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第6章 むさぼられる「可憐」

「はっ、こ、これは! 私もはりつけにされてしまったんですね」
 目を覚ましたアケビ・エリカは、自分が十字架の上にいるのを知って、愕然とした。
 眼下には、国頭武尊(くにがみ・たける)が偉そうな顔をして、腕組みをし、十字架にはりつけにされた少女たちを、展覧会の絵でもみるような具合で鑑賞してまわっている。
「なかなか素晴らしい眺めだな。よし、それでは!!」
 国頭は、走った。
 まるで、疾風のように速い動きだった。
「とあー!! 一瞬ではぎとって次へー!!」
 それぞれの十字架の下で、国頭は跳躍すると、はりつけにされている少女たちのスカートの裾の中に手を差し入れ、少女本人が気づかないほど一瞬のうちに、そのパンツを奪っていったのである。
「きゃ、きゃあああ! 私のパンツだけでなく、みなさんのも奪うつもりですか!? や、やめて下さい!!」
 エリカは悲痛な声で抗議するが、国頭は素知らぬ顔だ。
「ふう。大漁、大漁。これだけ集まると、それぞれの匂いが混ざりあって、すごい香りになってるなあ」
 両手いっぱいに奪ったパンツを抱えて、国頭は満足げだった。
 パンツの生地を通して、履いていた少女たちのぬくもりが伝わってくる。
 ずうっとそうしていたいほど、深い充実感を国頭は味わっていた。
 だが、感傷にひたってばかりもいられない。
 国頭は、ケンカに夢中になっている荒くれ者たちの方を向いて、いった。
「君たち、もうやめよう。ケンカなどしていると、観音様が悲しむぞ」
 国頭の声を聞いた、荒くれ者たちがいっせいに丘の上を振り返った。
 国頭の姿は、太陽の光を背にしていて、まるで後光がさしているかのようだった。
「国頭さんですか。でも、さすがに、あなたのいうことでも、聞けることと、聞けないことがありますね!!」
 荒くれ者たちは、S級四天王とされる国頭の命であっても、そう簡単には譲れない闘いに身を沈めていた。
 理由としては、ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)の始めた賭けに乗って、大半が「自分に勝つ」に賭けてしまったということがある。
 しかも、これ以上ないほど愚かなことに、各自、有り金を全部、賭けにつぎこんでしまったのである。
 賭けてしまった以上、どこまでも闘って勝利をつかみ、大金をゲットするしかない。
 みな、単純に、そう思い込んでいたのである。
 ジャジラッドの賭けは、結果として、ケンカの仲裁や制止を極めてやりにくくさせていたのだった。
「やっぱりそうか。でも、観音様が泣いているというのは本当だぞ」
 国頭は、説得を続けた。
「あーあ、四天王ともあろうお方がそんな戯言をいうんじゃ、とても聞いちゃられねえなあ。何が観音様だよ。普段から人のパンツばかり盗んで悪党三昧している輩がよう!!」
 荒くれ者たちは、口々に国頭を非難した。
 一歩間違えれば、全員が国頭に襲いかかってきそうな勢いだ。
 国頭は、緊張を表にださないよう注意しながら、こみあげてきた唾を、ひと息に飲み込んだ。
「何だ、オレのいうことを信じないのか。しょうがないな。それならみせてやろう。お前たち、目ん玉ひんむいてよくみろよ、悲しみのあまり涙を流す、観音様のお姿を!!」
 国頭は、目を閉じて、一心に念をこらした。
「あ、あの、か、観音様って、ま、まさか!!」
 はりつけにされ、パンツを奪われて、股間がスースーする感覚に耐えていたエリカは、はっと気づいた。
 国頭がいう観音様が何なのか、そして、彼が何をしようとしているかに。
「ダ、ダメです。私はともかく、ほかの子たちのまで、そんな、やめて下さい! 絶対にやめて下さい!!」
 エリカは、哀願するように叫んだ。
 私はともかく、とはいったものの、エリカ自身も、そんなことをされるのは絶対に嫌だった。
 荒くれ者たちは、国頭のいうことに首をかしげて、彼の一挙手一投足を見守っている。
「はああああああ!!」
 国頭は、サイコキネシスを発動させた。
 十字架の上にはりつけにされている少女たちのスカートの裾が、いっせいにまくれあがる。
「お、おお!? こ、これはまさか!!」
 荒くれ者たちの興奮度が、いっきにマックスとなった。
 思いがけない展開に、早くも鼻血を吹いている者までいる。
「さあ、みろ、勢揃いした観音様の姿をー!!!」
 国頭は、サイコキネシスに全力を注いだ。
 ついに、少女たちのスカートの裾は、完全にまくれあがってしまった。
 そのとき。
「や、やめて。イ、イヤ。イヤ。イヤァァァァァ!!!!」
 エリカが絶叫した。
 エリカの目がギラギラとした光を放ち、全身から真っ白なオーラの炎がたちのぼる。
 おかげで、荒くれ者たちは、エリカの秘密の部分を、よくみることができなかった。
 ゴゴゴゴゴゴ
 地鳴りがし、丘全体がブルブル震えるようだった。
「な、何だ!?」
 荒くれ者たちが、そわそわしだしたとき。
 ちゅどどどどどどどーん!!!
