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18.答えはまだ出ない。


 ――私が習い、覚えた拳法とは何なんだろう。
 個室病室のベッドの上。
 怪我で入院中の琳 鳳明(りん・ほうめい)は自問する。
 拳法。
 戦う術。
 即ち、相手を傷つけるもの。
 誰かを守りたいから使う。そんな大義名分があっても、そのことに変わりはない。
 鳳明の取り柄といえば、体力と拳法くらいなもので。
 出来る仕事は、それを使って戦うことで。
 戦うということは、相手を傷つけることで。
 時に人の命も奪うもので。
 要するに何かというと。
 ――人殺しの琳鳳明は、リンス・レイスを好きでいていいの?
 ――……なーんて、……。
 笑おうとしたけれど、上手く笑顔が作れなかった。
 もしここにリンスが居たら。
 もし今の問いかけをしたら。
 ――『いいんじゃないの。琳の気持ちは琳のものでしょう』。
 ――そんな感じかな。
 リンスは優しいから。
 きっと、好きでいることを許してくれるだろう。
 でも、もしかしたら。
 姉を亡くした彼は、心の底では鳳明のことを赦せなく思うかもしれない。
 でも。
 それでも。
 否定して、否定を否定して。
 問いには答えが出ないまま。
 ――いっそ、ここに居てくれたら。
 答えをくれたら。
 ――うー。ダメだ。
 頭を振って、甘い考えを振り払う。
 答えを求めるんじゃなくて。
 頼るんじゃなくて。
 自分で考えなければならない。
 負担になりたくないから。
 彼を支えられるような相手になりたいから。
 だけどやっぱり、答えは出なくて。
「あー……」
 ――ダメだ。
 煮詰まってしまった。
 散歩でもして気分転換でもしようか。そう思ってベッドの上に身体を起こし、立とうとして。
 コンコン。
 ノックの音に、驚いた。「どうぞ」と、そっと声をかける。
「こんにちは!」
 ドアの向こうから現れたのは、
「あれ、クロエちゃん?」
 クロエだった。タイミングが良すぎてびっくりした。けれど、クロエだったからほっとした。
「お見舞い?」
「そうよ。みたことあるおなまえだったから」
「ありがとー。まさかクロエちゃんに来てもらえるなんて思ってなかったよ」
「えがおね!」
「うん。嬉しいから」
 ベッドの横に椅子を引いて、クロエが座る。床に足が届かないのでぷらぷらさせているのが可愛い。
「クロエちゃん」
「なあに?」
「あのね、」
 言いかけて、止まる。
 こんな小さい子に、甘えようとしていることに気付いて。
 ――……自分で思ってるより弱ってるなぁ、私。
 内心苦笑する。クロエがきょとんとした顔のまま、鳳明を見た。
「あー、えーっと。……一応これは独り言……なんだけどね?」
 前置きひとつ、防衛線。
「任務中に大怪我をしたの。原因は、敵将との一騎打ち。
 私は、こうして生きている。辛うじて。でも、生きている。
 相手は……死んだ」
「…………」
「それは戦争をやっていれば当たり前のこと。生きるか死ぬか。勝つか負けるかしかない。殺して落ち込んでるんじゃないの。だってそもそも敵兵を手に掛けたのはこれが初めてってわけじゃない」
 じゃあどうしてかというと、思い出してしまうのだ。
 人の形をその手から作り出すあの人を。
 胸が締め付けられるのだ。
「……何してるんだろう、って。
 何がしたいんだろうって」
 会いたい。
 結局最後に思うのは、その四文字。
「会いたいな」
 思いがそのまま、口に出た。
 クロエが黙ったまま鳳明の目を見ている。


