な板書と一切口を開かない教師、ということで物議を醸し出した宗次郎だったが、今となってはいい思い出だ。

「あ、ありがとうございます……、と、ところで、この辺りにお住まいでしたら……空港までの道をご存知ないですか……?」
 スカートの裾を縫ってもらったヴェルリアは、礼を言いつつも宗次郎に尋ねた。
「え……えっと……はい」
 宗次郎はヴェルリアの目を見返すことはできないが、こくりと頷いた。
「ほぅ、この辺りに住んでいるのか、それならこの近くに交差点のコンビニがあるか知らないか?」
 その宗次郎に、リリも便乗して尋ねる。
「あ……あっち……」
 言葉は少ないが、指差して教える宗次郎。

 どうやら、そのままなりゆきでコンビニまでの道と空港への案内をすることになったらしい宗次郎は、そのままリリとユリ、ヴェルリアとウィンター達を連れ、歩き出すのだった。

「ああ、宗次郎さんが他人と話して人助けまで……立派になって……」
 と、電柱の陰からその様子を見ていたのが宗次郎の妻、木崎 鈴蘭(きざき・すずらん)である。
「あ……移動するみたい……宗次郎さん、外見で誤解されやすいから心配だわ……」
 鈴蘭は万が一を考えて、愛車のバイク『愛羅武勇』で尾行を続けるのだった。


                              ☆