 天高く炎を巻き上げる、大爆発が巻き起こった。
「お、おわあああああ!!!」
 爆発の炎に焼かれて、荒くれ者たちは右往左往する。
「こ、これは覚醒技!? エリカ、きみは、超能力に……! でも、これって、カノンと同じじゃ……おわああああ」
 国頭も、炎に焼かれて、大絶叫する。
 裁きの炎は、丘の上にいるあらゆる者を焼き尽くし、猛省を迫ったのだった。
(※エリカの覚醒技:ザ・グレイテスト・イヤボーン)

「うん!? 爆発はおさまったか。オレは何とか生きていられたようだ」
 国頭は、真っ黒焦げになって倒れた状態で、辛うじて意識を回復させた。
「生命の次に大切なこいつらも、無事で何よりだ」
 国頭は、身体と地面の間に挟んでおいた、大量のパンツが無傷であることを確認して、安堵に近いものを感じた。
 そのとき。
 ぐしゃ
 国頭の背中を踏みつけて、ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)が現れた。
「ああ、危なかったぜ。とっさに岩の陰に身を隠して正解だったな。あのお嬢さん、とんでもない力を持っていたんだな。油断大敵ってことだ」
 ロイは、煤にまみれた国頭の顔を高みから見下ろしながら、呟く。
「な、何だ君は!? あ、ああ、やめろ!!」
 国頭の抗議も虚しく、ロイは、国頭が少女たちから奪った大量のパンツを拾いあげ、自分の懐にしまってしまった!!
「おお。これだけありゃ、かなりの資金を稼げるな。泳がせといて正解だったわけだ」
「そ、それはオレの!!」
「オレの、だって? いやだなー。もともとあんたのものじゃないだろう。人から奪ったくせに、罪悪感が全くないんだから」
 ロイは、呆れたという顔をしてみせてから、大量のパンツを抱えて、丘から去っていった。
 去り際に、
「あんた、背中が煤けてるぜ」
 というセリフを国頭に吐きながら。
「く、くそぉ! 罪悪感が全くないのは、君も同じだろうが!! うっ、いかん、本当の観音様が迎えにきたのがみえる! まだ早い! 早いんですよ!! う、うわー」
 うめきながら、国頭は失神した。

「う……? 助かった? でも、まだ十字架の上にいるだわ。風の感触が、全身に……。って、きゃああああ!!」
 エリカの起こした爆発から意識を回復させた、十字架にはりつけにされている少女たちが、次々に悲鳴をあげた。
 爆発の影響で、少女たちの衣はボロボロに焼け落ち、全員が、ほとんど全裸に近い状態になってしまっていたからだ。
「う、うぐ。やられた、やられちまったぜ!! うん? でも、あれは!! おお、すんばらしい光景だぜぇぇ!!」
 真っ黒焦げになって倒れていた荒くれ者たちも、瀕死の状態で身を起こしたが、少女たちの恥ずかしい姿をみるや否や、たちまち元気になって、勢いよく立ち上がった。
 国頭のようにパンツだけに執着しているわけではないので、少女たちのセミヌードをみてエネルギーがわいてきたのである。
「イ、イヤァァァ!! 来ないでぇぇぇ!!」
 少女たちは、悲鳴をあげた。
 ボロボロな身体をひきずりながら、よだれを垂らした荒くれ者たちが、十字架の上の少女たちに迫りつつあった。
 この先自分たちがされるだろうことを想像して、少女たちは恐怖の絶頂を味わうことになった。
「ヘヘヘヘヘヘ。アリア、おまえには特に、その無様な姿が似合うぜ」
 ネヴィル・テイラー(ねう゛ぃる・ていらー)ウォルター・ウィリス(うぉるたー・うぃりす)が、いやらしい笑みを浮かべながら、十字架の上に美しい身体をさらす、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)に群がっていく。
