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ありがとうの日

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ありがとうの日
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「ん? なんかトラブルがあったみたいだな。捕まえたのは……白百合団員か?」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、たこ焼きを食べながら、引っ立てられていく男の姿を見ていた。
「そうですわね、これからの百合園を支えていく娘達ですわ」
 リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)は、いちごミルクのかき氷を食べながら答える。
「これから、か……ん〜」
 シリウスは爪楊枝を口にくわえたまま考える。
「そういや、アレナ達も今年で卒業だっけ?」
「アレナさんは1年高校に通えませんでしたから、今年度高校卒業のようですわね。神楽崎優子さんは、短大を卒業されるそうですわ」
「そっか……。そろそろ、オレも戻ってからの事を考えないとな」
 シリウスは元々百合園女学院の生徒だったが、現在は天御柱学院に留学中だ。
「オレらも短大に戻ることになるし、ちょうど一緒に……ってなるのか」
「そうですわね」
 ベンチに腰かけて、遠くに見えるパレードに目を向けながら2人は考えていく。
 浮かれてばかりも、いられないな、と。
「そうすっと進路か……。リーブラの事もだいたいわかったし、別に地球に帰ってもいいんだけど……」
 ぱくりと、たこ焼きを食べて、味わいながらシリウスは思いを巡らせていく。
「いろいろこっちにもしがらみできちまったからなぁ。さすがに百合園や天学の仲間をほっぽりだしてはいけねーし」
 出会った人々の事。自分が行ってきたこと。自分に出来ること……。契約者はこの世界で必要とされているということ。
「進路、ですか……そういえば、今まで考えたこともなかったですわ」
 リーブラは冷たい氷を口に入れ、甘さと冷たさにほのかな喜びを感じながら、くすりと笑みを浮かべた。
(シリウスも考えているのですね……っていったら怒られそうですけれど)
「百合園は短大ですし、本格的に学問を志すのなら空京大学。もしくは今のまま天御柱学院で技術を磨くのもいいと思いますわ」
「んー、とりあえず万年学生はオレのプライドが許さねぇとして。……なんか学園周りで職があるといいんだけどな」
 生かせそうなのは音楽か、天学で学んだイコン技術か……。
 戻ったらまず、進路相談をしないとなと、シリウスは考えていく。
「そういえば、小耳にはさんだのですけれど。専攻科が検討されているそうですわよ」
 百合園では、生徒達の要望により『認定専攻科』が設けられる予定だそうだ。
「それが何なのかは、存じませんけれど」
「専攻科? 後で調べてみるかー」
 百合園に設けられる予定の認定専攻科とは、短期大学卒業後の延長教育課程だ。
 学士の学位取得を目指せる課程であり、大学院修士課程への進学も、百合園から目指せるということになる。
「で、リーブラ、お前はどうするんだ?」
 シリウスの問いに、リーブラは少し驚きの表情を見せて。
 自分の大切なものを……人を思い浮かべていく。
「わたくしは……ティセラお姉さまと、知り合った皆様を守っていければ……」
「無職ってわけにもいかないし、その為にどんな職につくのか、考えていかねぇとなっと」
 たこ焼き食べ終えて、シリウスは勢いをつけて立ち上がる。
「さて、いくぜ、相棒! 出店全部見て回ろうぜ! イベントやってるところもあるしな!」
「ええ」
 リーブラはシリウスのくったくのない笑顔に、柔らかな微笑みを浮かべて、立ち上がり。
 彼女の後に続いて、歩き出す。
 平和である今は、大切な人に危険が迫っていない今は。
 明るい笑顔の中で、楽しんでいていいはずだから。

○     ○     ○


「こんどは、あっちに行きますよルインー」
 稲場 繭(いなば・まゆ)は、わたあめを手に、若者が沢山集まっている方へと歩き出す。
「おいおい、慌てると誰かにぶつかるぞ」
 考え事をしていたルイン・スパーダ(るいん・すぱーだ)は、慌てて繭の後を追う。
「っと、すまない……」
 慌てていたせいで、人々にぶつかりながら。
「ごめんなさい。先に行っちゃったら、ルインがぶつかっちゃいますよね」
 くすくすと笑いながら繭が言うと、ルインはわずかに顔を赤らめながら、少し仏頂面になる。
「こういう場所、なれてなくて……苦手なんだ」
 お祭りにはあまり行ったことがなかった。
 だから、どう楽しめばいいのかも、ルインは良く解らなかった。
 繭が楽しめるのなら、それが一番だと思って、ついてきている。
「ほら、皆楽しそうです。平和に、お祭りを楽しんでいる皆さんの顔を見るだけで、嬉しくなりませんか?」
 繭はルインに微笑みかけて、街の人々へと目を向ける。
「そういう、ものだろうか。だが、繭がそうなら……私も、嬉しい、か」
 ルインも微笑する。
 街の人々の姿というより、繭の嬉しそうな表情に、喜びを感じて。
 今度はゆっくり、肩を並べて歩き出す。
 全ての出店で買い物をする必要はなくて。
 売られている美味しそうなものや、楽しそうな店を見るだけで。
 訪れて、楽しむ人の姿を見るだけでも、とても楽しい。
「うん、やっぱり平和であるのが一番です」
 繭は世界的な事件には深く関わっていない。
 何かあったということは知っているけれど。
 やっぱり、誰かが悲しむよりは平和であるのが一番だと、思う。
「でも……もし、また何かが起こった時。私に何ができるでしょうか」
 繭のつぶやきは、ルインへの問いかけではなく、自分自身への問いかけだった。
 以前も、ただ大切な友達を支えてあげることしかできなかった。
 武術も魔法も得意なわけではなく、頭が特別いいわけでもない自分に、できることがあるのか。
 ずっとそんな悩みを繭は抱えていた。
(私は自分が出来る事を精一杯やるだけだって決めた。けど、私にできることって……?)
 繭の表情が少し、曇っていく。
「私ができることって、あるのかな……」
「繭」
 ルインは大人びた顔つきで、慈しみを込めて、自分に目を向けた大切な人に語りかける。
「あなたがその平和を愛する気持ちを忘れない限り、私はあなたの剣となりましょう」
 繭の為に何が出来るか。
 ルインにしてみれば、最初から決まっている。
 彼女を守るために、ルインは傍に居る。
「誰かを動かすのも立派な力なんだよ、繭。私は繭の力となりたくて契約したのだから」
 ルインの言葉に、繭はゆっくり頷いて。
 平和を楽しむ人々を。
 明るい笑顔と、心が弾むパレードを眺めて。
 咲いたばかりの、可憐な花のように。
 繊細で、優しく可愛らしい笑顔を浮かべた。
 ルインはそんな彼女を。今度はちゃんとエスコートして、パレードへと誘う。
「今は、平和を楽しみましょう」
「うん、一緒にね」
 ルインに向けられた彼女の顔は、曇りのない、輝きの溢れた笑顔だった。