 鳳明の着替えや暇つぶし用の本などを持って病院を訪れたセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)は、リンスの名前を見つけて病室の前で足を止めた。セラフィーナについてきた南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)もそれに倣って立ち止まる。
「顔。出していきましょうか」
「そうだな、鳳明のついでだ」
 ドアをノックし、開く。
「こんにちは、リンスさん」
「こんにちはメルファ。お見舞い?」
「ええ。鳳明がちょっとした怪我で検査入院をすることになりまして」
 怪我、という単語にリンスがわずかに反応する。鳳明がリンスの負担になることを嫌がっているのは知っていた。だから濁した言い方をしたのだけれど。
「すぐに退院できますから心配するほどでもありませんよ」
「するよ、心配」
「まあまあ。ところでお主、今日は何かないのか?」
 食い下がろうとしたリンスを制してヒラニィが言う。リンスの目がヒラニィに向いた。
「お主の周りにはういつも食い物があるだろう?」
「果物盛り合わせくらいなら」
「……お主、天然だな? あるいは鈍感か」
「なんのこと」
「まぁいい。ほれ、知人からもらった高級芋ケンピだ、食え」
 半ば押し付けるように芋ケンピをリンスに渡す。リンスは戸惑っているようだし、上手く話が逸れてくれた。
「お仕事も大事でしょうが、クロエさんのこともありますし……鳳明も、心配してしまいます。もう少しご自愛なさって下さいね」
 それでは、と言って深入りされる前に病室を出た。


 セラフィーナやヒラニィと同時に病室に入ってきた藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)は、二人がリンスと話すのを見て正面のベッドに目を向けた。
『やあ』
 そこに紺侍を見付けたので、さらさらとホワイトボードに字を書いて挨拶。
「こんにちは、天樹さん」
 はっきりと名前を呼んできた紺侍に、小さく笑う。
『頭打って、何か思い出した?』
「いえ? 頭打ってからはなンも。ただあの日から考えてたンで思い出せただけっスよ」
『そう』
 前は当惑した顔をしていたのに、今日はいくらか余裕がある顔だ。からかい甲斐は少なそうである。
 ではこの姿の種明かしでもしておこうか。謎を残したままにするつもりもないし。
 ペンを取って、これまでにあった出来事を記していく。
『紺侍が入寮してから、ボクはパラミタ化の施術を受けた』
 副作用で身体能力と外見年齢が著しく低下したこと。
 天御柱学院の実験施設で超能力の暴走事故が起こって実験棟を破壊してしまったこと。
 その際に学院から脱走したこと。
 そして空京で鳳明に出会い、契約するに至ったこと。
『以上』
 きゅ、と二文字を書いて締めくくる。
「なかなか濃い日々を送られていたよォで」
 軽い感想が彼らしかった。昔から、重い事実でも簡単に受け止めていた。そこは変わっていない。
『まぁ、元気そうで安心した』
「入院中の相手に言う言葉っスかね、ソレ」
 紺侍が苦笑する。それもそうかと字を消した。
「いやまァ、元気っスけどね。天樹さんも元気そうで」
『ボクの方は……まぁ元気だね』
 昔より、むしろ今の方が。
 そう書き足すと、へェ、と嬉しそうな声で頷かれた。元気なことに喜んでくれているらしい。
 再び文字を書こうとしたところで、セラフィーナとヒラニィが病室を出て行こうとするのが見えた。新しい字を消して、
『またね』
 別れの言葉に書き換える。
「ハイ。また今度」
 ひらり、手が振られた。振り返して病室を出る。


「……あはは。ごめんね、変な雰囲気にしちゃったね。
 沈黙が降りた病室に、鳳明の明るい声が響く。
「リンスのところ。わたしといっしょにいく?」
 何を言おうか迷った末に、クロエは提案した。けれど、鳳明の首が横に振られる。
「いいの。こんな中途半端じゃ、リンスくんには会えないし」
 難しいことを、鳳明は悩んでいる。
 ――わたしじゃ、こたえられない。
 答えられても応えられない。役者不足だ。わかっていた。
 もどかしく思うし、不甲斐なくも思う。
「ほうめいおねぇちゃん、ごめんね」
「ええ? どうしてクロエちゃんが謝るの」
「うん。ちからぶそくなの」
「そんなことないよー。聞いてくれてありがとね」
 ぽん、と鳳明の手がクロエの頭に乗せられた。撫でられる。包帯が巻かれた右手。そっと手を添えた。
「いたいのいたいの、とんでけー」
 おまじないくらいしか、出来ることはないけれど。
 少しでも鳳明の心が軽くなったら良いなと願って。