「や、やめて!! どうして? 私をはりつけにする代わりに、みんなを助けてくれるはずじゃ!!」
 アリアは、涙を流してネヴィルたちを睨みつけながら、気丈な声で言い放った。
「バーカ。そんなの嘘に決まってるだろ。ちっとは学習しろよ、メスブタ」
 ネヴィルたちは笑いながら、アリアの身体にしゃぶりついていく。
「いい格好じゃねーか。特に、そのお尻のあたりの火傷がたまらねえなあ」
 レアル・アランダスター(れある・あらんだすたー)もまた、ニヤニヤ笑いながらアリアの肩をつかんでいた。
「とりあえず、スライムに襲わせようぜ。念のため、魔力を吸い取って完全に抵抗できなくさせて、ついでにスライムの液が火傷にしみて泣く様を楽しもうぜ」
 レアルは、手にしたスライムをアリアの胸になすりつけながら、いった。
「や、やめて!! くそ、殺す。絶対殺してやる!!」
 アリアは、レアルに殺気をこめた視線を注いでいった。
 ばちーん
 そんなアリアの頬を、レアルは力いっぱい張り飛ばしていた。
「くっ」
「オラ、生意気な口きいてっとこうするぞー!!」
 ばちーん、ばちーん
 レアルは目の色を変えて怒鳴りながら、アリアの両の頬を往復ビンタで徹底的に殴り飛ばした。
「う、うう。負けない。絶対に!!」
 アリアは、下唇を噛んで屈辱に必死に耐えた。
「ははは。もっと泣いて下さいね。ビデオが盛り上がりますので」
 ティム・プレンティス(てぃむ・ぷれんてぃす)が笑いながらビデオカメラを構えて、なぶりものにされるアリアの姿を録画している。
「スライムなんてまだるっこしいですね。ボクの電撃で素晴らしい刺激を与えてあげましょう」
 そういうと、ティムは、雷術によって、アリアの全身をビリビリと感電させた。
「あ、ああああああ!!」
 強いしびれを感じて、アリアは悲鳴をあげた。
 アリアの身体になすりつけられていたスライムがまるごと蒸発して、しゅうしゅうという白い煙をあげる。
「さて、お次は吸精幻夜で、力をとことん貪らせてもらいますよ」
 がぶっ
 ティムは、アリアの剥き出しの肩に噛みついた。
「へへっ、そいつはいいな。俺たちもやろうぜ」
 ネヴィルたちもティムの真似をして、アリアの剥き出しの肌に、次々に噛みついていく。
 /large}がぶっ、がぶっ
 アリアの白い肌に、荒くれ者たちの歯形が点々とついた。
「くうっ!! 好きにすればいいじゃない。隙をみて地獄に送ってやるから!!」
 このような状況でもアリアは強気を保とうとするが、その様は、ネヴィルたちを喜ばせるだけだった。
 アリアがけなげに抵抗すればするほど、襲撃者たちを興奮させ、もっとひどいことをしてやろう、こうすればどう反応するだろうという、いやらしき悪循環を引き起こすのである。
「いい気味ですね。徹底的になぶって、後はどこかに売ってやりますよ」
 ティムは、アリアの肌を噛みながら、狂気の光を目に宿らせるのだった。

「ああ、いや、やめて。みないで。近寄らないで!!」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)もまた、十字架の上で、迫りくる荒くれ者たちのいやらしい視線に全身を焼かれて、もがき苦しんでいた。
 どんなに身体をよじっても、身悶えても、全裸に近いこの姿を、徹底的にみられてしまう。
 絶望的な状況の中で、セレンフィリティは、徐々に過去のトラウマが脳裏によみがえってくるのを感じていた。
(オラ! もっと愛想よくしろよ!!)
(いいぞ、やっちゃえ!! 徹底的にいじめないと面白くないぜ!!)
 かつて、セレンフィリティは、売春組織にとらわれて、昼夜を問わず客の相手をさせられていたのだ。
 客の多くは、淫らなことにすっかり馴れてしまっていて、普通の刺激ではものたりなくなっていた。
 セレンフィリティは、毎日のように叩かれ、殴られて、地獄にいるような心地で青春時代を過ごさねばならなかったのだ。
 何とか抜け出して、戦士となってから心の奥底にしまいこんでいた、過去の記憶。
 それがいま、十字架の上で恥をさらしているうちに、まざまざとよみがえってきてしまったのである。
 想い出した。
 セレンフィリティ自身、なぶりものにされているうちに、何とか生き延びようとする本能が、精神と身体を状況に適応させていき、いつしか、セレンフィリティは、気のふれたような笑い声をあげていたのだ。
(ああ、いいわ! もっと激しくやって!! 私は薄汚い動物よ!! こんなことされるのが気持ちよくて、何もかもさらしたくなるわ!! あ、ああー!!)
 記憶がそこまでよみがえったとき、セレンフィリティは白目をむいて絶叫した。
「い、いやああああああ!! 戻りたくない、もう戻りたくない!! あんな自分には!!」
 みしっ
 セレンフィリティの心の中の何かが音をたてて壊れたとき、彼女を十字架に縛りつけていた拘束にもひびが入った。
 ぱきーん
「お、おい!! 様子がおかしいぞ!! 自分で脱出してきやがった!! 絶対抜け出せないように念入りにつくった拘束が!! 爆発にも負けなかった拘束が、いとも簡単に!! こっちへ来るぞ! うわー」
 荒くれ者たちのあげる悲鳴が、セレンフィリティはどこか、遠いところから聞こえるように感じていた。
 身体が勝手に動いて、肉を裂き、骨を断ち、吹き出した血を浴びながら、さらに別の獲物を求めて駆けまわっているようだった。
 全てが、夢のような感覚だった。
「セレン? そこにいるのはセレンなの?」
 セレンフィリティがよく聞き知った声が、彼女の意識を表に浮かび上がらせた。
「はっ!! ここは? 私は何を?」
 気がつくと、セレンフィリティは十字架の拘束から抜け出して、素足のまま丘の上を歩いていた。
 足元には、荒くれ者たちの屍体が折り重なるように倒れていて、おびただしい量の血の海に浸かっている。
 セレンフィリティの身体も、返り血で真っ赤だった。
「セレン、探したわ。いったい何が?」
 心配そうに自分を見守るセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の姿をはっきりと認めたとき、セレンフィリティは、緊張の糸がぷつんと切れるのを感じた。
 解放。
 安堵。
 セレンフィリティの目から、大粒の涙がこぼれ落ちてくる。
「セレアナ! う、うわあああああ!!!」
 セレンフィリティは、セレアナの胸に顔をうずめて、ただただ泣いた。
「セレン。こんなに殺して、本当にあなたがやったの? きっと、殺し屋セレンのあらたな伝説として語り継がれるわね。ねえ、どうしたの?」
 セレアナは戸惑いながらも、何もいわず泣くセレンフィリティの頭を、優しく抱きしめるのだった。

「うーん、いよいよやばいねぇ。このままじゃ少女たちが全員レイプされてしまう。そろそろ介入しなきゃいけないようだねぇ」
 永井託(ながい・たく)は、仲間たちとともに十字架がある方へと慎重に近づきながら、いった。
「確かにこれ以上放っておけないわね。傷つくことを恐れずにやらなきゃいけないわ」
 永井について歩きながら、アイリス・レイ(あいりす・れい)がいう。
「傷つくことを恐れずにとは、まったくそうだねぇ。でも、アイリス、君はくれぐれも、安全なところに……」
 永井がそこまでいったとき。
「ヒャッハー!! 姉ちゃんがまたまた釣れそうだぜぇ!!」
 荒くれ者たちが、よだれを垂らしながらアイリスに襲いかかってきた!!!
「き、きゃあ、やめてよ!!」
 驚いたアイリスは、とっさに身をひこうとするが、荒くれ者たちの手に肩をつかまれ、いっきに引き寄せられていた。
「アイリス、大丈夫か!! どけぇぇぇぇっ!!」
 永井がすさまじい剣幕で怒鳴りちらして、アイリスにかぶりつこうとした荒くれ者を殴り飛ばした。
「あ、あがぁぁぁぁっ!!」
 荒くれ者の歯が折られてかけらが宙を舞う。
 アイリスは解放されたが、永井の剣幕が尋常ではないため、思わずぽかんとしてしまった。
「大丈夫か?」
 これ以上ないほど真剣な口調で永井に尋ねられたとき。
「あっ……うん……でも……いたっ」
 アイリスは、顔をしかめた。
 乱暴しようとした荒くれ者の手が、アイリスの太もも近くの微妙な場所をひっかいて、かすかな傷をつけていた。
「ケガをしたのかっ!!!! どこが痛い? すぐに治療をっ!!!」
 永井の慌てぶりと、その大声におされて、アイリスは目をぱちぱちさせた。
「え、どこって……ちょっと恥ずかしいところに近いから、はっきりいえないんだけど。大丈夫よ。かすり傷だから」
 やや赤面して太もものあたりを手で隠すようにおさえながら、アイリスは苦笑していった。
「……そうか。くそっ」
 永井は、今度は胸のうちに大きな怒りを秘めているかのような顔になって、下を向き、低い声でそういうと、空中にある何かをにらみつけるようにした。
「ちょ、ちょっと。この程度で、何よ。本当に気にしないでったら」
 慌てた口調のアイリスを遮るように、
「行人、アイリスのケガを治して。後は、僕がやりますよ。大切な家族を傷つけられて、黙ってられませんかねぇ」
 怒りで肩をふるわせながら、永井がいった。
「治すの? うん、わかったよ。でも、託にーちゃんこそ、大丈夫? 何だか様子がおかしいけど」
 那由他行人(なゆた・ゆきと)もまた、永井の迫力にちょっとひいてしまっていたが、それでも、控え目な口調でそういってみたのだ。
 だが、那由他の言葉に、永井からの返事はない。
 永井は黙って、荒くれ者たちの方に歩いてゆく。
 すさまじい殺気が、その全身から放たれていた。
「あ、あはは。それじゃ、アイリスねーちゃん。治すから、ケガしたとこ、みせてよ」
 那由他は苦笑して、アイリスを促した。
「え、イヤだわ。みないでよ、もう!!」
 アイリスは再び赤面して、太ももを覆うスカートの生地をしっかりとおさえる。
「い、いや、そういうつもりじゃないんだけど、ちゃんと治さないと、託にーちゃんに半殺しにされそうだから」
「いいっていったら、いいわ。大丈夫なの!!」
「いいでしょ、ちょっとぐらい」
「ダメ!! 変態!!!」
 二人のはしゃぐようなやりとりをよそに、永井は黙々と歩いてゆく。
「ナナシ。もういいよ。君は2人を守っていて」
 ふいに、永井はそういった。
「む? 何を言い出すかと思えば。よいのか?」
 魔鎧として永井に装着されている無銘ナナシ(むめい・ななし)が、驚いて尋ねる。
「大丈夫。当たることがなければ、守りは必要ないからね。2人にじっとしているようにいっておいて」
 そういって、永井はナナシの装着を一方的に解除して脱ぎ捨てると、慌てて人型になるナナシを振り返りもせず、敵陣に突入していった。
「やれやれ。まあ、あたつの力をみるいい機会だな」
 ナナシは嘆息してそういうと、アイリスたちの方へ戻っていく。
「あら? 託ったら、私たちの知らないうちに魔鎧と契約していたのね」
 アイリスは、永井の脱いだコートが人型のナナシに変わるのをみて、目を丸くしていた。
「いつも顔をみているのだが、はじめまして、といった方がいいかな。我はただの魔鎧、今はあやつと契約をしている。それだけだ。名前はない。ナナシというのも、あやつが勝手につけた名前にすぎん」
 ナナシは、超然とした口調でそういった。
「でも、名前つけるにしても、ナナシって、そのまんますぎるんだけど……」
 那由他の突っ込みに、その場の誰もが無言になった。
「あん? 何だてめぇは! 女を助けたいってか? 偽善者が! 本当はただ暴れたいだけなんじゃねえのか? ぶっ殺してやる!!」
 一方、荒くれ者たちは、接近する永井の「ガンつけ」に激怒して、永井を包囲してその輪を狭めながら、ありったけの呪詛の言葉を叩きつけていた。
「そうだな」
 と、永井の低い声での返答に、荒くれ者たちはざわめく。
「な、何だと!!」
「僕は、いま、ただ暴れたいだけだよ。アイリスをケガさせた君たちには、生まれてきたことを後悔してもらわないといけないからねぇ……フフフ……フフフフフ!! アーハッハッハ!!!」
 永井は、狂気に満ちた笑いをあげながら、流星・光と流星・影との、2つの円形の武器を両手で振りまわし、包囲している荒くれ者たちの肉体を斬り刻み始めた。
 ざくざくざく
 ぶしゅううううう
「お、おわああああ」
 瞬く間に鮮血が吹きあがり、筋肉を断たれた荒くれ者たちが痙攣して踊り狂う。
「どうしたんだい。2つの流星に動きについてこれる者はいないのかい? 今宵は血の雨だよ!! 君たちは贖罪のため、肉きれになって狼たちに貪られるのさ!!
 永井は笑いながら身体を高速旋回させ、触れるもの全てを斬り刻んでゆく。
「た、助けてくれぇ!!」
 悲鳴をあげて逃げ出した荒くれ者に、永井は流星・光を投げつけた。
 びゅうううう
 ざくっ
「あ、あううう」
 回転する刃は、ものすごい勢いで荒くれ者の背中をえぐって、再び永井の手元に戻ってくる。
 いまや永井は、切り刻まれた肉塊がみえかくれする血の海のまっただ中に立っていた。
「アイリス、これをみて! 君を傷つけた者たちはみな、地獄の底へ送り込まれてゆくよ!! 君にケガをさせてしまった僕の失態を、これで許してもらえたなら! ああ、あはーはっはっは」
 返り血にまみれた顔を歪ませて、永井は笑った。
 その目から、血の涙がこぼれて落ちている。
「た、託。完全にイッちゃったわね。これで許してもらえたら、って、誰も託に怒ってないわよ。託こそ、何人やったら気がすむのかしら」
 アイリスは、真っ青な顔になって永井の殺戮をみつめながら、いった。
「託にーちゃん、アイリスねーちゃんをそこまで想っていたんだね。でも、ゴメン。ねーちゃんがケガしたところをみせてくれないから、思うように治せないよ。だからって俺を流星で斬り刻まないでね!!」
 那由他もまた、真っ青な顔でそういいながら、実際に自分が託の怒りをかったらどうしようと思って、ゾッとした。
「ふむ。あやつは、やはり期待を裏切らぬ力量の持ち主だな。みよ。奴の活躍のおかげで、荒くれ者たちが圧倒され、おされてきているぞ。いま、はじめて、少女を救出しようとする戦士たちは形勢を逆転しつつあるのだ。やはり、毒を制するなら毒をもって、ということか」
 ナナシは託の活躍を目にして、満足げにうなずき、闘いの流れが変わったことをアイリスたちに告げるのだった。